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二幕一場:ユーハンソン家飛行船:貨物室



 薔薇の雫の積み込まれた飛行船は、元は貨物運搬用の飛行船だったのだが、このたびユーハンソン家のお嬢様が乗船なさる、ということで慌てて大掃除と模様替えが行われて、多少、それなりに、小綺麗な内装になっていた。
 流石に客船並とは行かないけれど、貨物室の一つは護衛に着く人達が待機できるようにイスが配置され、ロサ・レビガータの積み込まれている貨物室にはお嬢様用のテーブルセットも運び込まれている。鉄色の壁や床と、上品なテーブルセットはひたすらミスマッチだったが、乗組員たちのせめてもの気遣いだけは滲んでいた。
「ああ……空賊が現れないと良いのですけれど……」
 そのテーブルセットに腰掛けてみたり、立ち上がったりして、シェスティンは落ち着かない様子だ。腕に自信のある護衛が揃っているとはいえ、いつ空賊が襲ってくるか解らない状況ではやむを得ないだろう。
「ご安心ください、私たちがしっかりお守りします」
 だから落ち着いてお座りください、とおっとりとした口調でシェスティンを宥めるのは、百合園の制服を纏ったメイベル・ポーター(めいべる・ぽーたー)だ。乳白金の長い髪を揺らして、にっこりと笑う。
「餅は餅屋、空賊との戦いは私たちにお任せください。シェスティンさんは、戦いの後で皆さんにお茶を振る舞うくらいのつもりでいてくだされば大丈夫です」
 戦闘が無いのが一番ですけれど、とメイベルが笑うと、ええ、と頷いたシェスティンは落ち着きがないなりにイスへと腰を下ろした。
「そうだ、一緒にお茶にしようではないか。皆を信じ、我々は泰然と構えていれば良い」
 自らが言うとおりイスに座って泰然としているのはリブロ・グランチェスター(りぶろ・ぐらんちぇすたー)だ。折角だ、これも飾っておこうではないか、と木製のコンテナから白薔薇を一輪取りだして、机の上に置かれたグラスに挿す。

「しかし、ニクラスという男の考えていること、解せんな。直接話を付けたいものだ」
 リブロが備え付けられているティーセットをかちゃかちゃ取り出しながら呟く。
 視線を上げた先には、イルミンスールの制服を着た武崎 幸祐(たけざき・ゆきひろ)の姿。
 何も言わずともリブロの言いたいことを察したか、はたまた自発的にかは判じかねるところだが、幸祐はわかった、と呟くとパートナーのヒルデガルド・ブリュンヒルデ(ひるでがるど・ぶりゅんひるで)を連れ、貨物室を出て行った。
「ふむ。さてどうなるか……首尾良く連れてきた暁には、ニクラスを思いっきり問いつめてやろう」
 満足そうに頷いて、リブロはお茶の準備を再開する。
「わたくしもご一緒させてください」
 すると、メイベルのパートナーであるフィリッパ・アヴェーヌ(ふぃりっぱ・あべーぬ)が進み出てリブロの隣に腰を下ろす。
「あの、シェスティンさん、薔薇の雫の荷物だけが襲われる、ということでしたけれど、何か心当たりなどはありませんの?」
 メイベルとリブロがかちゃかちゃとお茶の支度をする横で、フィリッパはシェスティンに問いかける。けれど、シェスティンはうぅん、と首を傾げる。
「空賊に恨みを買うような事は、していないと思うのですけれど……あ、でも……」



二幕二場:ユーハンソン家飛行船:乗員控え室


 一方、もう一つの貨物室をにわか改装して作られた乗員の控え室には、十数人の警護要員が待機していた。
 それなりに緊張の糸は保たれて居るものの、聞き及ぶ限り、空賊団はそれほどの規模ではないらしいという事もあり、室内の雰囲気はピリピリしていると言うほどでもなかった。
「よう、みんな、ちょっと聞いて欲しい」
 その中で、一人の男性がすっくと立った。
 やや長めの金髪を靡かせた、ヴァル・ゴライオン(う゛ぁる・ごらいおん)だ。一同の目がヴァルに向く。
「俺達は今日の為に集めれた、言い方は悪いが寄せ集めだ。確実に空賊から荷物を守るために、配置や役割分担を確認したい」
 堂々とした的確な物言いに、一同からは特に文句が出ることもなかった。
 ヴァルを中心に各々の装備や得手不得手を確認し、前衛・後衛の分担などを手際よく決めていく。基本的には既に外に出ている飛空艇(とペガサスとワイバーンとフライングポニー)隊に敵機の撃墜を任せ、現在船内で待機しているメンバーは空賊の侵入を防ぐ事を主眼に活動することを確認する。
「僕は襲撃の場合も船内に残ります。飛行手段が無いので」
 アロイス・エーデルシュタイン(あろいす・えーでるしゅたいん)が苦笑しながらそう言うと、私も、俺も、と四名ほどから手が挙がる。
「白薔薇とシェスティンを護衛する奴らは既に向こうの貨物室に詰めてるし、オレたちは万が一の侵入に備えて侵入口になりそうな所に貼り付いて居るというのはどうだ」
 ソーマ・アルジェント(そーま・あるじぇんと)が提案する。
 アロイスは、それがいいかもしれませんね、とニッコリ微笑む。ソーマもまた頷いて返した。
「こちらは五人だな。侵入口になりそうな箇所は……」
 五人は簡単な打ち合わせで、各々の配置を決める。一通り決まったところで、ではその手はずで、とそれぞれ何となく、元座っていた位置へと戻っていく。
「見事なリーダーシップでしたね。格好良かったですよ」
 そのざわついた雰囲気の中、アロイスは打ち合わせの音頭を取ったソーマにふわりと微笑みながら声を掛けた。端正な顔立ちに浮かんだ微笑みには、仄かな色香が漂っている。
「いや、大したことはしてないさ」
 そう言って、ソーマは少し照れた様子で笑みを浮かべる。
「よろしく頼むぜ」
「こちらこそ。無事に薔薇を運び終えたら一緒にお食事でも如何です?」
 表情一つ変えないアロイスの自然な誘いにソーマは一瞬、そうだな、と答えかける。が、すぐにアロイスの誘いに込められた意味と指に嵌めた指輪の存在に気づき、こほん、と咳払いをした。
「遠慮しておくぜ。裏切れない相手がいるんだ」
「それは残念」
 ソーマの言葉に、アロイスは肩を竦めた。
 その時。

「機体前方より信号弾を確認! 総員戦闘態勢を取れ!」

 操舵室で舵を取るレノアの声が、伝声管を通して船中に響き渡った。
 部屋に緊張が走る。
「行くぞ! 返り討ちにしてやれ!」
 ヴァルが吼える。それを合図に、部屋に居た面々は次々に部屋を飛び出していく。
「マスター、指示を」
 その中で、幸祐が困っていた。
 リブロの元へ敵の大将を連れてくるとは言ったものの、飛行手段が無い。パートナーのヒルデガルドは機晶姫であるので自力飛行が可能だ。しかし、肝心の幸祐は飛空艇も所持していなければ飛べるスキルなども持っていない。ヒルデガルドに抱えて貰って飛ぶということもできなくは無いが、恐らくニクラスの乗る飛空艇にたどり着く前に
 誰かに乗せて貰おうと思っていたのだが、空飛ぶ箒に二人乗りでは機動力が著しく減退してしまう為、乗せてくれそうな相手が見つからなかったのだ。
「仕方ないな……」
 せめてヒルデガルドだけでも、と命令を下そうとした、その時。
「なあお前ら!手は空いているか?」
 皆が飛び出していったドアから、風の音に混じって人の声が幸祐の耳に届いた。
「手が空いているなら、頼みたいことがある!」
 雲の間を割って、小型飛空艇・オイレに乗ったアストライトが現れる。アストライトは、飛行船と並んで飛びながら、幸祐に向かって声を張り上げる。
「今忙しい! 敵飛空艇まで向かう手段を検討しているところだ!」
「なら乗せてってやる! 来い!」
 その言い草は気に入らなかったが、渡りに船なのは事実だ。幸祐はヒルデガルドに命じて、自らをアストライトの飛空艇まで運ばせる。
「よう、俺はアストライト……頼む、俺のパートナーを止めてくれ」