校長室
戦乱の絆 第二部 第三回
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1.魔王のお城 ヒラニプラの雲海の下。 太平洋を眼下に望む空中に、その城は浮かんでいた。 『魔王のお城』――。 ウゲンがそう名づけた城の外観は禍々しく、 建物を囲む気はよどみ、飛ぶ鳥さえも近づけず、 つまり好んで近づこうとする者はいない。 いま、学生達がイコンなり戦艦なりで向かうのは、シャンバラ女王・アイシャ・シュヴァーラ(あいしゃ・しゅう゛ぁーら)が、ウゲンによって城内に捕らわれているからだ。 ■ 巨大な城の外周には、雲つく程の高い塀や見張り台がある。 絶えず徘徊している番兵は、ウゲンに従う吸血鬼達だ。 かれらの1人が、学生達の動きをとらえたようだ。 狼煙があがり、城で唯一の城門が上がる。 中から、夥しい数の鏖殺寺院のイコン――シパーヒーが急発進で飛び出してきた。 さあ、戦闘開始! である。 ■ 無数の鏖殺寺院軍に対し、シャンバラ側のイコンは圧倒的に少ない。 それでも善戦できたのは、戦闘能力の高いロイヤルガードや、天御柱学院の学生達が少なからずいたからだ。 彼等は必死で、せめて城までの活路を開こうと、奮戦する。 その中の一人、【東シャンバラ・ロイヤルガード】の緋桜 ケイ(ひおう・けい)は悠久ノ カナタ(とわの・かなた)と共に、この作戦に参加していた。 だがその目的は、鏖殺寺院側のシパーヒーに搭乗する吸血鬼達の救済にある。 「彼等はきっと、タシガンの者達だろう。 だから、ウゲンに従っているに違いない!」 というのが、ケイの考えだ。 搭乗するイコンはアルマイン・マギウス。 シパーヒーは接近戦に持ち込んで戦おうとするだろう、と予測する。 「彼等は確かに強敵だ……」 一見しただけで、鏖殺寺院側のイコンに乗るパイロットたちの技量は、素人ではない、と推察する。 だが、彼女は操縦桿を握りしめる。 「俺には、性能差を補うだけの技術がある。 殺さなくても、倒せるだけの『腕』が。いくぞ!」 しかし、ケイの説得に吸血鬼達は応じない。 イコンはケイに挑んでは戦闘不能に陥ることを繰り返す。 「ケイさん! この!」 セタレが駆けつけた。 メイン・パイロットは遠野 歌菜(とおの・かな)。 サブパイロットに、月崎 羽純(つきざき・はすみ)。 歌菜の姿は超感覚発動に際し、銀狼の姿に変わっている。 「お手伝いしますよ! ロイヤルガードの方は早く! 女王の下へ!」 「ああ、そうだな。 それはわかっているが……」 一抹の不安を抱えるケイの傍に、一体のイコンが近づく。これは、ソーサルナイト。 「【アルマインの乗り手】――本郷 涼介(ほんごう・りょうすけ)、か?」 「いかにも」 陽気な声がイコンの通信機を通じて伝わる。 時折通信機を通じて戦況を伝える声は、彼のパートナーたるクレア・ワイズマン(くれあ・わいずまん)のものだろう。 「歌菜の言う通りだ。 ここは私達に任せて、あなたは女王陛下の下へ……」 彼は言い終わらぬうちに、 「くる!」 歴戦の勘だろう。 敵イコンの存在を感じて、とっさに反応した。 マジックソード! 剣の軌跡が、素早く宙に描かれる。 巨体を斬り裂かれ、洋上に落ちてゆくのは、シパーヒー。 接近戦は、アルマイン・ブレイバーの刃が制した。 そのまま近づこうとするシパーヒーに対しては、マジックカノンで牽制を図る。 「さすがは、【アルマインの乗り手】! 私達だって、負けていられないね! 羽純くん」 「ああそうだな、歌菜」 歌菜は加速+2を使い、近場のシパーヒーに急接近を図る。 「『ゲーム』だなんて……」 彼女は眉をひそめて呟いた。 「そんな事を言えるウゲンさんは、許せない! だから、このセタレで。 必ず女王を、救い出してみせるんだから!」 マジックソードを掲げる。 そのまま、周囲の敵イコンを勢いよく薙ぎ払った。 瞬く間に、数体のシパーヒーは撃墜される。 だが、敵の動きも速い。 っ! 危ない!! 超感覚が反応する。 歌菜はとっさにイコンを急旋回させる。細い体に、これ以上なく重力がのしかかる。 敵イコンの砲撃が捕えたのは、アルマイン・マギウスの影だけだった。 落ち着いたところで。 『はあぁ、助かったぜ! 歌菜』 通信機を通じて、サブパイロットの安堵の息が聞こえた。 「殺気看破は? 使ってないの? 羽純くん」 『いや、発動してはいるのだが……』 羽純の歯切れは悪い。 『そこら中だからな。 ここは戦場だ、絞りきれん!!』 背後に気配があった。 歌菜と涼介は同時に振りかえる。 アルマイン・マギウス――ケイだった。 通信機を通じて、ケイの必死の声が流れ込んでくる。 『待ってくれ! 皆。 あいつらを殺さないでくれ! 頼む!』 ■ 「それでは、ウゲンさんが敵とは思えない、と。 ケイさんはそう考えているのですか?」 2体のイコンは、顔を見合わせる。 そのパイロットは歌菜と涼介だ。 『そうだ。 確信できるだけの情報もないしな』 通信機を通じて、ケイの声が流れてくる。 『それに、あのシパーヒーのパイロットは、吸血鬼。 ウゲンに従うタシガンの者達だろう。 俺達と同じシャンバラの民であることにかわりはない。 七曜だって……』 言葉に詰まる。 『彼等だって、俺達と同じ学生であることに違いはないんだ。 出来る限り、誰も傷つけずに、アイシャを救出したい』 「なるほどね」 答えたのは涼介。歌菜は溜め息をついただけだ。 だが彼女の言葉には、頷けるだけの説得力がある。 それに、彼女があのヘクトルの気持ちを変えたことは、もはや周知の事実だ。 『城の内部へ向かう者たちの中には、おそらくウゲンを説得しようと試みる者もおるであろう』 声音が変わった。カナタだ。 『ケイたちがヘクトルを説得できたように、その者もウゲンを止めることができるかもしれぬ。 ……少なくとも、ウゲンの真意を知ることはできよう。 わらわたちに出来ることは、それまで無駄な犠牲者を増やさぬことよ』 「…………」 『魔王が敵だとは限らぬよ』 「……私達は、元々あなた方ロイヤルガードの手伝いをするために来たのですよ?」 答えたのは、涼介。 「ええ、そうですね。涼介さん」 穏やかな声で頷いたのは、歌菜。 「足を狙って、活路を開きましょう! それでいいですよね?」 砲撃を合図に、3体は間もなく拡散した。 狙うのは敵イコンだが、目的が違う。 『俺たちの目的は敵を倒すことじゃない……アイシャを助けることだ』 通信機を通じて、ケイの言葉が味方イコンのコクピットに流れる。 ケイ自身は敵イコンから距離をとりつつ、マジックカノンでの射撃を試みた。 それでもレイピアを取り出され、近づかれそうになった時は。 「俺のマギウス、頼む!」 抜群に機動力で、再び距離を取る。 そうして、彼等がシパーヒーを引きつけることにより、僅かながら味方を城まで通す道が、空中に開かれた。 「いまだ! 行くんだ! 皆!」 狭い血路を、味方の救出部隊が全速力で城目掛けて突進して行く。 「後は頼んだぞ……」 ケイは祈るような思いで、味方の背を見送るのだった。 クレアの通信による誘導もあって、一行は危なげなく「魔王のお城」へと近づく。 ■ だが、イコンを撒いても、彼らには最後の難関が立ちはだかる。 城を護る「吸血鬼」部隊、と追撃部隊だ。 ■ その、結果的には追撃部隊の足止め役となったのは、やはり【東シャンバラ・ロイヤルガード】の勇者だった。 真っ赤なイコン――高機動型シパーヒーを駆る。 傍目からは恐ろしく目立つ。 その速さは他の3倍……とまではいかなくとも、相当な速さをもつ機体だ。 「アイシャに、俺様の美を認めてもらう前に滅亡など……させるかっ!」 コクピットに座るは、変熊 仮面(へんくま・かめん)。 メイン・パイロットの彼は、「魔王のお城」を見据える。 「ウゲンめ…俺様の活躍の舞台を準備するとはいい心がけだ!」 だがその操縦は、未熟なパイロットのにゃんくま 仮面(にゃんくま・かめん)だけに、危なっかしい。 「女王を華麗に救出して株を上げるって……師匠が目立つ色にするから、敵の標的になってるにゃーっ!」 パニックに陥る相棒を尻目に、変熊仮面は別のことを考えていた。 ウゲンはあっという間にアイシャを奪い去った。 おまけに、この城。この護り。このイコン……。 (この能力……相当なエネルギーを必要とするはず) ゴーストイコンが脳裏に浮かぶ。 そして、ナラカの件……。 「まさか! あの無尽蔵のエネルギーを使って、陰で糸を引いたのは、 全て奴……?」 突飛な発想とは思えない。 「やはり! みんな、わかったぞ! ウゲンが全ての黒幕だ!!」 拡声器を使って、周囲の学生達に通達する。 ことの正確さを裏付けるように、変熊仮面のイコンは瞬く間に敵イコンの標的となってしまった。 「城に追い詰められたにゃ……。 撃墜されるのは嫌ーっ!」 にゃんくま仮面の叫びをよそに、変熊仮面は城の入口・正面で高速型シパーヒーの股を開く。 迎撃の姿勢を崩さぬまま。 「さ、早く! 城の中へ!!」 「ありがとう! 変熊仮面さん!」 一行は躊躇することなく、またの間をくぐりぬけて、城門前の陸地に辿り着く。 今は非常時だ。それに時間がない。 冷たく、さっさと侵入して行く仲間達を恨めしげに見送りつつ、変熊仮面は迎撃に徹せざるを得なくなるのであった。 「えっ、ちょっ…みんな待って! かっこよく女王様を救出するのは、普通美しい俺様の役目だろ〜!」 変熊仮面の絶叫が、拡声器を通して流れる。 次いで、すすり泣くような音も。 ややって、にゃんくま仮面の溜め息が宙に漏れた。 「師匠! ここは『俺に構わず先に行けっ』って言っておいた方が、 好感度上がるにゃ……」 ■ かくして城外のイコンは、8名をはじめとするイコン部隊の活躍で、その役割を果たした。 かの者達の中には天御柱学院の生徒達の姿もあり、彼らの協力があったことで、ことが首尾よく運んだことも記しておこう。 イコンについては、城門が狭かった所が災いした。 上陸は出来ても、中に入ることは出来ない。 無理に入っても、窓から見える城内の通路はせまそうで、とても行動は出来なさそうだ。 迷っている間に、敵シパーヒーに追いすがられて、引き摺りだされてしまう。 そうした次第で、イコン組は侵入を諦め、城外を手伝うこととなった。 イコンや戦艦を降りて、上陸した生徒達は、そのまま城を目指す……。