シャンバラ教導団へ

百合園女学院

校長室

薔薇の学舎へ

うそ

リアクション公開中!

うそ

リアクション

 
 
2.うそにつつまれて
 
 
 ふよふよふよ……。
 いんすます ぽに夫(いんすます・ぽにお)(†)は、イルミンスール魔法学校内の通路を、ふよふよと宙に浮かびながら漂っていた。
 ――いつの間に帰ってきたのでしょう。
 なぜか記憶が飛んでいる。
 確か、蒼空学園で誰かに殴られたような気がするのだが、記憶はひどく曖昧だ。
 おや、なんだか頭の上にある光る輪っかの上に変な小鳥が留まっている。
 ――まあいいでしょう。
 追い払う気力がなぜかわいてこなかった。
 誰かがやってくる。
「すばらしいデース。今なら、砂糖はすべてカレー味だと言いまくれば、すべての甘い物は激辛に変わってしまうのデース」
 アーサー・レイス(あーさー・れいす)は、現状に凄く満足していた。これで、世界カレー化計画が一気に進むというものだ。
 ドッドッドッドッドッドッドッ……。
「それは間違いだな」
 突如現れた土方 歳三(ひじかた・としぞう)が、圧倒的な自信でアーサー・レイスを全否定した。
「ちょっと待ってくだサーイ。なんですか、その不自然な立ち方は。それに、この大きい文字の効果音は、卑怯デース」
 おかしいと、アーサー・レイスが、いつになく抗議の声をあげた。
「んー、それがどうかしたのかな」
 めきょめきょめきょ。
 土方歳三が、肩に乗った鷽を愛しげになでなでする。
「なぜならあ、鷽には世界を覆うほどの力はない。せいぜい、周囲数十メートルを鷽時空に変えるだけのものだ」
 ドーン。
「ああ、もう、うるさいデース」
 ガクブルしながら、アーサー・レイスは耳を塞いで叫んだ。なぜか、いちいち奇妙な効果音が鳴る。
「とはいえ、本来さほど広くないはずの鷽時空が徐々に拡大しているような気がします。このまま、世界が反転してしまえば、アーサー・レイスも甘い物が大好物になるかもしれませんね。何にしても、すばらしいことです」
 たくさんの教科書をかかえたベリート・エロヒム・ザ・テスタメント(べりーとえろひむ・ざてすためんと)が言った。
 ――えっと、反転と嘘は別物のような気がするのですが。
 いんすますぽに夫(†)は思わずツッコミを入れたが、彼らの耳には入らないようであった。
「とにかく外へ出るのデース。真宵はどこなのでショー」
 ゴゴゴゴゴゴゴ……
 一同が、枝のうろから外へと出た。
「よいしょっと、これで、念願の魔王になったわけだから、一応高いところで高笑いをしないと……。ああ、高いよー。気持ちいいけどちょっと怖いよー」
 へっぴり腰で世界樹のてっぺんへと枝をよじ登りながら、日堂 真宵(にちどう・まよい)は半べそでぶつぶつとつぶやいていた。自分は魔王であるという妄想は妄想のままなので、現在も一般人驀進中である。というか、さすがにここにはまだ鷽がいない。
「はははははは。そんなことでどうするのです。正義の魔王であるならば、このように立てるはずなのです」
 世界樹のてっぺんに、重力を無視するような格好で立ちながら、クロセル・ラインツァート(くろせる・らいんつぁーと)が言った。
「なによ、その正義の魔王って。ちょっとむかつくわ」
 日堂真宵が、必死に枝につかまりながら、少し上にいるクロセル・ラインツァートの足を蹴ろうとした。逆立ちみたいな姿勢になって、めくれたチャイナドレスの裾からアリスのドロワーズが顕わになっていても、あまり頓着しない。
「えいえいっ!」
「なんという、はしたない格好を。分かりました。あなたも魔王になりたいのでしたら御一緒しましょう。では、鷽を探しに下へ。はははははは……」
「きゃあ!」
 言うなり、クロセル・ラインツァートは日堂真宵の足をつかんで世界樹のてっぺんから飛び降りた。
「だめー、死んじゃう、死んじゃう。ぺちゃんこになる〜!!」
「大丈夫です。下に行くまでに鷽を見つければ……ほら、いました!」
 クロセル・ラインツァートの言葉とともに、二人の落下が止まった。
「おお、ついに、真宵が暗黒大魔王になっていマース。感激デース。惚れ直しましたー」
 ピンクの空間の中で暗黒のオーラを全身に纏いながら空中に浮かぶ日堂真宵とクロセル・ラインツァートを見つけて、アーサー・レイスが感涙にむせび泣いた。
「でも、隣の男が気に入らないデース。あそこは、我輩のポジションデース」
 腕をぶんぶん振り回して騒ぐアーサー・レイスであったが、遙か上にいる日堂真宵たちには届かない。
「うそでごんす……」
 なんだか怖い感じの男女に見据えられて、等身大クラスの鷽がびびって怯んだ。
「そこにいるのでしょう、スノーマン。これで幕引きとしましょう! 今です、鷽を捕獲しなさい!」(V)
 クロセル・ラインツァートが叫んだ。
「了解したでござる」
 クロセル・ラインツァートの声に応えて、鷽の真上の枝にいつの間にか待機していた童話 スノーマン(どうわ・すのーまん)が答えた。
「うおおおおおおお、やってやるでござーるぅぅぅぅ。魔王様が御為、拙者、熱く熱く闘志を燃えあがらせて……」
 解けた。
 ただの水と化した童話スノーマンの身体のパーツと機関銃が、あっけなく落下していく。
「うそで……ごっつん」
 落ちてきた機関銃が、鷽を直撃する。ボンと小さな爆発を起こして、鷽が消滅した。
「えっ、きゃあああああああ」
「ははははははは……」
 鷽時空が消え去り、クロセル・ラインツァートたちの魔王化が解けて、再び落下を開始する。
 ――どうですか、我が教団に入団を……。ああ、行ってしまった。
 土方歳三のそばを漂っていたいんすますぽに夫(†)が、クロセル・ラインツァートたちに話しかけようとしたが、すれ違いは一瞬で、二人はあっと言う間に下へと落ちていった。
 
    ★    ★    ★
 
「なんか、おかしいのう」
 自室のベッドの上で惰眠を貪っていたはずのファタ・オルガナ(ふぁた・おるがな)は、豪奢な天蓋つきアンティークベッドの上でむくりと上体を起こした。
 いつのまに、こんなに部屋が豪華になったのだろうか。まるで、ビクトリア調時代の……物置である。
「いくら、わしが小間物好きとはいえ、足の踏み場もないのじゃ」
 床に散乱した青磁のティーセットやオルゴールなどを踏まないように気をつけながら、ファタ・オルガナは苦労して床に立った。
「これ、お前たち、とにかくかたづけるのじゃ」
 使い魔を総動員して、とにかく出口までの道を作らせる。
「いったい、何がどうしたのじゃ?」
「ええと、鷽が出たとのことですわ」
 アラディア 『魔女の福音』(あらでぃあ・まじょのふくいん)が、寝ぼけ眼のファタ・オルガナに説明をする。
「それで、ノルはどこじゃ」
 見当たらないもう一人のパートナーを捜して、ファタ・オルガナが乱雑な部屋の中を見回した。
「出してぇ〜! あてをここから出してぇ〜!」
 なにやら、クッキーの缶の中から声がする。開けてみると、なぜかノル・フリッカ(のる・ふりっか)が入っていた。
「ちゃうもん、クッキー食べてたら、閉じ込められたのとちゃうもん」
 いや、どう見ても閉じ込められたのだろう。
「とにかく、放ってはおけぬのじゃ」
「ええ。このままでは、ファタのような個性のないキャラは、いきなり濃ゆくなったその他大勢キャラに食われて埋もれてしまいますわ」
 さりげなく、アラディア『魔女の福音』がひどいことを言う。
「わしが、いつ個性が弱くなったのじゃ。だが、ここで他の者たちをのさばらせるのも面白くはない。やはり、わし以外のキャラには徹底的に影が薄くなってもらおうではないか。行くぞ」
 ファタ・オルガナは、ノル・フリッカを頭の上にひょいと乗せると、アラディア『魔女の福音』を従えて寮の廊下に出た。
「待てー。みんな、絶対に捕まえるのよ」
「任せてくだせえ、姐御!!」
「な、なんなのじゃ!?」
 部屋の外に出たとたん、モヒカンたちの作る騎馬に乗せられて通路を突進してくるD級四天王立川るるを見て、ファタ・オルガナが目を白黒させた。
「いやあ、どいてどいてー」
 急には止まれないと、立川るるが叫ぶ。そこへ、思わずファタ・オルガナが小麦粉を投げつけた。
「けほんけほん、ひどいことするんだもん」
 さすがに止まった立川るるたちが、ひどく咳き込んだ。
「いったい何がしたかったのです?」
 アラディア『魔女の福音』が、意味が分からないと首をかしげた。
「いや、なぜか、突然あの子を見て、守備範囲内だったので、こう、粉をかけたく……」
 粉の意味が違うだろうがと、ファタ・オルガナは心の中で叫んだ。これも、鷽の仕業に違いない。
「うそじゃんじゃんじゃん」
 そばにいたらしい鷽が、けたたましい声で笑う。
「おのれ、姐御になんてまねを」
「消毒ですよね、姐御!」
 真っ白になったモヒカンたちが、咳き込んで命令できない立川るるを半ば無視して、ファタ・オルガナたちに迫った。
「に、逃げるのじゃ!」
 あわてて、ファタ・オルガナたちが逃げだす。
「はははは、おもろいなあ。逃げてるちゃうで、戦略的撤退や」
 ファタ・オルガナの頭の上で胡座をかきながら、自分では肉体労働はしないノル・フリッカが呑気に囃したてた。
「うそじゃじゃじゃ〜ん」
 彼女たちが迫ってくるのを見て、再び鷽も逃げだす。
「ごほごほ、追いかけ……てー」
「がってんだ、姐御!」
 粉を撒き散らしながら、立川るるとモヒカンたちがその後を追っていった。