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第1章 それぞれの恋愛事情と怒りの狼 8

「初めての『ぎゃくなん』を成功させるですよー!」
 パーティ会場の一角で、声高々に宣言する少女がいた。少女は鮮やかな銀色のウェーブがかかった長髪を靡かせて、無邪気な笑顔で気合を込めている。そんな少女の周りには、同じく賛同するように拳を挙げる二人がいた。
「お祭りと言えばーーーー! ナンパだろ? ひゃははははは!! ってことで、俺様ってばナンパ頑張っちゃうぜ!」
「にゃーもなんぱするー!」
 騒がしいとはこのことだ。
 美形ながらも馬鹿っぽく自分を俺様呼びする少年に、猫耳を生やした少女が続く。無邪気な笑顔のオルフェリア・クインレイナー(おるふぇりあ・くいんれいなー)を筆頭に、不束 奏戯(ふつつか・かなぎ)夕夜 御影(ゆうや・みかげ)を含めた三人は言葉どおりナンパを目的にナイトパーティへやってきたのだった。
 その発端となったのは、超絶俺様キャラを貫き通す奏戯だった。
「ところで、ぎゃくなんってどうするんですか?」
「なんだ、そんなことも知らないのかーオルフェちゃん。あいくぁらずかぁーわいーぜ! こほん! では俺様がナンパの極意を教えてやろう!」
「にゃーぱちぱちぱちぱちー!」
 奏戯のナンパ講座が始まったところで、御影がそれを盛り上げるように手拍子を加えた。それに気分が良くなったのか、得意げに奏戯は語り出す。
「ぎゃくなん、ないしはナンパの極意とは、一言に尽きるぜ! とりあえず相手を褒めて、そして仲良くなって、遊んじゃおうってことだ!」
「おおー、友達づくりですね〜」
「みかげもともだちほしい〜」
 奏戯の説明はあながち間違ってはいないのだが、言葉足らずなせいかオルフェリアと御影は歪曲して意味を捉えてしまっていた。とは言え、奏戯的には全く問題はなさそうだ。
「しかーし! 重要なのは男なら女の子、女なら男の子! 異性に声をかけることなんだぜー! あーゆーおーけぃ?」
「お、おーけぃ、です」
「おっけー!」
 無駄に英語を使って話す奏戯にぎこちない返事を返して、オルフェリアはなるほどっといったように頷いた。どうやら、ぎゃくなんというのは「友達作り」の手段であるようだ。ただし、異性の友達を作るちょっとお徳で特殊なものであるが。
 ――確実に間違っている知識を吹き込まれたオルフェリアは、咳払いを一つして改めて宣言した。
「では、改めて……出陣ですー!」
 無邪気な声を皮切りに、ナンパとぎゃくなんへと走るオルフェリアたちだった。
 が、それを見ていたのは一緒にナイトパーティに参加したミリオン・アインカノック(みりおん・あいんかのっく)である。
「おおおおお、オルフェリア様が……逆ナン!? 落ち着いて下さい! オルフェリア様、お祭りですので……我と……一緒に……って何処に!? ああ〜、オルフェリア様、どちらに向かわれるのですか!」
 オルフェリアを神とさえ崇めるミリオンは、自分の命とも言えるその少女がどこかへ駆け抜けてゆくのを追った。なにやら三人で騒がしいと思っていたら、またあの悪魔が馬鹿げたことを吹き込んだに違いない。早く引きとめなければ。
 と、どこぞかに去ったオルフェリアを探し回ってようやく見つけたときには、時すでに遅かった。
「え……と、な、なに?」
「きみのひとみはひゃくまんぼるとですね」
「にゃーたちナンパしてるのー」
 細身のイケメン男性に向かって、オルフェリアは晴れやかな笑顔で奏戯から教えられた決め台詞を口にし、御影は後ろから抱き付いていた。ニコニコと笑顔を浮かべるオルフェリアと遊んでオーラを放つ御影。美しいとさえ言える少女を目の前に、猫耳娘の柔らかな体が密着し、男はもはや理性など吹っ切れんばかりに興奮しかけていた。そう、餌を目の前にした狼のそれだ。
「おお、オルフェリア様っ!? なにを馬鹿なことなさっているのですかーっ!」
 男とオルフェリアの間に、ミリオンは急いで割って入ると、そのままの勢いで彼女の背中を押して土煙を上げてその場を退散した。もちろん、片手には御影を連れて行く。
「にゃー!」
 呆然とする男を残してようやく離れた場所までやって来たら、ミリオンは当然のごとくオルフェリアをがみがみとしかりつけた。背中に黒いオーラをまとってメラメラと燃える瞳は、まるで寮長が生徒を叱るときのそれにとてもよく似ていた。
「まったく、あの悪魔の言うことは信用しなくていいのですよっ! 女の人が逆ナンなんて、ましてやオルフェリア様のような方がすることではありません! いいですか、今後こんなことがあったときは――」
 ガミガミガミガミ……小言のうるさいおばさんのように、オルフェリアと御影を叱り続けるミリオン。だが、それもようやく終わりが見えてきた。
「……ふう、いずれにせよ、ちゃんとパーティなのですから、パーティらしく楽しみましょう」
「パーティらしく?」
「えっと、そ、そうですね……我と……一緒に……回る、とか」
 桃色に頬を染めてどこか歯切れ悪く言うミリオンであったが、それまで怒っていた彼が誘ってくれたのが嬉しかったのか、オルフェリアの顔はぱっと笑みに色を変えた。
「はい、一緒に!」
「みかげも〜」
 こうして、三人は一緒に、今度はナンパなどではなく、ちゃんとナイトパーティを楽しむことにした。ふと、何かを忘れているような気がしてオルフェリアが足を止めた。
「お〜い、俺様を忘れ……ないで……」
 憔悴しきった声が聞こえてきて三人が振り返ると、ボロボロになった奏戯がバタンと倒れこんだ。つまりこれは、ナンパの結果、ということである。
「……いいですか、オルフェリア様。ナンパ、もしくは逆ナンをすると、ああなるのです」
「ナンパ怖いっ!?」
 ミリオンから都合の良い情報を吹き込まれ、それを純粋に信じたオルフェリアは、そんな危険なナンパをする奏戯を、心の中で賛嘆するのだった。