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『ナイトサバゲーnight』

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第一章 戦に向かう

 焦らしているのか惜しんでいるのか。太陽は体部の最後の一欠片を現したせたままに今もなお、沈まないでいた。とは言っても東の空は暗く夜になっており、皆が見ているのは東の空であるが故に今はもう夜であると言っても何らオカシくはないのであるからに―――
 星はまだ見えない夜の空の下、数百に近い小型飛空艇が幾つかに並んでいて、そのうちの幾つかは既にライトを光らせていた。
 十二星華の一人、天秤座のティセラ・リーブラ(てぃせら・りーぶら)は胸を張って姿勢良く、皆の先頭を切って蒼空学園の飛空場に現れた。
 ヒールの先がアスファルトに刺さる勢いで歩んでいるのに、彼女の歩みは速かった。同じくヒールを履く宇都宮 祥子(うつのみや・さちこ)は、何とかどうにか追いてティセラに呼びかけた。
「ちょっとティセラ! とりあえず落ち着きましょう、深呼吸しましょう!」
「これが落ち着いていられますか! 一刻も早くパッフェルを止めるのです!」
 同じく十二星華の一人、蠍座のパッフェル・シャウラ(ぱっふぇる・しゃうら)が無断でサバゲーをしようとしている事を聞き知ったティセラは、大いに息を荒げていた。目もずっと据わりっぱなしで……鬼気迫るその迫力に負けてなるものかと、祥子はグッと拳を握って投げかけた。
「直にサバゲーの開始時間になる、下手に近づいたら私たちも巻き込まれるわよ」
「もとより参戦するつもりです! 一気に制圧して連れ戻しますわ」
「参戦って…本気なの?」
「当然です」と応えたティセラの瞳は一つも揺れる事なくギラついていた。
 ティセラが更に速度を上げたので、追っていたセイニィ・アルギエバ(せいにぃ・あるぎえば)は完全に走っていた。そうしなければついてゆく事は出来なかった。
 リーン・リリィーシア(りーん・りりぃーしあ)も駆けながらにセイニィに併走して、彼女に尋ねた。
「ねぇねぇ、パッフェルさんがイルミンスールの森でサバゲーをするのって、そんなにマズイことなの?」
「もちろんよっ! って、私もティセラに教えられたんだけどね」
 セイニィは苦笑いを浮かべた。「無許可ってのが、そうとうマズイみたいでさ。ほら、あたしたち、まだ監視されてる身だし」
 瞬きにセイニィが瞳を伏せたのをリーンは見逃さなかった。先の西シャンバラ王国建国の際、セイニィティセラパッフェルの3名は西シャンバラ王国のロイヤルガードの一員となった。今や国民の為にと尽力する彼女たちであったが、彼女たちへの反逆の疑いが完全に消えた訳ではない。だいぶ緩和されたとは聞いていたが、どこへ行くにも何をするにも隊員の同行を求められるという。『監視されている』という彼女の認識は、あながち大げさな言い回しとは言い切れないようにも思えた。
「いや待て、それならなおさら―――」
 ティセラの半歩後ろを併走するエヴァルト・マルトリッツ(えう゛ぁると・まるとりっつ)が慌てて言った。「そもそもサバゲーにティセラさんが参加するのもマズイんじゃ……」
「厳密に言えばそうですわね」
「そうですわね…って。貴女の立場が悪くなるなら、俺は貴女を行かせるわけには―――」
「心配いりません、外出の許可は取ってあります、それに。これだけの兵力があれば勝負はすぐにつきます。皆さんも参加して頂けるのでしょう?」 
「それは、まぁ……しかし飛び入りの参加なんて…準備も万全ではないし地の利は期待できない……(ブツブツ)」
 エヴァルトが懸念材料を探しては転がしている横で芦原 郁乃(あはら・いくの)が小さく手を挙げて訊いた。
「あのさ、。ミイラ取りがミイラに〜、なんて事はないかな?」
 郁乃は勝負がすぐにつかなかったとき、続ける事でティセラもサバゲーにのめり込んでしまうなんて事は〜と心配したのだが、
「ありえませんわ」と一蹴されて郁乃は口を閉じた。雪国でもないのにティセラの息は白くに見えて、頬はプリプリと膨れていた。
 偶然にティセラたちを見つけて同行する事を決めた者を含めて、一行はそれぞれの『小型飛空艇』に乗り込んだ。
「あれ? そういえば」
 リーンがふと思い出した。パートナーである緋山 政敏(ひやま・まさとし)が今まさにパッフェルと共にイルミンスールの森に行っているはず。目的はもちろん、サバゲーに参加する為である。
「ティセラさんが森に向かう事……教えた方が良いかな?」
 幾らか考えてから、リーンは携帯電話を取り出した。おかげで飛空艇の離陸は最後になってしまったが、殿を務めて後を追った。
 ティセラの『小型飛空艇』を先頭に、一行はイルミンスールの森を目指して夜空を駆け始めた。



 シャーロット・モリアーティ(しゃーろっと・もりあーてぃ)は携帯電話を耳にあてながら、凛とした瞳を宙に向けていた。
 パッフェルがイルミンスールの森でサバゲーを行うなら、その許可はザンスカール家に取る必要がある。盟友であるセイニィの為にも、しっかりと話を通しておこうと考え、連絡を入れたのだが……。
 概要を話し終えたとき、電話口から返ってきた言葉は予期せぬものだった。
「あなたも『ミルティルテイン騎士団】』の方ですか?」
「ミルティルテイン…騎士団?」
「えぇ。たった今、別の電話なのですが、同じようなことを仰る方がいらっしゃいますので」
「…………あの、よかったら代わってもらうことはできませんか?」
 正に今、相手も電話をしているはずである。連絡先を聞いて、かけ直すことを考えたが、ザンスカール家の女性は『すぐにシャーロットの電話に相手の回線を繋ぐ』と応えた。回線同士を繋ぐとは、一体どんな仕組みなのだろうと思ったが、本当にすぐに電話は繋がった。
 電話に出たのは、コミィニティ『ミルティルテイン騎士団』の一員であるフレデリカ・レヴィ(ふれでりか・れう゛い)だった。
「同じく『火消し』をおこなってくれる人が居るなんて。感謝します」
 回線を繋ぐだけでなく、状況も伝えてくれたようだ。これならばすぐに本題に入れる。
「火消し、と仰るという事は、パッフェルの件という事でよろしいのですよね?」
「そうです。時期を考えれば、新しい『火種』を作るのは避けるべきだと考えますので」
 『火消し』の次は『火種』と言った。シャーロット同様にフレデリカも事態を深刻に考えているようだ。
「ザンスカール家には『ミルティルテイン騎士団の夜間軍事演習』を行うと申請しておきます。完全に事後報告になってしまいますが」
「そういう事でしたら私は高根沢 理子(たかねざわ・りこ)へ報告を入れます。ティセラが何らかの連絡をしているとは思いますが。場合によっては『ミルティルテイン騎士団』の名を出してもよろしいですか?」
 彼女はこれに首を縦に振った。これで西シャンバラと東シャンバラへの根回しを手分けして行う事ができる。それぞれが己の案件に全力を尽くすだけで良いのである。
 事態の拡大を防ぐべく交渉は、水面のすぐ下で順調に始まったようである。