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君が私で×私が君で

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リアクション

 そう、彼女達はまだ、入れ替わっていなかった。実験として、鳥丘 ヨル(とりおか・よる)が血液を提供してもらって自分の血液との違いを調べている。
「食べても入れ替わっていない場合は、四つ葉のクローバーじゃなくて三つ葉のクローバーが多いな」
「とりあえず、今作っている『薬』との反応を調べてみたらどうだ? 実がもう少し欲しい気もするが……」
 エヴァルト・マルトリッツ(えう゛ぁると・まるとりっつ)が言ったところで、補習室の引き戸が開いた。カティ・レイ(かてぃ・れい)が入ってくる。
「カティ、果実を持って来たよ」
「あ、ヨルご苦労様」
「おお! じゃあ、薬と……」
 実が足りなかった実験室にとっては待望の追加だった。皆で取り囲んで、実はあっという間に残り2個になってしまった。
「学校が違うから単位はもらえないけど、こういう研究には興味あるんだ」
 ヨルは、真人と協力して実の成分を調べにかかった。その様子を椅子に座って見ていたカティは、残った実に視線を移して胃の辺りを押さえた。
「お腹、すいたなー」
 果実を持ち、大して迷うことなく立ち上がる。侘助や環菜が使っていたポットに近付き、インスタントコーヒーを選ぶ。
(今さら入れ替わるも何もないだろうし、根詰めてちゃダメだよね)
 やがてコーヒーの準備を終えたカティは、カップを2つ持って1つをヨルに差し出した。
「はいカティ」
「あ、ヨル。差し入れ? ありがとう」
 ヨルは素直にそれを受け取り、口をつけようとしたところでぴたりと止まった。コーヒーの中に、何か入っている。その何かを見詰めながら、ヨルは呟いた。
「なぁ、このくだもの……」
 まさかとは思うものの、それはどう見ても、入れ替わりの果実だった。
「…………」
 そのままの姿勢で何かを考え――ヨルはそこで閃くものを感じた。
(コーヒー? そういえばコーヒーって殺菌とか浄化作用とかあったよな。他にも、紅茶や煎茶や。もしかして、木の実や血液の成分と反応とか調べるのもいいけど、木の実とコーヒーなんかを……)
 そうして、コーヒー以外にも紅茶と木の実、煎茶と木の実などを組み合わせてミキサーにかけた。
(ヨルに飲ませてみよう。あいつの胃袋なら多少のことにはビクともしないだろうし)
 どろっとした液体を飲まされたカティは、全てに対して――
「……まずい」
 と答えた。
「何? しょうがないな、生クリームでものせてやるよ」
「おいしくなるかなあ……」
 一方、陽太の持って来たギャザリングヘクスの大鍋は何だか美味しそうに煮立っていた。中には、侘助達の持って来た山菜やきのこ、加えて薬草、エヴァルトの入れた4種類の薬草、ミュリエル・クロンティリス(みゅりえる・くろんてぃりす)がすりつぶしてつぶしきれていない材料の数々。こちらの材料はいい感じに香辛料の役割を果たしている。
 鍋は、ミュリエルとロートラウト・エッカート(ろーとらうと・えっかーと)如月 佑也(きさらぎ・ゆうや)がかき回している。
「そうですね、では……」
 真人は鍋のスープ――もとい薬を、スライドガラスに乗せたカーナマヤに垂らして顕微鏡を覗いた。
「……どうですか?」
 リョーコが伺うと、しばらくそうしていた真人は腰を伸ばして首を振った。
「……いや、駄目ですね。消滅しません。ただ……」
 続いてヌイ・トスプ(ぬい・とすぷ)が、足場になる椅子に乗って顕微鏡を覗く。そこで、「あっ」と声を上げた。
「なんか、ケンカしてますよ……?」
「ケンカ? 何を言ってるのだ卓也」
 今井 卓也(いまい・たくや)も好奇心から確認する。すると、エネルギー体のような光の流れと、四つ葉のクローバーが何やらぶつかりあっていた。互角だ。
「……ケンカ、してるな……」
 それで興味を持たないわけもなく、皆順番にそれを目視し、何となく呆れた。
「効果があるのかもしれないね。出汁の所為かもしれないけど。飲んでみたらどうだい?」
 化学教師の提案で、入れ替わった面々で薬を飲んでみる。
「……美味しい! じゃなくて……戻らない、ぜ?」
 しばらく様子を見て身体をぺたぺたとしてみるが、如月 佑也(きさらぎ・ゆうや)の言う通り、誰にも変化は訪れなかった。
「もう一歩……という所かな。他にも色々入れてみよう、後半戦だ」
 教師が手を打つ。
「その前に、もう一口……どうせ失敗したんだし、いいと思う、ぜ?」
「あ、じゃあ俺も……」
「全部食べなきゃ、まあいいだろうね」
 佑也につられて、入れ替わっていないエヴァルトや教師、皆も2口目を皿によそう。そこに、外出していたピノが少し心配そうな顔をして帰ってきた。だが鍋パーティーを見て、一瞬ぽかんとする。
「……何やってんだ?」
「あ、今、薬を試してみたところなんですよ。失敗したようですがなかなかの味で……食べますか?」
 リョーコに差し出された皿を受け取って、1口食べる。
「……美味い!」
「でしょう?」
 何故か自慢げな表情になる実験室の生徒達。いや、失敗してるから…………。
「って、そうじゃなくって……おい、なんかお前の身体、外でナンパしまくってるけどあれ、いいのか?」
「はい?」
 ピノに言われて、リョーコは目を瞬いた。やがて何かを思い当たり、それでも――
「そんな縋るような顔しても、事実は覆らねーぞ。仮に今、嘘だから調合続けようぜって言ってもそっちが嘘だし」
「〜〜〜…………ちょっと出てきます!」
 言うや否や、リョーコは実験室を飛び出していった。
「で、そっちはどうしたんだ? 何か気になる事があるようだったが」
 薬――もとい鍋を食べながらエヴァルトが聞く。
「……いや、ピノに電話したら出ねーから……何かあったのかと思って……。さっきまでちゃんと出てたんだけどなあ」
「さっきって……そういや禄に手伝いもしないで、よく外に行ってるなぁと思ってたわけだが、まさか……」
「ん? 別に電話してただけだけどな。30分はおいてるし、多くはないだろ」
 それはうざい…………!! と何人かが思ったり思わなかったり。
 そこに着信が入り、ほっとした顔になるピノ。だがそれも束の間、表示画面を見てテンションを落としつつ電話に出る。
『あ、ラスさんですかぁ〜? 入れ替わりを治す薬ください〜』
 やっと名前を……! ではなく、困りきった声で明日香は言った。昨日、ピノ(本物)と一緒に居た彼女は、帰ってから果実をパートナーに渡したのだろう。初めて優位に立てた気がして、ピノは悠々と言う。
「薬? 何のことだ?」
『しらばっくれないでください〜。ピノちゃんに、薬を作ってるって聞きましたぁ〜』
 しかしその立ち位置は、あっという間に逆転した。
「ピノと話したのか!?」
『…………』
 明日香はそこで沈黙する。
『薬、くれますか〜?』
「出来たらやる! 出来たらやるから!」
 尻尾を振る形になったピノに、彼女は会話内容を伝えていく。
「ピノが、街に……!? あの気持ちわりー状態で…………」
 電話を切った時、ピノはいろんな意味で愕然とした。「後は任せた!」と言ってこれまた実験室を飛び出していく。
 そんなことをしている間に、鍋の方もプチパニックになっていた。フェリックス・ルーメイ(ふぇりっくす・るーめい)が、比較するためにと用意していた普通のフルーツを鍋に投入し始めたのだ。
「おいしいの匂いするデス。甘いのが好きデス。バナナおいしいデス♪ イチゴおいしいデス♪ ミカンおいしいデス♪ スイカおいしいデス♪ メロンおいしいデス♪ ブドウおいしいデス♪」
「あーーーーーー! 何やってんのーーーーーー!」
 ヌイが引き剥がそうとするが小さい身体ではうまく行かず、しがみつくだけの結果になっているヌイに侘助やヨルが慌てて手を貸す。
「俺も手伝うよ。でも、うーん、これは……」
「手遅れ感がひしひしとするな……」
 そして、真奈に電話をしていた陽太も通話を終える。
「すぐに調べてくれるそうです。でも、彼女は眠ってしまったみたいで……他の方が答えてくれました」
 皆は顔を見合わせて、台の上で寝ているミルディアに注目した。
 ちなみに、彼等は――カティがミキサーにかけられた飲み物プラス生クリームを鍋に投入したことを知らなかった。

 携帯電話を閉じた七枷 陣(ななかせ・じん)に、仲瀬 磁楠(なかせ・じなん)は頬杖をついて呆れた声で言った。
「よお他人の電話に躊躇なく出れるなあ。もし相手が彼氏だったりしたらどうするんや」
「その時は状況を説明すればいいだけの話だ。この騒ぎは他校にも伝わっているようだし、問題はないだろう」
「でも、おかげで資料の当たりもつけられそうです。カーナマヤですか……植物図鑑や歴史書より、化学の本を探した方が早いようですね」
 ソール・アンヴィル(そーる・あんう゛ぃる)が言うと、磁楠は机に置かれた果実を眺める。
「そろそろ、本当にこいつを食わなあかんかと思ってたからなあ……」
 ソールの持って来た果実は2つ。『パラミタ300年の歴史』『図解系統別植物図鑑』『食べられる野草、果実の見分け方』『高等特殊魔法』『植物の病気辞典』など、調査済みの書籍に囲まれて黄色い存在感を放っている。
「まあ、まだ薬が作れんかったり失敗したりどうしようも無くなる可能性もあるし、最後の手段には変わりないか……トホホ」
「何かあっても、翔がナーシング持ってるから大丈夫だよ。多分。うー、本来なら俺のスキルなのになあ。犠牲になったら、俺が身代わりになったんだぜーって翔に恩を売ってやらなきゃ」
「聞こえてますよ馬鹿天使……。それより、早く手伝ってください」
 書架に移動していたソールが半眼で言う。本郷 翔(ほんごう・かける)は、調べる気などさらさらないような軽い感じで立ち上がった。磁楠と陣もそれに続く。
 今の会話で、というか着信音が鳴り響いた時点で司書に睨まれていたので、暫く無言で本を漁る。
「カーナマヤ。あったぞ」
 陣は分厚い本を広げ、下の方にある短い1文を読み上げた。
「『絆魂(はんこん)の大樹がつける果実に含まれる成分。人格を入れ替える効果があり、禁忌とされていたが、現在は存在しない』。本の発行年月日は……30年程前だな」
「存在しないって……復活したってことなのかな?」
「かもしれませんね。実際、ずっと実をつけていなかった樹なわけですし」
「文献に、滅びた理由も書いてあれば万々歳なんやけどな。ん……滅びた?」
 ――やがて、4人は1冊の本を囲んで閲覧机に落ち着いた。表紙には『シャンバラ地方絶滅危惧動植物全種』と刻まれ、その中程に件の大樹の記述があった。
『絆魂の大樹。シャンバラ西部に存在する自浄作用を持つ樹。大気中の有害物質を吸収し、動物達の生命力(主につがい、恋人達から放たれるもの)を利用して無害化し、樹に宿る妖精がそれを練り上げることで果実を生み出す。有害物質はおしべ、生命力はめしべの役割。果実を摂取すると、同調しやすい人、深い絆で結ばれた人、主に契約の関係にある者同士の人格が短時間入れ替わってしまう。それ以外、特に身体に害は無い。しかし、今は妖精が去り、大樹が実をつけることはない。彼らは樹の生長と共に数を増やしたが、一斉に姿を消してからは所在不明。理由も不明。1つ記せるとすれば、妖精としては珍しい容姿であったことだけだ。戻ってくる、または彼らが再び誕生すれば、大樹が実をつける時も来るだろう。摂取後は眠気に襲われ、入れ替わりは睡眠後に体現する。効果時間は一定ではなく、吸収したエネルギーの量に由来。これまでの最長時間は1日である。放っておいても直るので問題はない』
「か……。妖精が姿を消したのは、約100年前。……じゃあ、これを食べる必要は無いわけやな?」
 心底ほっとしたように言う磁楠に、ソールも表情を和らげた。
「そのようですね。では、僕達はこのページをコピーして実験室に持って行きましょう。彼女も連れて行きます。文献の通りなら、目覚めた時に入れ替わっているらしいですから……パートナーの近くにいたほうがいいでしょう」
「翔が背負ってね。俺、小さいから」
「……言われなくてもそうしますよ」
「私達は、どうする?」
「うーん……元から大樹には行くつもりだったし、ちょっと行ってみようや。妖精ってのにも興味あるしな」
 4人はすっかり、肩の荷を降ろした気分だった。