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リアクション
第二章 襲い来る影
イルミンスールの森の中。『ユニコーン』の縄張り内を南から北へ向かう一行は、ちょうど八方の中心地点へ差し掛かった所だった。
少し歩いてはその場に留まり、薬草を摘むフリや花に瞳を輝かせてはキャッキャッしてみたり。
囮なのだから、それで正解なのだが、『囮役』に志願した面々は誰も楽しんでやっているように見えて。それ故に、一カ所に留まっている時間がやたらと長い。「待つ時間こそが釣りの本質」と言えば聞こえは良いのだが、『護衛』側にはいささか物足りない。
「しっかし、ただ木の上で見てるだけってのは暇だなぁ…」
見下ろしながら、トライブ・ロックスター(とらいぶ・ろっくすたー)は頭頂で手を組んだ。今度の幹は太くて温かい。もたれ甲斐のある良い木を見つけた自分を自賛した。「何か引っかかってくれねぇと、殺気看破も鈍っちまうぞ」
実際にそんな事にはなり得ないのだが、つかの間にいつの間にも続く平穏が彼にそんな事さえ思わせていた。
「んにしても……あー、あの娘可愛いなぁ。天学の夕条 媛花(せきじょう・ひめか)って言ったっけ?」
遂に『囮役』の乙女に目移りするまでに……。『暇は人を変える(主に堕落の方角へ)』という格言が真実味を帯びるのに一躍買ってしまいそうだった。
「怖く…ないのです?」
『囮役』の一人、アリエル・シュネーデル(ありえる・しゅねーでる)は不思議そうに言った。改めて見つめてみても媛花は何も武装していないように見えた。ミニスカートにブラウス姿の可愛らしい出で立ちだった。
「これでも一応グラップラー(武道家)だからね。怖がるのも、違うかなって」
「すごい…」
「そんなことないよ。本当は強がってるだけなんだから」
「それでもすごいよ。ブラウスの下にも…防護スーツも何も?」
「うん、何も付けてないよ。あっ、何も付けてないってアレだよ、変な意味じゃないよ、ちゃんと下着は付けてるんだから」
開き振っていた手のひらが萎むように閉じると同時に媛花の肩も縮み寄っていった。小さな胸は寄っても小さいままだった。
「でも確かに『護衛』の方々が待機してくれている事を考えると、心休まる思いですよねぇ」
『福音書』 ガブリエル(ふくいんしょ・がぶりえる)は頬に寄せていた白百合の花束をすっと離すと、進行方向後方へ視線を向けた。
彼女に絶対の安心感を与えている『護衛』の一人、ルルーゼ・ルファインド(るるーぜ・るふぁいんど)は視線を受け取ると素早く頷いて返した。隣で同じ視線を受けたはずのクド・ストレイフ(くど・すとれいふ)を見て、ルルーゼはため息をついた。彼はニヤケた顔をして小さく手を振って返していた。
「クド……緩みすぎです……」
「なんの事だ? 俺はただ返事をしただけだぞ」
プイと顔を背けて再び『殺気看破』を発動する彼女を見て、クドは柔らかそうな頬を指でツツいてみた。
「??? 何をするのです?!!」
「大きな声出すなよ、何かあったと思われるだろ?」
「あなたが変な事をするからでしょう!!!」
声を抑えているのに強く叱責してきた。何とも器用なことか。
「いやぁ、あんまりピリピリしてるからさぁ、少しは肩の力を抜くべきだと思ってな」
「そんな必要ありません! 護衛中なんですよ!」
「そんな事ないさ、俺たちが笑っていればそれだけで異常は何もないって何よりの証拠になるでしょう? こちらが気を張り過ぎていても仕方ねぇってもんさ」
クドは自分で何度か頷いてから、「なぁ、そう思うよなぁ?」とホルス・ウォーレンス(ほるす・うぉーれんす)とロア・メトリーア(ろあ・めとりーあ)に訊いた。彼らも『護衛』の任を担っていた。
クドとルルーゼのやり取りを見ていたのだろう。ホルスは豪快に笑みながら「一理ある」と答えた。
一方のロアは何も答えなかった。というよりも訊かれ問われても一切微動だにしないまま『囮役』の集団を見つめていた。『護衛』としては正解なのかも知れないが、あまりのシカトっぷりに、パートナーであるユーニス・アイン(ゆーにす・あいん)が慌ててフォローに入った。
「すみません、ちょっとあの、真面目すぎるところが可愛くてーーーじゃなくて決して悪気はないんです、本当です」
余計な弁明も加わっていたが、ユーニスは必死に彼を庇った。
「ほら、ロア! 訊かれたら返事しなきゃダメでしょ……」
不意に彼女は言葉を止めた。一点を見つめたままの瞳がゆっくりと開いていった。
「…………あれは………………角?」
『護衛』組の視線が一度に向いた。見えたのは『二本の黒い角』だった。
「バイコーン??」
「待て!!」
ホルスがユーニスを止めた。「何かおかしい。獣の臭いもない」
見えているのは角の先、体は木の幹に隠れてしまっている。距離は離れているが、獣人であるホルスが幻獣の臭いを感じとれないというのは確かに妙だ。
「あれは『バイコーン』ではない」
変わらずの静顔でロアが身を乗り出した。「木の幹に体が隠れるなど有り得ん。それに、気配は1つではない」
1つではない…… という事は協力者が?
ロアが飛び出そうとした時、『二本の黒い角』が柔らかく揺れると、その主が木の影から姿を現した。現れたのは2人の人間だった。
『二本の黒い角』に見えたそれは『2つの巨大な黒髪モヒカン』だった。しかも1人の頭部から2本のモヒカンが生えた『バイモヒカン』だった。
「おうおう嬢ちゃんたち、こんな所で何してんだぃ?」
バイモヒカンの男がガブリエルに訊いた。男が見せる下品な笑みを制したのは、いち早く飛び出そうとしたルルーゼではなく、男の隣にいた『もう1人の男』だった。
「ちょっとぉ、それって浮気じゃなぁイ?」
パラミタつなぎを着ているという点は共通だったが、こちらのつなぎは桃色だった。ショッキングにピンクだった。ついでに『鼻がとても尖って』いた。
「アンタがちょっかい出すんなら、その娘、アタシが喰べちゃおうかしら」
「おいおい、その娘は野郎じゃねぇぞ。バイセクシャルってそういう意味じゃねぇだろ」
「イイのよ。アタシが喰べるものはアタシが決めるんだから」
「やめろ馬鹿。嬢ちゃんたちがビビッちまってるだろうが」
ガブリエルを含めた『囮役』の面々はビビッているどころか、完全に臨戦態勢になっていた。『バイコーン』と『その協力者』への警戒中に姿を現した、しかもその生りも言動も何もかもが疑うに十二分に足りる。先制を仕掛けた所で何の落ち度もないはず−−−
「待てよ! 嬢ちゃんたちに頼みがあるんだ!!」
「…………頼み?」
バイモヒカンの男の言い分はこうだ。「この先にある洞窟に『ユニコーン』が入っていくのを見たのだが、洞窟の入り口には滝が落ちており、入り口を隠している。イルミンスールの『ユニコーン』の角はその一部でも高額で売り払えるので、どうにか角の一部を『恵んでもらう』べく洞窟内に入ろうとしたのだが、どうしても鼻の尖った男が反対するので洞窟に入れない」というものだった。
「だぁってぇ、水に濡れるなんてぇ、嫌すぎるじゃなぃ」
「ったく、テメェが角欲しいって言い出したんだろが」
バイモヒカンの男は1人で洞窟に入ろうとしたが、「ちょっとぉ、1人になんてしないでよぉ」と止められたようだ。
「なんか、やりたい放題ね、あの鼻の人」
ユーニスは声を潜めてホルスに言った。「でも、このまま放っておくわけにもいかないわよね?」
「あぁ。奴らの話が本当なら、『ユニコーン』が洞窟から出てきた所を襲う可能性がある。それだけは防がねぇと」
奴らの話に信憑性など皆無に等しかったが、『ユニコーン』に関する情報となれば見過ごすわけにはいかない。少しと言いながら、かなりの距離を歩かされたが、現れた傾斜を登り、岩肌の壁を見れば、その先に袖の広い滝が見えた。
高さは20m程といった所だろうか、中層ビルの壁面を思わせるその水滝を『ユニコーン』がくぐり行ったようだ。
「では、行ってきますわ」
オルフェリア・クインレイナー(おるふぇりあ・くいんれいなー)は束ねた髪を胸に抱えた。普段は隠れている首筋が見えて、ミリオン・アインカノック(みりおん・あいんかのっく)は反射的に目を逸らした。その様をバイモヒカンの男に見られて、「おうおうレディファーストか? なかなか見上げたもんじゃねぇか」とからかわれた。
続けて男は「いや、この場合はヴァージンファーストか? かっかっかっ」などと調子づいたセリフまで吐いたが、『純潔なる乙女』を先に向かわせるという点はミリオンたちの方針通りだった。
「アンタは? イカねぇのか?」
男の問いにベイバロン・バビロニア(べいばろん・ばびろにあ)は返して訊いた。「あら、わたくしが純潔に見えまして?」
金杯を手に笑みを浮かべる姿はどこか妖艶に見えた。
「どう転んでも見えねぇな」
「まぁ、良い目をしてるでございますわね。ふふ、でも安心して。わたくしめのパートナーは純潔な乙女でございます、わたくしが保証いたしますわ」
聞こえていたならパートナーである瓜生 コウ(うりゅう・こう)は「何を勝手に保証してやがる!!」と声をあげただろうが、彼女は今まさに落ちる滝水をくぐろうとしていた。滝壁に近づくほど、水がぶつかる音だけに包まれてゆく。ベイバロンの声に気付くことなくコウは滝水の中へと入っていった。
「あ、そうだわ」
続いて滝に入ろうとして、宇都宮 祥子(うつのみや・さちこ)は足を止めた。このままでは携帯電話が水に濡れてしまう、誰かに預けようと振り向いた時、『殺気看破』が『悪意』を感知した。
バイモヒカンの男の口元がゆっくりと歪んでゆくのが見えた。
「何だ?! あいつ等!!」
トライブ・ロックスター(とらいぶ・ろっくすたー)が感じ取った『悪意』は滝の上にあった。数名のパラ実生が滝水に何かを流していた。
「みんな!! 離れろっ!!」
瞬間、バイモヒカンの男が両腕を振り開いた。同時に辺りに液体が飛散した。
「きゃっ」
男の傍に居たアリエル・シュネーデル(ありえる・しゅねーでる)、『福音書』 ガブリエル(ふくいんしょ・がぶりえる)、ベイバロン・バビロニア(べいばろん・ばびろにあ)の3人が頭、髪、胸に液体を浴びた。その箇所が、一瞬で『石と化した』。
キイィィン!!
飛び出したホルス・ウォーレンス(ほるす・うぉーれんす)とロア・メトリーア(ろあ・めとりーあ)の刃を止めたのは鼻の尖った男の長槍だった。
「イイ判断だけどぉ、残念、オンナの鼻はヨク利くんだから」
男は言って笑んで唇を鳴らした。「ほらほらぁ! ぼぉーっとしてっと、掘っちゃうわよぉっ!!!」
力強く長槍を振り回して2人と距離を取った。着地と同時に飛び出した2人の前には、それぞれにパラ実生が立ちはだかっていた。
「動かないで!」
宇都宮 祥子(うつのみや・さちこ)がバイモヒカンの男に聖剣エクスカリバーを突きつけた。男は夕条 媛花(せきじょう・ひめか)を組み伏せていた。
「彼女を離しなさい」
祥子は魔鎧であるパートナーの那須 朱美(なす・あけみ)を装しながら『男が液体をバラ蒔くのを見ていた、その液体が男の持つ瓶に入っている』ことも。
「瓶も置くのよ! 早く!!」
男はその場に瓶を置き、ゆっくりと膝を伸ばして立ち上がった。
「解毒薬を出しなさい。持ってるんでしょう?」
「解毒? くくくっ、解毒ねぇ」
「なにが可笑しいの!」
「いや、なぁに、しみじみ思い知らされるよなぁ。人生、気付いた時にはもう手遅れだってなぁ!!」
後方、左右から挟まれていた。液体を浴びた後頭部と左腰部は石と化してしまったのだろう、一切に動かせなくなっていた。
「このっ!」
地を蹴り、夕条 媛花(せきじょう・ひめか)が拳を振り上げた。全身に液体をかけられ石化してゆく祥子を見て高らかに笑うバイモヒカンの男の顎を、殴り上げた。その直後、媛花は顔から例の液体を浴びた。
「媛花ぁ!!」
トライブ・ロックスター(とらいぶ・ろっくすたー)が叫んだ。今すぐに媛花の元へ、しかしバトルアックスを振り回す2人のパラ実生を振り切れないでいた。「くそっ! 退きやがれぇ!!」
媛花の体が傾いた。いち早く気付いたルルーゼ・ルファインド(るるーぜ・るふぁいんど)が地に倒突する直前で抱き込んだ。媛花の体は、拳を突き上げたままの姿勢で全身が石と化していた。
「お前も純血そうだなぁ」
祥子を石化させた男たちの顔が見えて−−−意識が途絶えた。
「オルフェリア様!!」
ルルーゼが石化するのを遠目に捉えてクド・ストレイフ(くど・すとれいふ)が叫び呼んだが、それよりも割れんばかりの声で叫んでいたのはミリオン・アインカノック(みりおん・あいんかのっく)だった。
サイコキネシスで遮りを作り、滝水のカーテンを開いた。そこには石化した瓜生 コウ(うりゅう・こう)と、最愛の人オルフェリア・クインレイナー(おるふぇりあ・くいんれいなー)の変わり果てた姿があった。
「うわぁぁぁぁぁあ!!」
滝水をくぐる事など気にもせずにミリオンは踏み込んだ。しかし突如目の前に白煙が現れ、あっという間にパラ実生たちの姿は見えなくなってしまった。
「あぁら、合図だわ」
鼻の尖った男は自ら後方へ跳び退いた。「それじゃあ、お幸せに」
ホルスの足下で煙幕ファンデーションが弾けた。視界が白煙に遮られ、たちまちに一帯は白煙に包まれた。
続いてマシンガンの発砲音、そしてバイクの轟音と続き、最後にそれらが去っていった。
白煙が晴れた時、残っていたのは、トライブ・ロックスター(とらいぶ・ろっくすたー)、クド・ストレイフ(くど・すとれいふ)、ユーニス・アイン(ゆーにす・あいん)、ミリオン・アインカノック(みりおん・あいんかのっく)、ホルス・ウォーレンス(ほるす・うぉーれんす)、ロア・メトリーア(ろあ・めとりーあ)、ベイバロン・バビロニア(べいばろん・ばびろにあ)の7人、そして地に横たわる大量の爆竹のカスだけだった。
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