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【十二の星の華】『黄昏の色、朝焼けの筆』(後編)

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【十二の星の華】『黄昏の色、朝焼けの筆』(後編)

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第5章 暗空色の究明

「だから! 待ってってば!」

 パッと。

 小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)のしなやかな足は加速をそのまま跳躍に代え、目一杯伸ばした手が、黒フードの端を捕らえた。

「グエっ」

 めくれ上がったフードで首をがしまった男は、挽きつぶされたような呻き声を上げて仰け反り、そのままゴロゴロと転がった。

「て、てめぇ! 何しやがる!」

 同じようなフード姿の男二人がグルリと振り返る。
「ご、ごめん! 全然止まってくれないからつい!」
「だったら途中で諦めるのが筋だろうが!」
「そ、そうはいかないよ! その絵が必要なんだから」
 美羽は、男達がそれぞれに抱える絵画だろう包みを指差した。
「どれがアウグストさんの絵か判らないけど……お願い! それが必要なの! 譲って!」
 ペコリと頭を下げた美羽。
「だ、代金は今持ってないんだけど……必ず払うから…………彼方が」
 語尾はごく小さな声で付け加え、チロっと舌を出した。
 その言葉に、

「なんだ。同士かよ」

 どこかホッとしたような調子の男の声が返った。
「同士?」
「あんたもあれだろ? 一騒ぎ起こしてやりてぇんだろ、この機会にさ。いやあ、なにかをぶっ壊してやるには丁度良いタイミングだ」
 男の声に、段々得意げな調子が乗っていく。
「しかし驚きだよな。『負の感情が込められた絵をなるべくたくさん集めなさいな。もしかしたら、面白いことが起こるかも知れませんわ』……いやいやなんの冗談かと思ったけど……本当に起こっちまったもんなぁ」
 三人の男達は、どこか熱に浮かされたように官庁街予定地の方向を眺めている。
 美羽は自分が青ざめていくのを自覚していた。
「けどな、アウグストとかいう奴の絵はああやってもう結果がでちまったからな……きっと弾切れだ。別の絵を譲ってやるよ……これでまた一騒ぎ起きるかもしれねぇ」
「い、いらない! 私そんなのいらない!」
 ほとんど悲鳴に近い声で拒否をしておいて、美羽はその双眸と右足に強い怒りを込める。
 何事か、と男達が怪訝そうな顔を向ける。
「私はナディアに絵を描いて欲しいだけ! アウグストさんとカンバス・ウォーカーのために頑張って欲しいだけ!」
「なんだ」
 男達の目から、急に温度と、興味の光が消えた。
「てめぇも、『要らないもの』か」
 ごく無造作に、男達はそろってナイフを取り出し、構えてみせた。

「なら――消えちまいな」

 ヒュン。

 振りかぶった男達のナイフは、しかし飛来した一条の光が叩き落とした。

「誰かに悪意を向けた以上、自分が悪意を向けられても文句は言えない。誰かを、何かを害せば相応の報いを受ける……当然、承知の上なのだろうな」
 ブラックコートに、顔には忍びの覆面。
 三人の男立ち以上に徹底した黒ずくめ姿で、エヴァルト・マルトリッツ(えう゛ぁると・まるとりっつ)は投擲した鉤縄を手元に引き戻した。
「ちっ!」
 エヴァルトが美羽の援護につきそうなのを見て、男達は一斉にきびすを返した。
「良くない」
 エヴァルトはやれやれと頭を振った。
「何より女性に刃を向けたのが良くないんじゃないのか!」
 スナップを利かせて鉤縄を放り投げる。
 狙い違わず、するすると伸びた鉤縄は、まるでエヴァルトの腕の延長のように器用な動きで、最後尾を走っていた男を絡め取った。
「しつっけぇ!」
 イライラした様子で、男はナイフを振るって縄部分を切断する。
「それは悪かったな」
 隙を逃さず全力で接近したエヴァルトが男の襟元に手を伸ばす。
「くっそ!」
 男は手にしていた絵画をぶん投げた。
「ぬっ!」
 ギリギリの動きでエヴァルトが頭を逸らし、絵画は宙に舞う。
 エヴァルトはそのまま無理矢理に身体のバネを使って前に跳躍。タックルをかけるように男の身体を引き倒した。
「ぐぅぅ!」
「抵抗は諦めろ。少しでも楽になりたいなら、官庁街予定地のカンバス・ウォーカーを消失させることだな。呼び出したんなら制御くらい出来るだろ」
 エヴァルトの言葉に、しかし男は笑ってみせた。
「制御だぁ? へ、知るかよ。あんな勝手に出てきたようなもん。とりあえずこの街を破壊してくれるってんなら、それで全くかまわねぇからな」
「……そうか。では気は進まないが、少し血を見ることになりそうだな」

 ギュムっ!

「ちょいとごめんなさいッスよ!」
 拳を振り上げたエヴァルトの肩を、しかし、勢いよく踏みつけたものがあった。
「とぉどけぇ〜ッス!」
 三角跳びの要領で空高く舞った広瀬 刹那(ひろせ・せつな)は伸ばした腕が絵画の額縁を捕らえるや、それをくるりと抱え込んだ。
「よっしゃ! 絵、助けたッスよ!」
 刹那の歓喜の声が大気を震わせる。
「そりゃ良かったけどねぇ!」
 刹那と対照的に焦った表情の佐々良 縁(ささら・よすが)は、刹那と地面を交互に確認。高速で距離を目算しながら全速力で駆ける。
「はなちゃん!」
「さって、わっちの腕が届くか否か……」
「届かせておくれだよ!」
 蚕養 縹(こがい・はなだ)の少々頼りない返事に、縁は声を張り上げた。
 小さな笑みを答えに、縹は足袋履きの両足を加速。
 一気に落下地点に駆け込むと――

 バスン!

「あ、縹さん」
「おう、ケガはねぇかい刹那お嬢」
 刹那を抱きとめた。
「ふう。突然飛び出してって、冷や冷やさせないでおくれよぅ」
 縁がホッと胸をなで下ろす。
「す、すみませんッス。絵を守らなくっちゃって思ったら止まってられなくって!」
「まぁ、そういうの、嫌いじゃないけどさぁ」
 恐縮して頭を下げる刹那に、縁は苦笑を浮かべてみせた。
「そしたらあねさん、刹那お嬢。引き続き、もう二枚もってってとこかい?」


「む、魔法まで! やるですね!」
 逃げる男が放った雷術は余裕を持ってかわし、広瀬 ファイリア(ひろせ・ふぁいりあ)は駆ける足を緩めない。
「ファイリア様。刹那様、無事に絵を守れたみたいです」
「よっし。じゃあ後はあの二枚ですね〜」
 横に並んだニアリー・ライプニッツ(にありー・らいぷにっつ)の言葉に、ファイリアはモップを構え直した。
「ニアリーちゃん、援護を! 絵に当てちゃ、ダメですよ!」
 ファイリアの言葉に、ニアリーが雷術を展開。
 ファイリアはモップを振りかぶって飛びかかる。
「また追っ手かよ!」
 男の一人が振り向き様に火術を展開。
「わわわっ!」
 予想外の行動に仰け反ったファイリアだったが、しかしモップで男の足を引き倒した。
「絵の近くで火術だなんてあり得ないです!」
「うるせぇ」
 ファイリアの言葉に、男は吐き捨てるように答えながら体勢を立て直して再び駆け出す。
「押さえます」
 ファイリアの脇を縫って前に出るニアリー。
「ちきしょう! こんなもの持ってるから!」
 そのニアリーに向かって、男は絵画を投げつけた。
 それを見てもう一人も同じ行動に出る。
 飛来する二枚の絵画。
「あ……」
 ニアリーの、避けなくてはという本能を、受け止めなくてはという理性が邪魔をする。
「ニアリーちゃん!」
 そんなニアリーの体を、ファイリアが押し倒した。
「ファ、ファイリア様……絵……」
「ニアリーちゃんの安全が優先です! それに――」
 ファイリアの視線を追えば、後ろから追ってきていた刹那と縹が、無事に絵をキャッチするのが見えた。
 さらに隙を逃さず。
 ダム。ダム。
 縁の手から放たれた二発の銃弾が、狙いを過たず男達の手に着弾。悲鳴と一緒にナイフを弾き飛ばすのが見えた。
「縁ちゃんは、頼りになるのです」
「ず、ずいぶん他人頼みな気がするんですが……」
「いいんです。もっと信じて良いんですよ」
 ニアリーにニッコリ笑っておいて、ファイリアはモップを構えた。
「絵を貶めて不幸にするばかりかニアリーちゃんまで危険にさらすなんて……悪い人認定です! ハッピー☆シスター次女、ハッピーメイドことこのファイが、成敗してあげます!」

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「これが『黒服の少女』ッスか」
 三枚の絵のうち、一枚を手にして刹那は興味深げに眺め回した。
「他の二枚は、別に関係ないようだし……とにかくカンバス・ウォーカーが出現しそうな絵を片っ端から集めたってとこかい」
 ちらっと縹が視線を向けた先では、エヴァルトの鉤縄でグルグル巻にされた三人の男が転がされている。
「しかし気の重くなる絵だねぇ」
 縁が言う通り。
 『黒服の少女』は濃い青と紺で表現された世界の中に、漆黒の衣服をまとった三人の少女が佇んでいるという構図の絵だった。
 明るさを感じるようなものは何もなく、おまけに少女達はこちらに背中を向けており、一切表情が見えなかった。
「まぁここからははなちゃんと刹那ちゃんの出番だよぉ。周辺はしっかり見張っててあげるから、しっかりおやりよぉ」
 縁の言葉に、刹那と縹は顔を見合わせた。
「しかし実際に目の前に置かれてみると……」
「どう加筆したら良いッスかね」

「描き換えないと……まずいのかしら?」
 ポツリと。
 その場のぼんやりとした不安を形にするように口を開いたのはリネン・エルフト(りねん・えるふと)だった。
 もやもやとした考えをまとめ上げるように、あごに手を添えている。
「そうよね。なんか不安よね」
 リネンの横でヘイリー・ウェイク(へいりー・うぇいく)も難しい顔をして『黒服の少女』に視線を注いでいる。
「ヘイリーも不安?」
「……まるで存在が消えてしまうみたいな……オリジナルが否定されてしまうみたいな……あたしがあたしでなくなっちゃうみたいな……そんな、不安」
「あたしがあたしでなくなっちゃうみたいな……?」
 ヘイリーのもの言いにリネンは怪訝そうに眉をひそめた。
「ヘイリー、今回のカンバス・ウォーカーが現れてから何だか変ね。妙に不安そう。どうかした?」
「ど、どうもしてない!」
 ギクリとしてしまった内心を押し隠すように、ヘイリーはバタバタと手を振った。
「い、一般論を言ったまでよ! あたしは何も不安じゃないわ! それより、じゃあ描き換えないのだとしたら、どうやってカンバス・ウォーカーを止めるの!?」
「そうね……カンバスに込められた『世界を否定する想い』は……確実に削れている。幸いカンバス・ウォーカーを好意的に感じている人たちは多いみたいだし……ここにいる人たちもカンバス・ウォーカーを消してやろうって人たちでもないみたい。なら……彼女の想いが減って不安定になっているなら、もう一度私たちで想いを込めなおせないかしら?」
「どうやって?」
「この『黒服の少女』という絵をみんなで囲んで……難しいかしら」
 ヘイリーの眉が徐々にひそめられるのを見るにつれ、リネンは声のトーンを落とした。