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リアクション
開会式
夏の終わり、そろそろ秋風が吹き始める季節。
だけど、イルミンスールの森は、再び真夏に戻ったのではないかと思えるほど暑く、強い日差しが降り注いでいた。
まるで、今日のバトル開催を祝福するかのように。
「開会宣言をいたしますわぁ!」
イルミンスール魔法学校校長エリザベート・ワルプルギスは、特設ステージの中心に立ってマイクを持った。
「みなさぁん、このイルミンスール初となる公式ムシバトルにお集まりくださって、ありがとうございますぅ!」
わぁぁぁ……! 大きな歓声。
ステージをぐるりと取り囲むのは、各地から集まってきたブリーダー、大会関係者、観客たち。
「ここに、公式ムシバトル開会を宣言いたしますぅ!」
ぽーん! ぽんぽんっ!
ステージを囲むイルミンスール生徒達が炎や氷を打ち上げた。上空ではじけて輝く。それが、開会の合図だった。
続いてステージにルールが書かれた巨大看板が登場し、説明が始まった。
看板の内容は以下の通り。
●バトルはトーナメント制です。対戦相手は、ゼッケンの数字が若い順から組み合わせてあります。
●勝負は時間無制限一本勝負。虫が動けなくなるか、バトルステージから場外に落ちた場合に負けとなります。
●援護は1バトル1回まで。アイテム援護は禁止です。その他、協議が必要になった場合、決定権はエリザベート校長にあります。
●魔法などの援護でセコンドが疲労した場合、回復のため休憩をとっていただける部屋を校舎に用意してあります。
●今トーナメントのシード権は、主催であるエリザベート校長が招待した特別選手に割り当ててあります。
●今回のバトルは特別に、公営ギャンブル営業を許可してあります。パドックはステージ北側、勝虫投票券売り場はその隣にございます。ご利用は計画的に。
「ルールの説明も済んだことですしぃ、さっそく試合をはじめまぁす!」
Aブロック
第一試合
「いーーーよいよ始まったムシバトル! これを見ないで夏を終われるか? 否! 今が一番暑いアツイ熱い夏なんだぜーーー!」
Aブロックの実況を担当するヴェッセル・ハーミットフィールド(う゛ぇっせる・はーみっとふぃーるど)が、放送席から身を乗り出しながら叫んだ。
ぱたぱたぱた。「Aブロック第一試合」と書かれたプレートを首から提げて、ラウンドガールのマナ・ウィンスレット(まな・うぃんすれっと)が、ステージの周辺を飛び回る。
愛らしいドラゴニュートのラウンドガールに、客席からは「かわいー」という声が漏れている。
「まずは赤コーナーから、オオカメテントウムシのマグロ丸のーーー入場だ!」
ふしゅうううぅぅ。吹き出すスモーク。
花道を堂々と歩いてくるのは、オオカメテントウムシのマグロ丸と、ブリーダーであるベア・ヘルロット(べあ・へるろっと)とマナ・ファクトリ(まな・ふぁくとり)だ。
「遂に来たな……マグロ丸」
「絶対にいけるよね。頑張ったもん!」
マグロ丸は2人の声にこたえるように、身を低くして威嚇のポーズをとった。
「テントウムシっていう虫はおとなしいイメージがあるけど、解説のファタ嬢、どうなんだい?」
ヴェッセルは、放送席で隣に座っている解説のファタ・オルガナ(ふぁた・おるがな)に振った。
「確かに鈍い。飛ばなければ足は遅い」
「だよなぁ。俊敏なイメージはないな」
「じゃがのぅ、とてつもなくカターイのじゃよ。あやつも、ちょっとの攻撃ではビクともしないじゃろて」
光り輝くマグロ丸のボディは、鉄製オブジェのようだった。
「続いてーーー! 青コーナーより、パラミタオオカブトムシのアーサーの入場だっ!」
おおお……! ざわめく場内。
鋭い立派な角を持つオオカブトムシは、いつでも人気が高い虫だ。
「ふふ。注目浴びてるわよ、アーサー」
ブリーダーの宇都宮 祥子(うつのみや・さちこ)は、アーサーの大きな体をなでた。
「相手も強そうですけど……この子なら……!」
祥子のパートナーセリエ・パウエル(せりえ・ぱうえる)も、アーサーを見上げてつぶやいた。
続いてバトルステージに、このAブロックでレフェリーを務めるクロセル・ラインツァート(くろせる・らいんつぁーと)が上がり、両サイドと観客席に向かって一礼した。ラウンドガールの仕事を終えたドラゴニュートのマナが、ぴとっとクロセルの頭の上に降り立った。そこで観戦するつもりらしい。
「セコンドアウト!」
クロセルが両セコンドに指示を出した。2匹とも、すべきことを理解している。真ん中に立ち、身構える。
「レディーーーーー……ファイッ!」
「さあ試合開始! 最初に動くのは……ってあれ?」
じりじり、じりじり。2匹とも動きが鈍い。
「むぅ。テントウムシだけでなく、あのカブトムシも素早く動くのは苦手のようじゃ」
「早く激突してくれよ! ウズウズするぜっ!」
「焦っても無駄じゃ。素早さは互角、といったところじゃのう」
2匹は、お互いのスキを狙っているようだ。双方素早さは互角。一撃、一撃が重要になる。
「どうした、マグロ丸!」
「いけー、アーサー!」
どんっ! 最初に動いたのはアーサーだ!
ガキィィン! 金属同士が激しくぶつかったような音が響く。
「堅い!」
セリエが思わず目を閉じる。
「大丈夫、全く効いていないわけじゃない!」
堅いマグロ丸も、アーサーのパワーに押されて一瞬ぐらつく。
「反撃だ、マグロ丸!」
キィン! マグロ丸から繰り出された一撃は、アーサーにヒットした!
「イタタ……やるわね。アーサー、もう一撃よ!」
一瞬崩れかけた体制からの、アーサーの一撃は、マグロ丸の足元目がけて飛んでいった! ガキィィィン!
「ああああっ!」
ずどーん! なんとマグロ丸が背中から転んでしまった!
じたばたじたばたじたばたじたばた。
「た、立ち上がらないけど……。ファタ嬢……解説を」
困った顔のヴェッセルに、ファタは落ち着いて解説した。
「悲しいかな、これがテントウムシの運命じゃ」
「もっと分かりやすく言ってくれ!」
「テントウムシはな、背中から落ちると自力では立ち上がれないのじゃ。そしてそのまま死んでしまう……故に「転倒虫」というのじゃ」
「それはウソだろ……。」
このままマグロ丸が起き上がれずに試合が終わってしまうのだろうか。
「まだ終わらせないぜ。マグロ丸、パワーブレスだ!」
ベアからマグロ丸に、援護のパワーブレスが飛んだ!
『!』
パワーが上がったマグロ丸は、なんと自力で立ち上がろうとしている!
「テントウムシが自力で立ち上がるところを目にするなんて……」
「マグロ丸、お願い! 頑張ろう、頑張ろうよっ!」
マナの声が届いたのだろうか。マグロ丸にぐっと力が入る。
「よし、立て! マグロ丸!」
ふらつきながらもマグロ丸が立ち上がった、その時!
「今だ、アーサー!」
アーサーから渾身の一撃が飛んできた!
「マグロ丸……よ、避けられないか!」
『!!!』(オレ、この大会が終わったら結婚するんだ……)
「マグロ丸ーーーーーー!」
ずどーん。
マグロ丸の巨体は、バトルステージの外に落ちてしまった。
「場外! 勝者、アーサー!」
レフェリークロセルが、アーサーの勝利を宣言した!
ステージ中央で、角を高く振り上げるアーサー。
「よし今だ! ひっぱれー! せーーーのっ!」
ずうぅぅぅん。
場外ではマグロ丸が、セコンドと数名の観客の手を借りて起き上がったところだった。
無事に起き上がることができて、ほっとした様子のマグロ丸。
「マグロ丸……ごめんな。おまえは頑張ったよ」
「いい思い出できたよね! 立派に戦ったもん!」
ねぎらいながら体を拭いてくれるベアとマナに、マグロ丸は甘えるようにすり寄った。
すりすり。
2人の愛情に喜んですり寄る姿は、まるでテントウムシがサンバを踊っているかのようだった。
「また来年、頑張ろうね」
第二試合
ぱたぱた。ラウンドガール・マナが「第二試合」のプレートを下げて飛んでいる。
「続いての試合いってみるぜー! まずはパラミタノコギリクワガタのパワードだ!」
メニエス・レイン(めにえす・れいん)とミストラル・フォーセット(みすとらる・ふぉーせっと)が連れて来たのは、立派なハサミを持つノコギリクワガタだ。
「そのハサミで、さっさと敵を片付けてらっしゃい」
「負けたらキツーイおしおきですわね」
パワードの巨体を見上げて、放送席のヴェッセルは解説のファタに尋ねた。
「あのハサミ、やばいよなぁ」
「手のひらサイズのノコギリクワガタでも、指を挟まれたら痛いからのぅ。このパワードはちゃんとしつけてあるからよいが、野生に出会ったらすぐ逃げるべきじゃ」
「は、挟まれたらどうなっちゃうんだい?」
「……今、想像している通りになる」
「……」
「つ、続きましてー! ヘラクレスパラミタオオカブトムシのカンタローが入場だー!」
ずぅん、ずぅん。地響きがする重い足取り。ブリーダーの葛葉 翔(くずのは・しょう)とアリア・フォンブラウン(ありあ・ふぉんぶらうん)を、その背中に乗せての入場だ。
「今までのトレーニングを思い出せ。カンタロー、お前ならできる!」
「カンタローは強いから大丈夫よね! なでなで」
両者入場が済み、レフェリークロセルによるボディチェックが終わった。
「レディーー、ファイッ!」
カーン!
試合開始のゴングが鳴り響くが、双方ともすぐに動こうとはしない。
「おおっと、この2匹もじっくりタイプなのか!」
「速さが互角となれば、そのパワーと堅さが気になるのぅ」
じりっ、じりっ。まだ動かない。
「いけーカンタロー!」
アリアの声に応え、先に動いたのはカンタローだ!
立派な角を振り下ろす!
「よし、当たったぞ!」
パワードサイドも黙ってはいない。
「ちょっとパワード! あんた何やってるのよ。トロトロやってたら、ケツに火ぃつけるわよ!」
びくっ。体長20メートルの巨大なノコギリクワガタが、今明らかにおびえた。
ジャキンッ! パワードはがむしゃらにハサミを突き出す!
ガキィィィィイイィィン!
「こ、これは……スゴイ!」
驚くほどパワフルだったパワードの一撃を、なんとカンタローのボディはギリギリだが弾き返したのだ! 弾け飛ぶ火花が、その衝撃の強さを物語っている。
「ちっ。まさかパワードの攻撃を弾ける虫がいるなんて……」
パワードの攻撃力に自信を持っていたメニエスは、意外な結果に舌打ちした。
「俺たちのカンタローはとにかく堅い。向こうは力が強い。どちらが勝るか、全く分からないな……」
翔も、カンタローの堅さに安心していただけに、相手のパワーに驚いている。
ガァン、ガァン、ガァン! ぶつかりあうパワーと鉄壁。そのたびに火花が散り、観客を沸かせている。
「このままじゃラチがあかない」
「それじゃ……アシッドミスト!」
ミストラルからアシッドミストが放たれた!
カンタローの目元がかすみ、攻撃することができない。
これを好機と躍りかかるパワード!
「だめ! カンタローーーー!」
ガァン! カンタローの体力は残り僅かだ!
ステージはまだアシッドミストの効果で視界がよくない。
トドメの一撃を狙っているパワード。
「カンタローーーーー! 飛んでーーーーっ!」
ぶぅん。応援で力を得たカンタローは、羽を広げて飛び上がった!
ぶわっと強い風が吹き荒れる。
上空に飛び上がったカンタローは、パワード目がけて落下した!
ずどーーーん!
アシッドミストの霧と、立ち上る土煙で、ステージ上は全く見えなくなってしまった。
そして……徐々にステージの上が見えてくると……。
立っていたのは、カンタローだった。
「勝者、カンタロー!」
レフェリークロセルがカンタローの勝利を宣言すると、観客席からは大きな拍手が巻き起こった!
「放送席、放送席。惜しくも負けてしまったけれど素晴らしい健闘を見せたパワードのセコンドにお話しを効いてみましょう」
レポーターのエドワード・ショウ(えどわーど・しょう)が、カメラクルーを引き連れて、パワードのもとにやって来た。
「ちょっとお話しを……」
「もうっ、なにやってるのよ!」
どんっ! メニエスが叫びながら地面を踏みつける。
負けたパワードは、さっそくメニエスに説教されているところだった。
しゅんと小さくなっている。
「来年に向けて、もう一度特訓しなおしなんだから、覚悟してなさいよね!」
見かねたエドワードが、さすがにメニエスに言った。
「あのぅ……善戦したんですし、それくらいにしてあげては……」
「あ、これはこれでいいんです」
ミストラルがエドワードに笑顔を向けた。
「実はパワードはドMなんです。ドSのわたくしたちと、実はけっこううまくやっているんですよ」
「は、はぁ……」
第三試合
「どんどんいくぜ! 第三試合! イルミンミンミンゼミの多々良さんと、パラミタオオテントウムシのドクロ・ザ・テントーの入場だっ!」
ジジジジジジ……。赤コーナーサイドから飛び出してきたのは、巨大なミンミンゼミ。
「さあ、最後の思い出に……行こう、多々良さん!」
「この一瞬を大事にしましょうね」
多々良さんのブリーダーである如月 陽平(きさらぎ・ようへい)とシェスター・ニグラス(しぇすたー・にぐらす)は、常に多々良さんに声をかけてあげ続けていた。
「セミ……ですか。優勝しても連覇はない。なんだか悲しいですねぇ……」
突撃レポートをしようとかまえていたエドワードだが、多々良さんの姿を見ると、悲しげな表情で立ちすくんでしまった。
「セミの寿命は一週間。ブリーダーさんに出会って、ここに出場するためのトレーニングをしていた時間を考えると……残された時間は……」
ミーンミンミン! まだいける……そう人々に伝えるかのように、多々良さんは力強く鳴いた。
「どけどけーどけどけー! テントー様のお通りだぁ!」
ドクロのマスクを被ったテントウムシのドクロ・ザ・テントーが、これまた揃いのドクロマスクを着用したセコンドのクラーク 波音(くらーく・はのん)、アンナ・アシュボード(あんな・あしゅぼーど)とともに入場してきた。
「ふっふっふ〜、この悪のおてんとう様に勝てるかなぁ〜」
「ドクロ・ザ・テントーが最強なんです!」
いかにも悪そうなBGM高らかに、ドクロの一味がリングの中央で吼えた。
「マスクをチェックします」
レフェリークロセルが念のためドクロマスクを入念にチェックするが、凶器の仕込みは無いようだ。というか、よく見ると作りが少々荒い。丹誠込めて作られた手作り品のように見える。
「レディーーー……ファイッ!」
試合開始! 速さに勝る多々良さんが先制攻撃を仕掛けた。
「長期戦にはしたくないな。シェスター!」
「了解しました。……パワーブレス!」
パワーブレスで攻撃力を上げた多々良さんの、素早い一撃が決まる!
「……!?」
だが、ドクロ・ザ・テントーは多少ぐらついたものの、まだまだ余裕の動きだ。
「やはりテントウムシは堅いのぅ」
第一試合に登場したマグロ丸同様、ドクロ・ザ・テントーも堅い。
「んふふ〜、まだまだ! 悪のテントウムシが、あなたの虫を倒しちゃうぞ〜」
続いて攻撃に転じたドクロ・ザ・テントー。
体当たり攻撃は、見事多々良さんに命中した!
「多々良さん!」
攻撃を喰らったものの、多々良さんにもまだ余裕がある。
「どうやらドクロ・ザ・テントーは堅さが自慢で、攻撃力は飛び抜けて高いわけではないようだな!」
「速い多々良さんと、堅いドクロ・ザ・テントー。この削りあいは見物じゃて」
ガンガンっ! 素早い連続攻撃で、多々良さんが攻勢に出た! 少しずつだが確実に、ドクロ・ザ・テントーの体力を削っていく。
「相手にスキを作らなくちゃ。……これでどうだっ!」
ピカァ!
ドクロ・ザ・テントーサイドから発せられた強力な光! 波音が雷術を放ったのだ。
「ま、まぶしい!」
目に光が飛び込んだ多々良さんの動きが止まる。
「いけぇ、今だ!」
そのスキをついてのドクロ・ザ・テントーの攻撃が炸裂! 多々良さんの体力は大きく削られた。
だが。
多々良さんはぎりぎりで持ちこたえた!
「多々良さん、休んじゃだめ!」
ドクロ・ザ・テントーの数倍の速さを持つ多々良さんは、まだ視力が回復しないながらも、素早くがむしゃらに連続攻撃を繰り出した!
ガキィ! 一発がドクロ・ザ・テントーにヒット!
「あああ、ドクロ・ザ・テントー……!」
ずうぅぅぅん……。
ドクロ・ザ・テントーは力尽きてうずくまった。
「……ワン、ツー、スリー……」
意識確認のため、レフェリークロセルがカウントをとる。
「……ナイン、テン! 勝者、多々良さん!」
わああぁぁぁぁぁ!
命僅かなセミと、突如現れた悪のドクロ一味の戦いは、観客にこの上ない興奮を与えた。
「ドクロ・ザ・テントー……」
ドクロのマスクが脱げ落ちたドクロ・ザ・テントーは、ゆるゆると起き上がった。
起き上がったドクロ・ザ・テントーは、脱げ落ちてぼろぼろになったマスクをくわえ、波音とアンナの方に振り返った。
「……私の手作りマスク。また着けたいって言ってくれてるの?」
アンナが再びマスクを着けてあげると、ドクロ・ザ・テントーは喜んで羽を広げた。
「すっごく盛り上がったね。ヒール役の演技、お疲れ様」
「みんなに、いい思い出を作ってあげることができたかな!」
ドクロ一味は、いまだ興奮冷めやらない観客席を、目を細めて見つめていた。
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