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戦乱の絆 第二部 第三回

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戦乱の絆 第二部 第三回
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2.城の庭園・七曜〜茅野瀬 衿栖の場合〜

 城内に入った一行は、城門を閉めることで、まず邪魔な吸血鬼兵達を締め出した。
 
 ■
 
「これでまずは一安心ね!」
 
 門に手をかけて、安堵の笑みが浮かんだのは、高根沢 理子(たかねざわ・りこ)
 その隣には、同じくロイヤルガード達に護られたセレスティアーナ・アジュア(せれすてぃあーな・あじゅあ)の姿もある。
 
「それにしても、気味の悪い城だな……」
 彼女達の目に前には大きな城が、物音一つしない静けさの中にある。
 おとぎ話にでも出てきそうな外観で、城壁に絡まるツタの間から、禍々しい彫刻がのぞいている。
「この中に、アイシャが!
 時間がないわよね?」
 理子とセレスティアーナは互いに頷くと、代王として指揮を執る。
「入口は、あそこ? いくわよ!」
 サッと、利き手が挙がる。
 その手が城に向けられたところで。
「お待ちください、両代王!」
 ロイヤルガードの神楽崎優子(かぐらざき・ゆうこ)が止めた。
「様子がおかしいですわ。
 こんな、1人もいないなんて……」
 助言をしたのは、百合園女学院の学生達。
 優子の補佐として参加している。
「ここは、優子さん達に任せて……」
 言い終わらないうちに、城壁近くの影がゆれた。

「イコン!?」
 サッと代王達を庇って、優子達は城の前に現れたイコンを見上げる。
 その機体はアサンブラージュで、鏖殺寺院のものではない。
 
「まさかっ! 七曜?」
「ええ、そうですよ。
 ロイヤルガードの優子さん」
 幾分強張った声音は、アサンブラージュの傍から発せられる。
 アサンブラージュの背に、2人の学生がいる。
 言ったのは、人形を持った少女の方のようだ。
「私の名は、七曜の茅野瀬 衿栖(ちのせ・えりす)……」
「衿栖だって!?」
 驚愕の声は、主に彼女と共に学ぶ蒼空学園の者達から広がる。
「あの、人形好きの茅野瀬……だろ?」
 だが、衿栖はかつての優しさを微塵も感じさせぬ冷淡な声で、一同に告げるのだった。
「ウゲンさんの命令です!
 あなた達を一歩も通させやしません、ここで死になさい!」
 
 ■
 
「さあ、私を倒してみなさい!
 そうしなければ、ウゲンさまにはとてもかなわないわよ!」
 
 宣言した後、衿栖は周囲にサッと目を走らせる。
 イコンの姿はない。
 城門を見ると、学生達のイコンは、外のシパーヒーと対峙していた。
(それで、入れなかったのですね?)
 衿栖は内心、安堵の息をつく。
 これで、自分は超霊の為に大切な人形を壊さなくても済むのだ。
 もちろん、仲間達の命も……。
(あとは、戦いの場を探すことだけ。
 本当は、『迷宮を半分くらい進んだ場所』が理想だったのですが。
 アサンブラージュを動かせるだけの、広い場所……)
 城内にイコンで活動できる場所は少ない。
(……入口の近く。『庭園』へ!)
 衿栖達はアサンブラージュと共に、城の入口付近へと移動する。
 
 庭園についたところで。
 
 ガタタタ……。

 入り口の扉が封鎖されていく。
 レオン・カシミール(れおん・かしみーる)が足止めのために、防衛計画で仕組んでおいたのだ。
 だが、場所の変更に手間取った分、十分な封鎖の準備を行うことはできなかった。
 封鎖が遅れた入り口を抜けて、何人かの生徒が先に城内へ侵入してしまったのが見える。
 その中には、代王・理子やヴィルヘルム・チャージルの姿もある。
「やはり間に合わなかったか……すまないな」
「仕方がないです、場所の変更に手間取ってしまったから。
 それに、完全に失敗、というわけでもないですし」
 衿栖は気を取り直すように、残った学生達に向き直った。

「衿栖、アイシャ様の居場所は、どこだ?」
 学生達が生真面目に尋ねてくる。
 
 ほうら、そうきましたよ!
 
 望み通りの展開に、衿栖はほくそ笑んだ。
 スッと息を吸ってから、今一度声を張り上げる。
「いいですよ? 教えましょう!
 女王の場所も、迷宮の経路、先の敵の数も……私達の知っていることなら、何でも。ただし!」
 
 言うが早いか、アサンブラージュのマジックソードを学生達に向ける。
 
「私に勝つことが出来たらです!!」

 ■
 
「あれは、茅野瀬さん!?」

 いち早く反応したのは、沢渡 真言(さわたり・まこと)
 真言は、キマク陥落の自責の念から、この作戦に参加していた。
 しかしその頭は多少混乱している。
 知人の出現によって!

(まさかあなたがお相手とは思いませんでしたが……)

 だが真言に、失敗は許されない。
 今回の奪還作戦には、女王の警護役たるロイヤルガード達の面子も関わっている。
 そして真言は、ほかならぬ【東シャンバラ・ロイヤルガード】なのだ。
(女王を迎えに行く方の道を作ることこそ、私の役割です。
 お相手にも不足はありませんし)
 強敵だが。
 幸いにして彼女の姿はいま、ベルフラマントで隠されている。
 そして、真言の考えに賛同する、仲間達の存在もある。
 
 【ヘーリアント】――味方達は、既に城壁の裏に隠れて、スタンバイしている。
 
 ■
 
 真っ先に城壁から飛び出したのは、マーリン・アンブロジウス(まーりん・あんぶろじうす)
「囮役、とはな」
 一瞬城門の方に目を向ける。
 そこには、フリムファクシがいる。
 一緒に戦うはずだったが、門が狭すぎて入れなかったため、いまは城外のシパーヒー対策の手伝いをしている。
「俺一人じゃ、さすがに厳しいかな?」

 シュン。
 
 ヴィントレス・ジャックの弾痕。
 イコンの手に、威嚇する。
 振り向くと、同じ【へーリアント】の高峯 秋(たかみね・しゅう)エルノ・リンドホルム(えるの・りんどほるむ)の姿が見える。
「あいつらがいるから、大丈夫か」
 マーリンはひと息つくと、天のいかづちをアサンブラージュに向けて放った。
 
 アサンブラージュが振り向く。
 賽は投げられた。
 機体は、ちょこまかと逃げるマーリンを追う。
 その操作は巧みで、あっという間に距離は縮む。
 だが、その差が無くなると、的確な【へーリアント】達の連携攻撃の前に、また引き離されてしまうのであった。
 
 なぜだろう?
 
「真言さん、右です。
 そこに衿栖さんのフラワシがいます!
 雷術を!」
 城壁から、エルノは携帯電話で伝えると、精神感応に切り替える。
『アキ君。真言さん達の攻撃が始まったら、
 一瞬、イコンは止まると思います。
 その時、衿栖さんの足下を撃って下さい』
『わかったよ、エル!』
 秋はパッフェル愛用BB弾を装填する。
 
 女の子ってドレスとか汚されるの嫌いでしょ?
 だから色つけられたら、嫌だよね?

 と言うことらしいが。
 きゃっという悲鳴と共に、一瞬イコンが止まることは確かだ。
『エルがコンジュラーで、助かったよ』
 秋から、これは本心からの言葉が、エルノに流れてきた。
 だが当人は、眉をひそめる。
『衿栖さんのフラワシ……何だかとても悲しそうに見えます。
 辛くないのでしょうか?』
『エル?』
『何でもないですよ、アキ君』
 頭を振って、ミラージュを使う。
 ブラインドナイブスの準備を始めた。
『さあ、女王様を救うために。
 真言さん達のお手伝いをしなければ!』
 
 そうして、超霊への攻撃と、ペイント弾を使うことによって、マーリンは何とか囮役を果たすのであった。

「疲れただろ? これで、ひと息つきな!」
 マーリンは命のうねりで、一同を元気づける。
「さあ、もう一息だ!
 頑張ろうぜ!」
 
 彼等の頑張りに、周囲の学生達も加勢する。
 多勢に無勢で、衿栖達とイコンは次第に劣勢に立たされて行く。
 超霊に、なぜか動きはない。
 おそらくは、あと一息で、彼女達は落とせてしまう。

 待ってくれ!
 
 声が流れてきたのは、その時のことだ。
 
 ■
 
「待ってくれ!」
 
 その3名は、学生達の間を縫うようにして駆けていた。
「俺達の話を、きいてくれ!」
 聞覚えのある声なのか?
 アサンブラージュが反応する。
 声の主は、ヴィナ・アーダベルト(びな・あーだべると)――【ウゲンのやり方許せない隊】のメンバーだ。
「そうだ、俺だ、ヴィナだ。
 戦いをやめるんだ、茅野瀬衿栖さん。
 自分が心から愛しているものを壊して殺す力、
 それは本当に君の為になる力だろうか?」

 衿栖の危機を察したらしい。
 城内からは、衛兵らしいゴブリンが続々と駆け付けてくる。
 
「くっ! これを蹴散らすのが先決ですね?」
 歯ぎしりするのは、リュース・ティアーレ(りゅーす・てぃあーれ)
「道を作りましょう! リュース」
 ルディ・バークレオ(るでぃ・ばーくれお)はファイアストームとバニッシュを操り、周囲の敵を四散する。
「レオ、予定通り、後方に下がりましょう!」
 ルディの纏う、漆黒のドレスが忠告する。
 魔鎧化した、ロビン・クリスーン(ろびん・くりすーん)だ。
「ええ、わかりましたわ」
 ゴブリンの攻撃に、凍てつく炎で応戦すると、ルディ達はそのまま仲間の援護に徹することになった。
 
「まったく、『七曜』になってしまうなど。
 自業自得なのでは、とも思ってしまうのですが……」
 ゴブリンに苦戦するヴィナ達の目の片隅に捕えて、ルディは気が気ではない。
 ロビンが苦笑する。
「人の親でもある彼はそうではないのでしょう、レオ。
 それが彼の良いところではなくて?」
「そうでしたわね、ロビン」
 ルディが頷く。
「ヴィナは、彼女の心を最優先に考えているでしょうから。
 戦況云々はその次なのでしょうね、自分のことも。
 だから私達は、せめて彼が安心して着けますよう、お守りしなければ!」
 
 前方では、リュース達が奮戦していた。
 衿栖達とイコンを見据え。
「力は自分が得るものであり、他人から貰うものではないですよ!
 衿栖さん!」
 道を開く為に剣をふるう。
 彼の背に、説得役のヴィナ。
 隙をついて、ゴブリンの拳が襲う。
 シーナ・アマング(しーな・あまんぐ)のイナンナの加護が光った。
「どいて下さい」
 間髪の差で、ヴィナを魔の手から退かせる。
「私達は、絶対に負けるわけにはいかないんです」
 シーナの「叫び」が、ゴブリン達を襲う。
 ゴブリン達は蹴散らされる。
 隙間が出来る。
 更に退かせて作った細い道を、蒼のフロックコートの魔鎧をまとったリュースが、更に切り開かんとする。
 
「説得したいのだろう? ヴィー!」
 ゴブリン達に向けて、則天去私!
 相手が怯んだ隙に、ヒロイックアサルト。
 攻撃力を高めてから、ウルクの剣と無光剣で周囲の敵を退かせる。
「いまだ、早く!」
「すまない……」
 ヴィナは大きく空けられた道を進む。
 
 こうした仲間達の助力によって、ヴィナは衿栖の近くに辿り着くことが出来た。
 
「衿栖さん。
 心を壊してしまうような力で、何を守れると言うの」
 ヴィナは得意の説得を駆使して、イコンの傍に立つ少女に語りかける。
「君の人形が泣いている
 好きなものが君の為に泣いている
 今の君を放っておく訳にはいかない……」
「やめてください! ヴィナさん」
 イコンは苦し紛れに、マジックソードを振り回す。
 
 あと、少しだ!
 だが、そんな彼の前にゴブリンが拳をくらわす。
 ヴィナは倒れた。
 だが、負けられないのだ。
 彼は口の端の血を手でぬぐうと、片膝をつく。
 手が差し出された。
 ウィリアム・セシル(うぃりあむ・せしる)だった。
「まったく、言い出したら聞かない人ですね?」
 呆れたように言う。
 ヴィナは弱く笑うと、ウィリアムの手を取るのだった。
 ウィリアムがスッと前に立つ。
「もう少しですよ! いいですね?」
 
 ゴブリン達を蹴散らした後、ヴィナは動きの弱ったイコンに辿り着く。
 幾度も幾度も傷つき、立ち上がりながら。
 
「今の君を放っておく訳にはいかない……」
 フラフラのヴィナは、ウィリアム達に護られつつ、イコンへと近づく。
「もう、心を壊さないで。
 君の人形を壊さないで。
 君を壊さないで……」
「止めて下さい。
 それ以上、私の決心を砕かないで……」
 
 
 ■
 
 イコンの動きが完全に沈黙する。
 その機を、真言は逃さなかった。
 
 ■
 
「いまです!」
 
 タイムウォーカーに乗った。
 シュンッ!
 瞬時にイコンの傍にいる衿栖へと近づく。
 
「一か八かですが……」
 ナラカの蜘蛛糸に、雷術と轟雷閃を使う。
 と同時に、マーリンが天のいかづちをはなった。
 
 歴戦の勇者たる2人同時に攻撃されては、さすがの七曜も叶わない。
 衿栖さんは、ふらついてそのまま地に倒れた。

「よし、確保です!」
 真言が飛び出す。
「いや!」
 衿栖はなおも固くリズムで抵抗しようとしたが、蒼き水晶の杖に封じられて、あえなく捕まる。

「負けだ、衿栖」
 レオン・カシミールが、衿栖の肩に手を置いた。
 
 ■
 
「なぜ、超霊を使わなかったのですか?」
 真言が尋ねる。
「使いたくても、使えなかったとか?」
 衿栖は弱く笑っただけだ。

「超霊のことだけで、よいのですか?」
 衿栖は清々しい笑みを向ける。
「茅野瀬さん?」
「約束です。
 全部話しますよ、知っていることなら。
 例えば、城内の女王様の場所だとか……」
 スッと息を吸う。
 だが、言いかけた途端、脳裏にウゲンの言葉が響いた。
 
 ――何だよ? 軽々しく話していいと思っているわけ?
 ――馬鹿だね、衿栖。
 ――それなら、人形の代わりに君が壊れちゃえばいいよ!
 
「う、ウゲンさん!?」
 短い絶叫。
 次の瞬間、衿栖は気を失っていた。

「ウゲンの奴……っ!!」
 苦々しい表情。
 レオンは衿栖の傍により、そっと髪を労しげになでる。
「衿栖さん!」
 ヴィナが慌てて近づく。
 彼のポケットに、レオンはメモをそっと滑り込ませる。
 そうして、自分も意識を失うのであった。

 ■
 
 ……レオンのメモには、迷宮の地図や、罠に関する情報などが記されていた。
 それが何を意味するのかと言うと、彼等が本当は自分達の仲間だということだ。
 メモを頼りに一行は入口から、城内へと侵入を開始する。
 
 だが、そのメモの不備に気がつくのは、かなり後になってからのことである……。