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リアクション
●いざ、貴婦人の間へ(1)
貴婦人の間に向かう道なりはまるで遠回りをさせられているかのように、何度も何度も何かを避けるように迂回しているかのようだった。
「この先を曲がった所だ」と椿 椎名(つばき・しいな)は言った。
ようやく目前にまで迫れたのだろうが、それでもまずに『この先』といった道がとてもに長かった。
長く広い一本道。左壁部には小振りの扉が幾つもに並び、右壁部は大きな窓が貼り並んでいる。神殿内外壁部に面した通路といった所だろうか、窓から射す光りがこの道ばかりを明るく感じさせていた。
「そろそろかしらね」
駆けながらに伏見 明子(ふしみ・めいこ)は携帯電話を取り出した。
「ねぇねぇ、アイツ、何て言って出ると思う?」
訊かれたレヴィ・アガリアレプト(れう゛ぃ・あがりあれぷと)はどうにも気乗りしない様子で「さぁ」と答えた。明子はと言えばレヴィのローテンションぶりを気にかける事もないまま、
「『オイオイ何時まで待たせりゃ気が済むんだ』とか言っておきながら『まぁおかげで体は十分に暖まったがな』とか何とか言ったりすんのよ。まったく、男のツンデレなんて面倒なだけよね」
「へぇ…… そうかい」
魔鎧形態のセーラー服状態で明子に装しているため彼女の心拍数が伝わってくる。…………さっきから微妙に上がっているのが気にくわない。
「あ、でもここは敢えて『加減は無しだ! 巻き込まれたく無ぇ奴は下がって寝てな!』とか言う前に『よく見つけやがったな、上出来だ』とか言ったりして? 労をねぎらってから突き放す、みたいな?」
「知らねェよ。つーか早くかけろ。そもそも清泉の携帯にかけるんだから、ジバルラの奴が出るわけねェだろ」
「………… あらあら? どうしてご機嫌ナナメ?」
「こうも頭の上で浮かれた声を聞いてりゃ誰だってそうなるだろうよ」
「………… 浮かれてる? 誰が?」
当事者が盛大にトボケていた。ついでに「ハァ……」とため息を吐いたと思ったら、なぜか哀れんだ瞳で「そんなんじゃモテないわよ」なんて言っていた。俺、間違ったこと言った?
「遅ぇよ!!!!」
「うっ……」
明子が思い切り携帯を耳から離した。というより本当にジバルラが出た。通路の奥には神官兵の姿も見え始めてる、しかもどんどん増えてんだ、長く話してる暇はないぞ。
「どんだけ待たせるんだ!」等々言っていたようだが、「退いてろ」という言葉を最後に電話を切ったようで。事が起こったのはその直後だった。
駆ける軍兵、迎え撃つ神官兵。その両者がぶつかろうという瞬間、爆発したように窓ガラスが砕け飛び、壁をブチ破ってジバルラの巨竜が入ってきた。
彼に次いで『宮殿用飛行翼』で飛行する清泉 北都(いずみ・ほくと)が入りてきたが、彼は「まったくもぅ、本当にやるんだかなぁ」なんて言いながら早速、神官兵に『則天去私』をお見舞いしていた。
確かに弓を構える神官兵の姿は見てとれたが、状況把握も含め、恐るべき適応力だった。
「わぁ、恐ろしい数ですね」
クナイ・アヤシ(くない・あやし)が敵を見下ろしながらにそう漏らした。
「よくもまぁ、これだけ集めたものです」
「そう思うなら早く手伝ってよ。頼りにしてるんだからさ」
北都から『荒ぶる力』の施しを受けた。これなら始めから全力でいける。
「悪く思わないで下さい」
突如現れた巨竜を囲むように弓矢を向ける神官兵たち、クナイはその群れに跳び向かい『サイドワインダー』で弓を持つ腕を、または脇を、足を腰を貫いていった。ネルガルという巨悪に従い民を苦しめた事への罰、『天罰』であるとばかりにその身を貫いていった。
「オイこら! 余計な事するんじゃねぇよ、俺に向けられた殺気は俺の物―――って!!」
「ごにゃ〜〜〜〜〜ぽほほほほ〜〜〜☆☆☆」
神官兵たちの間を鳴神 裁(なるかみ・さい)が縦横無尽に駆けていた。『ロケットシューズ』の加速力に加え、僅かに宙に浮いているのはパートナーで魔鎧のドール・ゴールド(どーる・ごーるど)の『レビテート』だろうか、2人もジバルラと共に神殿外からの突入を成してきた。
「ジバジバは結構無茶な戦い方をするからね」
「裁も大概だと思うのはボクだけですか〜?」
駆けながらに気まぐれのようなタイミングで『真空波』を放っている。ドールの疑問符付きの指摘の通り無差別と言えなくもない。時折上がる悲鳴が神官兵のものである事を祈るばかりである。
「テメェ等ひとの話を聞けよ、俺の獲物を取るんじゃねぇって言ってんだ―――」
「だァりゃあ!!」
竜上のジバルラに斬撃が降り落ちた。『金剛力』を発した上での『一刀両断』だったがジバルラはこれを、
「ほぉ、受けるか」
「つっ…… 何だテメェは」
「んな事ぁどうでも良いだろうよォ!!」
竜の首や背を足場に白津 竜造(しらつ・りゅうぞう)は更に『長ドス(虎徹)』を振ってゆく。ジバルラはこれを『メメント銛』で受けては強引に力で弾いていった。
「どォしたァ!! 打って来いよ、俺はてめぇと殺し合いをしに来たんだぜ!!」
「ふっ………………。あぁそうかぃ…… そういう輩かよ……」
竜造に装されているアユナ・レッケス(あゆな・れっけす)がジバルラの殺気に圧され身を震わせた。
「竜造さん…… あの……」
「ようやくその気になりやがったか」
『殺気看破』を使うまでもない、刺すような目つきに加えて、『龍鱗化』による皮膚の硬質化が始まっている。自分たちを敵と認識した、そう考えて間違いないだろう。
「あの…… 私『アルティマ・トゥーレ』使えるから……」
「あぁ、有り難く使わせてもらうぜ。ちっとばかし痛くても泣くんじゃねぇぞ」
「あ………… はい……」
あんまり無茶しないで、とは言えなかった。言っても聞かないだろうけど、でも万が一にもこの一言が邪魔になってしまったら……。とうとうアユナは言えなかったようだ。
「あれはダメですね」
水神 樹(みなかみ・いつき)が椎名に告げた。ジバルラ、竜造の目が本気だった、言って止まるものでは無いだろう。
「先に行きましょう、私たちは人質の救出に」
マルドゥークの軍兵に加え、明子、北都、裁たちも居る。神官兵との戦いは任せても大丈夫だろう。
「ここは俺が預かります」
このセリフは戦場で発せられたのではない。粛々と、それでいて重厚に語られた言葉には妙に説得力があって。扉前を固めていた兵たちは彼一人を残して警地を離れていった。