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蒼空とプールと夏のお嬢さん。あと、カメ

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蒼空とプールと夏のお嬢さん。あと、カメ
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リアクション

 SCENE 02

 ごすっ、という音(レロシャンとネノノが外壁にキスする音)に驚いて藍乃 澪(あいの・みお)は顔を上げるが、しばし見回してその後なにもないのを確認すると、再び浮き輪に身を委ねてくつろぐのだった。
「こうして浮いていると……日頃の疲れが消えていくようですねぇ」
 澪の日常は多忙だ。教師として、女として、雑事に追われるような毎日である。とりわけこのごろはせわしない。
(「『心を亡くす』と書いて『忙』、か。昔の人は上手いこと言ったものですよぉ」)
 ゆらりゆらり、真っ赤な浮き輪に身を通して瞳を伏せる。ゆったりした潮流に身を任かせるだけで、日頃の疲れやストレスが溶けていく。
「さて、と……」
 ある程度楽しんだところで、少しばかり休むことにした。プールサイドまで軽く泳いで、手をかけて水から上がる。
 美の女神のような澪の肢体を、撫でるように水滴が流れ落ちていった。浮き輪に体を通していたときは隠されていた水着が、鮮やかに白日の下にさらされる。童顔にもかかわらずグラマラスな体だ。膨らみとくびれのバランスは絶妙、大理石のような肌はなめらかな質感をたたえており、しかも、それを覆うのはわずかな布でしかない。禁断の果実のように赤い色をしたマイクロビキニなのだ。
「……!」
 澪に見とれてしまいそうになり、慌ててアンドリュー・カー(あんどりゅー・かー)は目をそらせた。別にいやらしい気持ちがあったわけではない。ほんの一瞬、目を向けた方向に保健室の先生(澪)がいただけの話だ。けれどかすかに罪悪感をおぼえて、アンドリューは連れの二人に視線を戻した。この逡巡、気づかれていなければいいのだけれど……。
「フィオナさん、兄様と一緒にボートに乗るのはわたくしです!」
 黄色いゴムボートをひったくるように、ぐい、と葛城 沙耶(かつらぎ・さや)が引っ張る。
「沙耶ちゃん、それはダメです。ボートに乗ることを思いついたのは私なのですから!」
 ところがそれを、フィオナ・クロスフィールド(ふぃおな・くろすふぃーるど)が引っ張り返すのである。
「フィオナさん、ここは黙って譲るのが年上というものではありませんこと!?」
「それとこれとは話が別です。アンドリューさんだって、私と一緒のほうが嬉しいはずです!」
「それは聞き捨てなりませんわ! 兄様は絶対にわたくしといるほうがくつろげるんです!」
「いいえ、私のほうが」
「わたくしのほうが」
 ……と、プールサイドにて二人仲良く(?)争っているようなので、その点心配はなさそうである。アンドリューは溜息して、
「ダメだよ、フィオも沙耶も、リゾート地でそんな争いをしたら。ほら」
 と、二人が奪い合っているより一回り大きなゴムボートを置くのだった。
「このボートなら三人で寝そべっても大丈夫だしね」
 無事解決、と思いきや、
「アンドリューさんの隣で寝そべるのは私です!」
「いいえ、兄様の横はわたくしの指定席ですわ!」
 再び二人は言い争いをはじめるのだった。
「ハァ。何でこうなるかなぁ……」
 僕が真ん中に行けばいいだけでは? とアンドリューが提案するまで不毛な争いは続いた。
 わいわいと波間に繰り出すアンドリューたちのボート姿を、水神 樹(みなかみ・いつき)は微笑ましい気分で見ていた。仲睦まじげな人たちを見るのは和むものだ。
(「日々の筋トレや修行はいいけど、最近色々あってちょっと疲れましたからね……」)
 なので今日は、まったりしてリフレッシュしたいと思う。本日の樹の装いは、お気に入りのワンピース水着、薄紅の色、花をあしらった和風柄が目に優しい。
「まずは少し、泳ぎましょうか」
 日焼け対策はしっかり整えてきた。軽く準備体操してから、そろそろと水に脚をひたす。水はわずかに冷たいが冷たすぎることはなく、肌をしっとりとつつんでくれた。するっ、と流れるプールに身を沈め、頭の上まで水につかって顔を上げる。
「いい気持ち……」
 ふわふわと浮いているのは心地良かった。魚になった気分で少し回遊してみよう。彼女は流れに乗って流れゆく。
 途中、中州になっている部分で樹は、プラチナブロンドの少女とぶつかりそうになった。しかし二人とも身のこなしは軽い。すぐに回避して左右に分かれる。
「ごめんなさい、大丈夫でした?」
「いいえ、こちらこそ、進路妨害みたいになっちゃってぇ」
 白金の髪した少女はメイベル・ポーター(めいべる・ぽーたー)、大きな浮き輪から半身をのぞかせたまま穏やかに笑んで、
「ゆったりして楽しいですねぇ」
 と言葉をかけた。
「ええ、その水着いいですね」
 水神樹も笑顔を返す。お世辞ではなかった。メイベルが着る白のセパレーツは、可愛らしく一方で悠然とした気高さすら感じさせる。彼女は長い髪を結ってシニヨンにしていた。

 アンドリューらを乗せたビニールボートが、ゆらゆら波間を漂っている。サングラス越しに見上げる蒼空と太陽が、彼に微笑みかけているかのようだった。彼の左右にはフィオナと沙耶も寝そべり、夢見心地の様子である。
「たまにはこうして、のんびり過ごすのもいいなぁ……あれ!?」
 アンドリューのボートがぐらぐらと揺れた。見るとボートの側面で元気な少女が一人、イルカのように勢い良く泳いで波を立てているのだ。
「ちょっと、そんなに激しく泳いだらだめですよぅ」
 メイベルが声をかけると、あれほど力強く泳いでいたセシリア・ライト(せしりあ・らいと)がぴたりと止まった。
「あれ? そんなに力一杯泳いでるつもりはないけど?」
 これが絆というものか。メイベルの声であれば、たとえ泳いでいようとしっかり聞こえるセシリアなのである。このあたりは足がつく深さゆえ、立ってきょとんと目を丸くする。
「あらあら、セシリアさんは良い意味でパワフルですからね」
 フィリッパ・アヴェーヌ(ふぃりっぱ・あべーぬ)がプールサイドから呼びかけた。彼女はビーチパラソルの下、メイベルとセシリアの荷物番をしているのである。
「ご迷惑でしたか?」
 おっとりとフィリッパがアンドリューに問うも、
「迷惑じゃないですよ。楽しんでいるみたいだし邪魔しなくていいでしょう」
 と彼は答えるのである。(この揺れで密着度合いが増して、フィオナや沙耶はむしろ喜んでいるようだ)
「ははは、でもちょっとやりすぎちゃったかな? ごめんね」
 セシリアはぺこりと一礼して、
「よし、じゃあ僕は競泳用のプールに行ってみるよ」
 ざば、と上がって、鮮やかな青のタンキニ水着をさらすのだった。元気な彼女にぴったりの明るいブルーだ。
「メイベルも一緒に行かない? 今日は僕、スプラッシュヘブンの全プールを制覇するつもりなんだ。全部遊び倒すことこそ、ここのプールを設計した人たちに対して敬意を払うことだと思うから」
「ぇ、えーと、でも競泳用といっても、私はガンガン泳ぐほうじゃないし……」
「いいっていいって、その浮き輪ののままで。片道五十メートルみたいだし、水面に浮かびながら僕のタイムを計ってよ」
「そういうことなら」
 メイベルも上がった。
「フィリッパも行こうよ」
 と誘うものの、
「私はこうしてくつろぐほうが好きなので……お昼はご一緒しましょう」
 フィリッパはにこやかに笑みを返すだけだ。
 そんなの楽しいのかなぁ? などと言いながらセシリアはメイベルの手を引いて去る。なんのなんの、これがフィリッパには楽しいのだ。こうしてゆったりすることが。
(「そして何より、楽しそうなメイベル様とセシリアさんを眺めるのが楽しいのですわ」)
 フィリッパは眼を細め、リクライニングチェアの背を倒すと、寝そべったまま文庫本に手を伸ばす。傍らのラジオはクラシック特集を放送中だ。
 やがて滑るように、フィリッパのお気に入りであるハイケンスの『セレナーデ』が流れ始めた。