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ぶーとれぐ ストーンガーデン 黒と青

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第一章 消えた死体

ニコ・オールドワンド(にこ・おーるどわんど)

僕の名前は、ニコ・オールドワンド。
自己紹介はこれだけ。あとは勝手に調べろよ。
このキューブには、僕の心の声や、暗い気持ちを詰めこんでおくから、いつか、これを開けて中をのぞいたやつが、どうなっても僕は知らない。

「わかったね。ナイン。
おまえは誰か一人、ここの住人をさらってくればいいんだ。
あんまり抵抗するんなら、そいつは殺して、別のやつにしちゃっていいよ。
殺したやつは、顔にルーン文字を書いたり、頭にナイフを突き立てたり、派手な飾りつけをして、そこらへんの木にでも吊るしておこう」

「キシャシャシャシャ。イカれてんなあ、相棒。
こんなつまんねえテーマパークへやってきて、また殺人鬼ごっこかよ。
俺もそろそろパートナーの鞍替えの次期かねぇ」

「好きにしろ。
僕とさよならする気なら、マジェともパラミタとも、この世界のすべてと決別だね」

バチバチバチ。
手の平に青白い火花がはじける。
僕は、雷術の準備をした。最近は、黒魔術の練習と研究をすごくしてるから、ナインを殺すくらいの雷撃は予備動作なしで、すぐにだせるんだ。

「ま、待てよ。
俺は、おまえのパートナー、マブダチのナイン・ブラック(ないん・ぶらっく)様だぜ。
殺してどうするよ。
落ち着け、ニコ。
どうも、この頃、おまえはしゃれがきかねぇなぁ。
善も悪も、思いつめるタイプのやつは、早死にするぜ。ボチボチいこうじゃねぇか」

「イヤだ。
この期に及んで自分を様づけで呼ぶのが気に入らないよ。
死んでよ、ナイン」

「おい、やめろ、バカ野郎。
いい加減にしろ。しっしっ」

あわててナインが僕から離れる。
ゆる族の黒ネコのナイン、おまえといると楽しいよ。

「ははははは。
愉快だなあ。
冗談に決まってるだろ。
こっちへ戻っておいでよ。
僕がパートナーのおまえをいじめるわけないだろ。
ね、僕はこうしてジョークを言える余裕があるんだ。
大丈夫だろ」

「目が笑ってねぇ。
全然、OKじゃねぇよ」

「僕を信じてくれないのかい」

「つうかよう。帰ろうぜぃ。
おまえの気持ちはわからねぇでもねぇけどさ。
ここで暴れてあの魔術師野郎に一泡ふかせてやりたいんだろ。
ようするに、リベンジだよなぁ。しっかし、そいつは、まだちぃっとだけ、早すぎませんかね?
キシャシャシャシャ。
お相手は、二十世紀最大の魔術師だぜ。
な。わかるだろ」

「いまは二十一世紀だよ。
それにここは地球じゃない。
彼の栄光は過去のものさ。僕はそれに気づいていない彼に教えてあげたいだけなんだ。
クロウリー、きみの時代は終わったってね。
ナインは、彼を認めて、僕をけなすんだ」

「ち、ち、違うよ。
だからな、もっと、発想を転換してだな。
明るいことをしねぇかっ」

つまりナインは、策を弄さずに、チェーンソウを抱えて手当たりしだいに無差別殺人でもしろって言うのかい。
ストーンガーデンの通り魔ニコ・オールドワンド。
悪くないかもね。

「わかった。
得物を用意してくれ。斧とか、パールとかさ。
派手にいこうじゃないか。ナインもダイナマイトくらいは全身に巻いてくれるよね。
コケ脅しにさ。
最後の最後まで火はつけないから安心して」

「はん?
バカか、てめぇ。
ほんとにどうかしちまってんじゃねぇのか。あーん」

「そこのお兄さんたち、なんの相談ですか」

愉快な相談をしていた僕らに話しかけてきたやつがいる。
帽子を目深にかぶり、濃いサングラス、マスク、マフラー、襟を立てたロングコート。
肌がほとんど露出してないね。
わざとだろうけど、男か女かわかんないヘンな高い声。
ガスでも使ってるの。

「きみは、もしかして透明人間」

「いいえ」

こういう普通でない人には僕は優しくなれるんだ。

「僕になんの用。
ここではいま、殺人が起こっていて、へたに出歩くと危ないらしいよ。
犯罪者よりも危険な探偵もたくさんきてるしね」

「殺人ですか。
いやねぇ、実は、私がその犯人なんですが、それと対面したあなたの気分はどうかと思いましてねぇ〜!!」

え。
なんでだろう。僕はその人工的な明るい声につられて笑みを浮かべていたんだ。
握手を求めるみたいに、手もさしだしかけてた。
犯人がスプレー缶の噴出口をこちらむけ、白い霧が僕の視界を覆う。

「あああっ」

目。
目が。
直撃を受けた僕は、倒れて、地面を転げまわる。
痛い、痛いよ。僕の目が。



僕は、光を失った。
でも、いいんだ。心地いい闇の世界が僕の周囲にはひろがっている。
かくして世界は闇に満たされた。
僕は、それに抱かれてるってわけさ。

「おい。ニコ。
なに笑ってやがんだ。
ガチでなんにもみえねぇのか」

「見えるよ。
暗闇が。
世界の本当の姿がね」

「あーったく。
つける薬ねぇたあ、おまえみたいなやつのことだ」

「ニコさん。すいませんでした。
自分は、こげなたいそうなことしでかすつもりは」

「きみは誰?」

「許してつかあさい。あんたから視力を奪ったんは自分です。
殺人犯人のフリをして、このガーデンで強盗をするつもりだったんですわあ。
あのスプレーもこげん強力なもんとは知らんで。
マジェのダウンタウンで怪しい親爺から買った時にゃ、こんな効力があるとは聞かんかったんじゃが。話が違うぞな」

低い声だね。男、女、どちらかな。

「別に僕はうらんでないよ。
逃げていい。
追う気もないし。新しい世界をありがと。さよなら」

「ニコ!」

ナインは、耳元で怒鳴ってうるさいなあ。

「ニコさん。いや、ニコ。
いきなりでなんですけんど、自分は、あんさんに惚れちまいました。
これからは、自分、ルメンザ・パークレス(るめんざ・ぱーくれす)をあんたの目、手足として自由に使ってくだあさい」

はは。
闇世界の人たちは、元いた世界よりも僕に優しいみたいだ。
涙がでそうさ。

「ねえ、パークレス。
急にそんなふうに言われても、どうこたえればいいのかわからないよ」

「どげんすれば、信じてくれるのかのう」

なんでこの子まで泣きだしそうな声をだしてるんだ。

「強盗がしたいのなら、いまの僕からならなんでも盗れると思うよ」

「一目惚れじゃ。
自分はいま、運命を感じとるけんのう。
ニコから離れとうないんじゃ」

「困ったな。
どうする、ナイン」

「知るかよ。
この男女より、目の治療が先だろ。
空京にゃ腕のいい眼医者もいるだろ。
引き上げるぞ」

「自分をおいていかんでくれ。
なんなら自分もこのスプレーを目にかけて罰を受けますけん。
見捨てんでくれんさい」

それはかんべんだ。そんなの僕にはなんの得もない。

「パークレス。
僕は、気にしなくていいから。行けよ」

「愛しとるんですっ。
服を脱いで覚悟みせますけん」

「キシャシャシャ。
おもしれぇ。脱げよ。全部だぜいィ。
脱げば、男か女かはっきりするしな」

「はい。
ナインも、自分の決意をよく見てくれんさい」

「やめろよ。人目を引くだろ。
ここで僕の手足になりたいなら、目立つな!」

「わかりました!」

チッ。

パークレスのうれしそうな返事と、ナインの舌打ち。
あれ。僕は余計な言葉を口にしたみたいだ。

「まあいいや。
いいかいパークレス。
そこまで言うなら、覚悟を決めてよ。
きみは僕のためになんでもするんだよ。僕の命令がルールだ。
わかったね」

「ご主人様のために命を賭けるんはあたりまえじゃけん。
自分に二言はないけんのう」

「じゃあさ、相談しよう。
殺しか誘拐、パークレスは、どっちが得意かな」

◇◇◇◇◇◇

<ニトロ・グルジエフ>


キース・リチャーズ。
ダブル・アクセル・ローズ。
尾崎豊。
今井寿。
ピート・ドハーティ。
床に座りこんで、ぼんやりと壁を眺めて、俺は、サツに逮捕されたロックスターたちの名前を思い出していた。
これらの名前の最前列に俺の名前が刻まれるわけだ。
殺人犯ニトロ・グルジエフ。
しかも初犯じゃねえし。殺しは、はじめてだけどな。
イエーイ。やっぱ俺は、レジェンドな存在だ。

「ふぅー」

ため息なんかつくんじゃねぇよ。俺。
威勢よく行こうぜ。
物音がした。
ドアが開く。
誰かきたのか。

「西シャンバラ・ロイヤルガードのクレア・シュミット(くれあ・しゅみっと)だ。
しばらくぶりだな、ニトロ・グルジエフ。
昨夜の事件の調査にきた。話を聞かせてもらおうか」

「この人がエイミーちゃんの言っていた「ヘタレ三流ロッカー」さんですねぇ。
芸に行き詰まって犯罪に走ったんですか。
かわいそうですねぇ。
私がなぐさめてあげましょうかぁ。
あらあら、でも、体にさわっちゃダメですよう。
ニトロさんが私の胸をさわろうとしたんで、クレアさんがこわい顔してるじゃないですかあ」

前にも会った軍人ネエちゃんが、ロリ少女を土産に連れて面会にきてくれた、ってとこか。

「俺のためにわざわざ悪りぃな。クレア、会いたかったぜ」

バン。
クレアのやつ、いきなり机を叩きやがった。

「私を呼ぶ時は、さんか、中尉を下につけてもらいたい。
私も、あなたをニトロさんと呼ぶがそれでいいか」

かたっくるしい女だぜ。シャンバラ教導団様。これだから、軍人さんは面倒なんだよ。

「ニトロでいいよ。中尉殿」

「私は、パティ・パナシェ(ぱてぃ・ぱなしぇ)
私のことはパティでいいですよう。
ニトロさんは、クレアさんの話を真剣に聞かないと大変なことになりますよ。
ただの社会不適合者から重犯罪者へ症状悪化ですう。
私が見守っててあげますから、クレアさんの質問に素直にこたえてくださいねっ」

「はいはい。アメとムチってやつですか。
どうぞ。オペレーションを開始してくださいな」

「失礼かもしれぬが、私はあなたと長く話す気にはなれない。
では、単刀直入にきこう。
昨夜、事件が起きた時、なにをしていた?
おぼえていることをすべて話してくれ」

それは昨日から何度もきかれたんだがよ。

「おぼえてねえんだ」

クレアは、俺の目をまっすぐに見つめた。俺の真意を見極めようとしてるみたいだな。

「これをみて欲しい。
昨夜のライブでのハイパーニトロのセットリストだ。
他のメンバーの証言だと、ライブはリスト通りの曲順で進行していたそうだ。
となると、例え記憶がないにしても、自分がどう行動していたかある程度までは推測できるのではないか。
あなたにとっては、いつも仕事のはずだ。
こういうものでも、慣れた手順があるだろう」

「記憶でなくて推測。
なるほど、クレアちゃんはかしこいねえ」

「ニトロさん。そういう言葉遣いは禁止ですう。
リストをみてちゃんと考えてくださいっ」

「パティがもっとサービスしてくんねえと、俺としてはきついな。軍人姉ちゃんはこえーし」

「早く見ろ」

イテ。
クレアが俺の顔に押しつけたリストは、ウチのバンドのいつものライブとだいたい同じ構成だ。

「俺たちのライブだと、後半の速い曲は客がステージにあがってきたり、俺が客席にダイブするのは、お約束なんだ。わざとそうしてるわけじゃねえが、盛り上がってきて、自然にそうなる」

「死体はライブ中に発見された。曲順でいえば、十三曲めだ」

「Incubusだろ。
あれ演る時は、客席の照明を落として、ステージもかなり暗くなるんだ。
夢の中で女を襲う悪魔の歌だからな。
俺は、普段は、Incubusの時は、ステージからはおりねえ」

「視界が悪い中で客席に混乱を起こしては事故につながるから、か」

「ああ。
多少のトラブルは、ライブの醍醐味ってやつで楽しいもんだけどな。
ひどいケガや、客にイヤな思い出が残るようなパーティは、俺は演りたくないんだ」

「つまり、昨夜も十三曲めでは、客席におりていないというのだな」

「だぶん」

いつもそうだから、そうだろうって気はする。

「興奮しすぎたのか、ライブの途中から記憶がまったくないんだ。
景気づけに飲んではいたけど、量は少なかったのにな。
ここんとこのライブとバイトの連続で疲れたのかもな。
意外に大きな会場だった。そこに客がぎっしり入ってて、こりゃぁ、絶対、盛り上げねえとなと思って、スタートから、俺も、バンドのみんなも飛ばしてたんだ。
客のレスもすごくよかったような気がする」

「会場はIDEALPALCEの大ホールで、クリスマスパーティに参加したガーデンの住民と観光客、スタッフもあわせて約千名がいた。
PALCEの管理人のガーネット氏が知らせを受けて現場に駆けつけた時には、被害者のパール嬢はすでに絶命していた。
そして、パール嬢の横であなたは呆然としていたらしい」

「おぼえてないな」

「おぼえていないのが事実だとしても、それでは捜査はすすまないし、あなたの今後も周囲にいた人の証言でどうとでもなってしまう。
現に、あなたの身柄をこうして拘留しているのに異議を唱えているものもいるようだ」

「さっさと、磔にしろってか。
火あぶりなら、昨日の午後にでもしてくれよ。
クレアさんは、そんな俺を助けにきてくれたわけだ」

「私は、まず、前のアンベール男爵の件がすべて解決したとは思っていない。
少々、さしでがましいかもしれないが、ロイヤルガードの権限で、個人的に、マジェスティックの暗部を調査したいと考えている。
あなたの事件にかかわっているのは、たまたまだ。
誤解しないでくれ。
状況証拠から現行犯として逮捕されたあなたが、ガーデンの自治法で処罰されたり、スコットランドヤードに引き渡されずに、あくまで変死事件の被疑者としての拘留だけで済んでいるのは、ガーデンの四人の管理者たちのはからいだ。
感謝するのなら、彼らにすべきだな」

四人の管理者。聞いたような気がするな。

「ストーガーデンの管理人は、FUNHOUSEのトパーズさん。
IDEALPALCEのガーネットさん。
CHEMELのエメラルドさん。
CATHEDRALのルビーさん。ですう。
全部で二千人くらいの人が住んでるんですよっ。
ニトロさん。もうちょこっと、リラックスしたらどうですかぁ。
私もぼーっとしてる時に大事なことを思い出したりするんですよう。
そうだ。ご飯は食べてますか。
取り調べらしく、カツ丼でも注文しましょうかねえ」

「俺はカツ丼よりも、パティの方が

「パティ。彼はじゅうぶんリラックスしている。
これ以上、気を抜かれたら、まともな会話は不可能になる。
しかし、カツ丼、か。調べてみる価値はあるな」

クレアの口元がかすかにゆるんだ。

「あんた、カツ丼が好物か。
ミリメシ(軍事行動中の携帯食糧)は意外と種類が豊富なんだろ。
和食の丼ものもあんのか」

「初耳ですう。
クレアさん。カツ丼が好きなんですねえ。今度、私が作ってあげますよう」

「その必要はない。
私が気づいたのは、ニトロの昨夜の食事だ。
昨日、パールが殺害されるまで、あなたがどこでなにを食べたのか、教えて欲しい。もちろん、飲み物もだ。
私とパティは、そちらの方面で調査をしてみる。
問題は、ニトロの記憶の欠落が仕組まれたものかどうかだ」

俺がメシにクスリでも盛られたってわけか? そんで意識消失。
セリーヌのメシにやべぇもんが。いや、まさか、それはないだろ。

「グレイト! すげぇ思いつきだな」

「可能性の一つだ。成果は期待しないでくれ。
私たちがこの部屋をでると、あなたは、大ホールへ現場検証に連れて行かれる。
余計な発言をして、捜査を混乱させたり、自身の身を危機に追い込まないように気をつけるのだな」

「食べていいってすすめられても、ヘンなものを食べちゃダメですよう」

その後、俺から昨日の飲み食いについて聞くと、クレアとパティは去っていった。
感謝。感謝。

◇◇◇◇◇◇

<ニトロ・グルジエフ>

両手をうしろで縛られた俺は、ごついお兄さんたちに挟まれて問題のライブ会場を訪れた。
がらんとしたホールだ。
昨日はパーティ用に飾り立てられていた会場は、いまはきれいに片付けられてて、事件の跡を感じさせるのは、床に書かれたチョークの線だけだ。
食べ放題の料理がのったテーブルはもちろん、氷像も、中央にあったどでかいクリスマスツリーも消えてる。

「昨日の飾りは全部、捨てたのか」

「いいえ。ガーデンの別の棟に移したんです。
ニューイヤーパーティもありますからね。
あ、す、すいません」

俺のつぶやきにこたえてくれた若い兄さんが、年配ぽい相方に肩を叩かれた。

「親切に教えてくれて、ありがとな」

一応、礼を言っとく。

「ニトロ・グルジエフくん。待っていました。
昨日、あいさつしたのですが、おぼえてくれていますか。
このIDEALPALCEの管理人をしているガーネットです。
いまの、私たちに必要なのは、事実を突き止めることだと思います。協力してくださいますね」

いきなり頭をさげてきたのは、赤っぽい茶色の瞳のまじめそうな女性だった。
さっきまであってたクレアとくらべると、クレアのは軍人らしい鋼のかたさで、この人のは普通の会社のやり手管理職のかたさだ。
こういうタイプに俺がよく言われるのは、「ニトロくん。きみのバンドのよさは個人的には認めるが、会社としては評価してあげられないな。残念だけれども、レコード会社OR興行会社がやっているのは、音楽ビジネスなんだよ」みたいなお言葉です。オフィスか、応接室でデモCDを突っ返されながらな。

「協力もなにも、俺は、おぼえてないんだよ。
すまいないな。思い出すように努力はするけど」

「お医者様にも診察していただきましたし、ガーデンの自治会、ロイヤル・ガードのクレア・シュミット中尉、あなたにあった方々は、みなさん、あなたの証言にウソはないだろうと言っておられます。
ここへきてもらったのは、あなたに話をきいて欲しい人がいるからです。
彼は、昨夜の事件の目撃者。
事件の現場で彼の話をきけば、なにか思い出すかもしません。
話の途中で気分が悪くなったりしたら、教えてくださいね。
じゃあ、そこに座って」

てきぱきと説明、御苦労様。
俺はイスに腰をおろした。ガーネットが、手招きで二人を呼ぶ。

「こんにちは。ニトロさん。昨夜は、ライブを楽しませてもらいましたよ。
私は、ラムズ・シュリュズベリィ(らむず・しゅりゅずべりぃ)。これはパートナーのラヴィニア・ウェイトリー(らびにあ・うぇいとりー)です。
私たちは昨日、ガーデンのパーティにきていたんです。
観光客として、マジェの入場券と、ここのパーティ参加券を買ってね。
それで、あなたの事件を目撃した、らしいのです」

人のよさそうな男だった。
無精髭をはやし、焦茶の髪をうしろで一つでまとめている。
俺のバンドのファンにしては、ちょいと、年がいってて、オXクっぽいがな。
相方は、顔と両腕にタトゥーを入れた少女だ。
顔のタトゥーは左目を中心にして魔方陣が彫りこまれている。幼くみえるが、こいつ、魔女かよ。

「らしい、というのは、申しわけありませんが、私は持病がありまして、一日ごとに記憶が白紙に戻るのですよ。
後天的解離性健忘です。
ですので、事件を目撃した記憶は、いまの私にはありません。
ただ、私は病気のためもあって、常に日記帳を持ち歩いていましてね。
それに、自分の行動、起きた出来事を詳細に書き残しておくのが、趣味というか、もはや習慣になっているのです。
ここに、昨日のライブ中の記録があります。
ええ。どこでも日記を書くために私はペンライトを携帯しています。
会場が暗くなっても、ライトで手元を照らしながら、これを書いたんだと思います。
声にだして、読みますね。

ハイパーニトロは、マジェでは人気があるだけあって、なかなか勢いのあるバンドだった。
ハードロック?
ヘビーメタル?
ミクスチャー?
音楽のジャンルは私にはよくわからないが、とにかく騒がしく、いい意味で観客を安心させてくれないバンドだ。
ステージ上からマイクで、「てめら、わかってるな。本気でこなけりゃ、ぶっ殺す!」と叫んでいたが、あれはこの会場の客たちには場違いで、大部分の客がぽかんとしていたけれども、しかし、あれくらいは、このバンドにしてみれば、あいさつ程度のマイクということで私は納得してきいていた。
だが、演出とはいえ、バンドメンバーが観客を殺害するようなパフォーマンスは行き過ぎではないだろうか?
私の目前で、女性客の一人がバンドのヴォーカルに殺害された。
ヴォーカリストは、曲の前奏がはじまり、ライトが落ちるとステージをおりて、会場中央付近にいる私たちのところまで闇にまぎれて近づいてきたのだ。
偶然、私がペンライトを手にしていなければ、彼の凶行を目にすることもなかっただろう。
ギター二人、ベース、ドラム、シンセが建物の壁、屋根を吹き飛ばさんばかりに、爆音を響かせている最中、彼は女性のこめかみに銃口をあて、引き金をひいた。
銃声は楽器の音でかき消されて、すぐ前にいる私にも届かなかった。
殺してはいないのか? 
私には、力を失い倒れた彼女は絶命したようにみえたが。
なんの前触れもなく照明を落とし、音楽の爆音で銃声を消して観客を襲うのは、計画的な犯行ではないのだろうか。
彼女がサクラで、これがライブの演出だとしても、生々しすぎる殺人劇を目撃してしまった私のような観客は、決して良い思いを抱かないと断言できる」

「マジかよ。
俺、ヤベぇじゃん。
で、あんたが俺を捕まえたのか」

しっかし、おぼえてねえんだよな。これが。

「いいえ。
犯行後、あなたは、あなたがいるのに気づいた観客たちにもみくちゃにされて、さらに酒に酔ってライブに熱狂していた人たちがあなためがけて殺到したんで、会場は混乱状態になりました。
ライブは中断、会場にはあかりがともされたのです」

「将棋倒しになった客の下から、キミとパールの遺体が発見されたんだよ。
ボクもラムズの横でキミの犯行を眺めてたんだ。ボクらはライブ中断後、すぐにホールをでた。
殺人事件にはまだ誰も気づいてなかったけど、あんまりカオスな空気になったんで、おいとましたさせてもらったよ。
夜中だし、寒いし、疲れてたし、帰るのも面倒だったんで、ここの空いてる部屋に無断でお邪魔して、二人で朝まで寝てたってわけ」

なるほどね。

「彼らの他にもあなたの凶行を見たという人が何人かいますが、誰もこの二人ほどは、はっきりと見てはいないようです」

目撃者多数、か。
もしかして、俺、クロなんじゃね。

「弁解とか、ねーよ。
お二人に、こっちがききたいね。
間違いなく、俺が犯人なんだな」

「記録によればそうなります。
すいません。私は、記憶がなくて」

「事故かもしれないけど、キミだと思う。
ボクは、見たんだ」

「ニトロくん、思い出した?」

ガーネットお姉様に見つめられても、俺には隠し玉はありませんよ。

「ふうー」

「ここが事件現場ですね」

床をむいて絶望のため息をつくと、救いの天使があらわれる。ガーデンには、そんな法則でもあんのか。
顔をあげた俺の前に、緑の髪の正統派かわい子ちゃんが、花束を手に立っていた。

「Angel?」

「百合園女学院推理研究会のペルディータ・マイナ(ぺるでぃーた・まいな)です。
FUNHOUSEの管理人のトパーズさんに事件調査の依頼を受けてきました。
この花束は、被害者への手向けです」

「百合園推理研、か。
また、事件関係者をかっさらって事件を混乱させたりするつもり?
キミはボクとラムズの証言を根拠もなくウソだって決めつけたりしないよね」

ポニテの天使に魔法少女ラヴィニアが食ってかかる。

「俺たちは理由もなく断定したりはしない。
いまのラムズとラヴィニアの話はきかせてもらった。
俺がまず疑問に思うのは、昨夜、ライブの模様は撮影されていないのか、バンドのメンバーはニトロの行動を見てなかったのかって点だ」

「あなたは、ペルディータさんのパートナーさんですか」

ガーネットに聞き返されて、坊やは頷いた。

「はい。俺は、七尾蒼也(ななお・そうや)
マジェスティックの犯罪は、切り裂き魔事件から捜査をしています。
ガーネットさん、俺の質問にこたえてくださいますか」

なんだよ。ペルは男つきか。
こいつ、捜査中に殉職したらいいのにな。

「ライブもふくめてパーティは撮影されていました。
でも、映像はノイズだらけで、とても事件の様子を確認できるものではありません。
建物に使われている様々な石のせいか、ガーデンでは、電気機器が正常に作動しなくなるのは、よくあることなのです。
あなたたちの携帯を眺めてみて。
ほら、通話不能状態になっている人もいるでしょ。
ガーデンでは機械はアテになりません。
捜査するうえで心得ておいてください。
それから、ハイパーニトロのメンバーは、事件当時、みんな自分の演奏とパフォーマンスに夢中で、ニトロさんの行動を把握していた人はいませんでした。
暗いステージ上で、メンバー全員が演奏に集中する曲を狙って、犯行は行われたようです」

「凶器はなんだったんです」

「目撃証言から銃器だった、と思われます。
と、いうのは、会場の混乱にまきこまれたためか、死体の損傷がひどくて正確な死因がまだ特定できていないのと、凶器自体が発見されていないからです。
ニトロさんもそれらしいものは所持していませんでした」

「ここにくる前にマジェスティックの街の人たちに話をきいてみたんです。
ストーンガーデンの持ち主は、あのアンベール男爵ですよね。
あなたたち四人の管理人さんは、男爵の側の人間ですか。
そもそも、なぜ、男爵が所有者なんです。
彼の前には誰が所有していたんですか」

「アンベール男爵は、ガーデンの真の持ち主の代理人です。
私たち管理人の主は、そのお方です。
男爵の前の所有者は、存在しないのではないのではないでしょうか。
地球との関係もあって、マジェスティックにも書上の整理が求められ、結果、書類上の所有者が必要になって、美術や芸術に造詣の深い彼が名前を貸してくれたのだと思います。
しかし、申しわけありませんが、この件については、これ以上はお話できません。私もくわしくは知りません。
ガーデンの住人の中で、真の所有者についてよく知っていたのは、亡くなったパールだと思います」

さすが、推理研だけあって質問責めだな。
俺もちいっと推理してみると、ヤードがこなくて、こいつら探偵たちが捜査にせいをだしてるのは、ガーネットやガーデンの管理人連中が、この事件にヤードを介入させたくない理由があるからなんだろ。
おそらく。

「俺が調べてみたところ、あくまで噂ですが、ガーデン内では今後も事件が続くとの話がまことしやかにささやかれているようです。
形だけであれ、こうして容疑者の身柄が確保されているのに、なぜ、そんな噂が?
ガーデンに伝わる伝説や言い伝えでもあるんですか。
もし、まだ危機が去っていないのなら、住民を避難させて、事件が完全に解決するまで、一部の管理者と捜査メンバーだけがここに住むというのはどうでしょうか」

「殺し合いが続くのは、これがガーデンの権力闘争だからだよ。ボクの依頼人によるとね」

ラヴィニアがぼそりとつぶやいた。
なに言ってんのかきこえねえよ。

「噂。
言い伝え。
七尾くんはすでに調べて知っているかもしれないけれど、ストーンガーデンは元来、シャンバラ人の四つの部族が集まってつくった集落です。
マジェスティック地方の一部落と呼べばわかりやすいかしら。
石工と一口に言っても、建設、装飾、いろいろ種類があるでしょう。
それぞれ違う技術を得意とする石職人たちの四つのグループがここで共同生活をはじめたのが、ガーデンのはじまりです。
ガーデンが部族ごとの四つの区域、棟で構成されているのは、当時からいまも続く伝統。
そういう場所なので、伝説や昔話もたくさんあります。
ガーデン全体、それに部族ごとにも。
私は、直接、今度の事件を連想させるような言い伝えは知りませんが、メロン・ブラックがマジェスティックを支配していた頃には、彼の部下や時には彼自身がガーデンを訪れたりして、一部のものたちを相手に怪しげな講義を開いていたとの話はきいています。
彼らなら禍々しい話をたくさん知っていたでしょうね。
なんの講義をしていたのか、実体はわかりません。
住民の避難については、いまお話したようにガーデンは部落です。
ここの住民たちは、みんな、この地に住みついた石工たちの子孫、血族なのです。
私たちは先祖代々、住民全員でこの地を守ってきました。
ここを襲う危機があるのならば、四棟の住民全員で団結して戦います。
それに、二千人もの人間をどこに避難させるのです。
ヤードには入りきりませんし、ロンドン塔の跡地にテントでも張りますか。この人数をまとめて収容できる施設といえば、マジェスティックでは屋根つきのウェンブリースタジアムぐらいしか思いあたりませんね。
グラウンドで避難生活を送るよりも、住み慣れた場所で警戒しながら暮らした方が、安全ではないでしょうか」

「わかりました。
質問にこたえてくださって、ありがとうございます」

「いいえ。捜査への協力は私の当然の義務です。
ガーデンにお招きしたあなた方、捜査メンバーは、捜査が終わるまで全員、ガーデンのゲストルームに逗留していただきます。協力は、惜しみません。
なんでも聞いてください」

対応は落ち着いていてビジネスライクだが、ガーネットの態度には事件解決への情熱が感じられる。
秘めたる静かな決意というか。
さっきの話からすると、ここで生まれ育って管理人をしている彼女は、やっぱり、ガーデンにかなりの愛着があるんだろうし。

「ボクとラムズも泊まっていいの?
昨日の宿泊代金は、どうしよう」

「もちろん逗留してください。
昨夜の分の代金はお支払いいただかなくて結構ですよ」

「ありがと。
ニトロの件は、見たままを話すしかできないけれど、ボクとラムズも自分たちになりに事件を調べてみるよ」

「すいません。お力になれればと思います。
ニトロさんにしても、私は別にあなたに他意はありませんから、無罪なら無罪でいいと思うんですよ。
大事なのは事実ですから。
私の記録にもとづいた、あなたの犯行説ばかりでなく、別の側面から事件を調べるのも必要なのではないでしょうか」

「それは、しなくていいことかもしれないよ。
ボクはそう思うな」

昨日の泊まり賃までロハにしてもらって、魔法少女ラヴィニアちゃんは、ちゃっかりしてるよ。
いい人だけどどんくさいラムズとは、凸凹でいいコンビだ。

「あのう、ニトロさん、事件の話ではないんですが」

「俺もその方が歓迎だぜ。
あんたに会えて俺の気持ちは安らいだ。
こんな場所でなく、もっと別の機会に出会いたかったな。音楽は好きかい。俺のバンドの曲は知ってる?」

ようやくペルに話しかけられて、俺は気持ちよく口を開いた。

「音楽はきらいではないですけれど、ニトロさんのバンドの曲はきいたことがありません。
街で聞き込みをした時にきいたのですが、ニトロさんがお住まいの教会に、春夏秋冬真都里くんもいるんですか」

「ああ、いるよ。真都里はウチのペットだな。ペルは犬は好きか」

「ペット」

「セリーヌが奴隷で、真都里がペットな。ルディが街で拾ってきてかわいがってんだ」

「真都里くんは元気なんですか」

「ペルは真都里の友達か。
まさか、彼女じゃねえだろ。真都里はルディになついてて、男好きだし。
真都里は、だいたい、いつも元気だよな。
顔に合ってねえけど、髪もモヒカンで気合い入ってて。
髪っていやあ、この間、急に白く染めてきて驚いたぜ。
あいつ、最近、目の下に隈があるんだよ。
夜、寝てねえのかな。
いいやつだけど、なに考えてるかわかんねえとこがあると思わないか」

「モヒカンで白髪、男好きだって。
真都里はどうしてしまったんだ。
パラ実にでも行くつもりか。
推理研で保護してイルミンに連れて帰ったほうがいいかもしれない」

俺とペルが話してんのに、蒼也クンが口はさんでくるんですけど、なんなんでしょうねえ。
ペルはかわいいが、ヒモつきなのが問題だぜ。

「みなさん」

ガーネットの声に、俺、ラムズ&ラヴィニア、ペル&蒼也は、彼女に目をむけた。

「いま報告を受けました。霊安室に安置されていたパールの遺体がなくなったそうです。
遺体消失の容疑者として、すぐに二人の人間が身柄を確保されました。
捜査メンバーとしてガーデンを訪れた九条ジェライザ・ローズとシン・クーリッジです。
二人は現在、霊安室のあるCHEMELの管理人のエメラルドたちに取り調べを受けています。
九条は昨夜の事件の凶器と思われる拳銃を所持していたそうです。
ニトロくん、私とCHEMELへ行きましょう。
他の方は、まだ、しばらくはここにいてください」

「せっかく死体に細工をしておいたのに、消されちゃたまんないよね。捜査が混乱すんなら、どうでもいいけど」

ラヴィニアがまたごにょごにょ言ってる。こいつも得体が知れねぇな。
九条ジェライザ・ローズ(くじょう・じぇらいざろーず)
そんな名前の娼婦と遊んだことがあった気がするぜ。
気のせいか?

◇◇◇◇◇◇

シン・クーリッジ(しん・くーりっじ)

CHEMELは異常だ。
二千六百もの個室のあるアパートなんて実用性に欠けると思わないか。
他の三つの棟の部屋数をすべて合わせても、CHEMELの部屋数にはかなわない。
当然、使われていない空き部屋もいくつもあるらしいし、設計の基本計画もないままに思いつきで増改築を繰り返したんで、このCHEMELの住人でさえ、自分がよく行くフロア以外では、迷子になっちまうらしい。
ガーデンの四つの建物はどれも奇妙だが、CHEMELが一番、見るからにいきあたりばったりな感じがする。
七階、四階、三階、二階、五階、十二階、高さも内部構造も違う建物を強引にくっつけて、一つにしてるんだ。
しかも、いまでも年中無休、二十四時間、建設工事は継続していて、日々、CHEMELは変化し続けている。
ストーンガーデン入り口で売っているガイド(俺は自腹で買った)によると、CHEMELは、元来、ガーデンの死者たちの住居として建設されたらしい。問題は、墓ではなく、住居、ってとこだ。
ガーデンの言い伝えでは死者は、生者には見えない存在として、普通にこの世界で生活していると考えられている。普通に暮らすんで、死者の住居にも家具もベットもトイレもフロも必要なんだと。
だから、部屋もたくさんいるし、増やし続ける必要があるわけだ。CHEMELに住む石工たちは、死者への畏怖と尊敬の念を持って、それぞれ勝手に日々、工事をしている。
俺、シン・クーリッジとパートナーのロゼこと九条ジェライザ・ローズは、CHEMELで迷子になった。

「なぜ、目的地につかないんだろう」

「当たり前だ。
俺は、そっちじゃねえって何度も行ってやったのに、どんどん先に行きやがって」

「手紙に書かれている地図に従ったのに」

「だから、地図にはない通路や工事中で通れないところがあったりして、そこで迂回路をまじめに考えずに適当に進むからこうなるんだろ」

「そうだったのか」

「アホか、てめえは。
まず、足をとめろ。ここで作戦会議だ。
考えてから進まねえと、事件解決まで迷子で終わるぞ」

「それは困る。私に助けを求めている人がいると言うのに。こんなところで迷子とは」

「誰の責任だよ!」

ロゼがようやく足をとめたので、俺は廊下の絨毯に座り込んだ。
CHEMELのこのフロアーは、人気がなく、静かだ。物音一つしない。しかも、照明も薄暗いな。どんな使われ方をしているフロアーかは、いまは、あえて考えねえぞ。
長くまっすぐのびた廊下の両側の、番号だけが記されたずらりと並んだドアの向こうに、どんな住人が住んでいるのか、なんてな。

「一休みする。
だいたいな、ロゼにきた手紙、それ、怪しくねえか?」

「ガーデンの住民が医療技術を持つ私に、病気の治療を頼むのが、どこがおかしい。
捜査メンバーの中に、医療技術を持つものがいると知って、私の泊まっている部屋のドアに手紙を挟んだんだろ」

「ガーデンにも医者はいるぜ。
それに、おまえは、医者の卵だ。まだ、医者じゃねえ」

「そうだが、しかし、その医者にかかれない事情があるかもしれないじゃないか。
実は人知れず、相談したいことがあるのかもしれないよ」

「なんだか、俺は、引き返したほうがいいような気がするんだ」

「逃げちゃダメだ」

「使いどころが違うぜ。あんた、バカあ」

ロゼの善意はわかるけどよ、うさんくせー手紙だよな。

「とりあえず、いま、俺たちは遭難してるわけだ。どうする」

「そうだ。住民に道を聞こう。
これだけ部屋があるんだ。住んでいる人もいるだろ。ノックをしてみよう」

「待て待て。生者が住んでるとは限らねえんだよ。ここには」

ふふふふふ。

声がした。

「・・・を手に入れないと病人は死んじゃう。死者になったら、・・・にはなれないよ」

「おい! いまの聞いたか?」

「聞いた」

俺たちは頷きあった。

「こっち」

声に導かれて、俺とロゼは歩きだす。声の主の姿はみえない。

「こっち。こっち。こっち」

「シン。この声は」

「ああ。俺たちの頭の中に響いている」

階段をのぼり、おり、通路を進んで、いくつも角を曲がって、

「ここ」

ロゼは声が示した部屋のドアを開いた。

「・・・はまだはじまったばかり」

俺たちが中に入ると、背後でドアが閉じる。
誰もいなかった。壁も床もタイルの狭い部屋だ。

「寒っ。冷えてるね。病人は、どこにいるんだろ」

「いまの声、信用してよかったのかよ。ロゼ。あれ」

部屋の床の中央には、それが置かれていた。
手をのばし、ロゼが拾う。

「銃、だね」

「素手でさわるとまずい気がするぜ。指紋拭いて、床に置いとけよ」

「うーん。心配しすぎじゃないか。例え、疑われても、私たちが潔白なのは、話せばわかってもらえると思うな」

どうしていつもこう楽天的でいられるんだ。こいつは。

「さっきの手紙、みせろよ。
ここが地図の目的地の部屋と同じか、確認する」

「了解。ん。あれ。お。およよ。落とした」

「なんだとぉ」

「なくした。私、手紙、持ってないヨ」

パニくってまともにしゃべれなくなってる。

「ちゃんと探せ、三度は探せ。いいか」

「う、うん。コートのポケットに入れてたんだけど、シンも調べてよ」

ったく。
俺もロゼのポケットに手を入れる。

「おまえたち、なにをしている」

ドアが開いた。
男たちの厳しい声に、俺たちは動きをとめる。

「すいません」

日頃の行いのせいか、ロゼがもう謝ってやがるぜ。

「遺体は、遺体はどこだ」

「ずっと見張っていたのにどうやって、いつの間に霊安室に入った。光学迷彩か」

「手にしている銃をおろせ」

「ゆっくりと、ポケットに入れた手をだせ。いいな。ゆっくりとだ」

怒声の集中砲火だ。
ロゼは目を白黒させてっけど、俺はあんまあわててねぇ。
ひどいめにあうのは、予測がついてたっうか。
ったく、だから止めとけつったのによぉ・・・仕方ねぇな。