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■第四章 タルヴァ脱出


 学校の上空に、青色の煙が咲く。
 屋上には真っ赤な塗料で《H》の文字が描かれていた。
 九弓・フゥ・リュィソー(くゅみ・ )は、救助隊の到着を見越し、その場を確保していた。
 両腕にそれぞれ纏わせた二つの光条兵器を駆使し、屋上へ這い出て来るシュタルを次々に叩き伏せていく。
 その向こう、九鳥・メモワール(ことり・めもわぁる)がシュタルの攻撃から逃れつつ、屋上の端から町の状況を見回していた。
「――すごい数ね……こんなのがずっと砂漠に潜んでいたというの?」
「いえ、なんでも『精霊の力で砂が形を得たもの』だという話ですわ」
 後方で、マネット・エェル( ・ )がコロッとした可愛らしい調子で言って、ぽーんと跳躍した。
 そうして出来た虚空をシュタルの体がゴォウッと過ぎ去っていく。
 行き去ったシュタルを九弓が左腕で受け止め、右腕で貫き捨てるのを横目に、たんっとマネットが着地して続ける。
「以前、砂漠で行われたチェイアチェレン。その頃にも出現していたらしいですわ――そして、儀式の終了と同時に砂に還った、と」
「儀式以外の対処法は?」
「分かりませんわ。でも、ずっとずっと昔のチェイアチェレンで歌われていたという《歌》がありますわ」
「……歌?」
「楽しい歌ですの。楽しい気持ちの溢れた歌――そう、だからたぶん、歌を聴いて貰えばよいのですわっ」
 マネットが、名案を思いついたとばかりに、くつんっと笑んでドレスの裾を翻した。


 ■


 学校内。
「――クソッ、こいつら次から次へと」
 佐野 亮司(さの・りょうじ)の光条兵器が厚い窓ガラスをすり抜け、外に張り付いて窓をこじ開けようとしていたシュタルを貫いた。
 落ちていったシュタルを確かめるために窓へ寄った亮司は、壁を這うシュタルの数を見て「げっ」と声を漏らした。
 振り返る。
「急ぐぞ、ここもすぐにヤバそうだ」
「あ、はい――あの、そんなに一杯居るんですか?」
「思わず背筋が冷えるほどな。――見てみるか?」
「……いえ」
 向山 綾乃(むこうやま・あやの)が少し慌てながら、医療品を箱に入れていく。
 二人は医務室に居た。
 あれから、何人かの避難民を受け入れる内に、怪我人の数も増え、綾乃のヒールだけでは足りなくなってきていた。
 そこで、救急用品を調達に来たのだ。
 学校内のそこここには既にシュタルが侵入していたが、あらかじめ要所要所にバリケードを作っておいたために、ここのように無事な場所も点在していた。
 と―ー部屋の外でガラスの割れる音。
 亮司はすぐに廊下へと出た。
 別所で、通信機などを探していた瓜生 コウ(うりゅう・こう)が、廊下をこちらへと駆けながら鋭く言う。
「シュタルだ――中央ロビーまで戻るぞ」
 言った彼女の手には、見つからなかったらしい通信機の代わりに、古めのラジオがあった。
 亮司がシュタルを牽制しつつ間に三人は、中央ロビーに向かった。
 中央ロビーに続く扉の前には、訓練用の模造剣を持った高村 朗(たかむら・あきら)と大きな農具を持ったリナス・レンフェア(りなす・れんふぇあ)が扉番をしていた。
 綾乃とコウを中央ロビーへと受け入れ、数匹のシュタルに追われた亮司と共にシュタルを牽制してから、朗たちは扉の奥へと三人一緒に引っ込んだ。
「早くッ、バリケードを!」
 朗とリナスが抑えた扉を、シュタルたちの体当たりによる衝撃が何度も叩く。
 重いバリケードで扉を押さえ、皆は、ようやく少しだけ息をついた。


 ■


 九弓は、紡がれ始めたマネットの楽しげな歌声を背景に、屋上へ同時に這い上がって来た数匹のシュタルへと視線を走らせていた。
 手近な所のシュタルへ駆け、光条兵器を叩き込む。
(……やっぱり、少し弱体化してる。まさか、本当に歌で? それとも、重要なのは気持ちの方?)
 とはいえ、数が数だ。
 ――AE(範囲攻撃)は、あと……一発? 二発?
 己に残る力を、頭の中でシビアに計算していく。
 わらわらと屋上へ上がり込んできたシュタルたちを数えながら薄く薄く息を吐く。
 そろそろ援軍が欲しいところだが、どうも中は中で手一杯らしい。
 光条兵器の光に包まれた手を一度握り込んでから、魔法の構成に入る。
 瞬間、羽を広げ始めたシュタルたちが、上空より放たれた銃弾の雨に叩き飛ばされた。
「――やっと、ね」
「待たせたな」
 見上げた空には、小型飛空挺に乗った天城 一輝(あまぎ・いっき)が機関銃を構えていた。その後ろでは、
「助けに来たよー!」
 コレット・パームラズ(これっと・ぱーむらず)が一輝の腰に捉まりながらパタパタと手を振っている。
 もう一方の屋上の淵から、片手に剣を下げたローザ・セントレス(ろーざ・せんとれす)が姿を現す。
「じきに他の方もいらっしゃいますわ」


 ■


「救助のヘリが遅れている……?」
 小型飛空挺でパートナーと共に天城 一輝(あまぎ・いっき)たちと駆けつけた九条 風天(くじょう・ふうてん)は、わずかに眉根をしかめた。
 瓜生 コウ(うりゅう・こう)がうなづく。彼女のそばで、古いラジオがノイズ交じりの音を鳴らしていた。
「昨晩より山脈上空で気流の乱れが激しく、ツァンダからのヘリや大型の飛空挺は直接こちらへ抜けることができないようだ――迂回ルートでこちらへ向かっているというが、あと数時間はかかるらしい……」
「そうですか……となると、やはり――」
 風天は、コウたちによって立て篭もり区域と定められていた中央ロビーに視線を巡らせた。
 建物の奥まったところにあり、窓ガラスはない。それぞれの場所へ向かう階段や通路が幾つもあるようだが、今はその全ての扉が閉ざされ、机やら棚やら置物やらでバリケードが築かれていた。
 人々は固い床の上に厚手のカーテンを引いて腰を下ろしている。
 その人々の間を、コレット・パームラズ(これっと・ぱーむらず)がパタパタと巡っていた。
「はい。お茶と、チョコレート」
「ありがとうございます。わ、美味しそう――っあ」
 受け取った向山 綾乃(むこうやま・あやの)のお腹が小さく鳴った。
 考えてみれば昨日の夜からずっと何も食べていないのだから、当然といえば当然なのだが……恥ずかしいものは恥ずかしい。
 お茶とチョコを受け取った格好で固まってしまった綾乃の様子に、コレットが、一つまばたきをしてから無邪気に笑った。
「あのね、バレンタインで作りすぎちゃったの。でね、でも、けっこう上手く出来たと思うんだよ? ね、ね、食べてみて!」
 風天は、そんな彼女らを眺め、柔らかく息をついてから、改めて皆を見回した。
 コレットたちが持ち込んだチョコレートやお茶などが配られ、少し和んだ雰囲気になってはいるが、やはり拭い切れない不安や恐怖が精神的にも肉体的にも彼らを圧迫してきているのを感じる。
 それに……既に建物の各所にはシュタルたちが侵入しているようだった。
 この場所もそう長く持つとは思えない。


「二人で分けるんだぞ」
 高村 朗(たかむら・あきら)はコレットから受け取った己の分のチョコを子供たちに分け与えていた。
 そろそろと伸びた小さな手がチョコを受け取って、それを二つに分けて、もう一人の子供に片方を渡す。
 それを微笑ましく見守る。
 と――。
「町を突っ切って脱出するだと!?」
 中年男性の声がロビーに響き渡った。
「そうだ」
 コウが至極冷静な調子で男を見据えながらうなづく。
「じきに、ここも持ち堪えられなくなる。そうなる前に陸路で町の外へ出る」
「私たちに、あんなモンスターだらけの場所を行けというのか! アンタたち”契約者”と一緒にしてもらっちゃ困るッ、私たちには何の力もないんだぞ!」
「身の安全はボクたちが保障します」
 風天が凛と言う。
「ボクや一輝さんたちが護衛に付きますし、センセーと今宵に周囲のシュタルを引き付ける囮役となってもらいます」
「まぁ、せいぜい派手に暴れさせてもらうさね」
 宮本 武蔵(みやもと・むさし)がぼりぼりと腹を掻きながら、ニヤけた顔を傾け、
「シャキッとしてくださいませ、武蔵さん」
 坂崎 今宵(さかざき・こよい)に尻をスパーンと容赦なく蹴り飛ばされた。
 尻を抑えて呻く武蔵の前に、とんっと九鳥が立って、皆を見上げる。
「屋上から町の様子を見ていたんだけど……シュタルの数自体を減らそうと動いてくれてる人たちも居るみたいだった。おかげで、いくつかのエリアでシュタルが極端に減ってる場所がある。だから、活路はあるわ。あとは――行くのか、行かないのか、だけよ」
「行きましょう」
 まだ戸惑っている住民たちの中で、朗が立ち上がる。
「みんなで力を合わせれば絶対に助かります、頑張りましょう」
 自身の憂いを押し込め、皆を元気付けるように言った朗を、そばで子供たちが不安そうに見上げていた。
 気づいて、
「大丈夫! 言ったろう? 絶対に守るって!」
 朗は笑顔で子供たちの頭を掻き撫ぜた。

 ◇

 ドロシー・レッドフード(どろしー・れっどふーど)は、脱出の準備に慌ただしい人々を、ぼんやり眺めていた。
「キミは行かないの?」
 かけられた声に振り向く。
 リナス・レンフェア(りなす・れんふぇあ)が小首を傾げて、こちらを見下ろしてきていた。
 答える。
「ええ、まあ。私一人ぐらいなら、どこかに隠れていられるでしょうし」
 リナスは「ふぅん」と零し、少し間を空けてから、
「パートナーが助けを呼んでくるのを待つんだね」
「来ないような気もしますけどね」
 ドロシーは赤いフードの端を指先で弄りながら首を傾げた。
 リナスが、ぱちりと瞬きをする。
「……変なの」
「そうですね」
「リナスさーん!」
 向こうのほうで向山 綾乃(むこうやま・あやの)が、はたはたと手を振っている。
「すいません、手伝っていただけますかー? ちょっと、私だと重たくて動かせなくてー」
「うん、わかった。行くー」
 リナスが手を振り返し、そちらのほうへと駆けて行く。
 ドロシーは一つ息を零して、ころりと目を端に転がした。
「大時計の中に隠れる……のでは、お話が違ってくるのでしたっけ?」

 その向こう。
「おまえも囮役をやるんだって?」
 佐野 亮司(さの・りょうじ)高村 朗(たかむら・あきら)に問い掛けていた。
 朗は、シュタルの気を引くための手持ちライトを確認しながらうなづいた。
「ええ――あの子たちのこと、お願いします」
 一緒にここへ避難してきた子供たちの方へ視線を向ける。
 亮司が、ぽんっと何かを放ってよこしたので、朗はちょっと慌てながらそれを手に取った。
「これ……チョコレート?」
「コレットからの貰い物だ。俺の食いかけだが腹に入れとけ――自分の分は、あいつらにやっちまったんだろ?」
 見られていたらしい。
 朗は張っていた力を抜くように笑って、亮司の方へ視線を返し、礼を言った。


 ■


 高村 朗(たかむら・あきら)が引き付けてきたシュタルたちが――坂崎 今宵(さかざき・こよい)の機関銃によって圧し散らかされていく。
 重なり合って繋がる火と音を爆ぜて、群れた白い虫を端から次々に弾き上げ、甲殻をへこませ、間接と羽を砕き、沈める。
 そして、今宵は素早く視線を巡らせながら、グゥンッ、と豪快に銃先を流した。
 側方の壁に銃痕を走らせ、這い現れたシュタルたちを撃ち崩す。
「殿の信頼にしっかり応えてくださいね、武蔵さん」
 銃撃を続けながら、視界の端でシュタルの腹部へと高周波ブレードを突き立てた宮本 武蔵(みやもと・むさし)へ言う。
 武蔵がシュタルを払い捨て、
「肩に力入り過ぎだぜ、嬢ちゃん。大将らが町を出るまで粘るんだ――まだまだ先は長いぜ?」
 笑いながら切っ先を巡らせた。
 今宵の銃撃の弾痕を体に残すシュタルどもが羽音を揺らして、こちらへと向かってくる。
 突出したシュタルの突撃を、武蔵が片足を滑らせて踏み込んだ半身で避け、横を掠めたその腹へ剣を跳ね上げる。
 返した剣で前足を受け、体と共に切っ先を巡らせながら再び腹部へと斬撃を打ち込む。
 その流れのまま、浅く後方へと跳び退る。武蔵の目前の虚空を別のシュタルの前足が裂いた。
 そこへ、弾丸の嵐。
「うおぉっ!?」
 それらは武蔵を掠めてシュタルたちを圧し弾いた。
 ひっ、と口端を揺らした武蔵が今宵の方へとちょっと振り返る。
「……オイ嬢ちゃん。俺とムシの区別ついてるよな?」
「大丈夫ですよ。武蔵さんが、ちゃんと働いてくださっている内は」
 笑顔で言う。
 おお怖、と武蔵が小さく呟きを残して、瀕死のシュタルへと距離を詰めていく。
 今宵の銃撃が彼に集まろうとする余分なシュタルを払う。
 

 ◇


 武蔵らがシュタルたちを引き付けている隙に学校を出た一行は、シュタルの少ないエリアを渡るように町の外を目指していた。

「下がって!」
 九条 風天(くじょう・ふうてん)は建物の窓を突き破って現れたシュタルの前に飛び出た。
 翳した盾を打つ、金属音と衝撃。
 風天が庇った住民が悲鳴を噛み殺しながら、わたわたと距離を取る足音を聞きながら、風天は盾でシュタルを弾きながら体勢を整えた。
 そして、シュタルの二撃目の切り裂きを再び盾で受け、弾いて作った隙を取って踏み込む。
 高周波ブレードを巡らせて斬り飛ばす。瞬間、踏み足を浅く跳ねて、地に滑らせるように更に半歩分を鋭く踏み込み、返した剣で追撃する。
 グシャ、と手を伝った感触に、ぞぅっと肌が粟立つ。歯と唇を強く結び、それを堪えながら、風天は振り返った。
「大丈夫でしたか?」
 助けた人へと、笑みを向ける。
「……顔、青いですけど……むしろ大丈夫ですか?」
 心配されてしまう。
 風天はすぅはぁと深呼吸をしてから、「大丈夫です」と言い切った。
 この状況で、実は虫が苦手だなんて言えなかった。

 一方。
 天城 一輝(あまぎ・いっき)は後ろにコレット・パームラズ(これっと・ぱーむらず)を乗せ、一行に近づこうとするシュタルの撃退と、他の要救助者の救助にあたっていた。
 町には、建物へ侵入したシュタルに追われて外へ逃げ出した人たちの姿があった。
「追い払うだけでいい」
 数匹のシュタルに追われる人の方へと飛空艇を急降下させながら、一輝はそばを飛ぶローザ・セントレス(ろーざ・せんとれす)へと言った。
「ええ、深追いはしませんわ」
 ローザが微笑み、しなやかな動作でライトブレードを抜く。
 一輝の機関銃が、逃げる住民を追って飛ぶシュタルたちの背中を撃ち払う。その射線の外を巡るような形で飛んだローザがシュタルに肉薄した。
 狙いは、一輝と同じく背中。
 斬撃を閃かせてから、身を翻す。その隙を埋めるように一輝の放った銃弾がシュタルを圧した。
「一輝ッ! えとっ、右!!」
 コレットの声が響く。彼女が指差したほう、建物の屋根から飛んだシュタルが、滑空して、一輝たちへと迫っていた。
 ローザがシュタルの甲殻を蹴って、バーストダッシュで一輝のそばまでの距離を駆り、シュタルの刃を剣で弾く。
 一輝はそちらへ銃口を巡らせて、ローザの体が射線からすり抜けると同時に引き金を引いた。


 ■


 バゥンッ、と扉が押し開かれて、
「わぁああああッッ」
 男が道へ転がり出る。
 開かれた扉の奥の暗闇からは、キチキチと奇怪に折れ曲がった巨大な虫の足が覗き始めていた。
「ひ、ひぃ――」
 男が地面を引っ掻いて逃げようとするが、腰が抜けてしまっているのか立ち上がることすらままならない。
 ただ怯え、悲鳴すら掠れた男に狙いを定め、屋内からシュタルが飛び出す。
 その瞬間を狙って、
「隙あり!」
 ヴェルチェ・クライウォルフ(う゛ぇるちぇ・くらいうぉるふ)は、路地から飛び出しざまに光条兵器の鎖を放った。
 鋭く空を切った光条兵器の端がシュタルの甲殻を擦り抜け内部に直接ダメージを与える。
 手応えを感じると同時に、組み上げておいた雷術を放つ。
 腹に光条兵器の先を収めたまま、こちらへ標的を変えようとしていたシュタルの出鼻に雷撃が弾ける。
 その間にも地を蹴り、シュタルの正面から体を逃しながら光条兵器で二撃目を叩き込む。
 そして、しぶとくこちらに追い縋ってきたシュタルを鬼眼で怯ませ、ドラゴンアーツで向こうの壁まで吹っ飛ばした。
「――ふぅ」
 肩に落ちた髪先をぱんっと背の方に払って、動きを止めたシュタルの方へと近寄っていく。
「やっぱり、すごくキレイ。絶対これ良い金になるわ」
 思わず笑んだ口が戻らない。
 その甲殻を剥ぎ取ろうと腰を落としたところで、
「あのぅ……ありがとうございました……?」
 先ほど、なにやら地面で七転八倒していた男から礼を言われる。
「は?」
 振り返って、少し訝しげに男を見やる。
 男は何やらびくっと怯えた様子で、ぎぎっと首を傾げた。
「今、助けて頂きまして……」
「そうなの?」
 助けたつもりはサッパリ無かったが、まあいっかと男の方は放っておいてシュタルの甲殻に手を触れ――
「――ッ!?」
 ヴェルチェはその場を蹴り転がった。
 凶暴な風鳴りと同時に、ヴェルチェが立っていた場所に何かが落下して来て、シュタルの体と地面を砕いた。
 それは、土煙る中でブレードを構え、ヴェルチェへと敵意の視線を向けていた。
(――機晶姫?)
 体勢を捻りつつも、懐から取り出したナイフと鋏を片手で投げつける。
 ついでに、砕けて飛んできた甲殻の欠片をもう一方の手に掴んで仕舞っておく。
 白い光を持つ機晶姫はナイフと鋏を事も無げに弾き、ヴェルチェを追って飛んだ。
「――ッ!?」
(嘘、早過ぎる!)
 ヴェルチェは両手の平で地面を叩き飛びながら、体を無理やり捻り、機晶姫が突き出してきたブレードをなんとかギリッギリで避けた――が。
 足首を捉まれ、有り得ない力でもってグゥンッッと路地の端へと放り投げられた。


 ◇


 幾つかの建物を隔てた一ブロック向こうで、派手に破壊音が響いた。
 巨大昆虫に乗って、学校からの脱出組をフォローしていたレン・オズワルド(れん・おずわるど)は巨大昆虫を急上昇させ、色とりどりの屋根を見回した。
「あそこ、白く光る機晶姫――ジョゼだ」
 いつの間にか隣を小型飛空挺で併走していた天城 一輝(あまぎ・いっき)が指差した先で、また凄まじい音が響き、建物が揺れた。
「……一輝」
 コレットが不安げに一輝の腰に回している腕を強めた。
 一輝の視線が、町の外を目指して進んでいる脱出組の方を一瞥する。
「近い……どうするかな」
「俺が引き離そう。そのまま町の外へ誘導できれば、シュタルたちも外へ引っ張り出せるかもしれない」
 言った時には、レンを乗せた巨大昆虫はジョゼの居る通りへ向かって急降下を始めていた。


 ◇


「なんなのよ……ッ」
 込み上げた血に喉を詰まらせ、咳でヴェルチェの体が揺れた。
 周囲では、瓦礫だらけの地面にパラパラと建物の欠片が振り落ちている。
 ヴェルチェの体は、そこへ無造作に投げ出された人形のように、不自然な格好のままぐったりと倒れていた。
 彼女が満身創痍であるのは明らかだった。
 瓦礫を踏む音。
 ブレードの切っ先が瓦礫の端を擦る。
 と、ブレードを構えたジョゼのすぐ背後に、ブゥウウンと巨大昆虫が姿を現した。
 その背に乗っているレンは、ショットガンを構えていた。
「礼は要らない」
「……残念だわ」
 ヴェルチェと短いやりとりを終えた瞬間に引き金を引く。
 同時に、巨大昆虫が急転換して、町並みの間を低空で疾走した。
 ショットガンの不意撃ちに弾き飛ばされたジョゼが体を起こす頃には、ヴェルチェの姿は消えていた。
 ジョゼがレンを追って瓦礫を爆ぜる。