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第1章 それぞれの恋愛事情と怒りの狼 5

 黄昏の夕陽でも見ているかのような憂いを秘めた瞳が、集落のパーティ会場を眺めていた。鮮やかな黄金色の瞳に映るのは、現実とあいまいに重なり合うかつての祭りだった。思えば、最後のデートもこんな日であったと振り返る。
 一雫の幻のような過去を見た青年は、隣にいる少女に声をかけた。
「灯と最後のデートも今日みたいなお祭りの時だったな。事情があったとは言え……何も言わずに俺の前から姿を消して、関係がおわったんだ」
 青年の失意にも似た目を覗き込むようにして、龍ヶ崎 灯(りゅうがさき・あかり)は答えた。黒曜石の瞳は、青年のそれと違って決然としたものを宿している。
「牙竜……私は、この一年と魔鎧になったことは、後悔はしていませんよ。あの時は一番の決断だと判断しています」
「一番の決断って……俺に気が付かれないように一年ほど俺の行動を見張ってたのと隣で見てるのより敵対して正面から見たいって、どんな理由なんだよ!」
 武神 牙竜(たけがみ・がりゅう)は呆れを半分含んで声を荒げた。
「病気だとわかってたら、死ぬ気で治療方法探してたぞ、俺は……。魔鎧になったことで人間の体を捨てて病気もついでに捨てるなんて荒技、聞いた事ねぇーよ! 俺が指摘するまで気が付かなかったじゃないか!」
「過去のことを振り返るなんて、あなたらしくない」
 自分の失態を少しばかり誤魔化すようにして灯は応じた。そんな彼女に続けて牙竜は言い切る。その顔は、ふてくされた子供のようでもあり、同時に、どこか哀しみを感じさせた。
「アホ抜かせ。過去を振り返ってるんじゃなくて、何も知らずに自分の事だけしてた自分が情けなくなってるだけだ。あれだけ、側にいたのに……な」
 俯く牙竜の心は、後悔と自責に染まっていた。なぜ、自分は気づかなかったのか。なぜ、自分はあんなにも子供だったのか。自分を殴りたくなる衝動が、自然と彼の奥歯を噛み締めさせた。
「病気のことを話さなかったことは、正しかったみたいですね。あの時の貴方はヒーローごっこの延長上にいたから、命を背負うことはさせたくなかった」
 灯は、自分より遥かに牙竜についてよく分かっていたようだった。結局は、ヒーローなんてただの飾りに過ぎず、ただ自分は、我がままな子供のようにがむしゃらに走っていただけで……周りのことなど見えていなかったのかもしれない。
 それでも、彼は灯のことを想っていた。そのときの気持ちは本物で、今でも、彼女を大切に想うのは変わらない。
 そしてそれは、灯とても同じことだった。途切れた言葉につなげて、灯は優しげに微笑んだ。
「……でも、今の貴方なら大丈夫ですね」
「命を背負うか……パラミタに来る前だったら確かに無理だったな。ヒーロー気取りの馬鹿だったから……」
 牙竜は自嘲するように皮肉な笑みを浮かべた。
 今でも、自分が命を背負うに十分な人間であるかは分からない。そしてきっとそれは、一生分かることのないことだった。ただ言えるのは、今は自分のためでなく、誰かのために戦える自分でありたいということ。それは、お互いを想い、感じあい、助け合う……かつての自分にはなかったであろう在り方だった。
(結局……似た者同士だったってことかな。俺は俺で精一杯で、灯は灯で、自分だけで結論だけ出して先走っちまった……お互い頑固な所があるよな)
 苦笑する牙竜に、灯が悪戯めいた笑みを浮かべた。
「それにしても、まさか、一心同体になれる方法があったとは……魔鎧になれてよかったと思ってますから、これからパートナーとしてよろしく頼みますよ」
「ああ、ま、お手柔らかにこれからもよろしくな、相棒」
「あっと、ちなみに……見張っていたことは反省すらしていません。これからもしますので、そのつもりで!」
「マテや、見張っていたことには反省の言葉無しか! つか、たまに感じてた視線や気配は全部オマエかよっ!」
 文句を並べ立てる牙竜から逃げるように、灯は出店の方へと走っていった。
「さ、今日は折角来たんですから、目一杯遊んでいきましょう! 早く来ないと置いていきますよー」
「あ、まて話はまだ終わって……!」
 慌てて、牙竜は灯を追った。その足取りは、重みになっていた悩みを吹っ切ったかのように軽かった。
(うーん、それにしても牙竜が片思い中とは……予想外でした。おまけに牙竜に想いを寄せている異性が複数いるのも……変わり者の鈍感を慕うものがいるとは、世の中わからないものですね)
 彼女自身もその慕う者に含まれているかどうかは定かではない。
 いずれにせよ、関係は少し変わったかもしれないが、また彼らは歩き出せる。そうして、成長して、ぶつかりあって、一歩ずつでも先へと進んでいけるはずだ。もちろん、そのとき隣にいるのは――

「おーい、あそこの食器さげといてー」
「あ、はーい」
「ちょっと飲み物が足りないんだけど……」
「え、じゃあひとっ走りして買ってきますよ」
 恋愛の伝道師マジカルホームズこと霧島春美は、当初はうぶなカップルにちょっかいを出したり奥手な女の子の手伝いをしたりと影のお手伝い屋さんをやっていたのだが――
(これって何気にパシリなんでは?)
 いまはなぜか大忙しの厨房の手伝いとして食器洗いをしたり注文を聞きに行ったり食材を買出しに行ったり……もはやただのスタッフ扱いであった。
「マジカルホームズは……マジカルホームズはこんなんじゃないのよ〜!」
 律儀にちゃんと買ってきた飲み物を両手に持って、春美は天を仰いで嘆きをあげた。とは言え、やはりスタッフ扱いは変わるはずもなく。
「ねえねえ、ちょっと汗かいたからシャワー浴びたいんだけどさ……」
「へ? シャ、シャワーですか?」
「そう。ここってそういうのないのかな?」
 客の困った顔をして回りをキョロキョロと見回した。
(春美、ここで負けちゃ駄目よ。どれだけスタッフ扱いだろうが、どれだけパシリだろうが、ピンチはピンチ! それを救うのがバニー☆スリー、ひいてはマジカルホームズの務めなのよ!)
 決意に満ちた目でお客さんを見た春美は、ビシっと親指を立てた。
「だーいじょうぶです! ヒーローに不可能はありません! 今ここに温泉を掘ってあげます。幼稚園の時、砂場モグラのはるみんと呼ばれた私です。穴堀なんてちょちょいのちょいよですよ!」
 キランとウィンクをして、春美はどこぞからか持ってきたシャベルを地面に突き立てた。そこからは怒涛の勢いである。可愛らしいヒーローはどこに行ったのか。鬼のような力でガンガン地面を彫っていく春美に、客は厄介なことを頼んでしまったといわんばかりの困惑顔であった。
「うりゃりゃりゃりゃりゃ〜〜〜〜〜!」
 ビシ――割れるような音が鳴った。途端に、土の間から出てきた天然温泉が、春美を吹き飛ばさんばかりの勢いで噴射する。
「ホワ〜! 温泉出たー!」
 噴水のように涌き出た温泉に、取りまく客たちは呆然とするしかなかった。
 振り返った春美の顔は、一仕事終えた職人のそれであり、太陽のように清清しい。
「どーです! ヒーローに不可能はないのです!」
 無論――余談ではあるが、温泉はちゃんと客がシャワー代わりに使ったそうだ。