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 第三章

 少女探索班の【白百合を探して】は、AとBの二班に分かれている。
 うちA班は相対的に多数のメンバーで構成されていた。途上で出会ったクロトら地図探索の仲間と情報を交換しつつ、人が隠れられそうな場所を探し歩く。
 その先頭をゆく一人が、姫宮 和希(ひめみや・かずき)だ。頭には使い古しの学帽、なびく学ランの裏地は真紅で、長い裾がマントのようにはためいている。バンカラ、というレトロだがパワフルな呼称がよく似合う、そんな和希であるのだが、実は小柄な少女だったりする。
 しかし希のその声は、バンカラの呼び名に外れぬ大音量だ。
「ノーシャ! ノーシャ・カミル、いるかぁっ!」
 あらかじめ聞いておいた少女の名を、呼ばわりながら進んでいる。しかも、行く手を阻む障害物や扉には攻撃をしかけ、粉砕しながらである。無論この方針においては隠密行動など望むべくもない。進むたびに敵の注意を喚起するが、それで呼び寄せられるのが小規模な遊撃部隊であるなら気にするまでもないだろう。逆にこちらの力を見せつけて追い払っていた。
 同じく先頭に並ぶレイディス・アルフェイン(れいでぃす・あるふぇいん)は、光精の指輪による光源を掲げていた。
(「人の命が危険に晒されてんのに、探索大会だのどうの……気に食わねぇ」)
 俺はゲーム気分でダンジョンに行く連中とは違う、そう苦々しく思うレイディスだった。されど少なくとも彼と同じこのチームには、レイディスに反する意図の参加者はないようだった。間近の和希にしても、少女らの安否を気遣う気持ちは強い。
「こいつは、いただけねぇな」
 分岐点、道に屈んで足跡を調べていたヴァン・ロッソ(ばん・ろっそ)は眉を曇らせた。
「やっとそれらしいモンが見つかった、ってのによ」
 ダンジョンを調べさえすれば、すぐに少女たちの足跡(そくせき)をつかめる、そう思っていた彼らだが現実は違った。絶えず徘徊するゴブリン集団により、そのほとんどはかき消されていたのだ。ようやく第六層まで降りたところで、風化具合も大きさも適合する足跡をヴァンが見出したものの、それはわずか二つに過ぎなかった。
「坊主、どうもこの二つしかなさそうだな。他の嬢ちゃんとははぐれてしまったか、それとも……」
 竹を割ったような性格のヴァンであるが、それ以上はさすがに言い淀んだ。いや、とレイディスは首を振ると、
「俺はそうは思わない。逃げ戻った生徒の話じゃ、四人とも腕は立つし、少々のことで諦めるような人間じゃないらしい。はぐれただけだろう」
「同感だ!」
 ツンツン頭も威勢良く、鈴木 周(すずき・しゅう)が応じた。彼はダンジョンに踏み入るや突進しようとして、仲間に止められてようやく思いとどまったほど真っ直ぐな男だ。最悪の状況を予想して悩んだりしない。悩むよりは行動が信条なのである。
「四人もの女の子が、こんな暗いダンジョンでピンチに陥ってるってんだ、ボヤボヤしてらんねぇぜ!」
 焦ったところで解決するわけではないが、周の心はカッカと熱を放っている。暗闇で怯え、逃げまどう白百合を想像するだけで胸が締めつけられるではないか!
 まるでそんな周の心を、読み取ったかのように、
「こんなところにまで人間が! まさか我らの『計画』を察知して……?」
 濁った不快な叫びと共に、ゴブリンが姿を見せた。
(「計画……?」)
 ゴブリンの言葉に西宮 幽綺子(にしみや・ゆきこ)は興味を抱いた。
「待って、あの言葉、詳しく……」
 詳しく聞きたい、と幽綺子は言うつもりだったが遅かったようだ。
「行く手を邪魔するってんなら容赦しねぇ!」
 轟音一閃、周の一撃は、瞬時にして爆炎波を生む! 灼熱の炎はゴブリンを瞬時に消し炭に変えた。さらに、
「……おおっと、これはこれは」
 音井 博季(おとい・ひろき)は何でもないことのように言いながら首を巡らす。A班全体が、いつの間にかゴブリンの集団に包囲されているのだ。ただし、数はせいぜい十数頭といったところだろう。
「僕たちの使命は行方不明者の捜索……できれば本格的な戦闘はしたくはありませんでしたが、こうなっては仕方がないようですね」
 長いローブの内側から、博季は愛用のブレードを鞘ごと突き出している。慣れた手つきで抜く。白銀の刃が抜き身となる瞬間、ぞくぞくするような金属音を立てた。
「博季」
 背後から声をかけられるも博季は振り向かない。その声の主がコード・エクイテス(こーど・えくいてす)だと知っているから。
 博季と背中合わせの格好となり、コードは長刀を取り出す。その柄に触れたかと思いきや、音もなく刀身は外に飛び出していた。抜く手も見せぬ、とはまさにこのこと。
「……俺様の背中を守るくらいはして見せろ」
 ぶっきらぼうな口調だが、コード・エクイテスがここまで言う相手は少ない。よほど信用している相手でないと、彼は背中を預けたりはしないだろう。それを知っているから、博季も短い返事をするのみだった。
「自分にやれること、やらないとね」
 では参りましょう、そう告げて博季は剣を縦に振り下ろした。飛びかかってきたゴブリンを叩き斬っている。
「義兄さんもご武運を!」
 戦いは乱戦に突入する。

 中段、右足から踏み込み腰だめの刀を水平に薙ぐ。
 ゴブリンの顎から上が吹き飛ばされていた。痛みを感じる暇もなく絶命したことだろう。
「……!」
 だが神崎 優(かんざき・ゆう)は油断をしない。神薙流剣術は実戦の為の剣である! 一対一の状況より、むしろ集団戦で力を発揮する。ゴブリンを斬ったばかりの剣尖が、生き物のように急角度で跳ねた。返す刀で優は、神代 聖夜(かみしろ・せいや)の背後を取ろうとした邪鬼に電光石火の一太刀を浴びせている。
「ギイッ!」
 叫んだゴブリンはそのまま獣人化した聖夜に首筋をつかまれ、激しく地面に叩きつけられていた。音は一瞬、ただしそれは、骨という骨が砕け散る音だった。
「ご無事ですか、お二人とも」
 陰陽の書 刹那(いんようのしょ・せつな)が駆け寄って控えた。白百合A班を包囲したゴブリンは今のが最後だ。刹那の援護射撃がなければ、これほど早くケリはつかなかったかもしれない。
「ああ、俺は大丈夫だ。聖夜が少々手傷を負っている。治療を頼む」
 刀を一振りして鞘に戻すと、優は切れ長の瞳を水無月 零(みなずき・れい)に向けた。
「ええ、任せて」
 すでに零は聖夜の傷を見ている。ゴブリンの投げた槍が二の腕に突き刺さったものだ。
「痛くない?」
「俺はルナウルフの生き残りだぜ、この程度、蚊に刺されたようなもんだ」
 半獣と化して戦っていた聖夜も、元の姿に復している。平気な風を装っているが、出血具合からしてその言葉は嘘だろう。むしろ、激しい熱と痛みに座り込みたいくらいに違いない。優はたちどころにそれを見抜いたものの、指摘するような野暮はしなかった。
「そうか、頼もしいな」
 と言って微かに、口元を緩めるにとどめた。その心遣いが聖夜は嬉しい。
(「俺は……」)
 癒えゆく傷口を見ながら聖夜は思った。
(「お前が命をくれと言うなら、喜んで差し出すぜ……優」)
 そしてまた、零も心を熱くしている。優が時折見せる小さな笑みは、零が愛してやまぬものなのだ。
 優と刹那は屈み込むと、ゴブリンの死体を調べている。何か手がかりを有しているかもしれない。
「これは……?」
 淡い水色を帯びた白の髪をかきあげ、刹那はレースのハンカチを見つけた。ゴブリンの所有物とは思えない。行方不明の少女のものと見て間違いないだろう。どこかで拾ったのだろうか、それとも……?
「見せてもらっていいですか?」
 ナナ・ノルデン(なな・のるでん)が丁重に願い出て、刹那からハンカチを受け取る。彼女は携帯電話を取り出して、スイッチを入れた。こんな地底には電波は来ていない。来ていないのだが、ナナには確実に通じる相手がいる。
 それは彼女のパートナー、現在はB班に所属しているズィーベン・ズューデン(ずぃーべん・ずゅーでん)だ。