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襲われた町

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襲われた町

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■第十三章 結末


 町から救い出された人々が続々と山への避難を完了しており、しばらく前から、山は、にわかに沸き返っていた。
 それでも……未だ安否の知れない親しい人を待つ者も、まだ多く居た。あるいは、もうその人は何処にも居ないのだと告げられた者も。
「――結局、わしらの手にあるのは『すべきこと』だけなのだ」
 長老が半ば嘆くように言った言葉を聞きながら。
 一条 アリーセ(いちじょう・ありーせ)は手触りの良い石を盤上にコツリと置いた。
 そして、そぅ、と湯気の立つカップに唇を寄せる。
 隣ではリリ マル(りり・まる)が何回目かのお茶を淹れるためにお湯を沸かしていた。
「手があるだけでも羨ましいというのに」
 リリマルが詰まらない事を言う。
 が、おそらく本人は本気で言っているのだろう。
 長老が、盤上に石を置く。
 アリーセは傍らに置いた袋の中から石を一つ取った。
 長老が続ける。
「歴史も知識も、長い旅の間にその多くを失ってしまった。残ったのは、守らなければいけない過去からの言伝だけだ。それも、世代を重ねるに連れ、少しずつ失われている」
「どこも継承難は一緒ですね」
 盤上に石を置く。
「特に近年は、地球人が入ったこともあってシャンバラの状況が一変しているからな。若い者の中にはヨマを抜け、町で暮らす者も多くなってきている」
 精霊の話をしていたはずなのに、なんだかずれてきているような気がする。
 長老が盤上に石を置く。アリーセは袋から石を取り出しながら、
「ジョゼさんを救うには、本当に機晶石を破壊するしかなかったのでしょうか? 以前のお祭りでは、『楽しい』という感情で精霊を鎮められたと聞いていますけど」
 長老が半ば鬱陶しげな様子を目元に浮かべる。
「『すべきこと』がそれだったのだ。チェイアチェレンにしろ、今回の件にしろな。人間が囚われた時でさえ、白砂漠の精霊との繋がりを断てる可能性は極めて低いという。伝承の中、御伽話の中でも語られぬほど、有り得ない話なのだ。暴走状態となった機晶姫ならば、尚更……」
「例えば」
 アリーセは盤上に石を置いた。
「あなたが過去ばかりでは無く、未来を信じることが出来ていたのなら――この『御話』の行方は、少しだけ違っていたかもしれませんね」
 石にかけていた指を、そっと上げる。
 そして、アリーセは、難しく皺を刻んだ顔を見上げた。
「なーんちゃって」
 表情無く言う。
「……へ?」
「私の勝ちですよね? これ」
 アリーセは、うーん、と首を傾げながら盤上に視線を下ろした。
「……おおぅ?」
 長老がなんだか間の抜けた声を漏らしていた。 


 ■


「おっ?」
 シュタルを捉えたはずだった霧雨 透乃(きりさめ・とうの)の拳が、パァンッと砂を爆ぜた。
「――……なんとか、なったのか?」
 数人の住人を守るように槍を振るっていた霧雨 泰宏(きりさめ・やすひろ)が、砂の散らばった周囲へと、まだ油断無く視線を巡らせた。
「どうもそうらしいのぅ」
 空中でシュタルを狩っていたセシリア・ファフレータ(せしりあ・ふぁふれーた)が、ひゅるりと旋回しながら辺りを確認する。
「はぁぁ……ようやく帰れるぅ」
 へろへろと吐息を漏らしながら、ミリィ・ラインド(みりぃ・らいんど)はしみじみと呟いた。


 ■


「終わったみたいね」
 ベルフェンティータ・フォン・ミストリカ(べるふぇんてぃーた・ふぉんみすとりか)は一つ息をついた。
「……――」
 空飛ぶ箒の先を巡らせる。
 どうせあの馬鹿は変なところで手心加えて、余計な怪我でも負って、倒れてでも居るのだろう。だから――
「ねー」
 クリムリッテ・フォン・ミストリカ(くりむりって・ふぉんみすとりか)の声がベルフェンティータの背中を追う。
「帰るのー? 北斗はー?」
「……あの馬鹿、怪我したら何時でもヒールして貰える……と思ったら大間違いだわ」
「え? え? あれ? ねー? ちょっとー?」
 そうして、ベルフェンティータの姿は北斗を置き去りに、町の外へと向かっていった。


 ■


「……ふ……ふふ」
 ヴェルチェ・クライウォルフ(う゛ぇるちぇ・くらいうぉるふ)は、ズタボロな格好で町の中に立ち尽くしていた。
 口元が力無く揺れ続ける。
 町のあちらこちらに砂が散らばっていた。
 ポケットからシュタルの甲殻の欠片を取り出したはずのヴェルチェの掌の上にも。
 それが、吹いた風でサラサラと飛んで。
「まあキレイー……――て……やってられるかーーー!!!!」
 ヴェルチェは残っていた全ての力を投入して、掌の砂を地面に投げ捨てた。


 ■


 気が付いて、シルヴェスター・ウィッカー(しるう゛ぇすたー・うぃっかー)は目を開けようとした。
 片目が巧く開かず、仕方なく半分の視界で世界を見回す。
 誰かに背負われているようだな、と思ったらガートルード・ハーレック(がーとるーど・はーれっく)だった。
 すぐにその背を降りようとしたが、体に全く力が入らない。
 それでも、しばらく頑張ってみた後。
「すまんのぅ、親分」
 謝った。
「いえ――」
 ガートルードが薄く首を振る。
 見れば、彼女自身もかなりの怪我を負っているようだった。
「ジョゼは、どうなった?」
「…………」
 返答無く、ガートルードがわずかに頭を垂れる。
「――そうか」
 彼女の背中に揺られながら、小さく零す。


 ■


 機晶石を失ったジョゼの体が転がっていた。

「……間に、合わなかった……のか?」
 緋桜 ケイ(ひおう・けい)が呟く。
 クラリナが覚束無い足取りでジョゼの体の前へと歩み、崩れ落ちた。
 涙は無かった。


 ■


 白砂の砂漠の遺跡の中では、宴会が続いていた。

「好きな人が自分のそばにいてくれなかったり、自分を選んでくれないのはとても悲しいことだわ……」
 カップを両手で抱いて、宇都宮 祥子(うつのみや・さちこ)は言った。
「ええ……よく分かります」
 現在、片思い中だという志位 大地(しい・だいち)が真剣な表情でうなづく。
 祥子はそちらに微笑んでから続けた。
「でも、自分の好きになった人の選択だし、その人の幸せは素直に祝福してあげたい。そうして……その人が幸せなら……実らなかった私の想いも救われる」
 そうして、祥子は静かに瞼を閉じた。
「ねえ、ジョゼ――私は、そんな気がするのよ」
 と――。
「わたくしからジョゼ様にお伝えしたいこと、それは!!」
 ロザリィヌ・フォン・メルローゼ(ろざりぃぬ・ふぉんめるろーぜ)が、ぐあっと立ち上がりながら片手を上げた。
「同性への愛! つまり『百合』ですわっ! わたくしはジョゼ様を愛で包容したいですわーっ!」
「……いや、ジョゼは無性別タイプだって話じゃなかったか……?」
 虎鶫 涼(とらつぐみ・りょう)のツッコミは、
「おーーーっほっほっほ!」
 届かなかった。


 ■


 人々が立て篭もっていたはずの学校の中は酷い有様だった。 
 ゲー・オルコット(げー・おるこっと)は床に散らばる白砂を踏みながら、中央ロビーの中を見回した。
 あちらこちらでバリケードが崩され、砕かれた木片やら引き裂かれたカーテンやらが転がっていた。壁のあちこちにシュタルの残した傷跡がある。
 床板の一部が、ズッとずれて、そこにあった小さな小さなスペースからドロシー・レッドフード(どろしー・れっどふーど)が姿を現した。
 ドロシーの目がゲーを見上げる。
「……どうでした?」
「さあな」
 ゲーはドロシーに手を貸して、彼女を引っ張り上げた。
「結局、何がなんだったのか……分からない事だらけだったな」
「まあ、いいんじゃないですか?」
 ドロシーが言って、パタパタと服の砂を払いながら続けた。
「こうして、二人とも生きてますし」
 ゲーは少し間を置いてから「まあ、そうだな」と頷いた。

 外はすっかり夜だった。
 いつの間にか曇は流れ、月が覗いていた。
 遠い空の向こうからは、今更、ヘリの音が響いていた。




担当マスターより

▼担当マスター

村上 収束

▼マスターコメント

 シナリオへの御参加ありがとう御座いました。
 そして、アクションの作成お疲れ様でした!


 色々な要素が絡み合った結果の結末でした。
 ジョゼ、クラリナ、ニコロについては、結構エグい展開や結末も想定していましたので、救われたほうかな、と。

 町自体も、建物への被害を考えてくださった方が意外に多く、被害を抑えられた方かと思います。
 また、住民救出や住民への配慮もしっかり為されていたので、色々と残酷な描写はお預けに(?)

 なにはともあれ、ありがとう御座いました!
 また機会が合いましたら、宜しくお願い致します。


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2010/2/17 数文字ばかり、へんてこになっていた文章を修正。