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カーネ大量発生!

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第3章 知恵比べ(あるいは悪は必ず滅びるの回) 1


 無事(?)に追撃者たちから逃げ延びた夢安たちは、捕獲したカーネを売りつけようと、学園に在籍している金持ちたちを巡っていた。
 が、しかし――。
「なんでこうなるのっ!?」
 夢安は、ギラギラと欲望に光った目をして追いかけてくる金持ちたちから、逃走していた。
 なぜかは分からないが、彼らはカーネを売りつけようとすると頑なに拒んだ。更には、自分を捕まえようと躍起になって追いかけてきたのである。これには驚きというよりは疑問で頭が一杯だ。
 金持ちたちは揃って夢安を捕まえることに熱意を注いでいる。時々聞こえてきたは、「環菜様に恩を売れるチャンス」という言葉だった。それを聞いた英禰は、ふむ、と頭を捻って予想する。
「こりゃ、誰かが根回ししてたのかもしれないな」
 英禰の予想は確かめる術がなかったが、決して間違ってはいなかった。


 夢安が追撃者たちから逃げ続けていた頃、本郷 翔(ほんごう・かける)は金持ちたちと接触を図っていたのである。
 彼は、事前に環菜から聞いていた夢安の性格上、恐らくは金持ちの好事家にカーネを売り飛ばそうと考えるのではないかと思ったのである。なにせ、セレブというものはそういうことにお金を使うことを苦としない。まさに湯水のように金銭を払うのであり、それは夢安にとって素晴らしいお客様なのである。
 しかし、そう事を運ばせはしない。
「もしも夢安京太郎がやってきたら、ぜひお捕まえください。きっと環菜様に借りをつくることができますよ。ああ、それと、決してカーネを購入なさらないように。……環菜様は非常にお怒りですからね。もしかすると、類が及ぶ可能性も」
 翔は人の良い笑みを崩さぬまま、恐ろしいことを口にする。
 蒼空学園の生徒からすれば、環菜の恐ろしさは身に染みて分かっているのだ。そんな環菜に借りを作れるとなれば、購入するよりもそちらを優先する方が遥かに良い。
 金持ちたちから去っていった翔は、さて、と考えた。
「このままいけば、どこかで夢安と出会うことでしょう」
 彼は穏やかに呟いて、次の目的地を目指した。
 静観の目で物事を見ることができる執事、本郷 翔がいたことは、夢安にとって運が悪かったのかもしれない。


「はぁはぁ……はぁ、ここまでくれば、大丈夫だろう」
 夢安たちはなんとか体力なきお金持ちたちから逃げ延び、廊下でぐったりと息を落ち着けていた。
 だが、彼らを苦しめる戦いはまだ終わっていない。ふと、斎が何かに気づく。それは、廊下にピンと張られた糸であった。
「おお、これはなんなのだ?」
「ん…………ってばかっ!! 触るな――」
 英禰が斎の手を止める間もなく、彼の指先が糸に触れる。
 瞬間――壁や床一面から飛び出た矢が全員を襲った。
「うわわわわわっ!?」
「だから触るなって……!」
「カカカカカッ!! これは面白い仕掛けだなっ!」
 慌てて矢から逃げ惑う二人に比べて、斎は楽しそうにはしゃぎ回る。それでも、全ての矢をかいくぐって逃げているのだから末恐ろしいものであった。
 トラップから逃げようとすると、今度は床のある一点から不思議な光が広がった。それは魔方陣の形を描き、次いで――氷術の氷が閉じ込めにかかる!
「どわわあああぁぁっ!?」
「やったぁっ! 引っかかったぁっ!」
 それを見て姿を現したのはのは如月 玲奈(きさらぎ・れいな)如月 葵(きさらぎ・あおい)だった。
「くそっ、なんだこりゃあ」
「逃げようなんて考えないでね」
 葵は笑顔のまま、ハンドガンを夢安たちに構えた。更には、牽制のためか、床に一発撃ち込む。
 女神のような柔和な顔だというのに、なんと恐ろしいことをするものか。
 氷の壁で逃げることが出来ない彼らはついにお縄につく。芋虫のようになった夢安たちは、廊下に転がされた。
「玲奈、おしおきもいいけど、ほどほどにね」
「まったくぅ、うちの学校から魔法薬を盗むなんて、あーあ、うちの校長怒ってるだろーなー。魔法薬勝手に持ち出して、こんな事に使って。怒っている時の校長の魔法を受けたらどうなるかなー。塵も残らなそうだねー。走馬灯を見る暇も無いんじゃない? あーあ、短い人生だったね……恨むなら自分の行動を恨むしかないよね」
 玲奈は精神的に苛めにかかり、ニヤニヤとした笑みで夢安を見下ろす。
 しかし、夢安は話を聞いている様子がなく、玲奈たちの背後を見ながら驚きに目を見開いていた。
「ちょっとぉ、聞いてるの?」
「あー、いや、その、だな……」
「……はっきり言いなさいよ」
「……ほら、あれ」
 夢安はまるで何かに怯えるかのように、恐る恐る玲奈たちの背後を指差した。
 本来はここで振り向くことを良しとしないのが普通なのだろうが、そこは身体が先に動いてしまう玲奈である。
 彼女は後ろを振りかえった。ついでに、葵も一緒である。
「何もないじゃない…………ってあぁっ!?」
 再び夢安たちに向き直ると、いつの間にかそこには誰も縛らずに用済みとなった縄が置いてあった。
 そして、廊下の先では彼らの影が。
「くっそおおぉ……! こんな初歩的な手にっ!?」
 ひっかるのもどうかとは思うが、いずれにしても玲奈たちは怒りに震えて縄を握りしめるのだった。


「あちこちに、沢山いますねえ? すぐ捕まえられるのでしょうか?」
 神楽坂 翡翠(かぐらざか・ひすい)はカーネの群れを見つけて、悠然と言った。
「本当にすげ〜いるんだな。で、これ成長は、しねえよな? したら、太りそうだが」
 可愛いカーネを眺めては、レイス・アデレイド(れいす・あでれいど)が雰囲気をぶち壊すようなことを言う。
 そんな二人の横では、カーネを緩んだ顔で見つめる榊 花梨(さかき・かりん)の姿。
「うわ〜、沢山いる〜。もふもふしたいかも」
「お金好きと言う事ですから、これで、成功すると楽と言うか? まぬけですが……どうでしょうか?」
 翡翠は硬貨を糸の先につけて、それをカーネの近くに放り投げた。
 かなり原始的な作戦だが、これで捕まれば儲けものである。要は何事も試してみようということ。翡翠はくいくいと硬貨を動かして、カーネを刺激した。
 すると、見事に一匹のカーネがそれに反応を示す。
 食いつこうとする前に、ずり、と硬貨を動かす。カーネはぴょこぴょこそれを追う。また食べる前に、ずり、と動かす。更についてくる。全く疑うことを知らないカーネは、ついには翡翠たちの前までやってきて――。
「おや、あっさり捕まりましたね?」
 そうして、がっしりと花梨に捕まえられた。
「成功? 鈍すぎねえか? こいつ……。本当に動物好きだよな〜、お前は。やれやれ」
 レイスは呆れるように花梨とカーネを見て、肩をすくめた。
「わ〜い。猫みたいにふわふわ……可愛いかも」
 花梨は捕まえたカーネを撫で撫でしながら、幸せそうな顔だ。カーネはカーネで、撫でられるのがくすぐったくも嬉しいのか、楽しそうに花梨にじゃれてくる。
「ふふ、花梨、幸せそうですね」
 翡翠は柔和な保護者の顔で、彼女を見つめていた。
「う〜ん、飼いたくなって来るかも……」
「あ〜飼うのは、やめておけよ? 飼うとなると金かかるしな〜。更に、無理させる気か? 過労死するぞ……翡翠が。今でさえ、色々裏で無理してるんだぞ。お前は、気付いてないだろうがな」
 レイスは花梨に言っているが、その視線は翡翠へと向いていた。
「気付かれてましたか?」
 それに、苦笑いした翡翠が答える。
 いつだってそうだ。こいつは弱った姿を他人に見せず、勝手に無理をする。
「そりゃなあ、長い付き合いだし、嫌でも気付くぞ。無理するようなら、全員で止めちまうからな」
 レイスは憮然として呟いて、彼を睨んだ。
 もちろん、本気で怒ってるわけじゃない。しかし、時には自分たちを頼ってほしいし、話をしてほしいと思う。まったく、人を心配するのは得意だが、自分が心配されているのは、気付かないやつだ。
 でも、だからこそ、俺はこいつが好きなんだとも、レイスは感じていた。
「飼うの無理なんだ……。リンちゃんいるしね……。それなら、思う存分、心おきなく堪能する〜」
 花梨は残念そうに呟いて、ぎゅ〜っとカーネを抱きしめた。
 もふもふもふもふ。カーネの毛の柔らかさを堪能した頃、ようやく離さないといけないかな、と彼女は思う。
 すると、そこに怪しげな集団がやってきた。
「どうも、初めまして。俺は新堂 祐司と言う者だ。もしよかったら、そのカーネを譲ってもらえないか?」
 祐司は人の良い顔で言った。丁寧な言葉を使おうとしているが、無理をして上から目線と混じり合っている。
 その後ろでは、美少女三人組が、彼に付き従うようにして並んでいた。
 実は彼ら、夢安たちとは別行動でカーネを集めていたのである。夢安とは違って、地道だが目立たない方法で、丁寧にカーネを収集していたのだ。
 翡翠たちは、どうにも変な人たちだ、と思わなくはなかったが、花梨はすでにカーネを手放す気でいたし、それが役に立つのなら別にいいだろうと、楽観的に考えた。
「いいですよー」
「本当ですか? では、早速……」
 と、祐司がカーネを受け取ろうとしたとき――。
「しんどおおおおぉぉ!!」
「な、なんだ!?」
 後方から、怨霊のような恨みがましい声が聞こえてきた。
「あれは……」
 美咲が後ろを振り返って廊下の先を見つめる。
 駆け抜けてくるのは、ビジネス的仲間夢安であった。
「逃げるぞ、新堂っ!」
「あっ、バカ、いまからカーネを、うわああぁぁ、ちょ、まてってえぇぇ」
 夢安たちはやって来るやいなや、祐司たちを巻き込んでいった。
「待て、夢安……!」
 それを追いかけてくるは――神崎 優(かんざき・ゆう)を初めとした、烈気を帯びる追撃者である。正義感に溢れる彼らは、怒りに打ち震えて彼を追いかけているのだ。お金は努力して貰うモノで、楽して得るモノではない。そんな考えは間違っているのだ。優は夢安を捕まえたら、人の道の何たるかについて教えてやるつもりでいた。人はそれを『お説教』と呼ぶ。
「こんなくだらないことで騒ぎを起こすなんて、許せないっ! しかも、こんな可愛いカーネちゃんで儲けようなんて……!」
 優に続く水無月 零(みなずき・れい)も、怒り心頭で追いかける。
 神代 聖夜(かみしろ・せいや)陰陽の書 刹那(いんようのしょ・せつな)も、それに賛同していた。
「動物で儲けようなんてのは、感心しねぇな」
「そなたのような輩がいるから、世の中が乱れるのです!」
 聖夜は獣人の超感覚を発揮し、疾走する早さが徐々に上がっていく。
「くそー! いつまで逃げればいいんだああぁ」
 優たちに追いかけられるまま、夢安の悲痛な叫びが廊下に反響した。
 そうして、取り残された花梨たちを見上げるカーネ。呆然とする翡翠たちを見て、カーネは首を傾げるのだった。
「カァ〜?」