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カーネ大量発生!

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第1章 カーネはたくさん生えました 2


 芦原 郁乃(あはら・いくの)は、蒼空学園の路地裏で十束 千種(とくさ・ちぐさ)がしゃがみこんでいるのを見つけた。その水晶に美しい瞳に映るのは、一匹のボール猫のような生物。――そう、蒼空学園を騒がせているカーネであった。千種は無表情のままカーネを見つめており、カーネはパチパチと瞬きして千種を見上げている。
 郁乃は、そんな彼女が、ふいに、そっと手を差し出すのを見た。
「ほら、おいでおいでぇ〜。だいじょうぶだよぉ〜。い〜こい〜こ♪」
 思わず、郁乃は目が点となる。
 いつもはクールで感情の起伏のない千種が、い〜こい〜こ、や、おいでおいでぇ〜、と、猫なで声を上げている。これはもはや驚きを通り越して、心配になってしまうほどの出来事であった。
 え、というか、本当に千種? 郁乃は自分の目を疑いにかかる。
「カァ〜」
「かわい〜かわいぃぃ〜!」 
 差し出して手の近づいてきたカーネを抱きかかえて、千種はすりすりとほお擦りした。
 うーん、これは、えーと、千種かなぁ。郁乃は自分の目が曇ったかと思うが、どう見ても外見は千種である。
「えーと、ち、千種?」
 確認しようと郁乃が話しかけると、千種はビクゥッ! とすくみ上がった。そして、ギリ、ギリ、と首をゆっくり回して、郁乃に顔を向ける。その顔は、すでにいつもの通りのクールな無表情――を作ろうとして、無理につりあがっている顔だった。
「その、千草?」
 もう一度、念のために確認。
 こく、と頷く千種。ああ、やっぱり千種だったのね。郁乃は少し呆れたような顔になり、今度は千種の抱きかかえているカーネを指差して聞いた。
「えっと……その、捕獲したカーネどうする?」
 郁乃の質問に、千種はしばらくカーネと見つめ合う。
 やがて、カーネがキョトンとした瞳で首(首と胴体の区別はつかないが)を傾げたのを見て、千種は緩んだ顔でぎゅっとそれを抱きしめた。
 言葉がなくとも、行動が示している。郁乃は千種の知らなかった一面が見れたのが、少しだけ嬉しかった。
「名前は……どうしようか?」
「百合……」
 郁乃が聞くと、千種は決まっていたかのようにぼそっと呟いた。
百合と呼ばれたカーネは、すりすりと千種に懐いて歩きまわり、甘えんぼうなのか、彼女の足を押すようにして、構ってほしいオーラを放っていた。こうなってはもう、千種の心を鷲掴みである。
 百合のお腹に顔をモフモフさせると、心地よい暖かさが彼女の顔を包み込む。そして、百合は百合でくすぐったそうに幸せな声を上げるのだった。
「かぁ〜」
 と、そんな二人の近くを、他にもたくさんのカーネが通りかかろうとしていた。
「んー、なんか、すごいたくさん生まれてるみたい」
 カーネの大群を見て苦笑する郁乃だが、それに比べて千種はもふもふたっぷりのカーネたちを見て、目を輝かせていた。
 と、そんな千種と同じように、楽観的に目を輝かせている人がもう一人。
「ほーら、おいでおいで」
 躊躇なくお金を餌にカーネをおびき出しているのは、神和 綺人(かんなぎ・あやと)だった。その横では、同じように緩んだ顔のクリス・ローゼン(くりす・ろーぜん)。カーネ騒動の鎮静化のために、環菜に呼ばれてやってきた彼らだが、カーネの可愛さにハートが射抜かれて、もはや当初の目的など忘れていた。そんな二人を静観する神和 瀬織(かんなぎ・せお)は、興味深そうにカーネを観察している。
 綺人は、手に持ったお金にとことこと近づいてくるカーネを抱きしめた。
「うわぁ、可愛いなぁ」
「もふもふ、もふもふ」
 綺人とクリスの二人は、捕まえたカーネにお金を食べさせながら、幸せそうな表情。瀬織は二人の捕まえたカーネを撫でたりつついたりと、面白そうに調べていた。
 ぎゅ〜っとカーネを抱きしめて、綺人とクリスの二人はまるで新婚夫婦のようにカーネとのじゃれあいを楽しんでいた。
 そんな彼らからそう離れていない蒼空学園の購買部では、アリア・セレスティ(ありあ・せれすてぃ)がお金を取り出している。そこにやって来た一匹のカーネがガバッ! とお金に飛びつくが、間一髪で気づいたアリアはそれを回避し、反射的にそれを捕獲していた。
 ジタバタと暴れるカーネの毛は、なんとも心地よい。
「カァ〜カァ〜」
「む、君はカーネね……。この肌触り……」
 アリアは冷静を保とうとするが、彼女も一介の女の子。
「あー、気持ちいい〜。ふああぁ……」
 ついついカーネのお腹に顔を埋もれさせ、感触を楽しんでしまう。
 それにしてもこのもふもふは大したものだ。見る者を本能的に緩んだ顔にしてしまうのだから。
「ハッ……! ……ってそんな場合じゃないわね。お母さんの所に案内してくれる?」
 アリアは当初の目的を思い出し、キッと真剣な顔になった。
 彼女も、同じく環菜から招集を受けた一人であり、この騒動をどうにかしなければと思っていたのである。とはいえ、そこは優しいアリアのことだ。なんとか穏便に済ませたいのだが。
 飛び降りたカーネは、ふりふりと尻尾を振って、先行して歩んでいった。
「うーん、ちゃんと通じてるのかしら」
 お菓子代わりのお金を食べさせながら、アリアは一匹のカーネとともに廊下を進んでいった。


 廊下の一角で、毒島 大佐(ぶすじま・たいさ)は怪しげな罠を見張っていた。罠には小銭がたくさんばら撒かれており、それが餌の役割を担っている。さて、かかるかどうか。大佐と一緒に見守るプリムローズ・アレックス(ぷりむろーず・あれっくす)ライラック・ヴォルテール(らいらっく・う゛ぉるてーる)も、結果をドキドキしながら待っていた。
 すると、カチャ、という音とともにボールのような影が二つ、罠の中に入り込む。
「よしきたあぁ……!」
 大佐はニヤリと笑みを浮かべて、すぐに持っていた紐を引っ張った。
 ぐいっ、ガコ……シュルルルルル……!! ガタンッ!!
 大きな箱が落下し、瞬時にボールを捕獲。大佐たちはすぐに箱のもとに駆け寄って、中に入っているボール――カーネを確認した。
 が――
「うおおおぉぉ、だせええぇ……!」
 カーネとともに罠にかかっていたエヴァルトを見て、なんだこいつは、という悲壮な目を向ける。
「俺の金を持ってるやつはどこなんだああぁ」
 とりあえず、泣き叫ぶエヴァルトは無視の方向。
 大佐は捕まえたカーネを抱きかかえて、もふもふした。
「いやー、これはまたいい毛並みだな。もふもふするためにあると言っても過言ではない」
「お菓子とかは、食べるのかな? あ、でもお金か」
 大佐とともにプリムローズもほお擦りして感触を楽しんでいる。
 カーネはくすぐったそうに身をよじるが、それでもじゃれ合うのは楽しいのか、幸せそうな顔だ。
 そんな二人に対して、ライラックは無言で自分にも、と言わんばかりの両手を差し出したポーズ。ある意味で、それはそれでライラックも可愛いので、カーネが渡されることで可愛さは倍増であった。
「……もふもふ、もふもふ」
 わざわざ口に出して、ライラックは感触を楽しんだ。次は毛並みをブラッシングだ。まるで飼い猫でもあやしているかのようなライラックの顔は、無表情ながらもどこか幸せそうである。
「くそー! ここから出してくれえぇ。俺の金を探しにいかないといかんのだあぁ……!」
「ほほう、貴様は我らが愛玩動物に手を出そうと」
 ようやくエヴァルトに意識を起こした大佐が、凍りつくような表情を浮かべた。
「あ、いや、その、ね。俺のお金が……」
「カーネちゃんに手を出すのは、許さないですよ」
 プリムローズと大佐という、二大氷結お面に囲まれて、一気に身体は恐怖で冷えつく。
 俺はお金を取り戻したいだけなのに、なんでこんな怒られてるんだ……! なまじ外見が鋭く、悪人面なだけに、誤解されやすいということだろうか。
 大佐は笑顔を浮かべた。しかし、次の時には無情にもプリムローズに指示を出している。
「うむ、やって良し」
「はーい。やああぁぁ!!」
「ぎゃああああああぁぁぁ!!」
 本日二度目――エヴァルトの悲鳴が廊下に響き渡った。


「な、なんで俺がこんな目に……」
「大丈夫ー、エヴァルト?」
「……大丈夫じゃない」
 遅れてやってきたロートラウトが心配するが、エヴァルトは意気消沈だった。なにせ身体はボロボロである。自分は悪くないはずなのに、いろんなものが悪循環になっている気がする。
「くそおおぉ、それもこれも俺の生活費を奪ったあのデブ猫のせいだあぁぁ……!」
 エヴァルトの怒りに、ミュリエルはこくこくと同意しているが、デーゲンハルトは「少しは自業自得もあるような……」と呟いていた。
 すると、そんな彼らの前に、舞い降りる女性の姿。
「あらら、こんなに傷ついちゃって。同情します」
「……誰だ?」
 まずエヴァルトの目についたのは、その大きな胸であり、その次に視界に映ったのは、眼鏡をかけた柔和そうな顔だった。
志方 綾乃(しかた・あやの)って言います。実はあたしもお金を奪われちゃって。志方ないね」
「なんとっ!?」
「というわけで、共闘なんていかがです? あたしたちの追ってるカーネって、結構暴れん坊みたいで、頬にキズがついてるのが特徴なんですよね。色んな人からお金を奪ってるみたいです」
「そんな奴が俺の金を奪ったのか。くそおおぉ、許さんっ! 綾乃さんとやら、その誘い、乗ったっ!」
 エヴァルトはそれまでボロボロで伏していたのが嘘のように、ガバッと勢いよく立ち上がり、闘魂に燃えた。ミュリエルはパチパチパチと手を叩いて、それを演出する。とまぁ、これが正義のためなら聞こえがいいが、お金のためだというのが情けない限り。
「じゃあ、やりますか」
 綾乃は笑顔でエヴァルトと協力することを決めた。
 ――とはいえ、その顔はどこかうすーい影を落としており、
「志方ないね」
 と、彼女は呟くのだった。