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リアクション
chapter.9 残光
ヒラニプラ、グレイプの地下研究所。
グレイプに簡単な修理を施されたララが、腕を回しながら言う。
「おお、きちんと動く。リリ、あの老人、素晴らしい腕だぞ」
「そうか、良かったな。それにしても、だ……」
リリは部屋の奥を見つめた。
グレイプが機晶姫に対して持っている感情は、悪いものではないのでは?
そう思った生徒たちは、部屋の奥へと部品をしまいに行ったグレイプから、もう少し話を聞こうとしていた。そんな中、資料を整理し続けていたイレブンが、機晶姫とは関係のなさそうな資料を見つけた。
「これは……?」
それは、カルテのようなものだったが、イレブンには書いてある内容が分からなかった。
「ちょっと、見せてくれないか?」
同じ教導団生で、イレブンとも戦友のクレア・シュミット(くれあ・しゅみっと)がイレブンの後ろから現れた。医者を志し、教導団の衛生科に所属しているクレアは、イレブンから紙を受け取ると、じっとそれに目を通した。
「クレア様……どうされたのですか?」
パートナーのハンス・ティーレマン(はんす・てぃーれまん)が、顔をしかめたクレアを案じ、尋ねる。
「まさか……これは」
「クレア様、何が書いてあったのですか?」
クレアの紙を持つ手が微かに震える。やがて彼女はゆっくり顔を上げ、イレブンに問う。
「イレブン、あなたはこの部屋に決して灯りを持ち込んではいけないと、入室の時言っていたな」
「ああ、私も最初注意されたことだ」
「それは、おそらく研究している物が原因ではない。原因は、これだ」
持っていた紙を指差すクレア。
その時、部屋に新たな生徒が入ってきた。瀬蓮、エレーネらとは別に独自で行動していた天音、悠、静麻らだ。
「僕から、説明しようか」
天音がクレアたちのところへ近付きながら言う。彼、天音はパートナーのブルーズと共に、空京を出た後ヒラニプラの病院を巡っていた。そこで彼が掴んだ事実。
「彼――グレイプは、常染色体劣性遺伝性の病気を持っている。それで合っているね?」
クレアは、躊躇いながらも首を縦に振った。悠が天音の後に続いた。
「俺も、色々な研究者の人を訪ねてみて分かったんだ。暗闇で生き続ける運命を背負わされた研究家がいる、ってな」
「暗闇で生き続ける運命……?」
その言葉を聞き、はっとしたのはプレナだった。そう、あの夜、彼女がカレンに話せなかった、ある悲しい憶測。
――もしかして、グレイプさんは、光のあるとこでは生きられない人なのかな。
「常染色体劣性遺伝の病気……そう、光線過敏性でもあるこの病気を持つ者は、光を浴びると皮膚が異常反応を起こし、命が失われる危険性も伴っている」
クレアが、悲痛な表情でそう言葉を補足した。
「ヴィネさんとは、反対の症状なんだね……」
プレナの声も、悲しい色を帯びていた。
そこに、グレイプが戻ってきた。
「こんな狭いところで大声で話しおって……丸聞こえじゃ」
「グレイプさん……」
プレナがじっとグレイプを見つめる。
「だから、グレイプさんはこんな暗い場所で、ずっとひとりで研究をしていたんですか?」
「ふん、今さら悲しむ病でもないわ。生まれた時から、ずっと付き合ってきたんじゃ」
プレナは悲しい予想の続きを、グレイプに確かめずにはいられなかった。
「もしかしてグレイプさん、その病気のせいでヴィネさんといれないから、せめて自分を忘れるように記憶を初期化したんじゃぁ……」
「生憎じゃが、そんな綺麗な感情をわしは持っておらん」
口ではそう言っていても、先程のグレイプの行動は確実に、悪人のそれではなかった。
「それを綺麗って思うってことは、親心があるってことじゃないの?」
蒼空寺 路々奈(そうくうじ・ろろな)が、グレイプに詰め寄る。
「別なグループから連絡があったのよ。ヴィネは、親を探して今この場所に向かっているって」
ぴくっ、とグレイプが肩を僅かに揺らした。
「そろそろ答えを出さない? グレイプさん、あなたにとって、ヴィネは何?」
プレナ、路々奈らがグレイプと話している間、生徒たち集団の後ろの方で何やらこそこそと動き回っている者がいた。両手に機晶石に関する資料を抱えていたその人物は、メニエスだった。彼女が敵対心よりも優先させたもの、それは知的好奇心。メニエスはグレイプが悪い実験などを行っていたら、遠慮なくその現場を見て話を聞こうと思っていた。しかし、どうも話しの流れから察するにグレイプは悪人でないようだと悟ったメニエスは、せめて手土産に役に立ちそうな研究資料を盗み去ろうとしていた。
「全く……期待外れもいいとこだったよ」
そのまま出口の方へ向かうメニエス。それを視界の隅に捉えていたのは前の晩の移動時から警戒していた祥子だった。
「どこに行くの?」
地上へ上がる前に、祥子がメニエスを止める。メニエスはあえて聞こえるように舌打ちをし、祥子を睨む。
「ちっ、教導団の犬が……」
ここで祥子と闘い、強引に脱出するという選択肢もあったが、せっかくの資料が台無しになってしまう可能性もある。メニエスは止むを得ず資料を手放すと、両手を挙げて祥子の脇を通り過ぎていった。
「うるさい番犬のせいで、ろくに好奇心のひとつも満たせやしない。まあ、せいぜいあたしの好奇心の代わりに、軍人気取りのそのくだらない自尊心満たしてなよ」
そう言い残し、メニエスは上へ昇ると施設を去っていった。
「くだらないものに固執してるのはどっちなんだか」
祥子はひとつ息を吐くと、他の生徒たちの下へ戻った。
◇
ヒラニプラ付近の平野部。
夜になったことで動きを止めていたヴィネの下に、瀬蓮がやって来た。
「ヴィネ、いくら機晶姫だからってこんなところに置かれてちゃかわいそうだよね」
テントの中にヴィネをしまおうとする瀬蓮。その時、瀬蓮は微かにヴィネの指が動いたのを見た。
「……えっ!? 今……!」
瀬蓮はまじまじとヴィネを見つめるが、やはり大きな変化はない。
「気のせい、だったのかなぁ」
そんな瀬蓮とヴィネの前に姿を現したのは、前の晩エレーネたちのグループから抜け出した九弓とマネットだった。
「それはきっと、気のせいじゃないと思う」
「えっ?」
驚く瀬蓮を尻目に、九弓はヴィネに触れる。と、再び微かに指が動いた。
「あっ、また……」
「ひとつ、聞いてもいい?」
九弓が瀬蓮に尋ねる。
「もしかして、昨日今日で何か魔法を多用していたりしなかった?」
瀬蓮は、先程行われた激しい戦闘を思い出した。
「確かに、怖い人たちが襲ってきて、皆でヴィネを守るために戦ったけど……その時に、魔法とかアイテムは使ったかも」
九弓は少しだけ笑みを浮かべ、言葉を紡いだ。
「これは、おそらくそのお陰ね。本来浴びるはずのない量の光を短期間で多量に取り入れたことで、光に対して過敏になり、一時的に光の感受性――知覚力と言った方が正しいかな。それが強まったせいでこの現象が起きてるんだと思う。まさに偶然が生んだ産物ってやつね」
「でも、いくら光を受ける力が強くなっても、今は夜だし、光なんて……あっ」
途中で気付いた瀬蓮に、マネットが笑って告げる。
「今夜は、綺麗な月夜ですわ」
ヴィネが取り入れたのは、日光ではなく月光。月の明かりなど、日中の太陽に比べれば何十万分の一の照度でしかない。本来ならばありえない現象である。しかし、ヴィネの機晶石が一時的とはいえ知覚力が強まったこと。幸いにも今が満月に近い状態の月であること。それらが重なり、ヴィネは少しだけもつれた夜を解くことが出来た。
瀬蓮は月を見上げる。ほぼ満月に近い形だったが、よく見ると完璧な円形ではなかった。
「おそらく、明日の夜あたりが満月ね。その時までにもっとヴィネに光を与えれば、きっと今よりは動けるんじゃない?」
九弓はそう言い残し、その場を去った。
「あ、ありがとう! いろいろ教えてくれて!」
瀬蓮の言葉に九弓はトーンをあまり変えずに答えた。
「なかなか面白い課題だったよ」
翌朝、瀬蓮は皆にそのことを伝えた。もちろんヴィネにも。
「私が……夜に動ける……」
前の晩、グレイプの病気に関する連絡を受けていた生徒たちは、希望を持った。
「グレイプが光の下に出て来れなくても、ヴィネが夜に動ければ会える!」
「よし、そうと決まったら早速今からヴィネさんに光を注ごう! ヴィネさん、こんなにも眩しいボクの近くにおいで!」
そんなエルの冗談で一同は笑いつつ、各々の魔法やアイテムでヴィネに光を注ぎ始めた。
夜を生きることが出来る。ヴィネはそう思うと胸が高鳴るのを感じた。しかしそれは、期待ともうひとつの感情によるものだった。その正体は、不安。
記憶を消した張本人に会うという大きな不安を、彼女はずっと抱えていた。しかし、ヴィネに不安はあっても恐怖はなかった。なぜか彼女は、記憶を消されたという事実があるにも関わらず、あの映像の老人に嫌悪感が生じなかったのだ。そして何よりも、こんなにたくさんの人たちが自分を支えてくれているのなら、どんなことにも怯えない。ヴィネはそう決めていた。
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