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蒼空とプールと夏のお嬢さん。あと、カメ

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リアクション

 SCENE 03

 神代 明日香(かみしろ・あすか)ノルニル 『運命の書』(のるにる・うんめいのしょ)も、楽しくリゾートを満喫中だ。ごく浅い子供用プールにシャチのフロートを浮かべ、一緒にその背にまたがっている。
 ここに至るまでには、ちょっとしたドラマがあった。
 ほんの少しだけ、時間を巻き戻してみよう。
「夏ですぅ」
 イルミンスール魔法学校の公式水着を着こなし、更衣室から明日香は一歩踏み出した。よく似合う。既製品なのにオーダーメイドの水着を着ているかのようだ。
「暑いです」
 同じくノルニルも踏み出した。彼女の水着は淡い水色、ギンガムチェックの女児用水着だ。人形のように可愛らしい。
「プールですぅ」
 ちらり、と明日香がノルニルを見ると、
「涼しそうです」
 ちらり、とノルニルも彼女に視線を返す。
「………………」
 ここで唐突に会話が途切れてしまった。
 実のところ、二人ともカナヅチなのである。
(「地球人は水に浮くように出来てないんです」)
 が明日香の持論であり、
(「魔道書は水に浮くように出来てないんです」)
 がノルニルの合い言葉である。
 だがせっかく来ておいて、まさかこのまま帰るわけにもいくまい。ついに明日香が、
「ノルンちゃん、水遊びしようか?」
 と言葉をかけたのがきっかけとなった。二人とも、「泳げないから水に入るのはやめよう」と言えば話は早かったのに、ついこんなことになってしまったわけだ。
 ところが実際、やってみるとこれが……実に楽しかった!
「ぷかぷかシャチに揺られるのって、楽しいですねぇ」
「はい、楽しいです」
 前が明日香、その背中をひしと抱きしめるのがノルニル、二人してフロートに乗り、軽く浮き沈みさせて遊ぶ。二人とも水をかいたりしないので、シャチは前に進むでもなく後ろに下がるでもない。けれどこうやって夏を感じているだけで満足だった。
 抜けるような青空、誰もいない子供用プール、楽園のような気分ではないか。
「明日香さん、位置、交換してみましょうか」
「いいですねぇ」
 ところがこれがまずかった。
 決して広くないフロートの背で入れ替わろうとしたものだから、
「あ」
 と一声、ノルニルは足を滑らせ、その言葉だけを残して水に落ちたのである!
「ノルンちゃん!」
「水に………だめ……泳げ…………ない」
 バタバタと水をかく。普段は冷静なノルニルが、このときばかりは青ざめている。
「ど、どうしよぅ」
 自分も泳げないから、明日香は体が硬直してしまった。手を伸ばしても届かない。みるみるノルニルは流されてしまう。浮き沈みしながら両手を上げ、必死でアピールしていた。
「誰か……」
 明日香の目に涙が浮かんできた。参加者は学生ばかりなので、このような『小学生未満のお子さま向け』と書かれたプールのそばには誰もいない。首を巡らせても、助けを請う相手は見あたらないのだった。
「ノルンちゃん……」
 潜在的な水への恐怖、それが明日香にはあった。理由は分からない。分からないが、水に入るというのはあまりにも恐ろしいことなのである。
 だけどここでどうしてノルニルを見捨てられよう! 明日香にとってノルニルは、友達以上の存在だ。自らの分身、あるいは……。
「いま、助けますぅ!」
 ――あるいは、命!
 意を決して明日香は水に飛び込んだ。溺れる恐怖に、ノルニルを想う気持ちが打ち勝ったのだ。たとえ二人とも溺れることになろうとも、ここで一人きりになってしまうことのほうがずっと嫌だ。
 泳げないはずの明日香の腕が、懸命に水をかいた。すぐ沈むはずの足がプールの底を蹴った。そうして明日香は、その腕にノルニルを抱いていた。
「ノルンちゃん、ノルンちゃん! もう大丈夫ですぅ、私がいますぅ!」
「こ、これはプールの支配者が、私を亡き者にしようとする陰謀……はっ」
 ひしとノルニルは明日香にしがみつく。足が付いた状態で……ん?
 そもそも、明日香が『プールの底を蹴った』時点で何かがおかしい。
 要するに二人とも、園児向けのこのプール(深さ60センチ強)では問題なく足が立つのである。
 しかしそんなことに二人とも気づかない。
「ノルンちゃん、すぐに脱出しましょう……生き延びて、アイスを一緒に食べるんですぅ……」
「アイス……がんばります」
 かくして二人はシャチまで戻り、命からがら生還を果たしたのである。

 佐倉 留美(さくら・るみ)は楽しんでいる。
 波の出るプールにエアマットを浮かべ、これに寝そべりゆったりゆらゆらするのはもちろん楽しいが、彼女が一番楽しんでいるのはその視界だ。
(「ふふ……セクシーな子あり、キュートな子あり、百花繚乱、いい光景ですわ……」)
 留美の恋愛対象は女性、生まれてからこのかた、一度もブレたことのないガチ百合の花だ。そんな彼女にとって、水着天国は夢にまで見た約束の地といえよう。眼を細める。なんという眼福。澪の濡れた体を鑑賞し、目の前を横切っていく明日香とノルニルの睦まじさに萌えたりと忙しい。
(「……それにしてもこうやってゆったりゆらゆら揺られていますと、眠たくなってきちゃいますわね……」)
 ふわあ、とアクビを洩らす。ふるふると首を振って、
「いけません、ちょっとうとうとしすぎましたわ。それにしてもなんなんですの? 先ほどまで穏やかにゆれていた波がだんだん高く……?」
 何度かまばたきした。そう、いつの間にやら波は勢いを増していたのだ。留美の周囲にも何組か、水着の少女たちが遊んでいたのだが次々と退避していく。そういえばさっきから、耳障りな音がしているような気がする。
 実はこれ、鳴り響く高波警報なのだが、不幸にして留美はまだ気づかない……。
 十数秒後、大型台風接近時を再現したビッグウェイブが留美を襲った。
「って、この波の高さはちょっとしゃれになりませんわーーーーーーー!!」
 されどその驚愕も悲鳴も、すべて高波は呑み込んでしまうのである。
 ざぱーん。