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リアクション
8
キリカが手を握り始め、どれくらい経っただろうか。
「……帝王、といったか……」
天井を見ていたチェリーが最初に発したのは、この一言だった。そういえば、帝王……間違えた、ヴァルは本名を名乗っていない。キリカが帝王と呼んだので、生真面目にそれが本名だとでも思ったか。
「ああ、そうだ。話せるようになったか」
そして、ヴァルは特に訂正を入れなかった。
「お前達は……知っているのか……? 山田太郎の死に様を……」
「伝聞で聞いただけだが、知っている」
「俺も現場にはいなかったが、映像は確認したからな。話の内容は、やはり伝聞になるけど……」
ヴァルと正悟がそう答えると、チェリーは言う。
「……教えて、くれないか……?」
「……いいの? 今聞いちゃって、平気?」
気遣う菫に、彼女は微かに頷く。
「知りたいと言っているのだ。教えてやればいい」
エミリアが言い、それを皮切りに彼等は知り得た事を説明していく。火あぶりにされ、動けなくなった所を刀で突かれた。口で説明するのも辛いそれは、無残としか言い様がない死に方だった。
しかし、彼は悲劇の犠牲者ではない。加害者なのだ。その際に太郎の語った剣の花嫁への侮蔑の言葉も、省かずに話す。
「その台詞が無ければ、もしかしたら……いや、もう意味の無いことだな」
話を聞き終わったチェリーの目尻から一筋、涙が流れた。
「ひどい……」
菫が堪えられなくなったように悔しそうに俯いた。パビェーダも、内心で彼女に共感していた。そこで、引き戸が開く。看護師を探すのもまどろっこしかった彼とリネンは、病室の戸を片っ端から開けて確かめていたのだ。皆も、後から急いで追いかけてくる。廊下は走らないという言葉は都市伝説だ。新たな訪問者達に、菫達は緊張する。味方か、敵か――
「……チェリー、なの……?」
「……お前、たちは……」
チェリーは、ラスとピノ、リネンとユーベルを見た。全員で室内に入る。
被害に遭った2人は、それぞれパートナーを連れてベッドの脇に立った。涙に濡れたチェリーの頬を見て、ラスは言う。
「……涙、ね……くだらねーな」
「!?」
病室内に緊張した空気が走る。共に活動していた人間が死んだ。その傷心の娘に何てことを言うのか、と。
「誰かに害を加えるという事は、自分達も害される可能性が高いという事だ。それとも、てめーらだけは安全だとでも思ってたのか? その位は受け止めろ。泣いて同情誘ってんじゃねーよ」
「お、お兄ちゃん……!?」
さすがに驚いて、ピノが見上げる。チェリーはラスから目を逸らし、ピノに視線を移す。
「……元に、戻ったのか……。バズーカで……?」
「あたしは自力で戻ったよ! こっちのおねえちゃんは知らないけど……」
「……バズーカよ……」
ユーベルの代わりに、リネンが言う。ピノの答えを聞いて少し悔しそうにしていたチェリーは、その言葉で安堵したような顔をする。剣の花嫁に自力で戻られるのが余程嫌らしい。トラウマか。
「なぜ……剣の花嫁を……?」
「…………」
チェリーは答えようとしない。答えられないのか、長く喋る気力が無いのか。
そこに、看護師の声が割り込んできた。誰かを案内してきたようだ。
「ここだよ。……おや、いつの間にか人が増えてるね。戸が開いてたのはそれでか。まだ容態が良くないから、無理させないようにしておくれ」
彼女が場所を譲ると、輝石 ライス(きせき・らいす)と紫桜 遥遠(しざくら・ようえん)と合流した緋桜 遙遠(ひざくら・ようえん)と緋桜 霞憐(ひざくら・かれん)、遠野 歌菜(とおの・かな)と歌月崎 羽純(つきざき・はすみ)、が入ってきた。彼等は病室に漂う緊迫した雰囲気に驚いたように足を止めた。遙遠達は表情を引き締め、ここまで明るく皆を引っ張ってきた歌菜も、不安そうに顔を曇らせる。
そして、6人の中で1番に病室に入ってきたライスは、チェリーの姿を見て束の間呆然とした。力無く、感情すらも磨耗しているように見える彼女を、殴ることなど出来ない。
近付いて、名前を訊く。
「チェリー、でいいんだよな?」
「……そうだ……」
「確認するぜ。おまえは今日、空京のデパートでテロを行った。剣の花嫁をおかしくさせるバズーカを使って、沢山の花嫁達を攻撃した。間違いないか?」
「……ああ……」
そこまで聞くと、ライスは改めて本題に入った。
「どうして、こんなことしたんだ? オレ達はまだ、それを知らない。教えてくれ」
「……そんなこと知って……どうする……?」
「知らなきゃ、納得出来ないだろっ!」
「…………」
ライスをちらりと見たチェリーは、少し自嘲気味に笑った。話したら、彼は、彼等は自分を許すのか。誰かの為などではない、ただ、己の為だけの行為であったというのに。
(何故知りたがる……? 私を、はっきり仇と認定したいのか? あの女もそうだった。何故、理由を求める……?)
「何が、おかしいんだ!?」
次第に激昂していくライス。彼の言葉を継ぐように、羽純が静かに言う。
「……答えるべきだ。お前には、その義務がある。そうじゃないか?」
「……義務……?」
「それを怠り、病人だと同情を引くのは違う気がするがな」
「ちょっと……羽純くん!?」
お礼を言いたいという歌菜の気持ちも分かる。感謝もしている。だが羽純は、した事自体は許せなかった。そして彼女の態度は、根性が曲がっている――反省していないと彼の目に映ったのだ。
言葉の刃で抉り、矯正を促す意味も込めて、羽純は言った。少しのお仕置きは、やむをえない。
「理由は俺も知りたい。何故なのか、そして、どうしてこんな事を出来る神経を持ち合わせているのか、な」
ラスとリネンも、チェリーに質問をぶつける。
「目的は何だ? あの鳥に妙な細工して監視させて、何をするつもりだったんだ? 俺達を、どうするつもりだった?」
「あなた……反省は、しているの? ……ユーベルを見て……何も思わないの……!? あなた達のせいで、ユーベルは……」
「……だから何だ……反省など……こうするしか、なかった……」
「この……っ!」
ライスは思わず、チェリーの胸倉を掴んで、叫んだ。
「お前にもパートナー、いるんだろ。そのパートナーが攻撃されたらどうするよ」
「……私のパートナーは……死んだ……!」
「なら、尚更だ! それが分かるなら、オレがどうしたいか、わかるだろ!」
強く拳を握る。その時。
「待って下さい」
遥遠が、ライスを制止した。
「この薬を飲ませましょう」
「それは……」
遥遠は、突然出てきた薬品に怪訝な顔をしている皆に対して、薬の説明をする。
「『素直になれる薬』です。これを飲めば、色々と話を聞きやすいと思いますよ。えっと……霞憐、飲ませてくれますか?」
「え、僕?」
霞憐は自分を指差して目をぱちくりとさせた。何で、自分で飲ませないんだろう……? まさか、これがホレグスリで、チェリーが遙遠に惚れたら嫌だからという理由だとは思いもしない。まあ、無理もない。
「別にいいけど……」
霞憐は、素直に瓶を受け取る。受け渡しの際、遥遠は霞憐に耳打ちした。
「姿が変われる機会があったら、私にも大人の姿見せて下さいね、霞憐♪」
「え、えー……?」
いきなり言われ、霞憐はびっくりして戸惑った。ともあれ、薬を飲ませようとして――
――ばしゃり。
そこで、冷たい水が掛かってきて霞憐は動きを止めた。
「な、何だ?」
きょろきょろと上を見上げると、遥遠と羽純、ラス、リネンとライスも同じ状態になっている。ヴァルが花瓶の水を後ろからぶっかけたのだ。皆、チェリーを責めたり質問したりしていた連中で、しかも都合が良い(?)ことに全員同じ側にいた。おかげでチェリーには被害が無い。
「お前……」
「っ! なにすんだよ!」
ぴき、となったラスはともかく、吠えるように抗議するライスにヴァルは冷静な口調で言う。
「攻撃する時は攻撃される事を想定しろ、だったな。なら、これも受け止めるべきだな? 女性一人に対して、お前らは何をしている。これだけの人数に囲まれて質問責めされる彼女の気持ちを考えろ。しかも、薬を飲ませて無理やり話させようとするとは、言語道断だ」
「…………」
ライスは、しばし驚いたように彼を見ていた。次いで、病室に集まった面々を見やる。既に10人を超えていた。徐々に、冷静さを取り戻していく。
「頭が冷えたか? これで風邪でも引けばめでたく入院できるぞ。話もゆっくり聞ける」
「ちっ……」
ヴァルを見詰めていたラスが身を引いた。正論だけに、それ以上の抗議が出来なかったのだ。しかしリネンは、頭についた花も滴る水もそのままに、怒りのこもった声で言う。
「……彼女の気持ちなんて……関係無い……だって……だってユーベルは……こんなにひどい事をしたのに……! ……ユーベルの心の傷が、直らなかったら……!」
「……それに関しては、俺は何も言えない。気の毒だとは思うが、それも余計だろう。問い詰めたい心も、答えを得たい心もわかる。しかし、今は……そのやり方は、駄目だ」
「どうして……」
「今の彼女からなら、確かに情報は得られるだろう。……だが、それで残った彼女はどうなる? 目的の為に言いなりにして、利用して、ポイ。それでは鏖殺寺院と同じだ」
「っ……! 一緒にしないで……!」
リネンが反駁し、そして――
「……剣の花嫁は、生きる人形みたいなものだ」
チェリーが静かに、抑揚の無い声で言った。
「山田太郎はそう言っていた……。大砲のエネルギー源として使われる存在、誰かの心を手慰める為の存在、武器を提供する存在……混乱を起こすのに、尤も人を傷つけない存在……むしろ、居なくなったほうが、いい……」
「人形……。居ない方がいい、だと……?」
「研究成果を試すのにも丁度良かった……」
その時ラスは、自分の血管が切れる音を、確かに聞いた気がした。今、何て言った? よりによってピノの前で、こいつは何と言った? 鏖殺寺院と同じ。その通りだ。だが、それが――何だ? 何の問題がある?
ほぼ無意識に、腰のナイフへと手が伸びる。
「……ユーベル」
リネンに言われるままに、意志の無いままに、ユーベルは光条兵器を出す。
「あなたに喋る事は、もう一つもないわ……」
光条兵器を掴み、リネンも、容赦なくチェリーを殺す気で大剣を振り上げる。
狙うのは――
「殺しちゃ駄目だ! ラスさん!」
「だ、駄目ですわ! 二人とも、やめてくださいまし!」
武器がチェリーを裂こうとする直前。
エースがラスの腕を掴み――
――我に返ったユーベルが叫ぶ。2人をまとめて抱くように両腕を回し、全力でベッドから離そうとする。
「怒りのままに殺してしまえば……リネンやラスさんの心が……ピノさんが……っ!」「……っ!」
先に動きを止めたのはラスだった。正悟が持っていたコピスで、鎖ごとナイフを弾き飛ばす。リネンはまともに話をしたユーベルに驚き、攻撃態勢のままぎこちなく彼女を振り返った。
「ユーベル……? 今……」
「あたしは大丈夫ですから……! 人を殺めては駄目です……!」
「…………」
リネンの腕から力が抜ける。光条兵器が床に落ち、零れたままの水がぴちゃんと跳ねた。
「……お兄ちゃん……何、やろうとしたの……?」
「ピノ……」
ラスはユーベルの手をどけて、呆然と立っているピノに近づく。ピノは泣きそうな表情で、手を胸に当てていた。それが怒ったような顔になり、顔を寄せるようにちょいちょいと指で示す。
意図が読めないまま、床に膝をつく。その途端、ピノは思いっきりぐーで殴った。
「…………!?」
「……もう! 馬鹿ばかバカBAKA! だから子供だって言うんだよ! あたしを人殺しのパートナーにするつもりっ!?」
「…………ごめん、ピノ。でも、俺は……」
「でもも何もないよっ! そんなの……あたし達を誰がどう思おうと、どうでもいいよっ!」 お兄ちゃんだって、そうでしょ!?」
「…………」
そう言われれば、それ以上は何も言えない。とうとう、ピノは泣き出し始めた。ひっくひっくとしゃくりあげながら、言う。
「あたし、もうこんなの、イヤだよう……」
そして、病室を飛び出していった。
「ピ、ピノ!」
廊下に走り出たラスを、ケイラと社、エース達、明日香達が追いかけていく。病室の中に、気まずい沈黙が流れる。誰もが、次に何を言えばいいのか分からなかった。どれだけの時が経ったのか。それ程は経っていなかったのかもしれない。唾を飲む音さえ聞こえそうな静寂を破ったのは、菫だった。
「何……? 何なの?」
一連の動きをショックを受けたように見ていた彼女は、そこで怒りを爆発させた。
「もう、1人死んでるのに……それを更に、まだ殺すなんて……そんなに、そんなに命って軽いものなの? 違うでしょっ!?」
ニュースを見てから、ずっと思っていた事。ずっとずっと、胸の内で抑えていた事。
「何で殺す必要があんのよ! 何で、チェリーが……山田が死ななきゃならないの!?」
「菫……チェリーの前で大声は控えた方がいいわ」
「だって……!」
パビェーダに諌められ、菫は唇を噛んで俯いた。あまりの剣幕だったから抑えるために言ったが、パビェーダも菫に共感していた。菫がこういう人間だからこそ、彼女のパートナーになった。自分もかつては、危険な存在として封印されるほどの存在だった。命を摘み取っていたその過去が消えるわけでは無い。しかし、今は――
自分達に力があるからといって、殺すことはよくない。
菫の影響を受け、そう思っていた。
俯いたまま、菫は言う。
「……今回の事件は、そこまでの事じゃないじゃない……」
「……あなたは……被害を受けたの……!? ……受けたら、そんな事……!」
「そりゃ、あたしは当事者じゃないわ。でも、1つだけあたしでも言える事がある……!」
反駁したリネンに、そしてその場にいる全員に、菫は言った。
「あんたらのパートナーで、今回のことで誰か一人でも死んだりしたやついたの?」
病室に沈黙が落ちる。
確かに今日、被害者の中から死者は出ていない。死んだのは――たった、1人。
「パートナーの死が何をもたらすか知らないわけじゃないだろっ!?」
「……それは……でも……」
言い淀むリネン。そこで、別の部屋に行っていた院長が戻ってきた。
「何があったんじゃ? 大きな声を出して……おや?」
そこで、院長はのんびりとした口調でとんでもない事を言った。
「あの子は、どこに行ったんじゃ?」
「え……?」
その言葉に、皆は改めてベッドを見る。いつの間にか、チェリーの姿は消えていた。
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