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四幕二場:ニクラス空賊団飛空艇:操舵室


 祥子がニクラスの元へたどり着いたとき、そこには既に複数の人間が集まっていた。
 おっと、と一瞬身構えたが、どうやら親玉がとっちめられている所らしい。
――先を越されちゃったかしら。
 光学迷彩を発動させたまま、入り口の影に身を潜めて様子を窺う。

 ニクラスをとっちめて居たのは、シャーウッドの森空賊団の面々だ。
 正確にはとっちめて居る、と言うよりは「空賊同士のゴアイサツ」なのだが、大差は無い。
「まあ、そんなわけだから、勝手に商売されちゃ困るのよね」
 ヘイリーが腕を組んでニクラスを見下ろす。
 既に周囲の四人によって大分絞られたのだろう、ニクラスはげっそりとした顔をしているし、部屋の中には二人の空賊が気を失って倒れている。
 が、それでもニクラスは強気にヘイリーを睨み付けた。
「肝に銘じておきますよ……センパイ」
「へぇ……ただの貴族の放蕩息子のお遊びかと思ったけど、意地だけはあるようね」
 ヘイリーがニヤリと笑う。一応、その根性だけは認めたようだ。
「それで……どうして白薔薇だけを狙ったりしたの?」
 ヘイリーの横から、リネンが厳しい口調で詰問する。が、ニクラスはフン、と口を噤んだ。
「そんなに恐い言い方したら、話してくれないよぉ〜。ねぇ、ニクラス」
 ひょこりとニクラスの顔を覗き込み、アスカがニッコリと微笑みかける。
 すると、つられてニクラスの口元も少し緩む。
「どうしてぇ、ロサ・レビガータを狙ったりしたのぉ?」
「……ホワイトデー等という、地球の行事に浮かれる連中が許せなかったからだ。俺は、シャンバラの伝統を守りたかったんだ!」
 最初は静かに話し出したニクラスだったが、後半の下りになるに連れて段々白熱する。最終的には叫びだした。
「それは立派な心がけだな。本当なら、だが」
 ジェミニがニクラスの顔を覗き込む。その目は真摯で、嘘を吐いている様には見えなかったが。
「はいダウトー!」
 何もない虚空から声がして、突然ニクラスが吹っ飛んだ。
 シャーウッドの森空賊団の面々の目が点になる。
 が、殺気に敏感なリネンだけは、冷静に虚空を見詰め、
「誰かは知らないが、どういうことだ」
と呟く。
 するとその声に応じて、空気が揺らぎ、光学迷彩を解除した祥子が姿を現した。その手には、今し方ニクラスにフルスイングをかました大剣・ビックディッパー。十二星華の持つそれとそっくりだが、レプリカで光状兵器ではないためくっそ重い。それがフルスイングでぶちかまされたのだ、ニクラスへのダメージは推して知るべし。
「そいつ、嘘吐いてるわ。シャンバラの文化〜なんて大嘘よ」
 ぱさ、と肩に掛かる長い黒髪を片手で払うと、祥子は自分で吹っ飛ばしたニクラスの元へつかつかと歩み寄る。
 そして徐に胸倉を掴んで引きずり起こすと、がくがくと揺さぶって目を覚まさせる。
 はっ、とニクラスが覚醒したときには、目の前に祥子の笑顔があった。
「さ、本当の事を話した方が身の為よ?」
「ほ、本当だ! 俺は……バレンタインだの、ホワイトデーだの、そんなの認めない……!」
 ぐわんぐわんする頭を振りながら、それでもニクラスは主張する。
「……うーん、そこは本当みたいねぇ」
「何何、バレンタインとかホワイトデーとかが嫌いだって?」
 突然外野から掛かった声に、思わず一同がそちらを振り向く。
 すると操舵室の入り口から、円がひょっこり顔を出していた。やぁ皆さん、と室内へ入ってくると、その後に続いてオリヴィア、歩、巡もぞろぞろと入ってくる。
「こっ……これは……?」
 さらにその後から、空賊一人を連れた亜璃珠が到着する。お頭がフクロにされている様子を目にして慌てる空賊の首に、亜璃珠の手刀が入った。
「有り難う、ご苦労様〜」
 そう言うとそれきり床に崩れ落ちる空賊には見向きもせず、亜璃珠はすたすたと一同の元へと歩み寄る。
「何だか、良いところみたいですわね」
 祥子に胸倉を掴まれているニクラスを一瞥すると、亜璃珠はクスリと笑う。
「お坊ちゃまが空賊気取りで強がっちゃって……可愛いのね」
 妖艶に、しかし挑発するように微笑む亜璃珠に、ニクラスは精一杯睨みを利かせる。抵抗しようとその手が腰の武器に伸びるが、柄を手に取るより早く亜璃珠のダークネスウィップが正確にその手の甲を叩いた。
 痛みもあるだろうが、それ以上に手も足も出ないという屈辱感に、ニクラスはうう、と奥歯を噛み締める。
 そこへ。

「話は聞かせて貰ったぞ!」

 ばーん、という書き文字を背負ってヴァルが颯爽と登場した。
 鳴り物入りの登場、その威圧感に、一同の視線がヴァルに集中する。
「堅苦しいと実家から逃避した挙げ句伝統を振りかざし、結果今やっていることは何だ!」
 喝、とヴァルがニクラスに向かって吼えると、その全身から強烈な闘気が吹き出してニクラスを襲う。
 ひゃぁ、とニクラスは間抜けな悲鳴を上げた。
「あ、あのっ!あんまりよってたかって苛めるの、良くないと思います!」
 流石にへこたれてきたニクラスを見て、歩がヴァルや祥子達に向かって声を掛けた。
「あの、ニクラスさん……どうして空賊なんて道を選んでしまったのかは解らないですけど、人望はあるんですから、空賊じゃなくて貴族としてその力を使ってみたらどうです?他の皆もニクラスさんが面倒みてくれるならついて来てくれると思いますよ?」
 歩の優しい声に、ニクラスはついうるっと来たらしい。
「……わかった……観念……します……」
 すっかり毒気の抜けたニクラスを、祥子はそっと床に下ろしてやる。が、ニクラスはそのまま床に崩れ落ちた。
 空賊の親玉としてそれなりにやってきたつもりだったが、契約者十人近くに囲まれれば手も足も出ない。自分の身の丈を思い知らされたようで、ニクラスはうう、と呻く。
「お……親分……」
 床に伏して朦朧としていた空賊の一人が顔を上げる。
 そちらを優しい目で見遣って、ニクラスは呟いた。
「お前らも……俺なんかに着いてきてくれてありがとな……これからは、一緒に真っ当な世界で生きていこうや……」
「親分……っ!」
 室内にいたもう一人の空賊も顔を上げ、室内はほんのり感動シーンの香りが漂い始める。
「ねえねえ、ちょっとボクからも質問ー!」
 その中で、ぴょこん、と巡が手を挙げてニクラスの前に進み出る。
「何で白薔薇だけ狙ってたの?もしかして、シェスティンねーちゃんへの嫌がらせ?」
 巡の言葉に、ニクラスの顔がぴく、と上がる。
「し、シェスティンは関係ないだろ……!」
 途端に挙動不審になるニクラスに、取り囲む一同は顔を見合わせる。
「あ、もしかしてシェスティンねーちゃんのことスキなの?」
「なっ……ち、違……!」
「……嘘ね」
「嘘だな」
「嘘感知なんて無くても解るわね」
 慌てて取り繕うニクラスを見下ろしながら、取り囲む女性九人、異口同音に告げる。
 先ほどまで感動モードだった空賊達の目も、途端に真っ白くなって冷たい視線をニクラスに送る。
「親分……?」
「まさか白薔薇の船だけオレらに襲わせたのって……」
「ち、ちっ、ちちちち、違うって言ってるだろおおおぉおお!」
 ニクラスの言い訳が木霊する。そこへ。

 カッ、と鋭い音を立てて、一輪の真っ赤な薔薇が床に突き刺さる。

「誰だっ!」
 つい、誰かが芝居がかった台詞を口にする。
「フッ……空峡の風に呼ばれ、仮面雄狩るここに参上!」
 ぶわさぁっ、と突如マントが翻り、スポットライトが人影を浮かび上がらせた――スポットライトは、多分その場にいた人間の心の目にだけ見えた光景だ――
 マントを脱ぎ捨てた下から現れたのは、リカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)だ。パーティーマスクの様な仮面を付け、顔の半分を隠している。
「ここにも迷える子羊が居るようだ……選定鋏が強い反応をしている。さあ、こんなことをしている暇なんてシャンバラにはない。一刻も早く宦官となり、リアジュウのことなど忘れてこの国を支える礎となりなさい。大丈夫、いざなってしまえば諦めはすぐにつくのだから。」
 リカイン――いや、今は「仮面雄狩る」か――が、朗々と歌うように長い台詞を一気に言ってしまうと、操舵室内に長い沈黙が落ちる。
 一同の顔には一様に「なんだコイツ」と書いてある。

「……で、ニクラス」

 長い沈黙を破ったのは、祥子の絞り出すような声だった。
 突然現れた謎の麗人のことは、取り敢えず無視することに決めたらしい。
 祥子の声に釣られ、一同も雄狩るから視線を外してニクラスの方を向く。
「本当にシェス」
「話を聞きたまえ!」
「のことが」
「選定鋏の導きが」
「きで」
「宦官に」
「うるさい!」
「話を聞きたまえ!」
 祥子の声と、雄狩るの声が重なる。
「リアジュウの事など忘れて、宦官になりたまえ!」
 が、雄狩るは選定鋏――どう見てもタダの剪定鋏なのだが……を振りかざしてニクラスへと向かう。
「ちょっと、落ち着きなさい!」
 ヘイリーやリネン達が慌てて止めに入るが、雄狩るは洗練された身のこなしでもって二人をあっさりとかわす。
 このままニクラスが宦官に剪定……いや、選定されてしまうのを黙って見ているのは忍びないが、かといって悪人という訳でもなさそうな雄狩るに、そう乱暴することは躊躇われる。

「仮面だ、仮面を壊せ!」

 そこへ、雄狩るもといリカインのパートナー、アストライトからの伝言を預かった幸祐とヒルデガルドが駆け込んで来た。
 本当はいち早くニクラスを捉える為に駆けてきたのだが、二人が操舵室に着いたときには既に十人からなる面々がニクラスを取り囲んでいた、だけでなく、アストライトのパートナーが丁度暴れているところだったので、取り敢えず伝言を伝えた、というのが真相なのだが。
「か、仮面だな! 解った!」
 幸祐の言葉を聞いたジェミニが、咄嗟にリカインに抱きついて動きを封じる。
 そこへ、フェイミィがサッと手を伸ばして雄狩るの仮面を取り上げた。
 途端に雄狩る――リカインの身体から力が抜ける。一同はひとまずほっと胸を撫で下ろした。

「……あー、でだ、ニクラス、改めて詳しい話を聞かせて貰おうか。

 ようやく、祥子が再び仕切り直した。