シャンバラ教導団へ

百合園女学院

校長室

薔薇の学舎へ

うそ

リアクション公開中!

うそ

リアクション

 
 
1.うそ〇八〇〇
 
 
「のどかな日ですぅ。こんな日は、テラスでのんびりとお茶をするのもいいものですぅ〜。いただきますねぇー」(V)
 世界樹に無数にあるテラスの一つで優雅に紅茶を楽しみながら、シャーロット・マウザー(しゃーろっと・まうざー)はのんびりと言った。
 世界樹の葉の緑も色合いを鮮やかに変え、春の木漏れ日はテーブルの上に緑陰を落として実に春めいて穏やかだ。
「ぴゅー、ぴゅー。うそだぴょ〜ん」
「うんうん、かわいい小鳥のさえずりも聞こえて、実にのどか……なんですぅ、あれは!」
 思わず飲んでいた紅茶を噴き出しそうになって、シャーロット・マウザーはのけぞった。
 世界樹の太い枝をびよ〜んとゆらして、巨大な鳥が枝に留まっている。スズメによく似た小鳥だが、喉から胸にかけての部分が鮮やかなオレンジ色をしている。いや、小鳥と言ったのは間違いだろう、なにしろ、その鳥は全長が一五メートルほどもあったからだ。その巨体で、世界樹の太い枝の先端がたゆんでしまっているほどだ。
「なんだ、あの鳥は。まったく、世界樹でお茶会と言うからきてやってみれば、相変わらずパラミタ一のいいかげんな世界だな」
 椅子からずり落ちそうな格好でふんぞり返った篠宮 悠(しのみや・ゆう)が、呆れ顔で言った。
「いいえ、あんな鳥は見たことないですぅ」
 突然押しかけてくる色物キャラをすべてイルミンスールのせいにしてもらっても困ると、シャーロット・マウザーは言い返した。
「あれは、なんの鳥なんでしょうか。さすがに、自分のページには記載はないですね」
「鳥類図鑑でないことはこれで分かったな」
 ランザー・フォン・ゾート(らんざー・ふぉんぞーと)の言葉に、篠宮悠が妙な納得のしかたをする。どうやら、なんの魔道書なのか、まだはっきりとは分かっていないらしい。そのため、擬人化した現在の姿は、どう見ても機晶姫というアンバランスさだ。
「あれは、鷽!」
 ランザー・フォン・ゾートの横にふよふよしている天上天下唯我独尊 丸(てんじょうてんがゆいがどくそん・まる)が叫んだ。ぽってんとした風船状の身体に、赤い触手のようにくねくねする髪という、善良なお子様が見たら夢に出るような姿のゆる族である。
「なんで分かるんだ?」
「だって、鷽だと自分で名乗っているじゃないか」
 聞き返す篠宮悠に、天上天下唯我独尊丸が答えた。
「うそだぴょ〜ん」
 まるでそうだと言うかのように、巨鳥が大声で鳴く。とはいえ、嘘だと言ってるのだから、本当は違う名で……。いやいや、鷽ですよと言っているのだから、鷽という名で……。ああ、ややこしい。なんだか、鷽が大声で叫ぶ度に、周囲の空間が微妙にピンク色の光につつまれていくような気がする。
「鷽って言うの? 綺麗な鳥さんだよね。そうだ! せっかくだから、あの鳥さんをモデルに絵を描いてみようかな」
 ちょうどやってきたラピス・ラズリ(らぴす・らずり)が言った。
「あら、いらっしゃい。じゃあ、あなたにもテーブルを出さないとですぅ。大丈夫、私はすぐにテーブルと椅子を出せるんですよぉ……」
 シャーロット・マウザーが予備のテーブルと椅子を持ってこようとしたとき、忽然とテーブルと椅子がラピス・ラズリの前に出現した。
「おお、さすがイルミン生、こんなときでも魔法とは」
「ええっと……」
 感心したように、篠宮悠が手を叩いた。
「と、当然ですぅ。イルミンスール魔法学校にできないことはないのですぅ」
 戸惑いながらも、シャーロット・マウザーがとりあえず胸を張る。
「薔薇の学舎とは大違いだなあ」
 篠宮悠としてはお世辞だったのだろうが、シャーロット・マウザーはその言葉に優越感を感じたらしい。
「当然ですぅ。私たちイルミンスール魔法学校が薔薇の学舎などに魔法で負けて……うっ、ぎもぢ悪い……」
 自慢しようと胸を反らしたとたん、急にシャーロット・マウザーが嘔吐(えず)いた。
「どうしたの?」
「ラピス・ラズリが心配して近づく。
「わっ、げろげろげろ……」(V)
 我慢できずに、シャーロット・マウザーが吐いた。毒を……。
「うわっ」
 シャーロット・マウザーの吐いた怪しい色の毒を浴びて、テーブルがみるみるうちに解けていく。周りにいた者たちは、あわてて彼女からドンびいた。
「うそだぴょ〜ん」
 なんだか、満足そうに鷽がいやらしく目を細める。
「みんな、すぐに避難してー。あれは鷽よ!」
 箒に乗った五月葉 終夏(さつきば・おりが)が、一同の頭上にやってきて叫んだ。
「あの鳥の周囲では、嘘が本当になったり、本当が嘘になったり、自称が公認になったりするんだもん」
「ということは、これは……」
「わたくしたちの薔薇の学舎にむかって、毒舌に満ちた暴言を吐こうとしたむくいだな」
 天上天下唯我独尊丸が、ぽよぽよしながら言った。
「これは、迂闊なことは言えませんね。はっ、まさか、わざと迂闊なことを言えば……」
 ランザー・フォン・ゾートの目がキランと光った。
「とりあえず、足が二本なら私は勝てる。捕まえて、いろいろと楽しく観察させてもらうんだもん!」
 凄く楽しそうに五月葉終夏が言った。とにかく鷽を自分の近くにおびきよせようと、乗っていた箒の先に、「鳥類の大好物」と書いた袋に入れたキャラメルをぶら下げている。これでてなづけてしまおうというわけだ。
「うそだぴょ〜ん。うまうま〜♪」
 五月葉終夏の嘘も方便に、鷽があっさりと乗ってきた。大きな口を開けて迫ってくる。
「うわっ!」(V)
「ぱくんちょ」
 そのまま、「鳥類の大好物」と書いた袋を持っている五月葉終夏を、鷽は一呑みにした。
「大好物、うま〜だぴょ〜ん」
 五月葉終夏は、鳥類の大好物だった。
「うが、しゃれにならねえぞ、これ」
 あまりの出来事に、篠宮悠があんぐりと口を開けた。
「今、助けてやろう。誇張!」
 叫ぶなり、天上天下唯我独尊丸がぷくうっとふくれて巨大化した。
「おおっ、いつの間にそんな特殊能力を!」
 自分も知らなかったパートナーの特殊能力に、篠宮悠が驚いた。そういえば、普段巨大化できると言ってはいたが、実際に見たのは初めてだ。てっきり、自称設定だと思っていたのに。
「今は、すべてが実現する<鷽時空>。これこそ、わたくしが待ち望んでいた桃源郷。今ならば、なんでもできるのだ!」
 周囲をつつむうっすらとしたピンクの光を浴びて、天上天下唯我独尊丸が勝ち誇るように言った。この光の中が、鷽の支配空間なのだろう。
「ふっ、うそだぴょん」
 ギランと、鷽が自分と同じ大きさになった天上天下唯我独尊丸を睨んだ。そのくちばしが、ピカリと光る。
「えっ、あっ、それはだめ。とがった物は反則。許してー。誰か、ヘルプミー」
 ツン。
 パン。しゅるるるるるるぅぅ。
 鷽につつかれた天上天下唯我独尊丸が、空気の抜けた風船のように、あっと言う間に萎んでへなへなになった。
「中の人は、中の人はどうした!?」
 助けに駆けよった篠宮悠が、ぺらぺらになった天上天下唯我独尊丸を拾いあげて叫んだ。
「な……中の……人な……ど、い……な……がくっ」
 そのまま、天上天下唯我独尊丸は気を失ってしまった。
 
    ★    ★    ★
 
「さあ、急ぎますわよビュリ様。このまま鷽をのさばらせておくわけには参りませんことよ」
 ジュリエット・デスリンク(じゅりえっと・ですりんく)は、世界樹の下宿枝からビュリ・ピュリティア(びゅり・ぴゅりてぃあ)を連れ出して言った。
「うん、分かったのじゃ。世界樹は、わしらで守るのじゃ」
 なぜかは分からなかったが、ビュリ・ピュリティアは、ジュリエット・デスリンクとともに鷽をやっつける気満々だった。
 いくら世界樹が大きいとはいえ、これだけ巨大な生物が飛来したのでは、たちまち噂が広まる。まして、それがなにやら騒動の元であると分かれば、なおさらである。
 奇しくも、世界樹はあちこちに寄生している桜が満開であった。ちょっと変わったお花見ということで、いろいろな場所から人が集まっている。それがまた、騒ぎに拍車をかけることとなっていくのである。
 鷽の空間は徐々に広がって世界樹の内部も浸食し始めていた。特に、鷽がいるテラス近くの下宿枝は、早くもその中に取り込まれつつあったのだ。
 
「なんというチャアァァンスですわ。きっと、またアーデル様の仕業だと思いますが、今ならきっとビュリもアーデル様も召喚し放題。記念撮影ですわ!」
 諸般の事情で友好度を上げられないビュリ・ピュリティアとの関係をMAXにあげる唯一の機会と、狭山 珠樹(さやま・たまき)は全速力でビュリ・ピュリティアのいる下宿枝を目指していた。
「タマ、そんなことより見てくれよ。ミー、やっと封印されていた本来の力が使えるようになったんだぜ」
 新田 実(にった・みのる)が、こっちをかまってくれと狭山珠樹の袖を引っぱる。
「もう、封印なんか解除した覚えはないですわ。それよりも、サモン! ビュリ・ピュリティア!!」
 立ち止まって新田実の手を払うと、狭山珠樹は両手を挙げて叫んだ。
「それよりも、ほら。開け、ワルプルギスの書。見よ、スーパーみのるんビーム!!」(V)
 言うなり、新田実の両目と口から強烈なビームが発射された。
「さあ、この角を曲がれば、幹から他の枝に……ばうわぁ!」
「分かったのじ……うぎゃあ!」
 偶然なのか、鷽時空の悪意か、ちょうどやってきたビュリ・ピュリティアとジュリエット・デスリンクがみのるんびーむの直撃を受けて吹っ飛んだ。
 壁に大穴が開き、ビュリ・ピュリティアがその外に消えていく。
「うあああああぁぁぁぁ、みのるん、なんてことを!!」
 狭山珠樹が、絶叫しながら新田実をつかんで振り回した。
「あっ……」
「あっじゃないですわ、あっじゃ。すぐに、ビュリを助けにいってらっしゃい!」
 言うなり、狭山珠樹は壁に開いた穴から新田実を外に放り投げた。
「あれーーーー」
 どうも、鷽時空は、中にいる者の性格すらだんだんと蝕んでいるようでもある。
「大丈夫ですか」
 狭山珠樹は、急いでばたんきゅうしているジュリエット・デスリンクに駆けよった。
 そのとき、こつんと、床に落ちている何かが爪先にぶつかった。
「こ、これは、称号……」
 そこには、【ビュリの客人】と書かれた看板状の称号が落ちていた。
「称号、ゲットですわ!」
 思わず、狭山珠樹はそれを拾いあげて叫んでいた。