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激戦! イルミンスールの森

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第五章 瘴気を取り除け!
 森の中を歩き続けていた芦原 郁乃(あはら・いくの)は、息を乱しながら足を進めていた。覚束無い足取りなって、バランスを崩しかけたところで、隣を歩いていたパートナー、十束 千種(とくさ・ちぐさ)によって支えられる。
「大丈夫ですか? 郁乃さん」
「ちょ、ちょっとフラフラするかなぁ……。もしかして瘴気の濃いところばかり歩いちゃったかなぁ」
「少し、休みましょうか……」
 千種の提案を聞いて、大きく首を縦に振る郁乃。
「そうね。無理に歩くと危険だから……ていうかもう危険かも……」
 二人一緒に木陰に腰を下ろす。
 空を仰ぐと、青空のキャンバスに大きな雲が浮かんでいた。
 しかし、空より下のここには、そんな爽やかな風景は広がっていない。あるのは禍々しい瘴気と、魔物たちの脅威であった。
「ふぅ……。同じ場所にいると危険らしいから、そろそろ行こうか」
 お尻についた土を払い、郁乃が立ち上がる。
すると、こちらに向かって怪しい男が近づいてくるのが見えた。二人を見るなり、嘲笑を放つ。
「もしかしてお前ら、森に忍び込んで俺たちの邪魔してる奴らか? 具合悪そうだが……もしかして瘴気にやられたか? ははっ、間抜けな奴らだぜ!」
「っ――あ、あなたね!? ここで悪さをしてる連中の一味って! 魔物も住民も迷惑してるのよ。覚悟しなさい!」
 絶望の剣を構えるも、頭がグラグラするため、ちゃんと構えることが出来ない。
「ああ。無理はやめとけ。そんなんじゃ俺には勝てねぇよ」
 そう言って、帯状のゴースト兵器を自分の剣に装着させる男。
「させません!」
 郁乃の危機を感じ取った千種が、翼の剣を抜き、向かっていく。大きな軌道を描きながら刃が迫っていった。
「ふんっ――」
 しかし、男の軽い一振りで、千種は吹き飛ばされてしまった。瘴気で弱っている上に、ゴースト兵器で増強された武器。勝ち目など無かった。
「はっ! 雑魚が。お前らじゃ何回やっても勝てねぇよ……。でもまぁ、あんまりちょろちょろされんのも目障りだからな。ここで消えてもらうぜ」
 剣を構える。と、武器に付けたゴースト兵器を見て苦笑いをする。こいつらには必要ない、といった表情を浮かべると、それを取り外した。
「それじゃあな――」
 剣を振り降ろそうとして――。

 ――ウォーーーーン

 瞬間、男は横殴りに吹き飛んだ。
 三人の前に現れたのは、
「パ、パンダ……?」
 白と黒のツートンカラー、動物園の人気者、パンダであった。だいぶ前にヴァーナーが瘴気を取り払った、あのパンダである。
 呆然としている郁乃と千種を脇目に、男へトドメの一撃、ボディプレスをかました。
 男が動かなくなったのを確認すると、二人の方へ向き直る。
「な、なんとか助かったみたいね……」
「ありがとうございます。パンダさん」
 手を振る二人。そんな彼女たちに、パンダは満面の笑みを見せつけて去っていった。


 結局、これ以上進めば体調が悪化して、さらに危険な状況になると判断した二人は、森を出ることになった。出ることになったのだが――
「迷子ですか?」
「うん。迷子だね。迷った」
 あまりの緊急事態に、頭が働かず、ずっと黙ってしまう郁乃と千種。
 ずっとこのままなのかと真剣に懸念し始めたとき、
「おい、何やってんだ? あんたたち」
 怪訝そうな表情を浮かべた火村 加夜(ひむら・かや)が現れた。
 外見がどう見ても女性の加夜が、若い男性のような口調で話しかけてきたので、二人は一瞬返答が遅れてしまう。
「え……ああ。その――」
「駄目だな。駄目だ。全然駄目だぜ――。あんたたち、道に迷ったんだろ? バレバレだぜ。今から俺が森の外に連れて行ってやるよ」
 人差し指を二人に向ける加夜。しゃきーん、という効果音が似合いそうなその行為に若干引きながらも、二人は心の底では安堵していた。
「よ、よかった……助かったわ……。ありがと、加夜。ところで何でそんな喋り方なの?」
 さっき会った時から持っていた疑問を投げかける。
「あ、いや、その……」
 頬を染めながら、加夜はごにょごにょと口を動かしはじめた。
「じ、実は、ついさっき読んでたミステリ小説の主人公に感化されちゃって……」
 服のポケットを指差す。そこには、表紙のタイトルを少し覗かせている本が見えた。
「うみねこの――ああ。あれ、書籍化してたんだ」
「その本を読んで影響を受けたんですね? 加夜さん」
「そういうこと。でも、出口まで連れて行けるってのは演技じゃないから。ついて来て」
 加夜に導かれながら、郁乃と千種は歩き出した。


「早く行ってくれ……」
 迷彩塗装を発動させながら、クレア・シュミット(くれあ・しゅみっと)は目の前の魔物の群れが通り過ぎることを祈る。
「パティ、ぜってーでかい音出すなよ!」
カモフラージュを使っていたクレアのパートナー、エイミー・サンダース(えいみー・さんだーす)が、隣にいたパティ・パナシェ(ぱてぃ・ぱなしぇ)に小声で怒鳴る。
「わかってますよぉ。エイミー。こんな数の魔物を相手にしてたら、キリがないですからぁ」
 メモリープロジェクターを応用して姿を消しているパティが、それに答える。
三人は瘴気が濃い方へ濃い方へと半ばごり押し気味に進んでいた。かなり進んだそのとき、魔物の群れに遭遇した。これが5分ほど前。
出来るだけ戦闘は避けようという方針を固めていたので、それぞれが持つ隠匿技術を駆使し、隠れているというのが現在。
幸い、全員がパワードアーマーを装備していたので、これだけ濃い瘴気の中でも長時間の待機が可能であった。
「よし……今だ」
 過ぎ去っていった魔物の遠い背中を見送って、クレアが再び動き出す。

 ――グルッ

 その瞬間、一番後ろにいたクレイジードッグが三人の方を振り向いた。
「気がつかれたか!?」
 エイミーが立ち止まる。彼女の声を聞いた二人も同じ行動を取る。
 まるで命がけの“だるまさんが転んだ”をしているようだった。
 そんな緊迫感など知ったこっちゃないとでも言うように、クレイジードッグはエイミーの方へ悠然と歩き出す。
 犬だけに嗅覚が鋭いのであろう。クンクンと鼻を鳴らしながら、近づき、やがてエイミーの目の前で止まる。

 ――ワオン!!

 静寂を破るかのように、クレイジードッグがエイミーに咆哮を浴びせた。
「やっぱ気がついてたぜ! 逃げろーーーーーーーっ!」
 走り出す三人。
「に、匂いを手がかりにして探し当てるとは……流石、野生の犬だな」
「感心してる場合じゃねーよ! ボス! 姿消してもあいつは追ってくるぜ!」
「ふふっ、あの仔、エイミーのこと気に入っちゃったんですねぇ〜」
「いや、オレの匂いを追ってきてるだけだから!」
 全力疾走を続けながら、言い争う三人。
「ボス、とりあえず撃退したほうがいいんじゃね?」
「それもそうだな……しつこく追ってこられても目障りなだけだしな……」
 振り返り、それぞれ隠れ身を解除する。
 姿を現した敵に、グルル、威嚇しだすクレイジードッグ。
「どーしてもかかってくるってんなら、相手してやんよ」
 光条兵器を構えるエイミー。
「手加減出来そうもないから、先に謝っておくぜ」

「だったら、私にお任せを――」

 三人の真横から、人影が飛び出した。
 手にした大鎌をブンと振って着地したその人物は、クロス・クロノス(くろす・くろのす)だった。
 いつの間にか、クレイジードッグは地べたに伏していた。
「ちょ、殺したのか?」
「いいえ。柄の部分で殴って昏倒させただけです」
 三人がクレイジードッグを見やると、確かに切傷や出血はなかった。
「なるほどな。とにかく、助かったよ。ありがとう」
「いえいえ。ところでみなさんはどこかに向かっている途中だったりしますか?」
「はい。瘴気の原因を探ろうと――あれっ、ここどこでしょう!?」
 パティが悲鳴を上げる。
「やべっ、走ってるうちに分からなくなっちまった!」
「心配いりませんよ。ほら――」
 パニクっていた二人に、クロスは銃型HCを見せた。
「これを使えば、森の道がわかりますよ。それに、情報を見たり提供したりすることも出来るらしいですよ。さっき私も書き込んできました」
 マップ画面を見せる。森の入口から丁寧な道が表示されている。覗き込みながら、あーだこーだと現在地を推理していると、さっきいた場所はそう遠くないことが判明した。
「なんだ……すぐそこだったのか……よし。早く向かおう! 瘴気の発生源までもう少しだぞ」
 移動を始めるクレアに、クロスが声をかける。
「あ、私も一緒に行っていいですか? 目的は皆さんと同じなので……」
「ああ。むしろそうしてくれると助かる!」
 握手を交わし、四人は歩き始めた。


 クロスの銃型HCと、クレアたちの勘を用いて歩くこと15分。明らかに瘴気が漏れていると思われる洞穴を発見した。
「ここっぽいですねぇ」
 穴を塞ごうとして近づく四人。
「おっと、そうはさせんぞ……」
 低く掠れた音が聞こえる。
 洞穴のすぐ近くの、何も無い空間から、男の姿が現れた。
「しまった。隠れ身を使ってたのか……」
 苦々しい顔を浮かべるクレア。
「いつ邪魔が入るかわからんからな。ずっと待機させてもらっていた」
「そりゃご苦労なこって……。んで、やっぱあれなのか。瘴気をこの森にばら撒いたってのは、てめぇか?」
「いかにも。ちなみに今オルディオンを追ってる連中は、我輩の仲間だ」
「例の集団の一味ということか。なら遠慮はしない」
 クレアの言葉を聞いて、臨戦態勢を取る四人。そんな彼女たちを見て、苦笑を浮かべる男。
「やれやれ。熱血なのはいいことだが……時と場所をわきまえんとなぁ」
 男は笛を取り出すと、思いっきり吹いた。
 すると、洞穴の中から、空間そのものを揺らすような地響きが響いた。

 ――ゴオアアアアアアアッ!!!!!

 轟音に次ぐ、咆音。
 通常の人間の5倍ほどの大きさの毛深い巨人が、洞穴から姿を現した。
発生源で長い間瘴気にあてられていたのだろう、両目は血走っており、殺すべき対象を常に探している。それに加えて、両腕と頭に、ゴースト兵器と思われる拘束具を付けられていた。
凶暴性と身体能力を無理やり上昇させられた、哀れな魔物が、そこに屹立していた。
「行け! ビッグフット! やつらを始末してしまえ!」
 男の命令に従って、ビッグフットは歩き出す。
「ちょ、これは、まずいのではないでしょうか……」
 冷や汗を浮かべながら、クロスが後ずさり始める。
 そのとき、
「俺たちも加勢するぜ! だから諦めないでくれ!」
 優、零、聖夜、刹那、ヴァーナーの五人が現れた。