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五機精の目覚め ――紅榴――

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五機精の目覚め ――紅榴――

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序章


「ワーズワースが遺した言葉、ですか」
 消滅してしまった『研究所』においてその言葉を受け取ったと、リヴァルト・ノーツ(りばると・のーつ)関谷 未憂(せきや・みゆう)から伝えられた。
「はい。彼は、それを受け取っているのは自分のはずだと言ってました。知識と記憶を受け継がせる事で、来たるべき時に備えるのだと。今、彼の遺したものが動き出しているのは、その時が来たからだと思います」
 未憂がその時の事を思い出しながら、リヴァルトに告げる。
「だとすると、私があの場所に行きついたのはやはり……」
 必然。
 守護者の記憶消去が働かなかった事、パラミタの者には開けられないとされた封印の扉、その奥に存在した、彼の姉に酷似した『灰色の花嫁』
 全ては予め彼のために用意されていたようなものだった。
「こうも言ってました。『私は自分の本当の目的を、いずれ訪れるであろう自分に思い起こさせるために残しておく』と」
「しかし、それは彼の言う『自分』に伝わらなかった。とすれば、ワーズワースは継承に失敗した、という事になります」
 リヴァルトは推測する。彼自身、『研究所』での一件でワーズワースの子孫と目されていたが、それ以後何ら進展はなかった。
「最深部で『灰色の花嫁』に対峙した時、彼女は近くにジェネシスがいると言ってました。私自身が、彼の生まれ変わり――いえ、継承者だとその時は考えそうになりました。しかし、彼女は『あなたじゃない」と言って私を斬り捨てました。何の躊躇いもなく」
「え……?」
 未憂が驚いたように目をはっとする。
「彼女はワーズワースに恋慕の情を抱いていたようでした。もし私がそうならば、決して斬られる事はなかったでしょう」
「みゆう、あの事も」
 リン・リーファ(りん・りーふぁ)に促され、未憂がリヴァルトの言う『灰色の花嫁』に関するメッセージを伝えた。
「その『灰色の花嫁』でしょうか、私が受け取ったメッセージには彼女の事もありました。最終計画、抹消しなければならなかった一人の剣の花嫁。精神が不安定で危険だから、眠らせるしかなかったと」
 だけどずっと眠らせておくわけにはいかないという事も、と付け加える。
 研究の最終存在、それはかつて守護者――ノインの口からも示唆されていたが、リヴァルトはその時気を失っており、ここでその内容をようやく知るに至った。彼は未憂の話を全て聞くと、しばらく目を伏せていた。
(知らなかったみたいだね)
(うん。もしかしたらなんて思ってたけど……)
 そんな彼の様子を、リンが観察し未憂に耳打ちする。彼女達の知る情報は、PASDのデータベースにはないようだった。もし存在するのならば、彼の反応は変わっていた事だろう。
 
『娘達を救ってくれ』

 ワーズワースが最後に後世へと託したその言葉の意味を、リヴァルトは自分なりに噛み締めている。そして『娘達』であろう、アズライトと灰色の最後の姿を思い起こしてもいるのだろう。救えなかった事を後悔するかのように――

            ***

 ワーズワースのメッセージを受け取ったもう一人、ランツェレット・ハンマーシュミット(らんつぇれっと・はんまーしゅみっと)もまた、調査の直前にその内容を伝えていた。
「最後の言葉が『娘達を救ってくれ』でした。でもこれらをどう捉えどう行動するかは各自の判断で、強要されるべきものはありませんよ」
 その一言を、そっと付け加えた。
「ならばなぜ、その準備が整っていない段階で彼の遺したもの達が動き出したのか……彼の計画通りに事は運んでいないと見るべきでしょうか」
 樹月 刀真(きづき・とうま)が静かに呟いた。
「あの時、守護者を倒していなければわたくし達が受け取る事はなかったでしょう。本来なら、『研究所』に辿り着くのは彼の意志を継ぐ者だけだったはずです。だからこそ、その言葉が本来の意志なのか判断仕切れないのですが」
 彼女の受け取った言葉の真意は、それこそ本人にしか判断は出来ないのだろう。
(最初に一人辿り着いたリヴァルト……やはり彼は関係がありそうだ)
 刀真はそう考える。
「どちらにせよ、ここに何か手掛かりがあるかもしれませんね。恐らく一筋縄ではいかないでしょうが……リアトリス、風天、宜しくお願いします」
 協力を依頼した、友人である九条 風天(くじょう・ふうてん)リアトリス・ウィリアムズ(りあとりす・うぃりあむず)の方を振り返った。風天は刀真の話から、リアトリスは自らも『研究所』での経験から、気を引き締めねばならぬ事は承知していた。
「リヴァルト」
 彼らはリヴァルトの元へ集まった。
「では、私たちも行きましょう。先程行かれた方々とあまり離れるわけにもいきませんからね」
 彼らよりも先に、何名かは先行している。
「先に行かれた方によれば、地下一階には特に危険はないとの事です。まだその下の状況は入ってません。無線が壊れている様子もないので、これから入るところだと思われます」
 ロザリンド・セリナ(ろざりんど・せりな)がノートパソコンと無線を駆使し、情報を整理していつつ知らせた。電源は、先遣隊のものと思われる設備が残っていたため、そこから拝借した。今いないことを考えると、戻らない仲間を追いに下層へと行ってしまった、というところだろうか。
「皆さん、お気をつけて」
 無線を受け取り刀真達もまた、遺跡の地下へと足を踏み入れていった。

            ***

「……で、何作ってるのかしら、月実?」
「カルボナーラよ。パスタがないけど」
「って、パスタはもういいの!! 『PASD』だって言ったでしょうが!」
 本隊が地下へ行こうとしている時、上階の一室で一ノ瀬 月実(いちのせ・つぐみ)リズリット・モルゲンシュタイン(りずりっと・もるげんしゅたいん)がそのようなやり取りをしていた。
「来ちゃったからには仕事しなさい!!」
「仕方ないわね。何やら本隊も行くようだし、ついていきますか」
 その前に、ロザリンドの所で無線を受け取る。現時点でも、各フロアにちゃんと無線を持っている人がいるため、情報伝達はスムーズに行えると言う事だった。
「これに関しては、なるべくこっそり調べた方がよさそうだから、ちょっとだけ資料室も見ていかないとね」
 リズリットと月実の二人が視線を落としたのは、一枚の写真と、手帳だった。『研究所』の地下で発見し、そのままPASDに提出せず保管していたものだ。
「じゃあ、私達も……ん、あれは?」
 ちょうど彼女の目にガーネットの姿が映った。彼女の話程度は、この場で小耳に挟んでいる。
(あれが例のガーネットとかいう人ね。人探しをしているって事だったかしら?)
 考えつつ、写真と見比べながら調査隊の中に紛れていった。いずれ頃合いを見計らって、尋ねるつもりのようだ。
(まさかね……)

            ***

 リヴァルトと調査隊のやり取りをずっと見ていた鬼院 尋人(きいん・ひろと)は、茫然としていた。
(ふむふむ、あの方はなんとなく……尋人の大切な先輩の人に似ていますねえ。話し方といい物腰といい……ふふ)
 彼のパートナーである西条 霧神(さいじょう・きりがみ)がその理由を察していた。リヴァルトの雰囲気が、尋人の敬愛する人物によく似ていたのである。
 事前に調べた限りでは、リヴァルト・ノーツは注意すべき対象であった。古代の科学者、ジェネシス・ワーズワースの子孫かもしれない、そして彼が何かを起こしているのではないか、そんな疑いがあった。
 しかし調査隊と話している様子から、そんな疑いは消え去った。むしろ彼こそが、先程の話しにあった『娘達を救う』存在ではないのかと考えるようになる。
「気になるなら、彼らに混ざって行ってはどうですか? まあついでに、考古学的な話でもしていただいて学ぶ事も大事ですね。尋人も私も。でないと、いつかとんでもない間違いを犯すような、そんな気がします……」
「……うん。そのつもりだよ」
 とはいえ、尋人は面と向かって初対面のリヴァルトに話しかけれる性質ではなかった。代わりに霧神がリヴァルト一行に軽く会釈し、彼らもまた、調査隊に合流し進んでいった。