リアクション
第三章 カウントダウンイベント 6
「リースさん、綺麗でしたね。とても幸せそうで。同じ女官だった身として、嬉しいです」
別の離れで御花実様の度会 鈴鹿(わたらい・すずか)が貞継に酒を注いでいる。
貞継は少し唇を濡らし、鈴鹿に尋ねた。
「お前も花嫁衣装を着たかったのか?」
「え? それは……私はただの女官でしたし、今はあの子もいますから」
鈴鹿は自分の胸をちらと見た後、前方を見る。
視線の先には、すやすやと寝息をたてている赤ん坊がいた。
まだ薄い柔らかい髪には可愛らしいリボンがつけてある。
名前は珠寿姫(すずひめ)といった。
貞継にとって初めての女の子である。
「あの子は目許が貞継様にそっくり。成長したらきっと、灯姫様のように美しい姫になるでしょうね」
「姉上のようにか……それはそれで、色々と心配だが」
灯姫は貞継の腹違いの姉であるが、鬼の力を世間から遠ざけるため、長年マホロバ城の地下座敷牢で閉じ込められていた。
珠寿姫に鬼の血が濃く出るようであれば、同じ運命をたどらせてしまうのか。
二人はあえてそのことには触れず、珠寿姫の寝顔に見入っていた。
「この子もいずれ嫁ぐ日が来るのだろうな」
貞継のしょんぼりした表情をみて、鈴鹿は料理を小皿にとって並べてやる。
「年頃になれば好きな殿方くらいできますよ、貞継様」
彼の手を取って箸を握らせる。
そのとき貞継の手の甲にそっと自分の手の平を重ねた。
「好きな人の側にいられれば……女はそれだけで幸せです。それだけで……」
この言葉そのものが彼女の本心だった。
ぱさ……
貞継は珠寿姫が握っていた手拭をそっと外すと、鈴鹿の頭にかけてやった。
「あの……貞継様?」
「順序は逆になったが、祝言くらいは挙げられよう……介添人は一人だけだがな」
そう言って、織部 イル(おりべ・いる)を呼ぶ。
「せっかく二人きりで過ごせるようにお膳立てしてやったのに……まあ、そういうことなら、わらわが引き受けよう」
イルが酌をし、二人で杯を交互に飲み干した。
小さな杯の酒に映る自分と貞継の横顔……。
鈴鹿は頭の片隅で、このまま夢なら覚めないでほしいと願っていた。