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リアクション
第一章 パイオニア達の苦悩
『無限倉庫』。
円形、白亜で石造り。
イルミンスール魔法学校の脇のその建物は今、威圧感を持って佇んでいた。
倉庫で起こっていることも相まって、建物の外壁に彫刻された肉体美を誇る何百もの男女が今は不気味に見える。
「あの、ライヘンベルガー先生?」
「うん? もちろん上下。それはセットものだ。ああ、靴はそこに用意したぞ。タオ……その魔法の頭部防具も忘れるなよ。何をぐずぐずしているんだ、君は。さっさと着替えたまえ」
封印から解き放たれた無限倉庫前ではケインの同僚講師アルツール・ライヘンベルガー(あるつーる・らいへんべるがー)が、抱えてきた荷物を次々にケインに手渡していた。
「いえ、その、女性の生徒さんもいますし……さすがにここでは」
ケインがちらりと振り返る先には、『ケイン教諭護衛隊A班』メンバーをはじめ、倉庫の奥へ連れ去られたブリュンヒルトの元までケインを護衛しようと集った生徒達が、突入前の最後の準備を行っていた。
「ではさっさと職員寮にでもどこにでも行ってくればいい」
「ライヘンベルガー先生、結局これ、なんなんです?」
「何に見える?」
「ジャージの上下……ですが?」
「急ごしらえではそれで精一杯だった、我慢したまえ。魔法が効きにくいとなれば動きやすさを追求するしかないだろう? 一見ただのジャージとスポーツシューズ、タオルだが俺が用意した物だ、必ず役に立つ。信用しろ。物事の本質は見た目にはないのだ」
立て板に水。
自信に溢れるライヘンベルガーの説明に、ケインは「あ、ありがとうございます」と頷いた。
「ああ、それから。俺は中には入らず彼と一緒にバックアップに回らせてもらう」
ライヘンベルガーの紹介で現れた大柄な男シグルズ・ヴォルスング(しぐるず・う゛ぉるすんぐ)はその場の皆に微笑んだ。
手にはバケツ。
その中に、水の入った瓶が何本も入っている。
「はじめまして。僕はヴォルスングのシグルズだ。君達の支援をアルツールから頼まれている。万が一に備えて救護の態勢も必要だろうからね。もちろん、何にも無いのを願っているが。さあ、ケイン先生、みんな、準備が整ったら行っておいで」
ケイン一行から少し離れたところでは、また別の一団が準備を行っていた。
「白亜の倉庫……やっぱり似てるね、これ」
倉庫の入り口に立って「無限倉庫」を見上げるルカルカ・ルー(るかるか・るー)。
「似てるよね」
「似てる似てる」
そのすぐ側に立って同じ姿勢を取っているのは遠野 歌菜(とおの・かな)と愛沢 ミサ(あいざわ・みさ)だった。
三人から少し離れたところには、それを見守る影が一人。
「ルーさんに、歌菜様に、ミサ。これまたタイプは違えどそれぞれに麗しい女性達。その三人憂いに満ちた後ろ姿。うんうん。悪くない。悪くないよこれ」
いっそ涙さえ流しそうな勢いのエル・ウィンド(える・うぃんど)が腕を組み、うんうんと頷いている。
「どうしたのですか、エルさん? どこか痛いのでしたらヒールをおかけしますよ」
エレーナ・アシュケナージ(えれーな・あしゅけなーじ)だった。
「ああ、エレーナさん。キミも麗しい。何よりその心根が麗しい」
「あ、ありがとうございます。そ、それでエルさん、倉庫内の地図はいかがでした? イリーナが確認したがっているのですが」
「……いや、手に入らなかった。訪ねる先生、訪ねる先生『なんだそれ?』のオンパレード。どうやらそれごと調べてこいってことみたいだね。もちろん明かりの方は大量に調達してきたよ。人数分足りるはずだ」
エルはそこで一度口をつぐんだ。
「あっはっは、いや、言い訳だね。いいんだよ、任務を達成できなかったボクを蔑んでくれていいんだよ? キミにはその権利がある」
「あの、そんな自虐的な……。なぜわたくしにそんな権利が」
「いや、キミなら蔑んでくれてもいい」
「え、遠慮いたします……無いものを手に入れるなんて誰でも出来ないでしょうし……」
「ああ麗しい。ホントにキミは麗しい」
大仰に両腕を広げて言ってから、エルはスッとまじめな顔に戻った。
それから、突入の準備を続けるメンバーを振り返る。
「まぁ、人数も多い。問題ないとは思うけどね」
ルーと歌菜、ミサ。三人の会話は続いている。
「体が重くなる――のは遠心力。動き出す床――は中が回転するから。外に放り出されるのは――排水って訳よね」
歌菜は口元に手をやりながら考えをまとめる。
「ってことは、点滅する数字ってのは、俺が考えるに――タイマーだね!」
ミサが元気よく叫んだ。
「でも、なんのために、こんな巨大な?」
「世界を浄化するんだよ!」
歌菜の疑問になんだか怖いことを言い出すミサ。
「それじゃ兵器よっ!」
「えー? 違うのかなぁ」
「しかし次から次へと珍妙なものが出てくるんだから。本当にここ魔法学校? 教導団の一施設に見えてくるわ……でも、これでわかったわね」
ルーが小さく息を吸い込んだそれからビシッと指を差して叫ぶ。
「これは巨大洗濯機よ!?」
一瞬の沈黙の後、何故かメンバーから歓声が沸き起こる。
「な、なんか照れるなぁ。で、このパーティーの名前も決定。洗濯機=清浄機。機=騎士、と。響きもいいしこれで行きましょう」
今回の探索において、十六人という最大の所帯を抱えることとなったパーティー、『清浄の騎士』誕生の瞬間だった。
倉庫前で突入の準備をするケイン一行や『清浄の騎士』一行に先んじて、倉庫内にはすでに数人の生徒が突入を果たしていた。
「み〜んな準備に時間かけてるみたいねん♪」
ヴェルチェ・クライウォルフ(う゛ぇるちぇ・くらいうぉるふ)は、闇に沈む無限倉庫内を、単身臆することなく奥へと向かっていた。
「要するにケイン先生のパートナーってのを、救出すればいいんだから、さっさと動けばいいのに。悪いわね、先生。出る幕無いわよん♪」
鼻歌すら歌いそうになるヴェルチェはしかし、直後闇の中に湧き上がる攻撃の気配を感じた。
「へっ、甘いわよ」
普段より、体のキレが悪いのは感じているが、それでも器用な身のこなしで正体不明の攻撃をかわしたヴェルチェ。
しかし――
「のわっ?」
がっちりと冷たい金属質の感触がその腰を掴む、そのまま綺麗に背筋を伸ばされ、動きを拘束された。
「わわわわわっ!」
身につけた波羅蜜多ツナギは体の露出を隠した代わりにその見事な体のラインを浮き彫りにする。
見る人が見ればかなり興奮必須の光景だったのだが、幸か不幸か一人。
がっちり固定をされたまま、何ものかの手で奥へと運ばれていくヴェルチェだった。
「い・や・あぁぁぁぁぁぁ〜」
闇の中に、緒を引いた悲鳴が流れていく。
本郷 涼介(ほんごう・りょうすけ)は手にしたランタンをかざしてみたが、声の主はもちろん見えず。闇が少し晴れるのにとどまった。
「ねぇ、おにいちゃん……だれか、捕まっちゃったよ」
「……気持ちは分かるけどな、クレア、無理だ」
「うん……わかってる」
今にも助けに駆け出しそうだったパートナーのクレア・ワイズマン(くれあ・わいずまん)がつらそうにそれで足を止めるのがわかった。
「しかしあれだな、これなら本棚ゴーレムの方が相手は楽だったかもな」
少し前の、図書館での騒ぎを思い出し、涼介はあえて明るい口調で言ってみる。
「姿は見えてたもんね」
「ああ。今回は正体不明の的にこの暗闇だ。いっそサイコロ振って、方向決めようか」
涼介がいつも持ち歩いているサイコロをもてあそぶ。
「ダメだよおにいちゃんっ。さっきも危なかったんだから!?」
「魔法、ほんとに効かなかったからなぁ」
ついさっき、突然暗闇から襲来した気配を思い返す。姿の見えない攻撃の気配。正直ゾッとした。
「そうだよっ! 私がいなかったら、とっくに捕まってるんだから!」
精一杯胸を張るクレア。「はいはい」と涼介はその頭をクシャクシャと撫でる。
「危なかったところ、印つけてきたけど……ケイン先生、分かるよな?」
もうとっくに見えなくなった彼方を、涼介は振り返った。
「刀真センサー」
「うわぁ!」
パートナー漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)からのためらいのない背中への衝撃で、倉庫への先行部隊『無限に挑む者』のメンバー樹月 刀真(きづき・とうま)は悲鳴を上げた。
目の前に生じた気配に向かって、無我夢中で剣を振るう。
ヴーーーーーーーーン。
モーターのような駆動音。
パッと一瞬、暗闇にインジケータの明かりが舞う。
直後、刀真は金属同士が交差する甲高い衝突音と痺れるような手応えを感じた。
ハッとして慌てて間合いを取った。
その背中には再び衝撃。
「刀真アタック」
「刀真アタック」
「刀真アタック」
……
…
『月夜によって突き飛ばされ続ける刀真』
『不格好だが、ボクサーの拳のように繰り出される襲撃者のアーム』
『刀真に迫るそのアームを盾で必死に防いで回る、同じく『無限に挑む者』メンバーのロザリンド・セリナ(ろざりんど・せりな)』
エリオット・グライアス(えりおっと・ぐらいあす)が雷術を応用して作り出した照明がチカッチカッと刹那の間だけ瞬き、それらの光景が次々とフラッシュバックしていく。
「月夜、話があります」
「刀真アタック」
チカッ。
「ねぇどうしたのさ、エリオットくんっ!」
戦闘地点からやや後方。メリエル・ウェインレイド(めりえる・うぇいんれいど)はしきりに首をかしげてから眉根に皺を寄せたパートナー、エリオットに声をかけた。
「早く早くっ! 次の明かり用意しないと、みんな捕まっちゃうよ!? もしかしてもう魔力切れ? SPリチャージする!?」
暗闇から戦闘の音は続いている。
相変わらず考え込むエリオットに焦れてメリエルが再び口を開きかける。
エリオットがやっと顔を上げた。
「いや、一端退こうメリエル。皆に声をかけてくれ」
得体の知れない襲撃者は、範囲に踏み込んだ者に反応しているらしい。
どうやらその範囲内まで退いた『無限に挑む者』一行は、懐中電灯の頼りない明かりの元で、倉庫内地図を作成していた。
「私たちは倉庫に入り、壁沿いに進んで――ここが交戦地点な訳だが……」
エリオットが情報を書き入れていく。
「あ、ここに光っている機械がありましたよ。ケイン先生の言っていたインジケーターですね、きっと」
セリナが指を指す。
「助かる。あの騒ぎの中よく見えたな」
「あら、だって」
セリナはニコリと微笑んだ。
「全部終わったら、この倉庫の中、きっちり整理整頓しなくちゃですからね。調査は大事です。あ、こことここ、たぶん散らかってます。それからここ、躓いて転びそうになりました! 危ないですから書き込んどきますねっ」
「……他のものと区別がつくように頼む。さて、奥に進むに当たって重要な話をしよう――と、その前にフロイライン・漆髪。君のパートナーが虫の息だが」
「パワーブレスかけてあげてたのに、刀真……いつもより弱い」
「いや、効いてません! それ効いてないですから!」
ジト目の月夜に必死で抗弁する満身創痍の刀真。
「ヒールもかけてあげたのに」
「だーかーらー!」
「いや、実際その話だ。魔法が効きにくいとは聞いていたが……中々に予想以上だ。雷術を応用して照明を作ろうにもまったく持続しない」
「ああ、そういうことだったんだ。もう、焦れったかったよ」
メリエルがやっと納得のいった顔をした。
「魔法だけじゃありませんよ。すごく動きにくいです。鎧は脱いで正解でした」
常に身につけている全身鎧を脱いでいるセリナは、ひどく心細そうに両肩を抱いた。
「盾だけで皆さんをお守りするのは、かなり怖いです」
思案顔のエリオットに、心配顔のセリナ。
「ああ、せめて光源を確実に確保しなければな……何と戦ってるのかもわからない」
「ウィルネストー? みんなと一緒に入らなくて良かったのー?」
視界の悪さなど物ともせず、意気揚々懐中電灯を振るうウィルネスト・アーカイヴス(うぃるねすと・あーかいう゛す)。
その小柄な背中を、シルヴィット・ソレスター(しるう゛ぃっと・それすたー)はちょこまかと追っていく。
「いいですか、シルヴィット。調査というのは一番乗りこそ意味があるんです! 魔法が使えない? 薄暗い? マジックアイテム盛りだくさん? 上等です。このあやしー倉庫の謎、真相は全部俺が頂きですよっ!」
「そっかぁ、いただきかぁ。あ、ウィルネスト、なんかいる!」
懐中電灯の輪の中、緑や赤の光が反射する。
「お、さっそく。これがケイン先生の言っていたインジケーターですね。調べねば」
カサカサ。
視界の隅を横切る物があった。
「……」
カサカサ。
「……あの、すみません今視界の端を掠めたのって、もしかしてアレですか? アレですよね?」
ギリギリギリと首を横に向けるウィルネスト。その先に――
「ひぎゃああああー!」
黒々と浮かぶ六本足のシルエット。その全長が、ウィルネストと同じくらいあった。
「『カサカサ』ってレベルじゃねーぞぉぉぉぉぉっ!」
砕けそうになる腰に鞭を振り、全力で逃げ出そうとするウィルネスト。しかし、黒い影の方が早かった。ガシャガシャと騒々しくウィルネストに飛びかかり、のしかかり、六本の足で拘束する。
「ノォォォォォォォォ!」
泡を吹いて失神するウィルネスト。六本足によって、そのまま奥へと運ばれていく。
「んむー、ウィルネストがいなくなってしまいました」
シルヴィットはきょろきょろと当たりを見渡した後、「んじゃ、ボクもー」と後を追った。
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