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リアクション
chapter.4 アナザールート・接触
エレーネたちが朝を迎え、瀬蓮たちが空京で情報集めをしていた頃。
蒼空学園の図書館では、久世 沙幸(くぜ・さゆき)とパートナーの藍玉 美海(あいだま・みうみ)が機晶石、またそれに関わる研究者の調査を行っていた。図書館には、空京で聞き込みをしている佑也やメイベルのパートナー、ラグナ アイン(らぐな・あいん)、フィリッパ・アヴェーヌ(ふぃりっぱ・あべーぬ)らもいた。
シャンバラの地図が載っている本を見ていた美海に、沙幸が話しかける。
「うぅ……美海ねーさま、本がいっぱいありすぎて、何から探していいか分かんないよ」
図書館で資料を集め、得た情報を現地組に教えようと思い立ったまでは良かったのだが、普段あまり機晶石関係の図書に触れていない沙幸にとってこの作業は難しいものだった。
「確かに……これだけの書物の中から必要な情報を探し出すのは大変ですわね。そうだ沙幸さん、司書さんに聞けば教えてもらえるかもしれませんわ」
「あっ! そうだね! あの先生ならきっと知ってると思う!」
「では、沙幸さん、早速ちょっと聞いてきてくださらない?」
「あれっ……美海ねーさまは一緒に聞きに行かないの?」
「わたくし今、ちょっと地図を調べてて手が放せませんの。ふふ、沙幸さん、ひとりでは心細いんですわね?」
妖しい笑みを浮かべながら、美海が本を置き沙幸に近付く。そして沙幸の耳元でそっと囁いた。
「ご心配なさらなくても、後でたっぷりふたりきりになってさしあげますわよ?」
「ひゃうっ」
温もりを持った吐息が沙幸の耳にかかり、沙幸は思わず声を漏らした。美海は調子に乗って沙幸の首筋に指を這わす。
「あんっ、ねーさまっ……こ、ここ図書館だよっ……」
「ふふふ、よく分かってらっしゃるわね沙幸さん。図書館では静かにしないといけませんのよ?」
「んっ、そっ、そんなこと言ったってねーさまが……あぁんっ」
声を出してはいけない場所で声を出させる。これはもうS冥利に尽きるというものである。というよりもはや理想のシチュエーションに近い。美海はもっとこの快感に浸っていたかったが、司書の先生がこちらに向かってくるのが見えたため仕方なく悪戯を止めた。
「さ、ちょうど司書さんが来ましたわ沙幸さん」
あくまでも沙幸に質問させるスタイルの美海。さっき手が放せないとか言ってたわりには思いっきりパートナーをいじり倒してたが、それらも含め全てがプレイの一環なのだろう。女同士の世界とは奥が深いものである。
そんな彼女らの下に、司書の柳川さつき先生がやってきた。白いブラウスに黒のタイトスカート、そして黒のストッキングが今日もお似合いな、眼鏡をかけたクールビューティーな女性だ。特にそのタイトスカートから窺えるヒップラインは美しい曲線を描いており、そのスカートからすらっと伸びた脚も見事に引き締まっている。頭から爪先までぴしっとコーディネートされた様は、まさに知的なエロスと形容せざるを得ない。ぜひともその綺麗な脚で踏んでいただきたいものである。
「あなたたち、さっきから何か騒がしいけどどうしたの?」
さつき先生が眼鏡をくい、と上げ尋ねる。
「あ、あの、機晶石について詳しく書いてある本を探してるんですけど……」
沙幸が息を整え答えると、さつき先生は少し考えた後、ある本棚を指差した。
「それなら、あのあたりに収められているはずよ」
「あのへんですね? ありがとうございますっ」
お礼を言ってその場所に向かおうとする沙幸を、さつき先生が小声で呼び止める。
「それと、図書館ではもう少し静かに、ね」
「は、はい……」
美海をじとっと睨む沙幸。その美海はそ知らぬふりで地図を熱心に眺めていた。
図書館の出入り口付近。アインはパートナーの佑也と携帯で連絡をとっていた。
「はい、そうですか……分かりました、グレイプという名前の方について調べてみます」
佑也から老人の名前を聞いた後、アインは思っていたことを聞くことにした。
「佑也さん……私、色々調べている時に思ったんですけど、なぜあのご老人――おそらくグレイプさんという方は、初期化することをヴィネさんに伝えたんでしょう? 記憶を消されると分かれば、抵抗される可能性もあったと思うんですけど……」
もしかして、ヴィネさん自身が望んだことなのでは?
アインはしかし、その提言までは口にしなかった。
「さあな……もしかしたら、抵抗出来ない状態だったのかもしれないし」
電話越しに佑也はそう答えると、「とりあえず、そのまま調査を続けてくれ」と言い残し、電話を切った。
「抵抗出来ない状態……つまり、光がなくて動けない場所でメモリ機能だけを起動させてメッセージを残した……? でも、だとしたら一体どうしてそんなことを……」
自らの推測に頭を悩ませるアイン。と、そこにフィリッパが現れた。
「蒼空の図書館も、なかなか広いのですわね」
そう言ったフィリッパは、一枚の紙を持っていた。
「それは……?」
「先程ある本からコピーさせてもらいましたの。機晶姫に関する資料のひとつですわ」
その紙には、機晶姫につけることが出来るオプションパーツについて書かれていた。
「どうやら、機晶姫はパーツの外付けが出来るみたいですの」
パーツの外付け。フィリッパが手にしたその資料はつまり、ヴィネのメモリ装置もそうであるという可能性を示唆していた。
「もしあのメモリ機能が後から付けられたものだとしたら、メモリ機能だけは光の有無を問わずいつでも使用出来るのかもしれませんわね」
それが分かったところであまり意味はないかもしれないですわね、と言いつつも、念のためフィリッパはパートナーのメイベルたちに伝えようと携帯を取り出した。アインはそれを聞いて、先程の推測をより深く進めた。
やっぱり、あのメモリはヴィネさんが機能停止している状態の時に残した、何かのメッセージ……?
アインはもう一度図書館の中に入り、再び資料を探し始めた。
その少し後、図書館から出てきた沙幸が、携帯電話で連絡を取り始めた。
「あの映像に映ってた、グレイプさんって人の研究施設の場所が分かったよ」
◇
同時刻、ヒラニプラ。
樹月 刀真(きづき・とうま)の携帯が鳴った。
「はい、刀真です」
刀真は数回頷くと、「分かりました、ありがとうございます」と伝え電話を切った。
「……誰からの電話だったの?」
パートナーの漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)が刀真に尋ねる。
「同じ蒼空の沙幸さんからでした。どうやら施設の場所が分かったようです」
彼は、エレーネたちとは違いヴィネに会いにいかなかったため彼女らよりも先にヒラニプラへ辿り着いていた。が、施設の場所が分からず地道な捜索を続けていた。そこに助け船が来たのだった。
「どうして、エレーネと行動を共にしなかったの?」
月夜のそんな問いに刀真が答える。
「老人……グレイプが悪人とはどうも思えないんですよね。しかし、彼の人格に関わらず、彼の研究内容が他人にとって不都合な真実である可能性はあります。だったら、彼のところに出来るだけ人を近付かせない方が良いと思ったんです」
刀真がグレイプにそんな印象を持った理由、それはヴィネへの対応にあった。
仮にグレイプがヴィネを悪用しようとしていたのなら、手放さずに自分で管理していた方が便利に決まっている。それに、ヴィネを活用出来なかったとして、記憶を消して放り出すという処理はあまりに中途半端な対応だ。そこから考えられる、グレイプの思惑。
彼は、ヴィネを思い遣ったのではないか?
ヴィネにとって知らなくて良いようなことを彼は知っている。そしてそれをひとりで守っている。ならばそれを守るべきである。
刀真は、そんな考えの下、エレーネたちよりも早くグレイプのところへ行こうとしていた。そして、意図は違えど、「エレーネよりも先にグレイプと接触したい」と思い立ち動いていたのは、イレブン・オーヴィル(いれぶん・おーう゛ぃる)だった。イレブンは刀真と月夜のやり取りを一通り眺めると、意外そうな表情で言葉を口にした。
「刀真がそんなところまで考えているとは、イメージが少し変わったな」
彼、イレブンと刀真は戦友であり、それなりに互いのイメージを掴んでいるつもりだった。が、やや冷たい印象のあった刀真のそんな一面を見て、イレブンは「ただ冷徹なだけじゃないんだな」と心の中で呟いた。なお彼、刀真は以前とある孤島で、「全裸で女性の前に立ちはだかった挙句、突然現れた変態に自らの急所をストッキングで縛られる」という摩訶不思議な体験をしており、イレブンがそんな彼を知ったらどんなリアクションをするのか、気になるところではある。
「イレブン、君はどうしてエレーネのところに行かずここへ?」
「あまり大勢で一度に押しかけても、邪魔になるだけだろう」
「確かに、そうだよね」
月夜の同意に、イレブンは言葉を足した。
「というより、私の邪魔だな。私はじっくりとグレイプから話を聞き、機晶石の知識を得たいのだ」
それが本心かイレブンなりの気持ちの隠し方なのかは彼にしか分からない。が、少なくとも彼らの目的に大きな違いはなかった。
やがて刀真と月夜、イレブンの3人は電話で教えられた場所へと辿り着いた。
そこに建っていたのは、電話ボックスをいくらか大きくしたような、直方体の形をした小さな半透明の建造物だった。
「ここで……いいんですよね」
恐る恐る扉を開け、中へ入る3人。扉の内側は4畳半ほどの小さな空間になっていて、その中央に降下式と思われる移動装置があった。部屋は外から光が差し込んでくるお陰で明るく、部屋の隅にカメラが設置してあるのが見て取れた。
「妙な部屋だな」
イレブンが呟いた直後、部屋に声が響いた。
「……誰じゃ」
その声は、紛れもなくヴィネのメモリに残っていた音声と同じ声だった。もっとも、その映像を直接見ていない3人にとっては初めて聞く声だったが。
「あなたはグレイプさんでしょうか? 私は教導団のイレブンと申します。ここで機晶石の研究をなさっていると伺い、そのお手伝い……いえ、お話だけでも聞かせていただきたく参りました」
かちっとした敬語でイレブンが声に返事をした。
「つまらないものですが、手土産も持って参りました」
そう付け足したイレブンの手には、教導団名物と噂の菓子折りがあった。もう片方の手には暗所用にランプを持っている。しばらくの間沈黙が流れたが、やがて声が返ってきた。
「……変わり者じゃの。手伝いなどいらないが、好きにすれば良い。ただし、そのランプをつけることは許さん」
「分かりました、ありがとうございます」
声に答えながら、イレブンは思う。
そういえば、映像は見ていないがそこに映っていた施設も真っ暗な場所だったと聞く……。何か、光が入り込んではまずいような研究をしているのか?
彼はそんな疑問を抱えながら、刀真、月夜たちと部屋の中央に移動した。エレベーターのようにその場所がゆっくりと沈み、3人は施設内へと足を踏み入れる。広がる暗がりの奥に、うっすらと人影が見えた。
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