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第30章 夢は荒野を駆け巡る

 藤原 優梨子(ふじわら・ゆりこ)はリリーハウスの一室に通された。一人の少女が薄手の文庫本を読んでいる。夢野久作『瓶詰の地獄』であった。
 テーブルにはティーポットにお菓子、それに見覚えのない肉が載った皿。
 優梨子が黙って対面する位置の椅子に腰を下ろすと、少女は本を閉じた。

「リリーハウスにいらっしゃい。紅茶はいかが?」
 紅茶なんて、メニューにはない。でもティーポットからは紅茶の香り。

「それよりも日本酒をいただけますか?」
「わたしが頼めばいいのね」
 日本酒が瓶で届けられる。

「一度、ゆっくりとお話をしたいと思っておりました。ご趣味や来歴、パートナー、その他諸々について語り合いたく」
 優梨子は自分の過去について語るが、少女はそれほど興味を示すように見えない。
 聞き出せたのは、ティーポットが実家のものであることと、皿の上の肉が鯨であること。

 テーブルの上に、デリンジャーが置かれた。
「退屈させてしまいました。ロシアン・ルーレットではどうでしょう」
「来年まで予定があるのよ」
 来年のことを言われて、優梨子は笑った。

「どんな予定なのですか?」
「わたし、空京オリンピックの記録映画を撮りたいの」
 ああそうか、と優梨子は思った。
 そこまでの大舞台でなければ、満足しないのか。
 建造中の空京のことを思うと、ひどく滑稽な気がした。


「それでは……サインをいただけませんか? あなたのファンなのです」
 差し出された色紙に、少女は小倉珠代とサインした。