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■第七章 救いの手


「ジョゼはニコロが好きだったのではないでしょうか?」
 グロリアーナ・イルランド十四世(ぐろりあーな・いるらんどじゅうよんせい)は、所々破壊された町並みを駆けていた。
 その手には大型のスピーカーを持っており、それは携帯電話につながれていた。
「クラリナさんを、ではなくですか?」
 神野 永太(じんの・えいた)が問い返す。
 その隣を行く燦式鎮護機 ザイエンデ(さんしきちんごき・ざいえんで)が呟くように。
「それは……恋、というもの?」
 グロリアーナはうなづき、
「だから、ジョゼは二人の結婚に心を乱した――でも、ジョゼにとってクラリナも大切な人だった。二人を祝福したい。しかし、感情に対して未成熟だったジョゼは、その複雑な気持ちをどう表現したらいいか分からず……爆発してしまったのでは、と」
「本当にニコロへの恋心があったかについては分かりませんが――でも、ジョゼさんはニコロさんを殺さなかった。そして、クラリナさんを連れ去りました」
 赤羽 美央(あかばね・みお)が続ける。
「こんな解決法じゃ何にもならないということは、本人が一番分かっていて……それで、このままでは全てが自分のそばから離れて行ってしまうのが不安で不安で仕方なくて……その気持ちのはけ口として他者への暴力を行っているように思えます」
 美央とグロリアーナはジョセフ・テイラー(じょせふ・ていらー)イレブン・オーヴィル(いれぶん・おーう゛ぃる)からの連絡を受け、共に、ニコロを連れた彼らが到着するまでの時間稼ぎをするため、ジョゼの元を目指していた。
 永太とザイエンデとはその途中で出会った。
 四人は破壊の爪跡を辿って、水浸しの広場を駆け抜けた。
 その先に居たジョゼが掴み上げていた人を投げ捨てて、四人の方へと振り返った。
 表皮は焼け焦げ、装甲が砕けて内側の機械部が覗いている箇所も幾つか見受けられた。
 だが、白い光に包まれたジョゼの動きは鋭かった。
「私が彼女を抑えます」
 ジョゼの装備がブレードのみと確認したザイエンデが六連ミサイルポッドをパージし、加速ブースターを作動させる。
「永太は魔法で援護をお願いします――その間に、ニコロ様の《声》を」
 パージしたミサイルが地面に落ちて重い音を立てると同時ほどに、ザイエンデは跳んだ。
 薄い土煙を上げて接近してきていたジョゼに組み付く。
 ジョゼが振り上げたブレードを永太の火術が弾いて、軌道と軸をぶらした。その手元をザイエンデの拳が撃ち叩く。
「恋心、友情、孤独――こんな所で暴れてたって何も分かりはしない、得られるはずもない」
 突き出されてきたジョゼの掌が、素早く引いた半身の胸元を掠めてザイエンデの装甲の欠片が舞う。
「思いは言葉にしなければ伝わらないのよ」
 後方では、キィイイン、とスピーカーのハウる音。
 ジョゼが身体を回転させながら振り流してきたブレードを、腕の装甲の表面を犠牲に受けそらし、ザイエンデはジョゼの足元に向かってパイルバンカーを放った。
『――では、ニコロ・フランチ』
『……ああ』
 グロリアーナのスピーカーから、イレブンとニコロの声が流れる。イレブンが道すがら録音をし、グロリアーナの携帯へと送ったものだ。
 パイルバンカーの杭は、ジョゼの装甲の一部を削りながら地面を抉っていた。空中に身体を反転させながら逃れていたジョゼの手が、ザイエンデの肩口の装甲を砕き、掴む。
 そのまま、ザイエンデの後方へと着地すると共に、ジョゼが彼女を放り投げようとする。
『ジョゼとの出会いは?』
『……数年前、ジョゼが調査団に配属された時だ』
 寸前で、ザイエンデの脚部装甲のスパイクが地面に打ち込まれ、ザイエンデをその場へ固定し、彼女の肩の装甲だけが削ぎ取られた。
 と――鋭く駆けた美央の突撃がジョゼを叩き飛ばす。
 スピーカーから流れる声は一切編集されていないらしく、質問と返答、返答と質問の間が長かった。それが吐き出される言葉に生々しさを持たせていた。
『ジョゼとの思い出の中で一番印象に残っているのは?』
『……いつだったかクラリナがジョゼの似顔絵を描いて、それをジョゼに見せた時があった。クラリナは絵が下手だから、全然似てないんだ。見せられたジョゼは、少し困ってしまっているようだった……そんな様子を見たのは初めてだったから、とても印象に残っているよ』
 スピーカーからは、イレブンがグロリアーナに渡されたメモの質問を淡々と読み上げ、少し戸惑った様子をうかがえるニコロが答えていく様子が流されていた。
 その間、ザイエンデと美央は永太の援護を受けながら、ジョゼを抑えていた。
 ニコロの声が聞こえてから、ジョゼの動きには何か、迷いが生じ始めているように見えた。
『ジョゼのことをどう思ってる?』
『仲間だ。そして、クラリナの大切な友人』
『だが、ジョゼは暴走し調査団を壊滅させ、クラリナを連れ去り……今、タルヴァの町を襲っている。そんな今でも?』
『…………』
 しばらくの間、ザイエンデらの戦闘音のみが響いていた。
 十分な間を置いてから、イレブンの声が続けた。
『最後に。ジョゼに何を伝えたい?』
 それから、またしばらく続いた沈黙の後、
『…………僕は……僕らは――』
 そこで、スピーカーの音は激しいノイズを伴って消失した。
「――ッ」
 後方。
 スピーカーを持っていたグロリアーナは、シュタルたちに襲われていた。
 シュタルに裂かれたスピーカーの残骸が地面に転がる。


  ■


 ニコロを連れてタルヴァに入った一行は、ジョゼを目指して慎重に進んでいた。
「駄目なのかなぁ――」
 ニコ・オールドワンド(にこ・おーるどわんど)が禁猟区とディテクトエビルで警戒しながら、零す。
「……?」
 禁猟区を展開しながら望遠鏡で周囲を警戒していたユーノ・アルクィン(ゆーの・あるくぃん)は、目元から望遠鏡を少し離してニコを見下ろした。
 なんだかんだと丸め込まれてタルヴァまで連れて来られて、さっきまで不機嫌にしていたニコだが、今は少し様子が違うようだった。
 シュタルを警戒して町並みに視線を向けたままのニコが、半ば独り言のように続ける。
「僕がジョゼなら、友達を一人占めしたいと思う――でも、それは……やっぱりいけないことなのかなぁ」
 聞いて、ユーノは望遠鏡を下ろしながら微笑んだ。
「それもきっと大事にすべき気持ちです。でも、その友達の幸せも、また大事なものではないでしょうか?」
 ニコが顔を上げて、それから崩す。
「……難しい」
「そう、これはとても難しいこと。だから、皆、大いに悩んで――成長していくのです」
 なんとなく、ぼさぼさのニコの頭を撫で――ようとしたところで、ユーノとニコは身構えた。
「来ました!」
 ユーノが指差した方向へと、
「はい!」
 六本木 優希(ろっぽんぎ・ゆうき)が滑り出していく。
「さっさと蹴散らして進むぞ」
 後方でアレクセイ・ヴァングライド(あれくせい・う゛ぁんぐらいど)がパワーブレスをかける。
 全員がニコロを中心して展開していく。 
 ミラベル・オブライエン(みらべる・おぶらいえん)の銃撃が現れたシュタルを牽制する。
 追って現れた数体のシュタルの突撃をディフェンスシフトを取っていた優希とユーノが弾き返し、ニコの氷術がそれを追撃した。
 空中で身を翻したシュタルが優希とユーノの間を抜け、無防備なニコロを狙う。
 それを、
「ノノノ、行かせマセン」
 ガードラインを発動させていたジョセフ・テイラー(じょせふ・ていらー)がラウンドシールドで防ぐ。
 その間にイレブン・オーヴィル(いれぶん・おーう゛ぃる)がニコロを安全な場所へと下がらせた。
 そして、アレクセイがバニッシュを放ったのを皮切りに、全員が一気に畳み掛けて、ひとまずはシュタルたちを撃退した。


 ■


 燦式鎮護機 ザイエンデ(さんしきちんごき・ざいえんで)の腕がジョゼを捉えようとして虚空を掴む。
 次いで、赤羽 美央(あかばね・みお)の剣がジョゼへと閃く――が、手元を取られて、美央の体は側方の壁へと叩き付けられた。
 後方ではグロリアーナ・イルランド十四世(ぐろりあーな・いるらんどじゅうよんせい)神野 永太(じんの・えいた)がシュタルたちの迎撃に追われていた。


「ったぁ、また沸いてやがる」
「こちらは私たちに任せろ、リュース」
 七枷 陣(ななかせ・じん)仲瀬 磁楠(なかせ・じなん)が、かなりの数のシュタルを相手にしているグロリアーナたちの方へと駆けていく。
 そして、リュース・ティアーレ(りゅーす・てぃあーれ)はジョゼの前へと立った。
 こちらへと向けられたジョゼの顔はひび割れ、欠片の一部が千切れた繊維の先にぶら下がっていた。
 足元にはザイエンデが倒れていた。ジョゼの足を掴んでいたその手がずるりと地面に落ちる。
 白い光は、ジョゼから剥がれかかっているように見えた。
 そして。
「……何故、あなたは泣きそうなんですか?」
 リュースの声が静かに問いかける。
「――理解不能」
 ジョゼのブレードを盾で受け、たたらを踏む。
「オレがここに来たのは、ニュースで見たあなたが心配だったからです」
「――嘘」
 ジョゼが側方へ回り込むのを視線で追って、再び突き出された切っ先を剣で受け流そうとする。ブレードが肩を裂く。血が散る。
「オレにも恋人はいますが、大切な人は沢山います。選べません。心に順位はありませんから」
「――そんな、こと――」
「本当です。だから――自分から独りにならなければ、あなたは独りではありません!」
 ジョゼのひび割れた口元が歪む。 
「――分からない。なら、ワタシは、どうし、たら――抑えられ、な――」
 そして、制御できない衝動に震えるようにリュースのそばの地面をブレードで抉り飛ばした。
 グロリアーナが言う。
「白く尖る衝動は黒き水となって悲しみという青い器に注がれる――水を砂漠に染み込ませれば、器にも新しい水が注がれるでしょう」
 ジョゼの目玉がグロリアーナを虚ろに見やる。
 グロリアーナはその目を見つめ、優しく、少し寂しげに微笑んだ。
「悲しいときは、泣いてください」


 そして、
「ジョゼッ!!」
「――ニ、コ――ロ」
 皆に連れられたニコロが姿を現す。
 アレクセイ・ヴァングライド(あれくせい・う゛ぁんぐらいど)がジョゼを強く見やった。
「お前が誰かに伝えたい事があるなら、精霊の力なんて借りずに自分の意志で伝えろ!」
「そうです――」
 美央が続ける。
「あなたはもう分かっているのでしょう? それでも、このまま何も言えず、関係の無い人に被害を与えるというのなら、彼を殺しなさい。そして、本当に、全てを失ってみればいい」
 美央の切っ先がニコロを指し示した。
 ジョゼが表情の無い唇を震わせる。
「ニコ、ロ――ワタシは……」
「……だ、大丈夫だよ、ジョゼ! 僕らは君を――――」
「はい、茶番はそこまで」
 言ったのは、東園寺 雄軒(とうえんじ・ゆうけん)


 瓦礫と石屑の転がる道をゆっくりと歩みながら、東園寺 雄軒(とうえんじ・ゆうけん)は目元を抑え、呆れたように首を振った。
「しっかりしてくださいな、ジョゼさん」
 紳士的な笑みの張り付いた顔をジョゼに向けた。
「そこに居る男は、貴方の大事な大事なクラリナさんを奪った人なんですよ? そして、今、貴方を耳障りの良い言葉で、再び、聞き分けの良い人形へ飼い慣らそうとしている……憎むべき敵です」
「――なっ!? 違うッ、僕は――」
「少し、黙っててくださいますか?」
 雄軒の指が鳴らされ、バルト・ロドリクス(ばると・ろどりくす)が雄軒の隣に現れる。
 その腕には子供が二人抱えられていた。どちらも気を失っている。
 片方の子供の首元にはカルスノゥトが突きつけられていた。
 つまり――
 一人を見せしめに殺しても、もう一人居る、という事。
「そちらの方々も、邪魔しないでくださいね」
 雄軒は他の面々へと視線を回してから、ジョゼへと視線を返し、続けた。
「貴方は正しかった。奪われたものは奪い返さなければいけない。実にシンプル。正論だ。何が間違っている? 怒っていいんですよ、ジョゼさん。なぜなら、クラリナさんは、ニコロさんは、貴方を裏切った。貴方に友情を見せかけ、挙句、貴方をまた独りにしようと企んだ。そう――もしかしたら、二人は影で貴方のことを笑っていたかもしれません。『人形遊びのつもりだったのに』、と」
「嫌――嫌、クラリナ――ッイギ!?」
 ジョゼが衝動に胸を突かれたように頭を痙攣させながらブレードを振り回し、そばの地面が吹き飛ぶ。
 ジョゼを包む白い光が強みを帯びて、ジョゼへ引き寄せられるように集約され始めていた。
「駄目ですわ! 精霊の力に身を任せず、ご自身の意思を――」
 ミラベルが言葉を途中で噛み止める。
 バルトの切っ先が子供の皮膚に触れ、血が滴っていた。
 雄軒は、やれやれと呆れたように首を振ってから、苦しげなジョゼの方を見やった。
「私は貴方の純粋な協力者ですよ、ジョゼさん。もっと貴方の性能が見たいだけですからね――協力者として、忠告します。貴方、騙されてますよ?」
「ィ、ィア゛ッ……ゥギッ――」
 ジョゼがニコロへと真っ直ぐに跳ぶ。ニコロの前に居た優希とユーノが抑えようと動くが、抜かれる。
「――クッ!」
 美央がニコロを庇ってブレードの先に割り込み、刺し貫かれた衝撃に身体を揺らす。
 その間に、ジョセフがニコロを連れてその場を離脱する。
 そして、美央を地に捨てたジョゼが、悶え苦しむように建物の向こうへと姿を消し――雄軒とバルトの姿もまた、その場から消えていた。
 全て、あっという間の出来事だった。