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魔術書探しと謎の影

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魔術書探しと謎の影

リアクション

 第1章 はじまり

「ぞろぞろと何の用ですぅ。油を売ってる暇があったらさっさと本を探してきなさあぃ」
 校長室。いつものように不遜な態度をとるエリザベート・ワルプルギス(えりざべーと・わるぷるぎす)の前には、『詳説魔術体系』の情報を集めんとする大勢の生徒が集合していた。
「校長、実はいくつか本をもってきたんです。どれも『詳説魔術体系』とは少し名前が違うんですけど、万が一当たりがあったらと思って」
 そう最初に言ったのはリリ・スノーウォーカー(りり・すのーうぉーかー)だ。
「なんですぅ? 私の記憶が間違っているとでも言うですか。まあいい、見せてみるですぅ」
「はい、これが『魔術体系解説』、『詳説魔術師列伝』に『読本魔術体系』、こっちが『詳説グリモワール体系』です。お探しの本はありますか?」
「うーん、どれも読んだことはありますけど、探しているものとは違うですぅ。もっとこう、なんというかぁ」
「校長先生、『詳説魔術体系』の特徴を絵に描いてはいただけませんか?」
 織機 誠(おりはた・まこと)が色鉛筆とスケッチブックを差し出す。
「絵ですかぁ。仕方ないですねえ」
 エリザベートは嬉しそうに色鉛筆を手に取る。やはりこういうところはまだ子供なのかもしれない。
「えーとですねぇ……」
 本の特徴を思い出しながら楽しそうに絵を描いていくエリザベートに、誠はもうひとつ質問をする。
「先生、先生はその本を読まれた後どうされたのですか? どこかの本棚に戻したですとか、司書さんに返したですとか」
「私はここの図書館から借りて読んだのではないですよぉ」
「え、それでは図書館にあるかどうかは分からないのでは……」
「大丈夫、我らがイルミンスール大図書館にならきっとありますぅ」
 生徒たちがどよめき始める。
 重い空気を払拭するように、カレン・クレスティア(かれん・くれすてぃあ)が元気な声で言った。
「ねえ先生、本の色は? 幅と厚さは? 表紙の絵柄は?」
 彼女は赤い革の手帳を肌身離さずもち、気になったことはメモを欠かさない。
「次々とうるさいですねぇ。そんな細かく覚えてないですぅ」
「そこをなんとか! 校長先生ならきっと思い出せますよ! 哀れな生徒たちにどうかヒントをお与えください」
 遠野 歌菜(とおの・かな)が必死でおだてる。
「うーん、確か色はこんなでぇ、おっきくってぇ、表紙にはこーんな絵がかいてあったような」
 どうやら目的の本は電話帳ほどの厚さもある大判の本で、色は青みがかった黒。表紙にはヘビのような何かが絡み合う様子が描かれているようだ。
「何語で書いてあるんですかー」
 若干間延びした声で質問する片野 永久(かたの・とわ)に、エリザベートはラテン語だと答える。多くの生徒が気になっていた背表紙の特徴は、題名がイタリック調のラテン語で書かれ、魔法陣のようなものが目印。内容は題名の通り魔術体系について詳述されたものらしい。
「できたですぅ。我ながらよく特徴を捉えてるですぅ」
 エリザベートが得意げに絵を見せる。生徒たちはそのあまりのできのひどさに言葉を失ったが、無論指摘するわけにもいかない。
「あ、ありがとうございます」
生徒の一人が大人しく絵を受け取った。
上機嫌なエリザベートを見て、ソア・ウェンボリス(そあ・うぇんぼりす)が尋ねる。
「先生、先生はどうして今になってその本を読みたくなったんですか?」
「そうですねぇ、無事に本が見つかったら、そのときに教えてやりましょう」
 そう言うエリザベートの顔はいつもと少し違って見えた。
 生徒たちが校長室を後にしていく中、樹月 刀真(きづき・とうま)はエリザベートの前に歩み出て言った。
「あの、エリザベート先生、もし俺が『詳説魔術体系』を見つけたら、大図書館への自由入館を許可してもらえませんか。どうしてもお願いしたいんです」
 読書にハマったパートナーの漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)が食費まで本代につぎ込み始めたので、刀真は必死だった。
「んー? よく見れば蒼空学園の生徒じゃないですかぁ。気に入りませんねぇ」
「お願いします……エリザベートさん。生活がかかっているんです」
 月夜もじっとエリザベートを見つめる。
「まあ、あなたたちが一番に見つけ出したら考えてやらないこともないですぅ」
「あ、ありがとうございます」
 刀真たちは手を取り合って喜ぶと、一礼して部屋を出て行った。
 他の生徒たちがいなくなった後、校長室にはまだ二人の生徒が残っていた。深見 ミキ(ふかみ・みき)メニエス・レイン(めにえす・れいん)だ。
「まだなんか用ですかぁ?」
「校長先生、図書館の司書にアーデルハイト・ワルプルギス(あーでるはいと・わるぷるぎす)様に匹敵する魔女がいるという噂は本当なんですか?」
 ミキよりも先にメニエスが口を開く。
「そんな話は知らないですねぇ。興味もありません」
「あたし思うんです、その司書って実は世界樹イルミンスールそのものなんじゃないかって。そうすれば誰も姿を見たことがないのも、本の整理がいい加減なのも説明がつきます」
 この発想にはミキも驚いた。
「イルミンスールが? 面白いことを言う生徒ですねぇ。そういうのは嫌いじゃないですよ。ふふ」
「脈なし、か……深見さん、あなたは? 校長先生に何か聞きたいことがあるんじゃないの」
「あ、大丈夫でございます。私もメニエスさんと同じことをお伺いしたかったもので」
 『詳説魔術体系』についても司書についても他の生徒が聞いてくれたので、ミキは話を聞いているだけでよかった。
「そっか。それじゃあ校長先生、ありがとうございました」
「失礼いたします」
「ちゃんと探すのですよぉ」
 
 一方校長室の外では、生徒たちがエリザベートの描いた絵を見てがやがやとしていた。
「何これ、ぐちゃぐちゃじゃん」
「最低限の情報は聞けたけどさ」
「これじゃあ本物を見ても分からないかもな」
 どうしたものかと生徒たちが困っていると、仮面にマント(制服)を羽織った自称お茶の間のヒーロー、クロセル・ラインツァート(くろせる・らいんつぁーと)の声が響き渡った。
「みなさん、ちょっとこれを見てください。この本ではないでしょうか」
 いつもは三枚目(自分では二枚目のつもりらしいが)の彼も、今日ばかりはいささか真面目なようだ。携帯電話からインターネットを使って『詳説魔術体系』の画像を表示する。
「どれどれ? あ、確かにそれっぽいかも」
「おい、ラテン語読めるやついるか」
「私少しなら読めるけど、題名も合ってると思うよ」
「それにしてもこの校長の絵。かろうじて原型をとどめて……いるか?」
「どうかしたですかぁ?」
 いつまでも校長室の前で騒いでいると、部屋の中からエリザベートの声がする。生徒たちは慌てて退散した。

 日奈森 優菜(ひなもり・ゆうな)はパートナーの柊 カナン(ひいらぎ・かなん)を連れて大図書館に来ている。生徒から情報収集をするのが目的だ。蒼空学園所属の優菜は、どこから調達してきたのかイルミンスール魔法学校の制服に着替えていた。
「それじゃあ兄さん、聞き込みを……」
 優菜が傍らに視線を送ると、カナンはにやけた顔できょろきょろとしている。
「おー、あの娘かわいいなあ。いやいや、あっちの娘もなかなか」
 カナンは女性と見間違うような風貌をしていながら、女に目がないのだ。
 そんなカナンに優菜は無言で冷ややかな視線を送る。
「う、ユウ。そんな目で見ないで……分かった、真面目にやるって。まあ見てて」
 カナンはそう言うと、男子生徒には目もくれず、一人の女子生徒に声をかけた。
「コホン、失礼お嬢さん。『詳説魔術体系』という本をご存じないですか?」
 女子生徒は一瞬びっくりした表情を浮かべた後、知らないと答える。
 二人はその後も聞き込みを続けたものの有益な情報は得られず、図書館を後にした。

 昼の図書館には狭山 珠樹(さやま・たまき)の姿もあった。今日も頭巾の先からモヒカンをのぞかせている。
 彼女はせっかくかわいらしい顔立ちをしているのに、野球試合のために髪型をモヒカンにしたという強者である。
 珠樹の傍らには友人の新宮 こころ(しんぐう・こころ)。小柄で子供っぽいその外見は、珠樹との取り合わせがなんともアンバランスだ。食べ盛りの彼女は(その割には一向に身長の伸びる気配がないのだが)いつものように「おなかすいたー」と漏らしていた。
「それではこころん、我は図書委員に話を聞いてきますわ」
「うん、ボクは特別司書室に行ってみるね」
 ここで二人は別れ、別行動をとることにする。
 珠樹は『詳説魔術体系』について図書委員に尋ねてみたが、知らないとのことだったので、図書館の蔵書目録を見せてもらうことにする。
「こちらが目録です。大分古いものですし、いい加減なところもあるのでお役に立つかは分かりませんけど」
「我は図書館の常連なので、ある程度の目星はつきますわ」
 珠樹はざっと目を通して分厚い目録を返すと、もう一つ図書委員にお願いをする。
「職員名簿が見たいのですけれども。ここの司書さんが載っていませんかしら。何やらすごい人物らしいですけれども」
「ああ、あの噂ですか。実はここの司書にとてつもない力の魔女がいて、非常に大きな権限をもっているという」
「ええ」
「一応これが職員名簿です……うーん、やっぱり普通の司書さんたちしか載っていませんね。そんな人本当にいるんでしょうか。ただ、使われていない特別司書室は確かにあるんですよね」
「なるほど、載っていませんわね。ありがとうございます。参考になりましたわ」

 そのころ、こころはまさにその特別司書室の前にいた。図書館常連の珠樹と仲の良いこころは特別司書室の場所を知っていたが、まだ中に入ったことはない。
 ノックをしても返事はなかった。鍵がかかっていなかったので静かに扉を開けた瞬間、思わず声が出る。
「うわ、何これ。汚っ」
 司書室の中には埃が舞い散り、種々の書類や本が散乱していた。こころは足下に気をつけながらゆっくりと進み、堆く本の積まれた机に一枚の紙をおく。彼女は律儀にも今夜図書館で本探しをすること、ちらかした本は片付けることを司書に伝える手紙を書いてきたのだ。
 できれば司書にも挨拶をしたかったのだが、部屋には誰もいない。やはり単なる噂で、本当は司書なんかいないのかもしれない。しかし、この部屋から感じる言葉にできない迫力を前にしては、その存在を信ぜずにはいられなかった。

 図書委員に特別司書室の場所を教えてもらったメニエスは、こころと入れ違いになる形で特別司書室にやってくる。ドアを開けた彼女はこころと似たような反応をする。
「すごい……これだけの資料があるのに鍵がかかってないなんてやっぱりおかしいわ。盗難防止の魔法でもかけてあるのかしら」
 メニエスは手記でも見つかれば、と思い部屋中を探したが、それらしききものは出てこない。さすがに疲れて椅子に座ったとき、机の上にこころの残していった手紙を見つけた。
「ふうん、律儀な人もいるものね」
 メニエスは手紙を置くと近くにある本を手に取り、読み始める。手がかりがないからといってこのまま帰るのはしゃくだった。

 十六夜 泡(いざよい・うたかた)とミキはアーデルハイトの元に向かっている。泡はエリザベートが本探しを命じた時点で詳しい情報を提示しなかった以上、彼女から情報を引き出せる確率は低いと考えている。エリザベートの先祖であるアーデルハイトなら目当ての本を読んだことがあるかもしれない。ついでに司書についても尋ねたかった。
 ミキももちろん『詳説魔術体系』のことは知りたかったが、彼女の主な目的はむしろ情報集をして司書を見つけ出すことにある。
 アーデルハイトに聞きたいことが一致している二人は、一緒に行動することにしたのだ。
「む、何じゃ? 生徒から会いに来るとは珍しい」
 泡とミキを見て、アーデルハイトが嬉しそうに言う。
「ちょっと聞きたいことがありまして。『詳説魔術体系』という本を知りませんか」
 凛とした泡はアーデルハイトの前でも縮こまる様子はない。
「エリザベートの件か。うーむ、そんな名前の本を読んだこことがあるようなないような……本は数え切れないほど読んでおるからのお」
「何か特徴とかが分かれば助かるんですけど」
「さーのお。分厚そうな名前じゃがな。はは」
 ミキはアーデルハイトの様子をエリザベートと重ね合わせ、二人の血がつながっていることを実感する。
 泡はこれ以上は無駄だと悟り、口をつぐむ。そこで今度はミキが話し始めた。
「アーデルハイト様、図書館の司書については何かご存じないでしょうか。アーデルハイト様に匹敵する魔女だという噂を耳にしたのですが」
「知らぬのお。第一、わしに匹敵する魔女などおるはずもなかろうて。どこぞの物好きがでっちあげた話じゃろう」
「そうでございますか……」
 二人は礼を言って踵を返す。
「まあせいぜい頑張るのじゃな。あまりあやふやな情報に頼るんじゃないぞ」
 その背にアーデルハイトがそう楽しげに声をかけた。
「無駄足だったみたいね。私は一応本を探してみるつもりだけど、深見さんはどうするの?」
「実は既にエリザベート様のお話も伺ったのですけれど、噂の司書さんについては何も分かりませんでした。ですので、私も大人しく本を探そうと思っております」
 そうしてミキは『詳説魔術体系』について自分の知っている情報を泡に教える。
「これはいいことを聞いちゃったわ。ありがとう。私も司書について何か分かったら教えるわね。それじゃあまた。お互い頑張りましょう」
「はい、ごきげんよう」

 今回の件で『詳説魔術体系』や司書を捜すことに興味をもつものがいれば、当然謎の影に興味をもつ者もいる。酒杜 陽一(さかもり・よういち)とパートナーのフリーレ・ヴァイスリート(ふりーれ・ばいすりーと)もそのうちの一組だった。
 陽一はあらかじめ図書館内の下見をしつつ、人の寄りつかないそこかしこの暗がりにピスタチオの殻を散布する。そうしておいて自分は暗がりの本棚の上に登り、暗視ゴーグルにイヤホン型集音器、指向性ガンマイクといういでたちで腹ばいになって夜を待つ。作戦が開始されればフリーレと連携して謎の影を捕獲する予定だ。
 また、今回の騒動には興味のないヴィルジール・ブリアン(びるじーる・ぶりあん)は時間が許す限り本を読むつもりだが、何もしないのもつまらないので、パートナーのティタニエル・タイプスリー(てぃたにえる・たいぷすりー)に影の調査をする者に助力するよう命じた。
 ミューレリア・ラングウェイ(みゅーれりあ・らんぐうぇい)水神 樹(みなかみ・いつき)佐々木 弥十郎(ささき・やじゅうろう)とパートナーの仁科 響(にしな・ひびき)水橋 エリス(みずばし・えりす)の五人は謎の影探査チームを組んでいる。彼らは事前に携帯電話のアドレスを交換しており、何かあれば連絡がとれるようにしてある。
 ミューレリアは用意したネットなどの道具で罠を作り、チームで決めた袋小路に仕掛ける予定だ。ネットの色は図書館の天井に近い色のものを選んである。
 天井にネットを貼り付け、切れ目を入れたガムテープで固定。切れ目にはピアノ線を通しておき、近くのミューレリアが隠れる場所までピアノ線を延ばす。このピアノ線を引っ張るとガムテープが切れ、ネットが落ちてくるという寸法だ。ネットが落ちてくるときに本棚に引っかからないよう、場所が狭すぎたら本棚を動かして広くしておく。
 そうして、仲間が追い込んだ謎の影が罠の場所に来たら罠を発動。影を捕縛するのだ。百合園女学院ではできない冒険に、彼女の胸は高鳴っている。
 薔薇の学舎の生徒である弥十郎と響は昼の間に下準備をしておくのが役割だ。下準備というのは本棚のレイアウト変更。チームメイトが謎の影を袋小路に追い込んで捕まえられるよう、図書館のルートを変更するのだ。
 響は広大な図書館の中で迅速かつ的確にルート調査と袋小路の位置選定を行い、弥十郎にレイアウト変更の指示を出す。小さい頃から本の虫である響は、率先して仕事を終わらせ、たくさんある魅力的な本を読みたくてたまらない。
 響がルートの調査を行っている間、弥十郎はいくつかの本を手にとって眺めてみる。しかし、内容がどれもよく分からないので、次々と本棚に戻していった。そんな中、ある一冊の本が彼の目を引いた。
「『誰にでもできる簡単トラップ術』? どれどれ……え、何このトラップ、真面目に金ダライとか使っちゃってる。うわあ、面白い。こんな本まで置いてあるんだ。さすがにイルミンスールの図書館は違うなあ」
 弥十郎が関心して本を読みふけっていると、響がやってくる。
「もう、探しましたよ! こんなところで何をやっているのですか」
「あ、ごめんごめん。面白そうな本があったからついさ」
「貴公はのほほんとしすぎています。さあ、早く本棚を動かしてください」
 弥十郎が響に叱咤されてようやく本棚を動かし終わると、響は二枚の紙を弥十郎に渡した。一枚はレイアウト変更前のルートを記した地図、もう一枚は変更後のルートを記した地図だった。
「わあ、さすが。君は本当に仕事が早いね」
「レイアウトの変更中に本の並びがおかしいことに気がついたので、整理してきます」
 几帳面な響はてきぱきと作業をこなす。ようやく全てが終わり、響が満足ゆくまで本を読み終えると、二人はチームのメンバーの二枚の地図と、念のため懐中電灯をチームのメンバーに渡しに向かった。