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リアクション
chapter.7 感光体
一方、ヴィネは瀬蓮たちと共に空京からヒラニプラへと向かっている最中だった。蛮族が出没する可能性があるということで、急遽護衛チームが結成された。
が、そうは言っても襲撃がなければ一行の旅路は平和そのものなので、積極的にヴィネとコミュニケーションを取ろうとしている者もチームの中にはいた。
その代表格が、鈴木 周(すずき・しゅう)である。彼はナンパにのぞきと、可能な限り青春を謳歌しようとしていた。性的な意味で。もちろん言うまでもなく、ナンパも覗きも挑戦回数と失敗回数は比例関係である。
「ヴィネちゃん、道中の護衛は俺に任せてくれよ! いつ危険なやつらが襲ってきてもいいように、ヴィネちゃんの近くで守り続けるぜ!」
そう言うと周はヴィネの左隣をキープし、お喋りに花を咲かせ始めた。完全に護衛と言う体のナンパ行為だ。むしろ誰かこの男からヴィネを護衛してやれよという話である。
「なあヴィネちゃん、ヴィネちゃんのメモリ機能って、いろんなことに使えそうだよな」
「いろんなこと……例えば、どのようなことでしょうか」
「そうだなぁ……じゃあ、こんなのはどうだっ?」
周は突然ヴィネに向かって愛の言葉を放った。
「ヴィネちゃん、俺の愛のメモリは君でいっぱいだぜっ!」
「は、はぁ……」
「ほら、メモリ機能を使えば、今の言葉をいつだって再生出来るだろ? まあ、聞きたくなったらいつでも俺が直接言いに行くけどな!」
「はぁ……あの、すいません、さっき、メモリ機能オンにしてませんでした……」
「ええぇっ!? マジかっ! じゃあ、もう一回言うぜ!」
「あ、あの、いやもう……」
とその時、周と逆側からヴィネに近付いてきた男がいた。返す言葉に困っていたヴィネは、ちょうど良かったと言わんばかりの様子で反対側を振り向いた。
「ヴィネさん、キミにそんな困った顔は似合わない! さあ、ボクのこの輝く笑顔で元気になって!」
そこに立っていたのは、全身を金の衣装で飾り立てたエル・ウィンド(える・うぃんど)だった。ヴィネは慌てて顔を背けた。
「ヴィネちゃん、次はもっと熱い愛の言葉を聞かせるぜ!」
もう一度顔を背けるヴィネ。
「ヴィネさん、どうしたんだい? ボクが眩しすぎたのかな?」
ヴィネは左右どちらを向くことも出来ず、ただ言葉を詰まらせて俯きながら歩き続けた。
前門の虎、後門の狼ならぬ、左門の女好き、右門のチャラ男状態である。
困っているヴィネのところに、今度こそまともなガーディアンが現れた。
「周くーん、ちゃんと見張りましょうねー」
「いてててててっ」
思いっきり周の耳を引っ張ってヴィネから引き剥がしたのは、彼のパートナー、レミ・フラットパイン(れみ・ふらっとぱいん)だ。邪魔者が消えたとばかりに、エルは光精の指輪を使用し、その光で自らをライトアップさせることでより一層光をヴィネに与えた。もちろん物理的な意味で。
「こんなに輝いてるボク、どう?」
「……残念だけど、ヴィネさん目開けてないよ」
レミに突っ込まれ、改めてヴィネを見るエル。エルは光を発することに集中し過ぎたため、ヴィネが目を閉じていたことにたった今気付いたのだった。
「しっ、しまった……明るすぎたか……」
ヴィネは目を開けると、がくっと力尽きその場に倒れたエルと耳を引っ張られたままの周を見て、思わず声を上げて笑った。そんな彼女の柔らかい表情を見て、周もエルも満足そうに互いの顔を見合わせた。
記憶を初期化されるなんて、きっとよっぽど大変な過去があったんだろう。けれど、そんな過去を背負ったヴィネに、何て言葉をかければ良いのか分からない。そんな彼らに出来ることは、こうして普段通り馬鹿をやって、少しでもヴィネが笑顔でいられるようにすることだった。
「また改めて、デートに誘うことにするよ、ヴィネさん!」
エルのそんなセリフに、もうヴィネが言葉を詰まらせることはなかった。
「あはは、ありがとうございます。メモリ機能がオフになってなければ、覚えておきますね」
◇
しばらく進むと、平野だった景色に木々が増え始め、同時に日陰の面積も増していった。
ヴィネの動きがさっきまでと比べ、少し鈍くなっているのが見て取れる。
白菊 珂慧(しらぎく・かけい)は、パートナーのクルト・ルーナ・リュング(くると・るーなりゅんぐ)と共に極力日陰を歩き、ヴィネに日向を譲っていた。
「あの……わざわざすいません」
「私はヴィネさんと逆で、強い光が苦手なのでちょうどよかったのです。いざという時動けないと、ヴィネさんをお守り出来ませんし」
軽く手を振って答えるクルト。クルトはそのまま、相方に話しかけた。
「しかし、少しばかり意外でした。白菊はてっきり、あまりこういった依頼には興味がないかと思ってましたから」
クルトの言葉に、白菊は「そう?」とぼんやりした様子で返す。
「機晶姫の親子の形っていうのがどんなのか、ちょっと知りたくて」
言いながら、近くを歩くヴィネが日陰に足を踏み入れぬよう、影の部分を優先的に歩く白菊。
「僕自身は、親とかにそんなに興味ないけど」
多くは語らないが、白菊のその言葉はどこか憂いを帯びているようにも思えた。
「あ、そこ気をつけて。陽射しがないから」
「あ、ありがとうございます……こんなに気を遣っていただいて、嬉しいです」
ヴィネのそんな言葉に、白菊は表情を変えずに短く返事をした。
「光がないと、だめだって聞いたから」
そんなヴィネの傍で、ディフェンスシフトをかけ警戒を怠っていないのは、森崎 駿真(もりさき・しゅんま)。
「なあ、ヴィネ。ひとつ確認しておきたいんだけど、いいか?」
「はい、何でしょうか」
「親に会いたい、って言ってたけど……もし、これから会いに行くグレイプって老人が親だった場合、そいつって記憶を初期化したやつってことだよな?」
「……はい」
ヴィネの表情が一瞬曇る。
「それでも会いに行きたい、ってことは、まさかとは思うけどよ、もう一度、完全に初期化してもらいたい、ってことじゃないよな?」
駿真が確かめたかったこと。それは、ヴィネがグレイプに会いに行く理由。駿真は自分のその考えが、余計な思い過ごしであってほしいと願っていた。
「いえ、そんなことはありません。これから会いに行く方が親でも親じゃなくても、何かしらの情報にはなると思うんです。私は、それを知りたいんです」
「そっか、なら良かった」
にっと笑って、駿真がヴィネに告げる。
「せっかくこうして会ったのに、次会った時『初めまして』なんて言われたら悲しいだろ」
「……大丈夫です、私、こうやって皆さんと一緒にいれて、とても楽しいですから。もうこの記憶は、なくしません」
力強いヴィネのそんな言葉に、駿真は励ましの言葉を送った。
「変なこと気にしちまって悪かった。ちゃんとヴィネの望む結果になるといいな!」
近くでそんな会話を聞いていた白菊は、ふとあることを思っていた。
彼女の記憶を初期化した老人――グレイプは、随分中途半端なことをしたもんだね。メモリ機能を知っていながら、全てを初期化せず部分的にメモリを残したのは、何か理由がありそう。あえて消さなかったのか、それとも消したくても消せない事情があったのか……。
「白菊、何か考えごとですか」
クルトに話しかけられ、我に帰る白菊。
「ううん、別に」
そんなやり取りが行われている横では、駿真が周とエルに詰め寄られていた。
「なんかさっきいい雰囲気だったっぽくないか!?」
「ボクという太陽を差し置いて、ヴィネさんを照らすことは許さないよ」
「いや、おいおい何言ってんだ? オレはただヴィネの力になりたいって思っただけだぜ?」
弁解をする駿真に迫るふたりだったが、またもやレミのお叱りを受け、すごすごとふたりは退散したのだった。
「もーっ、ちょっと良いことするなあって見直しかけてたのに、結局いつもと一緒じゃない!」
「……何だ? あいつら」
呆気に取られた駿真だったが、あまり深く考えるのは止めることにした。
色々と気を遣われるヴィネには、申し訳ないという気持ちもあった。そんなヴィネを察してか、フランクに話しかけてきたのは七枷 陣(ななかせ・じん)だった。
「いやー、物好きなやつが多いねぇ……って、オレもか」
「すみません、なんだか我がままを聞いてもらってるみたいで」
ヴィネは、何かと謝る癖があるようだった。陣はそんなヴィネを見て、軽く頭を掻きながらもどかしそうに言葉を放った。
「あー、まあほらアレだ、オレだってもし、うちのかーさんに長いこと会えんかって、会えるかもってなったらこんくらい必死にもなると思うし、周りに助けを求めたりするかもしれんし」
「そ、そうでしょうか……」
「たぶんな。だから、ヴィネちゃんがこうやって皆を頼ることは、何もおかしくないと思うなあ、オレは」
そんな陣の言葉を後押しするように、ヴィネに声をかけたのは陣のパートナー、小尾田 真奈(おびた・まな)だった。
「大丈夫ですよ、ヴィネ様。ご主人様や他の皆様……そして私も、貴方を無事親元に届けたいと思っています。そこに投げやりな気持ちや義務感はありません。ですから……きっと、会わせてみせます」
普段は温和な真奈が、珍しく語尾を強めた。そんな真奈を、陣は少しだけ、複雑な気持ちで見ていた。
真奈……もしかして、昔の自分と今のヴィネちゃんを重ねてるんじゃないか? ずっと前に自らの製造主がいなくなってしまった自分と、製造主の記憶を消された彼女を。
真奈はそんな陣の視線に気付かず、和やかな空気でヴィネと会話を続けている。そんなヴィネと真奈の会話に入ってきたのは、イビー・ニューロ(いびー・にゅーろ)だった。
「過去の記憶というのは、大切なものですからね」
機晶姫であるイビー、そして真名も、同族であるヴィネにシンパシーを感じずにはいられないのだろう。ふたりとも、普段よりも少し熱が入っているように思えた。
「そこまで感情を出すのは珍しいな、イビー」
イビーの後から、契約者の五条 武(ごじょう・たける)もその場に混ざった。
「武さん!!」
武の姿を見るや否や、途端にテンションが上がる陣。どうやら彼は、改造人間パラミアントである武のファンらしかった。もっとも、武の方は「知り合い」という程度の認識で、割とふたりの間には温度差がなくもなかったのだが。
「武さんパネえっす! いやもう武さんまでこの依頼に来てたとは、これなんて運命の出会い? これで蛮族に勝つる!」
興奮のあまり言葉が少し乱れる陣。武はそれを見てちょっとだけひいた。
「お、おう、そうだな……」
以前別の依頼である孤島に行った時にも武は感じたことを、再び武は思った。
何か俺の周り、濃いキャラ多くない? と。俺だって設定的に結構濃厚なはずなのに、埋もれてない? と。
そんな武と陣の会話(どちらかというと陣の一方的なまくし立て)が繰り広げられている一方、それぞれのパートナー、イビーと真奈はヴィネと絡んでいた。
イビーは光精の指輪を取り出し、ヴィネに当てることで少しでもヴィネの動きを活性化させようとしていた。太陽ほど効果はないものの、少し本来の動きに戻るヴィネ。
「ありがとうございます……こんな素晴らしい道具があるんですね」
お辞儀をするヴィネに、イビーと真奈が当然のことだ、と言わんばかりの様子で答えた。
「礼には及びません。私はただ、小さな一筋の光になりたいだけなのです」
「私たちが、ヴィネ様の希望の光になれたら嬉しいですね」
願わくば、その光がヴィネを動かし、彼女自ら真実に辿り着いてほしい。ふたりの機晶姫は、そんなことを思っていた。
◇
ぞろぞろと移動を続けている一行を、離れた丘から眺めていた一団がいた。
「へへへ、ボス、あいつらなら襲っても大丈夫そうですぜ」
「あぁ、そうだな……昨日の夜ここを通ってった連中は服装から察するに教導団の連中が多く混ざっていやがったからな……」
「ボス、あの制服は百合園の制服じゃありませんかね?」
「確かにアレは……よし野郎ども、女とお宝をさらいに行くぜ!」
既に噛ませ犬臭がぷんぷんするが、彼らはこの一帯を縄張りにしている蛮族集団だった。その数およそ30人ほどだろうか。彼らは合図と共に、瀬蓮、ヴィネたちのところへ走り出した。
駿真の禁猟区が、それから間もなく反応を示した。
「……! 気をつけろ! 何かが迫ってきてるぞ!」
一気に生徒たちに緊張が走る。
そんな彼らの前に、蛮族が現れた。
「へっへっへ、命が惜しかったら女と金目のものだけ置いて消えな」
ボスと思われる人物が一歩前に出て、ありきたりな忠告をする。
「うわ、何という蛮族……これは間違いなくただのチンピラや」
「ったく……大事な探し物をしている最中に、邪魔なんかするもんじゃねーぜっ! 変身!」
陣と武が戦闘態勢に入り、同時に他の生徒たちもヴィネを守るグループと蛮族を撃退するグループに素早く分散した。
そして、両陣営の衝突が始まった。
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