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リアクション
要塞内部・4
ダークビジョンで視界を補っていたので、暗闇の中でも特に不都合はなかったが、それでも、やがて照明が点いたことに安堵する。
そうして、仲間達の援護を受けながら、清泉 北都(いずみ・ほくと)らがその場所に辿り着いたのは、要塞内に照明がついて間もなくだった。
吹き抜けの、広い空間。
大黒柱を思わせるような、空間の半分ほども占める黒い機械の柱が、1階の床から2階の天井を貫く。
ゴンゴンと耳障りな低い音が轟き、柱の中央部付近で、中に何かがあるのが見えた。
「やっと、到着」
ふう、と北都は息を吐いた。
カンテミールの方に向かった校長達の方はどうしているだろうか、とふと思う。
「これが、動力部でございますか」
北都のパートナー、守護天使のクナイ・アヤシ(くない・あやし)が息を飲む。
「大きいですね」
「あの中、やっぱり、ちょう大きい機晶石とかが入ってるのかな?」
そう言ったのは、桐生 円(きりゅう・まどか)だ。
「もしくは、ちょうたくさんの、機晶石、とかよねー」
パートナーの吸血鬼、オリヴィア・レベンクロン(おりう゛ぃあ・れべんくろん)が答える。
「大きいことは、問題じゃないわ。別に、制御するのが目的ではないのだしー」
壊してしまえばいい。壊せば、この要塞は止まるのだ。
「そだねー」
円も頷く。
ゾディアックにいるであろう、パッフェルのことを思い出した。
傍にいてやりたいと思ったが、彼女を死なせない為に、憂いを払う方を選んだ。
「……これを壊せば、パッフェルは助かる?」
不意に、黒い柱の何処からか、彼等に向かって、機械の球体が飛んで来た。
直径二十センチ程の、小さな球体だ。
空中で留まり、中央のカメラが動いて円達を認識するなり、ビッ、と光線が放たれる。
「わわっ!」
慌てて避けた円の服を掠めて、光線は、ジッ、と床を焼いた。
「防衛システムか!」
斎藤邦彦が叫ぶ。
「こーんな広いところで、こんな小さい迎撃システムなんて――!」
馬鹿にすんなー、と円は攻撃を仕掛けるが、球体は素早くそれを避けて飛んだ。
「的が小さすぎるし――!」
「俺はとにかく、あの動力部を破壊する。……ネル、頼む」
動力部の破壊工作の為に、出来得るだけの爆薬を持って来ていた。
だが、それを効率よく設置するには時間がかかる。その間、戦闘はできない。
「了解してるよ。背後は気にしないで、任せてよ」
そしてその間の邦彦の護衛を引き受けて、パートナーのヴァルキリー、ネル・マイヤーズ(ねる・まいやーず)は笑った。
「しょーがないなあ。じゃあボクは、あの丸いのを引き受けるよー。
オリヴィアは、爆薬の設置手伝って」
爆薬は少しでも多い方がいいと思うし、とオリヴィアに言いながら、円が機晶ランチャーを構える。
勿論、球体に攻撃する合間に、動力部本体にも撃ち込むことも忘れない。
北都は彼等の援護に入ろうとしたが、程なく、球体が更に複数現れ、クナイの支援を受けつつ、攻撃に転じた。
球体は目まぐるしく動き、中々照準を捕らえられない。
だが、円達も、迎撃システムごときにやられる程弱くはなかった。
すると、今度は床の方で、何かがざわりと動く。
クナイははっとそれを見た。ワイヤーだ。
外で蠢いているものよりは、無論ずっと細いが。
「『触手』が!」
ざわざわと這い寄るワイヤーを、ネルが斬り払う。
「キリがないねっ……」
怯むつもりはないが、その多さにネルは苦笑した。
「――よし、いいぞ! 皆、退避だ!」
「こっちも、いいわよー」
床と天井付近から、それぞれ邦彦とオリヴィアが声を上げる。
この場から逃げるだけの余裕と、爆発してから内部にいる者達が要塞を脱出できるだけの時間差を計算して設置した爆弾だが、2階の床に登って、下を見下ろした北都は、あ、と声を漏らした。
「触手が、爆弾を外そうとしてるよ」
「え――っもー、何でそんな器用なんだよ!」
円が上から1階床に向かって機晶ランチャーを撃つ。
その一撃は触手ごと、邦彦の設置した爆弾を撃った。
ズシン、とただならぬ地響きがした。
それまで、誰の攻撃によっても致命的な効果を与えられていなかったカンテミールの表情が、突如歪む。
「!?」
南臣光一郎は、体勢を崩して片膝を付いた。
転がる刹那を、アルミナが追いかける。
ぐら、と、足場が斜めに傾き、だが、すぐにそれは元に戻った。
「……やってくれる……」
カンテミールは、表情を歪めたまま、呟く。
「ちょっとちょっと、何か元に戻ってる――!」
動力部は、確かに爆破した。
HCで作戦終了を伝え、動力部から速やかに脱出すべく走り出しながら、円は傾きかけた要塞が元の角度を取り戻しているのを感じて叫ぶ。
「もしかしてボクのせいじゃないよね!?」
「いや、動力部は確かに爆破した。
その内、要塞全体が誘爆したっておかしくない。……どういうことだ……?」
邦彦が不審に思う。
動力部を破壊することは、要塞を止めることにはならなかったのか?
「……要塞の動きが、変わった……?」
霧島玖朔の脱獄を密かに支援し、要塞までイコンで送り届けた水無月 睡蓮(みなづき・すいれん)は、要塞の外からそれを視認して呟いた。
情報提供を契約していた玖朔からは、カンテミールと会った後、シャムシエルの元へ向かう途中で連絡が入ったが、その後はない。
中から爆音がして、一度、要塞は明らかに動きを止め、それから、再び動き出した。
だが、止まる前とは全く速度が違い、かなり遅い。
やがて要塞内部の何処からか煙が漏れ出しても、要塞はその遅々とした動きを止めなかった。
パートナーの機晶姫、鉄 九頭切丸(くろがね・くずきりまる)が無言で示すものを見て、睡蓮ははっとした。
要塞の、機械の触手に捕らわれて、何体ものイコンが、要塞の中にめり込んでいる。
「……まさか、取り込んだイコンの動力を使っているのですか……!」
無茶すぎる。
イコンの動力は高性能だが、これ程の規模の要塞を動かせるものではないはずだ。
簡単に出来るものとは到底思えない。
そこに、カンテミールの執念のようなものを感じ、睡蓮はぞっとした。
それまで、常に余裕のようなものを纏っていたカンテミールの様子が、明らかに変わった。
要塞の動力を失い、カンテミールが強引に動かすことになって、彼は今、かなりの負担を強いられているのだ。
「――パパ!?」
はっ、とシャムシエルが顔を上げる。
慌てて走り出し、カンテミールの元に向かった。
グレン・アディールは、カンテミールに生じた、その隙を逃さなかった。
ソニア・アディールが心得たように、カンテミールに向かって目くらましの光術を放つ。
同時に、ダッシュローラーで一気に飛び込んだグレンが、床を蹴って飛び上がり、利き手とは逆の手に持ったさざれ石の短刀を、カンテミールの額に突き刺した。
カンテミールは目を見開き、そのまま固まる。
カンテミールには再生能力があることを知っている。
だが、こうして中枢のシステムと融合して尚、その能力を持っているのかどうかを、確認するつもりはなかった。
石化を始めた頭部を、グレンは利き手に持った剣で、渾身の力で突き刺して、砕く。
「滅びろ……!」
許せない相手だった。
彼を殺すことで、どんな結果がもたらされるのか、解らない。
けれどその一撃に、グレンは覚悟を込めた。
彼に従う者達。そしてシャムシエル。
彼等からの怨恨すら、背負う覚悟を。
――その攻撃は、確かに、カンテミールの核の部分に届いたのだろう。
カンテミールの頭部は粉砕し、そして、彼が融合していた、要塞の中枢システムは、――沈黙した。
がくん! と、急激に部屋が傾いた。
「やばい! 逃げよう!」
作戦の成功をHCで連絡する間もなく、彼等は脱出を急ぐ。
放っても行けないと、気絶して倒れている刹那を、グレンが担ぎ上げた。
「校長、早く!」
生徒達に促され、部屋を後にしながらジェイダスは、最後にもう一度、カンテミールを振り向いて見た。
「……この世に、美しいものだけがあればいいなどとは思わないが」
ふい、とすぐに視線を前に戻し、生徒達と共に走り出す。
おまえは、滅びるべき存在に違いなかった、と。
「おっと」
2度目の傾きで、今度こそか? と、出口付近を陣取る光臣翔一朗は、眼下の地表を見下ろした。
要塞が落下を始めている。
見たところ、地表に町などは無さそうで、巻き込む場所は無さそうだと安堵する。
あいつら、大丈夫かいのう、と心配を始めたところで、続々と、脱出組が走って来るのが見えてきた。
シャムシエルがその部屋に駆け込んだ時、全ては終わっていた。
そこに、生きている存在はなかった。
ただ、半端に融合の解けた、ひとつの骸が転がっているだけ。
「――パパ! パパ! パパ!!」
シャムシエルは走り寄り、狂ったように叫びながら、その死骸を抱き起こす。
ぼろり、と砕けて、それはもはや残骸と化した。
「嫌、嫌、パパ、ボクを置いていかないでよ、一人にしないでよ、起きてよ、パパ――!!」
泣き叫ぶシャムシエルは、要塞が傾き、そこかしこで不穏な音を上げ始めても、カンテミールの傍らにうずくまったまま、微動だにしなかった。
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