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ダンジョン☆探索大会

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 第二章

 さてここで視点を転じ、地図作製【明日への架け橋】を選択したメンバーを見てみよう。
 
 徘徊するゴブリンの目をかいくぐること二度、戦闘班が切り結ぶ戦場からも離れ、大岡 永谷(おおおか・とと)はダンジョンの構造を調査している。
「やっぱり、さっきの通路とここはつながっていたのか……」
 永谷の地図は手書きだ。便利なツールもあるとはいえ、ここはあえて、アナログな手段での作成を目指した。縮尺に気をつけて制作するのはもちろん、地形の特徴や、途上で見かけた人工物なども丁寧に書き込んでいく。
「通行の多い道、というわけか。そろそろ階下への階段か何かあってもいいはずだけど」
 ふと呟いたその言葉が、真実であることを知り永谷は口元を綻ばせた。
 足元のプレートを剥がすと、梯子が出現したのである。正式なルートかどうかは不明だが、降りる手段には相違ない。
「よし」
 と階下に降りようとしたところ、その梯子を昇ってくる姿と鉢合わせした。
「えっ!? しまったあぁ!? ゴブリンだあっ!? あ……違う?」
 ごめんなさい間違えましたー、と、影野 陽太(かげの・ようた)は永谷に手を合わせた。
 永谷の光源のもと、陽太が語ったのは次のような事情である。
「ふぅ、同じ地図作成の人と出会えて嬉しいです。俺、単身という心細い状況でもサバイバルできるように、マッピングに挑戦していたんです。下の階はかなり厳しい迷路ですよ。ここから西にずっと進んだところに石階段があって、そこから降りてずいぶん迷ったんです。なんとかこの梯子までたどり着けて調べていたところでした」
 遭遇時の驚きの余韻か、陽太の声はいくらかうわずっているものの、芯の強い少年ではあるようだ。スキルや知識を総動員して、罠をたくみに解除してきたという。
「そうか、俺も同じ目的の人と知り合えて嬉しいよ。良かったら互いの情報を交換しないか」
「はい、喜んで!」
 データをやりとりすると階下に降り、二人はそれぞれ別れて進んだ。別れ際、永谷が敬礼を送ったので、陽太もぎこちなく真似をして微笑む。
(「また一人に戻っちゃった、けど……」)
 行く手は闇、恐ろしくないといえば嘘になる。しかし陽太はそれでも、勇気を振り絞って進むのだった。『憧れの人に認められたい』という気持ちが彼を、立派なダンジョン探検家にしているのだろう。がんばれ、少年。

 ここは地下三層、石床の人工通路が目立った。少し肌寒いが気温よりも、セオボルト・フィッツジェラルド(せおぼると・ふぃっつじぇらるど)を寒からしめたものがある。
「おっと、この板を踏み抜くと串刺し人間の一丁あがりというわけですか」
 落とし穴の罠を回避し、隠してあった仕掛け床をセオボルトは無効化した。落ちれば、その下の針山によって穴だらけにされていたことだろう。後続の仲間のためにも、きっちりと除去しておいた。
「串刺しになったら、おやつも食べられませんからな」
 などと言いながらポリポリと、好物の芋ケンピを口にする。この階層に来て、格段に罠が増えたように思う。
「さて、どうですかな? 最新装備の具合は?」
「ま、待て、話しかけないでくれセオボルト。今、罠の位置を記入している……」
 手にした方眼紙とにらめっこしながら、瀬尾 水月(せのお・みずき)が真剣な表情で鉛筆を使い、これに地形を書き込んでいる。
 少々事情を説明しよう。「この最新装備を使ってマッピングをお願いします」と言ってセオボルトが水月に手渡したのは、『ハンドベルト筆箱』そして『データ方眼紙』だったのである。要するに、ただの手書きだ。しかし、
「方眼紙の縦横に数字とアルファベットを記入して、五歩ごとに一マスといった感じで書き込むのですよ……」
 などと言葉巧みにセオボルトに説かれ、
「なるほど! それはすごいな!」
 と水月は信じ込んだというお話だった。人を信じやすいのが、水月の長所でもあり欠点でもある。しかし、最初こそ喜んだ彼女だが、そのあまりの手間に戸惑い、ふと疑問を口にする。
「しかしこのハイテク……ハイテクの割に手間がかかりすぎるような……」
「なにをおっしゃいます! 方眼紙マッピングこそダンジョン探索のセオリーなのですよ!」
「そうか、セオリーなら仕方がない」
 セオリーというのはどうも、『面倒くさい』と同義らしい……?

 戦闘集団の【見敵必殺】とは異なり、少人数単位でバラバラに進む彼等の進み方は一様ではない。じっくりと地形を調査する者もあれば、最下層への道を探しひた走る者もあった。
 琳 鳳明(りん・ほうめい)は、その最下層到達一番乗りを目指す一人だ。ひたすらに進む。
(「ううっ、寒いっ! 息が白くなってきたんだよ」)
 銃型ハンドヘルドコンピュータで確認する。ついに地下六階、疾風のように辿り着いた。
 とにかく先へ先へ進むことを至上目的としたため、ここまで鳳明は他のマッパーはおろか、他の部隊のメンバーともほとんど顔を合わせていない。とはいっても楽な道のりではなかった。殺気看破を使ってゴブリン集団との遭遇を避けてきたものの、偶然発見されて追われたことも一度や二度ではなかったし、地下三階では虎ばさみの罠を発動させてしまい、危うく大怪我をするところだった。
(「それでも、最短距離を見つける、って決めたんだもん!」)
 厳しい道とはいえ、鳳明は持ち前のガッツと明るさで乗り越えてきた。目的は達成したい。
 がんばろう、と呟いて両手に息を吐きかけ、鳳明は駆け足で通路を行くのだった。
 一方で、クロト・ブラックウイング(くろと・ぶらっくういんぐ)オルカ・ブラドニク(おるか・ぶらどにく)は、右回りで壁伝いに移動するという徹底した調査方法により、着実な歩みを進めていた。進入から小一時間が経過し、戦闘部隊を含め大半が階下深くへと姿を消したというのに、彼らはようやく地下二階に降りたところである。
「誰が見てみてもわかるような地図が出来るだろうか?」
 ここまでの道のりをハンドヘルドコンピュータにすべて表示させ、クロトはオルカの意見を仰いだ。三歳年下だが、クロトはオルカを友として全面的に信頼している。
「う〜ん。ここまで知り合った仲間に色々と情報をもらったし、かなり正確だと思うよ〜」
「そうか。そう言ってもらえると助か……」
 しっ、とオルカが唇に手を当てたので、クロトは無言で構えを取った。
「ゴブリンか」
「うん、その足音っぽい。五か六ってとこだね。まだ徘徊しているのが残っていたみたいだ」
 どうする、と問うオルカに、クロトは即断を下した。
「本来戦うべきではないが、階下の仲間を挟み撃ちにされる危険もある」
 もうこれ以上、二人に会話は必要ない。
 数分後、五体からなるゴブリンの遺骸が、二人の去った後に残された。

 霧島 春美(きりしま・はるみ)はダンジョンを立体的に把握すべく、横の拡がりや地形、人工物と自然物の差を調査している。
「人の知らないことを知るのが、私の仕事☆」
 さすが現代の名探偵、遺跡や見知らぬ植物等を記録しつつ、首尾良くショートカットも発見して悠々、敵にも見つからず罠にも当たらず、無事に地下四層まで到達していた。
「……?」
 今、春美は行き止まりの壁を調査している。空飛ぶ箒を立てかけて、ぺたぺたと触れてみた。ただの壁にしか見えない。見えないのだが、なにかひっかかるものがあった。
「この場所のこの壁……なんだか怪しいんだよね」
 普通の人にとってはただの岩壁でも、春美にとっては調査対象だ。超感覚のうさ耳を出し、天眼鏡で丁寧にその表面を見れば、やっぱり何かあるらしい、この壁を含め周囲はすべて人工物だが、目の前の壁だけは、周囲とは作られた年代が異なると判明した。
「マジカルホームズにかかればざっとこんなもん☆」
 すぐさま春美は壁のはるか上方に、小さな羽目板を発見する。一般人であれば脚立でもなければ届かない位置だが、空飛ぶ箒を有する彼女にはなんということもないのだ。
「人間、目線より高い所って結構無視しちゃうからね〜」
 胸躍らせながら開くとそこには、スイッチが一つ、ぽんと飛び出ているではないか。
「この状況でこれを押さない人がいるでしょうか? いや、ない☆」
 スイッチを押すと……。

 地形探索ばかりがダンジョンの調査ではない。皇甫 伽羅(こうほ・きゃら)は地図製作しつつも、便乗で財宝を追い求めている。
「♪おったから、おったから〜」
 怪しい場所は多かれど、なかなか財宝には巡り会えないもの。ここまでの途上、伽羅は水たまりに落ちたり落石に追われたり、はたまた罠を発動させて毒の吹き矢に襲われたりしたが、それでも心のトキメキは収まらない。お宝が待っていると思えば、いくらハズレを引いても気にならないのだ。それに、危うい目には遭っているものの、ケガらしいケガはひとつも負っていなかった。
 ただし伽羅が無傷なのにはちゃんと理由がある。
「やれやれ、義姉者(あねじゃ)の『その身を蝕む妄執』にも困ったものでござる……ん? スキルではなく素でござるか。……なおさら困ったものでござる」
 大刀構えて脇に侍す、立派な髭したゆる族の武人――うんちょう タン(うんちょう・たん)と、
「……確かに古来より金穀を卑しきものと軽んじて失敗した英傑は数知れぬ故、金穀は大事にござりまするが……伽羅の執着は、ちと度がすぎまする」
 溜息混じりに「まあ、いつものことですが」と付け加える立派な身なりの美丈夫――皇甫 嵩(こうほ・すう)、それに、
「そもそも伽羅さん、宝物探しもいいですが、我々の目的をお忘れじゃないでしょうね?」
 苦笑気味な表情をする理知的で思慮深げな容貌の青年――劉 協(りゅう・きょう)、この三人が供として、陰となり日向となり、団結して彼女を護ってきたからだ。
「え? 目的?」
 リスのような目をして伽羅は振り返った。
「そうです。我々の使命たる地図の作成、それに、行方不明となったご婦人も、可能であれば救出するという話だったではありませんか」
「マッピング? 救出? あー、忘れて……い、いやいやいや、も、もちろん忘れてませんよぉ!」
「義姉者、いま、本音がぽろりと漏れたように聞こえましたぞ」
 大きな赤ら顔についた丸い目を、ギョロリと動かしてうんちょうタンはしかめ面を作る。
「それはそうと、宝物庫がこの付近にあるとか」
 嵩とて宝には興味はないのだが、伽羅が困ったようなので思わず話題を変えてしまった。なにせ彼にとって伽羅は遠い子孫、時々甘くなってしまうのは致し方ない。
「おお、そうであった義真殿。それがしが感知した宝物の感覚は、どうやらこの壁の裏側のようですな。一旦戻って回り道を探してみては……」
 しかし、伽羅は満面の笑顔で、鉄扇で壁をトントンと叩き、三人を見回した。
「もしかして、この壁を叩き壊せ、って言ってます? ……そのもしかですね」
「伽羅にはいつも、本当に驚かされっぱなしでござります……」
 劉協と皇甫嵩は顔を見合わせ、
「とはいえ義姉弟は義姉弟、ここは義姉者の顔を立てておくしかありますまい。壊れ物が壁の向こうにあっても知りませんぞ」
 うんちょうタンはいち早く、壁に強烈な頭突きを与えた。劉協と皇甫嵩も全力で壁を攻撃する。やがて間もなく、壁はガラガラと音を立てて崩れ去ったのである。
 直後、
「あれ?」
「あ……えーと、お疲れ様です☆」
 伽羅は、隠し扉を抜けてスマートに入ってきた春美と出くわしたのだった。
 春美側から描くと、スイッチを押して隠し扉を開けたところで、出し抜けに部屋の反対側の壁を粉砕して、伽羅をはじめとする四人組に遭遇したということになる。
「あははは」
 伽羅と春美、どう反応すべきか迷って、ただ笑いあっているところで、
「ふふ……やはり私の見立ては正しかった。この天板が外れるのは予想済みだったのだよ」
 という声がするか早いか、床板の一枚が横にずれて外れ、黒髪蒼眼の少女の頭がひょっこりと覗いた。
「おっと、まだゴブリンの手の入っていない隠し部屋と踏んだが、先客がいたようだな。失礼」
 目の覚めるような美少女だが、口調はどこかドライだ。彼女は夜薙 綾香(やなぎ・あやか)、穴の両脇に手を付いて、一息で部屋に入った。
「先客というほどの者でもありません。私どもも到達したばかりにござります」
 礼儀をわきまえている皇甫嵩が恭しく一礼する。
「こちらこそよろしく、後で地図のデータでも交換しないか?」
 綾香は礼を返して、ぐるりとこの狭い部屋を見渡した。扉は一つだが壁が破壊されているので出入り口は二つ、内部には棚や飾り台があり、黄金の彫像や装飾品が綺麗に並べられている。
「宝物庫か……なにか見つかれば良いが。魔術的価値のあるモノだと、なお嬉しいがな」
「あの」
 春美が片手を挙げた。
「誰かが階下から呼んでるのでは?」
「マスター、上がっていいですかぁ……」
 下の階に置いてけぼりにされたアポクリファ・ヴェンディダード(あぽくりふぁ・う゛ぇんでぃだーど)の声なのである。光源を手に、頭上をじっと見上げていた。
「おっと、そうだった」
 綾香が手を貸して引き上げると、整った顔立ちの少女が穴から這い出てきた。
「……マスター、アポクリファのことぉ、忘れてたんじゃないですかぁ?」
「ふふ……まさか」
 と告げながら、綾香は微妙に視線をずらすのである。
 そのとき、
「いたぞ! 侵入者だ!」
 綾香の視線の先に回り込もうとしていたアポクリファも、綾香も、床の模様を調べていた春美も一斉に振り向く。
 割れた壁の向こうにいるのはゴブリンの巡視だ。呼び声に応えて大軍が、どっと押し寄せてくる音が轟いた。
「ここで戦うは不利、敵の数も多いゆえ一旦退きますぞ義姉者……義姉者! 何をしておられる!」
 うんちょうタンが赤ら顔をますます赤めるのも無理はない。伽羅は巨大な黄金像を担ごうと、うんうん唸っているところだったのだ。
「え、あ、その、この像に行方不明者の手がかりがきっとあると思って、証拠品として押収運搬しようとしてるんですよぉ」
「なにが証拠品なものですか! 義真殿、伯和殿、頼みましたぞ!」
 彼女を羽交い締めにして抱きかかえ、うんちょうタンは隠し扉を抜けて走った。
「ええ、任せて下さい!」
 機関銃を劉協は構え、皇甫嵩ともども斉射を行う。確かにゴブリンの数は膨大だ。この地、この人数であれば押し潰されてしまいかねない。
「マスター、ご判断はぁ……」
「後退すべきだろうな。だがその前に!」
 綾香はアポクリファを背にかばうようにして、ゴブリンの集団に向けブリザードを放射する! 絶対零度の威力、瞬時にして悪鬼を氷像へと変えた。
「よし、後退だ」
「マスター……」
「なんだ?」
「今日のマスター、活き活きしてますねぇ……」
「そうかな」

 さてその頃、壊滅的な方向音痴の栂羽 りを(つがはね・りお)は、混乱の最中にあった。
「うわわー、ここはどこっ!?」
 地図作りの仲間についていったつもりが、いつの間にやらはぐれてしまい、うろうろする間に何が何やらわからなくなったのだ。もはやここが、何階層目なのかすら判然としない。銃型ハンドヘルドコンピュータを使いこなせばいいのだけれど、それも今ひとつ調子が悪いという状況なのだった。
「参ったなぁ〜、みんなと一緒に頑張るつもりが、さっきから出てくるのゴブリンばっかりで……!」
 刀を半ばまで構え、鯉口を切る。
「ただならぬ気配……大集団が追いかけっこしているような気が……気のせいだったらいいんだけど……」
 やっぱり、気のせいじゃなかった!
 追うゴブリン、逃げる春美に伽羅、綾香たち、そんな大集団が急流のごとく、りをのほうに押し寄せてくるのだ!
「えーと、こういうときは、えーと……つまり……」
 きりっ、りをは眉を吊り上げ、凛乎たる様子で声を上げた!
「みんな、私についてこいっ☆」
 一行が求めているのは脱出口に違いない! それならりをも覚えている。つい数分前通った場所に、階上に続く絶好の抜け道があったはずだ。仲間を引き入れてから抜け道を防げばいい。こっちだよ! と手を振って曲がった先が、
「……って、え? また道間違ってるー!?」
 曲がった先が大広間だったりして。
 慌てるりをだが実は間違いではない。この広間をつききると階段に辿り着くのだ。
 彼女がそれを思い出すまで、あと数十秒、逃走劇は続いた。