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 第六章

 茅野 菫(ちの・すみれ)菅原 道真(すがわらの・みちざね)は、この大会の方針そのものに反対である。
「自分が死んでから千年以上経たというのに、人間ってのは変わっていない……か」
 道真は呆れ気味な口ぶりだ。
 現代に生きる人間として、菫は反論の言葉を持たなかった。伏し目がちに述べる。
「戦いは何も生み出さないのに」
 だから彼女は、ゴブリン王との謁見を願い、話し合いによる停戦を申し出るつもりだ。あくまでゴブリンが戦闘を欲するのであれば、人間ではなくゴブリンに手を貸すつもりである。
 ただ、それは最後の時点……王と遭遇を果たすまでは秘めておきたい。二人は互いの意志を確認しあうと、そっと同行者たちのところに戻った。

 地下十層目、まだ下がありそうな気配だが、九条 風天(くじょう・ふうてん)にはここが『その場所』だという予感があった。
 その場所とはつまり、王がいる場所という意味である。
「他のチームによって敗走させられたゴブリンが、この階層に逃げていくのも見えましたしね……」
 こころなしか、他の階層よりも荒らされかたも酷いように見える。それはつまり、ゴブリンの通行量が多いという意味だ。
「ならば、覚悟を決めるとしましょうか」
 風天は穏やかな少年である。乙女のように可憐な外見もあって、『覚悟』といった重い言葉は似合わないようにも見えた。しかしその腰の刀、まるで隙のない立ち居振る舞い、そうした全てが、彼が只者でないことを語っている。
「殿の仰せのままに!」
 露出過多のゴスロリ装束ながら、坂崎 今宵(さかざき・こよい)は士道を知る者。風天が行くというのであれば、それが地獄の底であろうと、とことん随身する決意である。
「そうこなくっちゃな、大将。まあ、食い扶持分くらいはがんばりますわな」
 大小差しの豪傑が、腕を組んだままニヤリと笑う。豪傑の名は宮本 武蔵(みやもと・むさし)、かつての剣聖であるが色々あって、現在は風天の食客分である。
「食い扶持分くらい、ですって……武蔵さん?」
 今宵は、ギラッとした目で武蔵を睨んだ。
「おっとっと、その目はおっかなくていけねぇな、嬢ちゃん。まあ俺の食い扶持分ってのはほら、何人分かわからねぇってこった。よく食うからな」
 ガハハと武蔵は笑い飛ばした。笑い飛ばしてるが実は、天下無双の武蔵も、今宵の厳しい目つきが少々苦手だったりする。そこで、狐耳の内側をぽりぽりとかいている白絹 セレナ(しらきぬ・せれな)に、
「ほら、白姉もそうだろ?」
 と話を振っておく。セレナは狐を思わせる姿の少女、青い髪に青い目の獣人である。見た目は十代後半だが、実際は、六百を超える高齢だという。セレナは、ふん、と鼻息して答えた。
「失敬な。私は食い扶持ほしさなどという不埒な理由で働いておるわけではない」
「じゃあ何のためだ?」
「退屈しのぎだな」
「……そっちのほうが不埒では」
 などと顔をつきあわせる三人に天の声、風天が告げる。
「それでは行くとしましょうか。我々は陽動隊を務めます」
 普段はつまらないことで対立することもある今宵、武蔵、セレナだが、いざとなればさすがのチームワークである。駆け出す風天に従い、自然とフォーメーションを組んで疾走する。
 戻ってきた菫、道真と入れ替わるように、風天を先頭とする四人は駆け去っていった。ここからはひたすら戦うつもりだ。戦って、王を狙う本隊のための囮となるのだ。
 同じく、ヴェッセル・ハーミットフィールド(う゛ぇっせる・はーみっとふぃーるど)ファタ・オルガナ(ふぁた・おるがな)も陽動役を買って出て隊列から外れていた。
「こっからは罠も多いだろうからな。ワザとひっかかって減らしておくぜ!」
「なにを申すやら、おぬしは単純に、天才的なまでに罠にひっかかる『歩くトラップ除去装置』なだけじゃろうが」
「違う違う、罠にかかっているのはわざとだぜ、わ・ざ・と!」
 ヴェッセルは全力で否定するのだが、そこからいくらも行かないうちに、落とし穴にはまって姿を消してしまった。
「……さっそくトラップ除去装置技能が炸裂したようじゃの」
 落とし穴を覗き込んで両の腰に手を当て、ファタがニヤリと笑顔を向ける。
「いや、罠を発見して無効化しただけだぜ! 仲間が落ちたら大変だからな!」
 両手両脚を突っ張って罠――串刺し針の数センチ上方でがんばりながら、ヴェッセルは強気の笑顔を向けるのだった。つまり、背中から落ちたのである。
「んふ。そうか、解除ご苦労じゃの。なら助けなくとも良いかえ?」
「そ……それとこれとは話が別だぜ!」
 右手のかわりに頭で体を支え、無理矢理右手を突き出して親指を立てるヴェッセルなのだった。

 桐生 円(きりゅう・まどか)らの提案により、【狙うは王の首】部隊の行動方針は、王を討ち取るよりはこれを生け捕りにすると定まっていた。「どうせならエリザベートの驚くことを」というのが円の主張であったが、実際、ゴブリンに与える心理的効果という意味ではあきらかにそのほうが意義が大きい。帰路の安全も確保されよう。ただし、その分難易度は増すのは確実だ。
 陽動とは別に本隊もまた数チームに分割し、それぞれ連絡を取り合いつつも隠密行動を取ることになった。ハンドサインや消音措置などもメンバーで確かめ合う。
 風天に敗れたのか、手負いのゴブリンが肩を押さえながら、それでも結構な速度で走っていくのが見えた。
『我々はあのゴブリンを尾行(つ)ける』
 という意味のハンドサインをして、円、それにオリヴィア・レベンクロン(おりう゛ぃあ・れべんくろん)ミネルバ・ヴァーリイ(みねるば・う゛ぁーりい)は音もなくこれを追った。
(「おやおや、背中がガラ空きだ。串刺しにしてやったらあのゴブリン、どんな顔をするだろうね?」)
 などとサディスティックな想像をしながらも、円はぴったりと離れずゴブリンについていく。進むごとに迷宮は複雑さを増していくが、見失うおそれはなさそうだ。光学迷彩を発動しているので、ある程度ゴブリンに近づいても問題はないからだ。
 円よりもさらに後方のオリヴィアとミネルバの位置ならば、囁き声ながら会話も可能だ。
「面白いねえ、このあたりの人工物、随分前の時代のものだろうに、アールデコ風の飾りつけがされてる」
 感心したような口調のオリヴィアに、
「あーるでこ? あーるでこって、どんなおでこ?」
 ミネルバは至極ナチュラルな表情で問うた。
「いや、おでこじゃない。ほら、芸術様式? みたいな。わかるかい?」
 実は、こう語っているオリヴィア自身がよくわかっていなかったりする。ただ、幾何学図形的な装飾が多いので、アールデコ云々というのはあながち間違いでもない。
「げーじゅつ? げーじゅつじゃ食べていけないっていうあのゲージュツなのかー? あーるオデコでゲイジュツだと、ゴブリンとの決戦が近くなるのかぁー?」
「いや、なんていうか……」
 オリヴィアはやや困ってきたのだが、ここで、ハッと何かを思い出したようにミネルバは口をつぐんだ。
(「忘れてた! 今日はあんまりしゃべるな、って円に言われていたのだ……」)
 ややほっとするオリヴィアである。

 黒崎 天音(くろさき・あまね)にも彼なりの考えがある。
「先住者への迫害を疑問を感じずに行うのは、少々短絡にも思えるね。僕達がパラミタにいる理由も考えると余計に」
 パラミタの知的種族がもしも地球人に害を与える存在なら、ゲーム感覚で殺害しパラミタを占拠するのだろうか――これが彼の想いだ。だからここまでの道程、天音は決してゴブリンとは剣を交えなかった。自分の目で見たものを、自分の頭で判断したかった。
「見たところ連中……つまりゴブリンも、このダンジョンの先住者を虐殺して乗っ取った風ではあるがな」
 ブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)が呟くように述べると、天音はしばし黙って、自身の顎に手を触れている。数秒おいて言った。
「ええと、いや、僕が言っているのは、仮にゴブリンが虐殺者だったからといって、僕らも同じことをしていいのだろうか、ってことだよ。少なくとも、ゴブリンだから、ゴブリン王だからという理由での殺害は許されるのか、と」
 黒い鱗をパリパリとかきながら、拙いことを言ったかもしれん、とブルーズは思う。天音と論戦をするつもりも、悩ませるつもりもなかった。それでもつい、言ってしまう。どうもこれは性分らしい。
「お前は時折そういう理屈を捏ねるな……まぁ、命を奪う事を軽く考えないというのには同感だ」
「うん、だから僕は」
「王と話をしに行く、のだな?」
 天音はふっと微笑して壁に背を付け、行く手の動静を探るのだった。

 十メートルほど先、ゴブリンがぴたりと足を止め、振り向いた。
(「……っと! 気づかれたでありますか!!」)
 物陰で息を潜め、草刈 子幸(くさかり・さねたか)は高鳴る心臓を服の上から押さえた。
 ところがその物陰というのが、せいぜい郵便ポストくらいしかない小さなお堂であったから、子幸一人ならまだしも、草薙 莫邪(くさなぎ・ばくや)鉄草 朱曉(くろくさ・あかつき)も含む三人で身を潜めるのは随分と無理があった。狭い! きつい!
 彼ら三人もまた、ゴブリン伝令らしき姿を発見したのである。ただ、この伝令というのがやたらと疑い深い性格のようで、急に立ち止まってみたり出し抜けに方向転換したりとトリッキーなことばかりするので、尾行に苦労している。
 朱曉の長い乳白金の髪が、ゆらゆらと揺れて莫邪の頬をくすぐる。莫邪は小声で不満の声をあげた。
「このバカツキ! くすぐってぇんだよ! だからそんな髪、切っちまえって言ったんだ!」
「はっはっは、大きな体のわしが、こげん体を小そうしとるで、髪くらい堪忍してくれやー」
「くれやー、じゃねえ! あー、この、鬱陶しい!」
 囁き声であろうとも、やはりこの二人はあいかわらずなのである。
 あいかわらず、といえば、
「うう、緊張で一気に腹が減ったであります……腹の虫が鳴きそうであります」
 窮屈な姿勢で懸命にこらえながらも、子幸はそんなことを言って眉を八の字にしている。
「みっともねえぜ子幸、っていうか鳴られたらバレちまうだろ、これでも食ってろよ!」
 最小限の動きで装備品からおにぎりを出し、莫邪は子幸に手渡す。窮屈な場所に隠れながら、子幸は目を輝かせてこれを口に放り込んだ。
 やがてゴブリンがまた歩き出したので、一行は溜息して追跡を再開した。
 悪態はつくものの、結局は朱曉の髪にも我慢し、子幸のために食料品も用意している莫邪である……もしかしたら、このチームを支えているのは莫邪なのかもしれない。

 迷路地帯を抜けると、かつてここに住んでいた人間による遺跡が見つかる。
 その一角、歩哨のゴブリンの首筋に突然強い力がかかった。
 だがゴブリンは驚く暇もなかった。次の瞬間には、首にかけられた釣り糸が強烈に絞まり、数分とかからずして息絶えていたのである。
 前のめりになる死体を抱きかかえ、八神 誠一(やがみ・せいいち)はそっとこれを暗がりに隠す。
(「これで歩哨三体目……鈍りきった体がどこまで昔の域に戻ったか見るには、いい機会か……」)
 普段の誠一を知る者であれば、戦闘マシーンのように冷徹な現在の彼の姿に驚くかもしれない。実際、誠一の技は『殺し』というより機械が行う『処理』に近かった。必要な行動だけを、最小限の動作にて最短時間で終える。それ以上でも以下でもない。
 次の瞬間にはもう、誠一は門扉に取りつきピッキングの技で錠前を外している。彼は少しずつ、目指す場所に近づいていた。
 さらに進んだところに、大きな門を見つける。無骨な作りで、ゴブリンが施したのか乱雑で原始的な装飾もなされていた。しかし門の鍵は錆び付いており解錠どころではなさそうだ。さしもの誠一もこれは外せない。
 思案する誠一の付近に人の気配があった。身構えるが敵ではなく、相沢 洋(あいざわ・ひろし)乃木坂 みと(のぎさか・みと)だ。彼らも独自の調査でここまで到達したのだ。
「どうやらここは、ゴブリンより前の住民にとっても重要な場所だったようだな」
 洋は別の場所から回り込んできたという。途上、歩哨の数も確認した。これまでのどこよりも多いようだ。
「うん、僕もそう思ったよ。王様というのはここにいるのかなあ」
 いつの間にか誠一は、普段の口調と表情に復している。すなわち、人なつっこい笑顔の少年に。
「あれを」
 そのとき、みとが頭上を指した。
 ゴブリンがするすると柱を昇り、門の上方、小さな穴に潜り込んでいった。
「連中は、あれを出入り口に使っているのか……」
 穴は、人間が通るには小さすぎる。そもそも、飛ぶ手段かよほどの身軽さがないと、あの高い場所まで到達すること自体困難だろう。
 一人、また一人と【狙うは王の首】メンバーが集まってきた。これ以上の隠密が不可能というのであれば、できる手段は一つであろう。
「準備はいいか? 突入する!」
 洋は扉に爆薬を仕掛けたのだ。