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カーネ大量発生!

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第3章 知恵比べ(あるいは悪は必ず滅びるの回) 2


 とかく、夢安が嘆きたくなるのも仕方のない話である。
 なにせ、行く先々に自分を追いかけてくる者がいるのだから。
 なぜこんなに先回りされて邪魔ばかりされるのか。夢安は考えるが、その理由として挙がるのは環菜しか思い至らない。それはあながち間違っていなかったが――要は、環菜から要請を受けた人間が、裏で動いている、ということなのだった。
 その張本人である人物、真田 舞羽(さなだ・まいは)は、廊下を歩きながら、携帯電話で悠々と会話していた。
「――と、いうわけで、夢安京太郎は疲労困憊といったところでしょうか」
「あら、ようやく。それにしても、随分と長いこと逃げてるわねぇ。逃げ足だけなら世界一を目指せるかも」
 彼女は楽天的に笑った。
 天真爛漫といった様子の彼女だが、その実、その行動は用意周到であった。
 まず、メールアドレスの入った自作の名刺の束の裏に、一つ一つ手書きで、
【カーネの目撃情報、被害報告、不審者の情報、その他 カーネ大量発生事件に関する情報があればこちらまで!】
 との、メモを書き入れ、その上で、彼女は様々な人物に手渡したり、掲示板や学食に置いたりと画策していたのである。
 もちろん、それだけでは終わらない。
「待ってるだけじゃ生きた情報は入らないし、あとの情報は足で稼ぎますか!」
 という、今回のモットーを胸に、自分の足でも情報を探したのである。
 その途中で逐一入ってくる情報は、基本は元凶となっている夢安京太郎の足取りであった。それを利用しない手はない。夢安京太郎の目撃情報を手に入れる度、彼女は連携をとっている生徒と連絡を取り合って彼を追い詰めようとしていたのである。
 例えばそれは――樹や優、玲奈など、夢安を追いかける者たち全員と繋がったネットワークだった。いやはや、なんとも恐れ入る行動力と頭脳、といったところだろう。
「金を食べる、かぁ……。見た目はかーいいんだけど、だからって学園の皆の迷惑になるなら好きにはさせられないよなぁ。それはお互いにとって不幸だよね」
 舞羽は傍らであくびをするカーネを見て、感慨深そうに言った。
「さて、そろそろ王手、といきますか。待ってろよー、夢安きょうたろー!」
 気合を入れた舞羽は、最終的な詰めへと移ろうとしていた。


 逃げ続ける夢安はなんとか追いかける者たちから逃げ延びていた。しかし、いつの間にかその数は徐々に増えているようで、巻き込まれた祐司はたまったものじゃなかった。なにせ、売ろうとしたカーネは本郷 翔のおかげで買い取ってくれない上に、敵は増えているよう……。
 もうそろそろ潮時だろうか、と思わず思う。
「どうするか……?」
「なに、蒼空学園で売れないなら、ここから脱出して売るって方法があるだろう」
「おお、それは妙案」
 三人は話し合って、蒼空学園から逃れることを目的に変更する。
「でも、カーネはこのドタバタで逃がしてしまったんだぜ」
 祐司が名残惜しそうに言うその矢先、彼らの進む廊下の先では、なにやら一人の少女――霧島 春美(きりしま・はるみ)が手売りで花を売っていた。その横では、空飛ぶ箒に花をたくさんのせて、エプロンに風船もつけた愛嬌を振りまく姿のディオネア・マスキプラ(でぃおねあ・ますきぷら)。彼女もまた、花の売り子をしているようだった。
 シャカシャカとタンバリンを叩きながら、ディオネアが売り文句を張り上げる。
「安いよ安いよー。お花の移動ショップだよー」
「どんな木でも大きくなる肥料がありますよー。カーネのなる木に使えば、ぐんぐん大きくなってカーネが三十倍はとれるんですー」
 自分のバイトしているフラワーショップのエプロンを身につけて変装しているものの、廊下で花を売る春美の姿は、いかにも怪しかった。
「あれは、いかにも罠って感じですね。誰があんな手にひっかか…………あれ?」
 冷静に分析していた美咲と美月の二人が横を見ると、先ほどまでいた夢安たちの姿がない。
 まさか、と思って売り子を見てみれば、彼らは「おお、木が三十倍にっ」「じゃあ、カーネが大量に生まれるじゃないかっ!」と口々に感動して売り子から肥料を買い取ろうとしていた。
 バカだこいつら……っ! 今さら気づくのも遅かった。
「はい、じゃあ、こちらですねー」
「あれ、これが肥料?」
 夢安は小さな包み袋を手渡され、不思議に思う。
 いや、さすがはイルミンスール。こんな小さな肥料でもどんどん植物が育つんですね。彼の楽観的な思考はそう判断して包み袋を開けようとした。すると、それに気を取られた隙に、春美の眼光が怪しく光る。
「今よっー! さぁ、皆さん、やっちゃいましょう!」
「――――!」
 春美の掛け声を合図に――舞羽を初めとした追撃者たちが続々と教室から現れた!
「げ……」
 撒いたと思っていたが、いつの間にかおびき寄せられていたのか。夢安はその事実に気づいて逃げ出そうとするが、既に遅い。多勢に無勢とはまさにこのことだ。夢安たちは取り囲まれ、逃げようにも逃げ場がない状況になってしまった。
「さ、おとなしくお縄につきねぇって」
 舞羽は縄を持って、にこやかな笑みを浮かべた。
 こうなっては、夢安はもう苦笑するしか方法はない。
 しかも……いつの間にか祐司は美少女三人組と逃げ出しており、残されているのは自分と英禰と斎のみ。見下ろしてくる玲奈や月夜たちの眼光は、まさに鋭く光り、これから怒る地獄を思わせた。
「ははは……」
 かくして、彼らはついに捕らえられたのだった。
「ふむ、漁夫の利じゃな」
 そんな様子を遠くから見ていたカグヤ・フツノは、静かに夢安たちが落としていった儲けを手に入れていた。
「大した金額ではないが……まぁ、よかろう。棚ボタじゃ」
 もしかすると、一番の知恵者は彼女なのかもしれなかった。