空京

校長室

【カナン再生記】決着を付ける秋(とき)

リアクション公開中!

【カナン再生記】決着を付ける秋(とき)
【カナン再生記】決着を付ける秋(とき) 【カナン再生記】決着を付ける秋(とき) 【カナン再生記】決着を付ける秋(とき) 【カナン再生記】決着を付ける秋(とき) 【カナン再生記】決着を付ける秋(とき) 【カナン再生記】決着を付ける秋(とき)

リアクション


黄金と白銀 6

 城門を守ろうとする最後の兵を倒して、シャムスたちはついに神聖都キシュの市街地へと踏み込んだ。一瞬、その広大さと精緻な造りに目を見張る。久方ぶりに来たキシュは砂の影響を受けてはいるものの、その多くは変わっていない。
 父に初めてキシュまで連れてきてもらったときの幼い記憶が蘇ってきた。そのときは――エンヘドゥも共にいたというのに。
「シャムスさん! 立ち止まってる場合じゃありません!」
 茅野瀬 衿栖(ちのせ・えりす)の声が聞こえた。気丈な彼女の声色にはっとなったとき、市街地に配置されていた神官騎士がシャムスに迫ってきていた。
 瞬間――中空から放たれたスナイパーライフルの銃弾が、最前の敵を撃ち抜いた。
「……!」
「行け、シャムス!」
 追いついてきた小型飛空艇から飛び降りたのは、先ほどの衿栖、それにレオン・カシミール(れおん・かしみーる)だった。彼はスナイパーライフルの弾丸を装填し、続けて二人目の標的を撃ち抜く。
「今は自分の役目に集中してください! 大丈夫です……敵はこちらでひきつけます!」
「衿栖の言うとおりだな。敵は背後からも来る。一気に駆け抜けろ!」
 衿栖たちの叱咤を受けて、シャムスは小さく頷くと近衛の南カナン兵たちを連れて市街地を突き進んだ。
 彼女たちの声に含まれるそれは、自分たちへの信頼への問いかけでもあった。それに、シャムスは応じたのだ。
 彼女を見送る間際に、衿栖のフラワシは追いかけようとする敵兵をなぎ払っていた。常人には見えぬ、衿栖を守る霊体たちは、意思ある刃のように衿栖の指示を的確に再現する。炎が業……と燃え上がると、背後から追ってきた敵の進行を食い止めた。
 レオンが衿栖だけに聞こえる声で呟く。
「胸の悪くなる話だな……モートという奴の戦い方は」
「そうですね。でも……それに屈するような私たちではないですよ」
「……当然だ」
 レオンは誇らしげに微笑した。
 その背後で、同じコントラクターたちがそれぞれに戦っているのを見た。その中には、敵との戦闘だけではなく、負傷兵たちの救助に当たっている者もいる。
 レッサーワイバーンに乗って戦場の中空を飛ぶ度会 鈴鹿(わたらい・すずか)織部 イル(おりべ・いる)も、そんなコントラクターだった。そして、そんな彼女たちと合流して負傷兵の介護に当たるのは七瀬 歩(ななせ・あゆむ)七瀬 巡(ななせ・めぐる)だ。
「鈴鹿さん! こっちです!」
 歩の誘導に従って、鈴鹿のワイバーンは地に降り立った。
「ルビー、ここで待っててください!」
 ルビーベルと名づけられたワイバーンは鳴き声をあげて応えた。このワイバーンは雌らしく、首に赤を基調とした花や手芸品をあしらった飾りを身に着けていた。ルビーを待機させて、鈴鹿はすぐに負傷した兵士をワイバーンの背に乗せようとする。
 それが例え、敵であろうとも、だ。
「大丈夫ですか? しっかりして下さい!」
「う、うぅ……」
 苦鳴をあげて苦しむ兵士を見て、鈴鹿は痛々しげに眉を歪めた。
 カナンでは元々神官職は尊敬され、民の生活になくてはならぬものだったと聞く。今は敵同士であったとしても、きっと彼らとはこの戦いが終われば分かり合えるはずだ。甘い考えだと言われようと、鈴鹿はそれを信じていた。
 そして無論――その思いは、歩たちとて同じだった。
「かなり傷ついてる。ここで少し治療していかないといけないかもしれない」
「ええ……分かりました。イル、サポートをお願いします!」
「うむ……任せておけ」
 鈴鹿が負傷兵を介抱する間にも、敵の攻撃は止むことがないだろう。負傷兵に応急処置のヒールを施しながら、なんとかルビーの背に担ぎこもうとするとき……敵の歩兵がこちらに気づいた。
「……そうは、させんぞ!」
 即座に、イルはアボミネーションを発した。彼女の背後から垣間見えたおぞましき気配が、兵士に恐怖を植え付けて足をすくみあげさせる。この隙に、早く負傷兵を連れてこの場を離脱せねば。
 そう思ったとき、別の方向から新たな敵兵が近づいていた。
 間に合わぬ……!
「やらせないよ!」
「巡……!」
 とっさにイルの援護に入った巡の剣が、敵の行く手を阻んだ。水晶の刃は敵の眼前に振り下ろされ、それに思わずのけぞったその隙に、イルの使い魔――狐がどこからともなく現れて敵兵を叩き伏せた。気絶した敵を確認して、ようやく安堵の息をつく二人。
「助かったわ、巡よ」
「えへへ〜♪ そんなに褒めたって何も出ないよ〜」
 嬉しそうに笑う巡。と、その間に、どうやら負傷兵の介抱は終わったようだった。
「んむ……終わったのかえ、鈴鹿」
「はい。いったん、この場から離脱しましょう。救護班が安全な場所で待機してますから」
 そうして飛び立とうとする鈴鹿たち。それに、歩はついていこうとはしなかった。
「先に行ってて、鈴鹿さん」
「歩さん……?」
「まだ傷ついてる兵士さんたちは、たくさんいるから……あたし、ここでしばらく治療に当たりたいと思うの」
 鈴鹿は一瞬、戸惑ったように逡巡した。だが、彼女は気づく。自分がワイバーンに乗って出来ることがあるように。彼女にもまた、自分がやりたいこと、やるべき事を見つけているのだと。同じところにいることが、必ずしも誰かを救うことに繋がるわけではない。
 ルビーが、首をかしげて可愛らしげに鳴いた。
「救護班にこの方を引き渡したら、また来ます。無事でいてください」
「……うん。お互いに」
 そうして、鈴鹿と歩は分かれた。飛び立ったルビーの背中を見送って、歩たちは視界の隅に停めていた軍用バイクに乗り込む。あたしに出来ることは……この地に留まって少しでも多くの命を救うこと。
 ふと空を見上げると、開かれた城門の向こう側――その空で、金色と銀色の二つのイコンが戦っているのが見えた。戦争の最中だというのに、思わず……その光景を美しいと思ってしまった。それほどまでに、二体のイコンには、そこにしか存在し得ない輝きがあったのだ。
 だが同時に、歩の表情は翳りを見せた。
 話によると、あのエンキドゥに乗っているのは、シャムスの妹――エンヘドゥだという。一度は助かった身でありながらも、再び彼女は自分たちの前に立ちはだかる敵となったのだろうか。また一緒に、そして今度は、シャムスと姉妹として過ごせる日々が戻ってきたというのに。
「歩ねーちゃん?」
 巡の心配そうな声を聞いて、歩は不安をぬぐうように顔を振った。
 大丈夫だ。きっと、きっと――皆ならやれる。絶対に、皆なら彼女を助けられる。だから、あたしはその時を信じて待ってよう。自分にやれる、精一杯の中で、戦いながら。
「行こう、巡ちゃん!」
「わわっ、待ってよ、歩ねーちゃん!」
 慌ててサイドカーに乗った巡とともに、歩のバイクは戦場を驀進した。