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 第6章 桜の木伝説とちっちゃいおっさんの関係

 消火された大樹の元では――
「美味い! 美味いであります! 焼きりんごのようでごはんが進むであります!」
 莫邪が再び、新たなおかずとなった果実をバクバクと食べている。入れ替わった6人と機晶姫のジーナも、もくもくとそれを味わっていた。白米には決して手をつけなかったが。
 未だ戻っていない莫邪達を見るに、望み薄ではあろうものの、『食えば治る』という莫邪の案も、一応実践しておこうという事になったのだ。
 口実だ。
「こたちゃん、おいしいねー」
「火を通すと良い味になるものだね」
「また別の味わいじゃのう」
「子幸は食い過ぎじゃねえか……?」
「ふーん……もう1つ欲しいなー」
「こらー! それは拙者の分じゃ!」
 和気藹々とする彼らを、樹と小川麻呂は若干羨ましそうに見ていた。
「そんなに美味いのか……。私も食いたいが……」
「オレも興味はあるが、食う訳にもいかんだろうな……」
「まあ、実は落ちたし、いいんじゃないか……?」
 それを聞いて章は、果実に夢中になりながらも樹にきらきらとした瞳を向けた。
「ねーたん、こた、やくにたってう?」
「ああ、立ってる立ってる」

「あーーーーーーーーー!!!!!」
 そんな皆の所に、蓮見 朱里(はすみ・しゅり)アイン・ブラウ(あいん・ぶらう)ピュリア・アルブム(ぴゅりあ・あるぶむ)が到着した。途中で合流した虚雲、ヴィナ・アーダベルト(びな・あーだべると)に抱かれたエーギル・アーダベルト(えーぎる・あーだべると)テリー・ダリン(てりー・だりん)も一緒だ。朱里は子供っぽい動作で、大樹を指差す。
「焼けてるよーーーーー!!!!!」
「煙から推測はしていたが、やはりそうだったか」
「大樹が焼けちゃったら、元に戻れないかもしれないじゃないかーーー! ああ……お父さんが犬だなんてどこかのCMみたいな展開、妻と娘に申し訳ないよ……」
「意外においしいんじゃないかな」
「あれはフィクションだからいいんだよーーー!」
「しんそーかいめいできない? でもいいにおいするよ!」
「……いいのか? これ」
 虚雲がぼそりと言う。
「分からないけど……上から確認してみるね」
 そう言って、ピュリアは翼を使って大樹の天辺へと飛んでいった。
(まだ実が残ってたら……落ちて傷つけないように、そーっと気をつけなきゃ。体はピュリアのものだからね)

 森の中では、未だ追いかけっこが続いていた。望のバイク捌きはなかなかのもので、中々撒く事が出来ない。ファーシーは、身体に当たる草や小枝に小さな悲鳴を上げながら、ノートを見上げている。
「『トラッパー』も『子守唄』も使えないのが、痛いですね……動き易いのは何よりですが、逃げるのには少々物足りないですね」
 ノートは空を飛びながら、3人の目からどうやって逃れるか、それを考えていた。街に着いても降りることが出来なければ、実を売り捌くこともできない。
 それにしても、振り返った時に大樹のある辺りから煙が上がっているような気がしたのだが、見間違いだろうか。
「ノートさん! 暴走してもいいから雷術使って!」
「了解しましたわ!」
 望が早速雷術を使う。それは、予想外の方向にしっちゃかめっちゃかに放たれた。森に居た小鳥達が、一気に空に逃げ惑う。
「ふふふ……そんな付け焼刃の雷術では……あら?」
 何度目かの攻撃で、箒の後部がべきっと折れた。
「偶然というのは恐ろしいですわね……」
 どこかのアニメ映画の魔女見習いが鳥籠をそうしていたように、箒の先に袋を引っ掛けていたノートはふらふらとバランスを崩した。高度が落ちる。
 進行方向の木々の中に、先回りしていたのかドゥムカ、七日、ピノ達の姿が見える。
「マラッタさん!」
(……仕方ないな……)
 ドゥムカに言われるまま、マラッタは驚きの歌を歌った。
「あっ……えっ……いやっ!」
 文字通り驚いたノートは、ますますバランスを崩す。七日が奈落の鉄鎖を使うと、最後には枝を折りながら、派手に墜落した。
「やりましたわ! 望! 覚悟なさいませ!」
 望がバイクから降り、ファーシーを抱えて走ってくる。着物な上に足元も下駄であるため、何度か転びかけた。
「きゃあ!」
「へぎゅっ!? ああもうっ! 走りにくいですわね、和服というものは!?」
 ノートを取り囲む面々に合流すると、望はファーシーを降ろしてノートを縛りにかかった。
「もう逃げられませんわ! さあお縄に……って山海経! 何をのんびりと……手伝う位しませんの!?」
 山海経は1人、マイペースに歩いていた。彼女は実に興味があったからついてきただけで、最初からノートの行動には無関心だったのだ。
「望さん……どうしてこんな事?」
 銅板時代に優しくしてくれた望のはっちゃけぶりに、ファーシーは驚いていた。彼女は、5月に彼女が貯水槽にホレグスリを混入した事を知らないのだ。ニュースでは名前が出ていないし、虎やら猪やらパンダやらに襲われていた時も、その場に居なかった。
 縛られながらも、望は余裕の笑みを崩さずに言った。
「大変な目には会いましたが、普段通りに過すよりは充分に愉しめたでしょう?」
「……え?」
「面白おかしく生きるのが、私の生き方ですよ? ファーシー様」

 ツァンダから森への道中。陣は空を見ながら、いつも通りの冷静な口調で言った。
「……大樹の方角から煙が見えるのは気のせいか?」
「なんやと?」
 急いでその視線を追うと、確かに森の中から煙が上がっている。
「ちょっと待てや! 樹が燃えちまったら、妖精とやらもいなくなるんと違うか」
「話を聞くのは難しいだろうな」
 陣が答えると、磁楠はがっかりしてしゃがみこんだ。
「どんな奴か、会ってみたかったんだけどなあ……」
「文献には最長1日とあったからな。ああなってしまったら、気長に元に戻るのを待つしかないだろう。妖精と話せれば、別の方法も分かったかもしれないが」
「……帰るか」
『燃えてしまったか……長い間離れていた家であったが、こうなってしまうと寂しいものがあるな』
『我等は2日程しかいなかったからな。何とも無い』
「……何か言ったか?」
「いや」
 見上げてくる磁楠に、陣は端的に否定する。
「じゃあ、誰が……」
 辺りを見回す磁楠の動きがぴたりと止まる。下草の中に紛れるようにして、眉毛のぶっといオヤジがいた。片方は緑色のチョッキ、もう片方は赤のチョッキを着ている。そのサイズは、およそ15センチというところだろうか。
「……ちっちゃいおっさん?」

『果実が無い? 本当ですか?』
 陽太が問い返すと、アインは焦げた大樹を仰ぎながら言う。
「この現象が広がるのを防ぐ、打開する為に燃やしたんだそうだ。山火事になる前に消化されてるからその心配は無い。焼きフルーツなら沢山あるが……」
『焼きフルーツ?』
 報告するアインの隣に顔を近付け、無邪気な話し方で説明する。
「あのね、あのね、きのう、えーくん、ヴィナ・アーダベルトとかじつがりっていうのにいったんだよ! それでね、はんぶんこしてたべたの! そうしたらね、えーくん、あさおきたら、ヴィナ・アーダベルトになってたの! でね、ヴィナ・アーダベルトがえーくんになっちゃったから、えーくんがだっこするんだよ! ヴィナ・アーダベルトはおっきいから!」
『そ、そうですか……』
 どう反応して良いものかと思いつつ、そう相槌を打つ陽太。アインも、引きつりぎみながら笑顔を浮かべ、ヴィナの頭を撫でてやる。
「えへへー、それでね、それでね、もとにもどるんだーってもりまできたの! でも、もりはやっぱりたのしくってついあそんでたら、テリー・ダリンにおこられちゃった! それでね……」
「え、えーくん! ほら、大樹を見に行こう。薬作りの役に立てばってサンプルを取りに来たんだから。葉っぱをちぎったり、木の皮をはいだりするんだ」
 焦げてるけど、という言葉を飲み込んでエーギルは言う。
「うん、えーくんやるよー」
 ヴィナは嬉しそうに目を輝かせて、大樹へと近付いていく。エーギルを降ろすと、両手でべりべりと皮を剥ぎ始めた。
「わー、おもしろい〜!」
「ピュリアもやるー!」
 朱里も樹に駆け寄り、遊び……あ、間違えたサンプルの採取に加わる。
「はあ……こんなんで本当に戻れるのかなあ……」
「もう犬のお父さんでいいじゃん」
「冗談やめてよ、テリー……娘がからかわれたりしたらかわいそうだよ」
 樹を見上げて座り込むエーギルに、テリーは言う。
「……とりあえず、大樹の正体は分かったそうだ」
 電話を切ったアインは、これが絆魂の大樹であること、恋人達のLOVEパワーと大気中の有害物質を妖精が果実に変えていたことを話した。
「それが、樹を燃やした途端に出てきた『変なおっさん』達なんだろう」
「自然現象だったのかあ。でも有る意味、『変なおっさん』が人為的に起こしたとも言えるのかなあ」
「ボクは、ヴィナの友達の誰かが実験で大樹を育てていたのかと思ったよ」
「? なんでそこで、俺の友達が出てくるんだ?」
「だって、実験好きな人、いっぱいいるでしょ?」
 そんな会話をする2人に、アインは言う。
「ただし、元に戻るのにどれだけの時間が掛かるは不明だそうだ」
「じゃあ……えーくんのちぎってる皮や葉も、何かの役に立つかもしれないな。火を通すと変化する植物もあるし」
 何気なく振り返り――エーギルは目を見張った。ヴィナが作業を中断し、ズボンにごそごそと手を突っ込んでいる。
「そういえば、ちきゅーじんってえーくんとどうちがうんだろ……」
「えーくん!」
 エーギルが慌てて駆け寄り、服を引っ張る。テリーは笑顔で、さりげなくヴィナを諭した。
「だめだよえーくん、ほら、これを早く蒼空学園に持っていかなきゃ」
「……あ、ごめんね、テリー・ダリン、しんそうかいめいなんだよね」
 ヴィナはぱっ、と手を離した。果たしてセーフだったのかアウトだったのか――