リアクション
五幕二場:ヴァイシャリー:飛行船発着所
「どういう事ですの、かしこ」
一部が焼けたものの、無事にヴァイシャリーまで到着した飛行船から降りて来るなり、シェスティンは出迎えたパートナーを詰問する。
「あ、もう伝わっちゃってた?」
「伝わっちゃってた、じゃありませんわ!」
「まあまあ落ち着いて……実はね、そこの正悟くんから、空賊は確実にユーハンソン家の飛行船を狙うから、荷物は別の船に載せて運びましょう、って提案を貰ったの。まー、敵を騙すにはまず味方から、ッて奴ね。ほら、下手に警備の手を抜いたりしたらばれるかも知れないでしょ?」
かしこの言葉に、シェスティンはぷるぷると肩を振るわせる。
「あなたって人は……私は……皆さんは何のために……!」
「ま、こうしてみんな無事だったし、空賊もとっちめられたし、材料も届いたし、万々歳じゃない!」
にっこりと笑うかしこに、シェスティンは万々歳、じゃありません! とぽかすか殴りかかる。
「痛い痛い、ごめんってばー! ……っていうかそれより、アレは何なの?」
シェスティンの八つ当たりを受け止めながら、かしこは遅れて飛んできた大型の飛空艇を指さす。どうやら空賊が使っていた船の様だが、その胴体の下から、ぷらーんと何かがぶら下がっている。
空賊の元親玉、ニクラス・リヒターその人だ。
「さあ……なんでしょう……」
首を傾げるシェスティン。
流石に着陸の際は命の危険があるからだろう、飛空艇が着陸態勢を取る少し前にニクラスは回収される。そして、ほどなくして着陸した大型飛空艇から、縄でグルグル巻きにされたニクラスと、空賊数名が引きずり出されて来た。
護衛に当たっていた面々も、興味津々という面持ちで集まってくる。
「コイツが空賊の親玉よ」
ニクラスを引きずってきた祥子が、かしことシェスティンの前に突き出しながら言う。
突き出されたニクラスは、おっと、とよろめいてその場に膝から崩れた。
「何故このようなことをした」
シェスティンの隣でこの時を今か今かと待っていたリブロが、ニクラスを見下ろして問いつめる。
「……その……す、すみませんでした!」
「謝られても解らん。理由を話せ」
「そ……その……」
散々な目に遭ってすっかり毒が抜けてしまったニクラスは、リブロの圧力に負けてぽつぽつと語り出す。
「毎年……シェスティンがチョコレートをくれるの、楽しみにしていたのに……去年はくれなくて……家出でもすれば心配してくれるかなー、って思ったのに音沙汰なしで……なのに、シェスティンの店はバレンタインだ、ホワイトデーだって盛り上がって……許せなかっげふ」
「下らん!」
ニクラスの台詞を遮るように、リブロがニクラスの頭を踏みつけた。地面と盛大にキスをする羽目になり、ニクラスは声もなく泣いた。
「……だがシェスティン、ニクラス・リヒターという者は知らないと言わなかったか?」
思い出したように、千歳がシェスティンに問いかける。
シェスティンはうーん、と首を傾げると、ニクラスの顔をじっと見詰める。
暫くそうしていたが。
「……あっ……そう言えば、確かにリヒター家の方ですわ! あなた、ニクラスさんと仰ったのね」
合点が行った、とばかりにぱん、と手を打ち鳴らすシェスティンに、周囲の目が点になる。
「え……あの……毎年バレンタインチョコを贈っていた、のは?」
「営業活動の一環ですわ。ここ数年、お店が軌道に乗るかどうかといった所でしたから。ああ、確かに去年はお店も軌道に乗ってきて、バレンタインの時期は忙しかったので、私からは誰にも贈っていませんでしたわね」
さらっと答えるシェスティンの言葉に、ニクラスの目も点になる。
「名前……も、知られて……なかった、んですか、俺」
「え……ま、まあ……主にお取引させて頂いているのはお父様とお母様ですから……」
しまった、取引先の息子の名前を覚えていなかったなんて、とシェスティンの額に冷や汗が浮かぶが、ニクラスの額に浮かぶ玉の汗に比べたら微々たるものだ。
「あの……えっと……」
ニクラスは涙目で周囲を見渡す。が、帰ってくるのは冷たい視線と哀れみの視線ばかりだ。
「そんなぁああああああ!」
切ない悲鳴が、空へと消えていった。
五幕三場:ヴァイシャリー中心部某所:パティシエール「薔薇の雫」
「さて! 時間が無いわ、急いで仕上げをしちゃいましょう!」
かしこのかけ声で、たまき、ヴァーナー、エクスが、中断していたお菓子作りを再開する。
「後はロサ・レビガータのエキスを抽出して、チョコレートと混ぜて、生地に混ぜて焼く! 一気にやるわよ! ……先ずは薔薇の解体ね」
かしこの指示で、総出で大量の薔薇の花をバラバラに解体していく。
なんかちょっと可哀想ですね、と言いながら、たまきはがくから外したロサ・レビガータの花びらをボウルに入れていく。
そう繊細な作業ではないので、人海戦術でさくさく進めていく。程なくして全ての花が解体された。
「よし、そしたらこっからが秘密の行程……」
「どうするのだ?」
『秘密』の一言に、エクスがひょこっと顔を上げる。
「……って、ほどじゃないんだけどねー」
笑いながら、かしこは厨房奥の棚からガラスでできた器具を取りだしてきた。
大きな筒状の容器が二つ、ガラス管で繋がっている。片方は二重底になっていて、もう片方には螺旋状のガラス管が通されている。
「たまき君、ここにその花びらを入れておいて頂戴。エクスちゃん、お水汲んできて」
ぱか、と二重底の方のガラス筒の蓋を開け、たまきは言われた通りにそこへ薔薇の花びらをいっぱいに詰める。
それからエクスが汲んできた水を、二重底の下の方と、螺旋状になっているガラス管が入っている筒状の容器へと入れた。そして、二重底になっている方をコンロに掛ける。
やがてコンロで熱された水が沸騰し、蒸気が上がり始める。その蒸気は花びらの間を通り抜けながら香りを吸い込み、また螺旋状の管を通りながら周囲の水で冷やされ、水に戻る。
「これで、薔薇のエキスが抽出できまーす。さて、これはこれで放っておいて、生地の準備しちゃいましょ!」
かしこの声に、物珍しい機械をじっと見詰めていた三人がハッと我に返る。
それから四人で、メレンゲを泡立て、卵黄に砂糖とココア入りの小麦粉を混ぜ、ガトー・オ・ショコラの生地を作る。
溶かしバターと、溶かしたチョコレートを加えると、チョコレートケーキらしい香りが漂い始める。
「で、ここに抽出したエキスを加えてっと」
エクスが恐る恐る機械から、抽出された液体の溜まったガラス容器を取りだしてくる。それをかしこが正確に計量して、生地へと混ぜ込んだ。
「さ、後は型に流し込んで焼くだけよ!」
薔薇の雫の店内外では、今回の作戦に加わった面々が、紅月とレオンの用意したお茶とお菓子でティータイムを楽しんでいた。
そこへ。
「完成でーす!」
たまき、ヴァーナー、エクスの三人が、完成した「薔薇の雫」を沢山乗せたトレイを手に、厨房から出てきた。
「今回は本当にありがとうございました! ほんの気持ちですけれど、お一つずつお持ち帰り下さい」
かしこがぺこりと頭を下げると、わっ、と歓声が上がる。
その場で大切な人と分かち合って食べる者あり、誰かに贈るため大切にしまう者あり、勿論、その場で美味しそうに頬張る者あり、だ。
そんな、和気藹々とした穏やかな店の片隅で、一人恨めしげにその様子を見詰めている者があった。
簀巻きにされた、ニクラスだ。
取り敢えずシェスティンとかしことが実家に連れ帰ろうとしたのだが、今更帰れるか、と駄々をこねたので、取り敢えずの取り敢えず、店の柱に縛り付けられている。
そのニクラスの元へ、ぱたぱたと近づいていく人影が一つ。
「はい、これ上げるです」
ヴァーナーが、手伝いの合間に作った小さなハート型のチョコを差し出す。
「こ……これ……オレに?」
「もうわるいコトしちゃだめですよ」
にっこりと笑うヴァーナーに、チョコを受け取ったニクラスは思わずこっくり頷く。
「約束です」
「お……おう……」
「もう悪いことはできないねぇ、ニクラス!」
その様子を見ていた人々の間から、そんな野次が飛んだ。ニクラスはうるせぇ、と顔を赤くするが、もう悪さを企てたりはしないだろう。
薔薇の雫の生産も無事に間に合い、明日はめでたく、ホワイトデーを迎えられそうである。
―おしまい―
ご参加頂き有り難う御座いました。バトルもの?は初挑戦でしたが、如何でしたでしょうか。
ちょっと、伏線張ってー、とか、シーンを小分けにしてー、とか、色々やろうとしたら参加頂いた人数の割りにリアクションのボリュームががが。あれこれイベシナ……えへっ。
想像以上に腕利きの皆さんにお集まり頂いてしまい、危うくただの空賊タコ殴りシナリオになるところでした。ので、ちょっと空賊さんたちには根性いれて貰って、奮戦して頂いてます。結局壊滅させられてるけど……
また、ニクラスくんがモッテモテで、良い感じによってたかって問いつめられる結果になりました。もっとニクラスと絡みたかったぜ、という方ごめんなさい!
何はともあれ、無事にパティシエール・薔薇の雫ではホワイトデーを迎えられそうです。
ご参加頂いた皆様、有り難う御座いました!次回シナリオでまたお目もじできれば幸いです。