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第二章 PMRはみた!

如月正悟(きさらぎ・しょうご)

意外に重たいものだな。
俺は、さらってきた子供を床におろした。
約束の部屋は暗い。
室内には複数の人の気配を感じる。だが、これ以上、やつらについて知るつもりはなかった。深入りはごめんだ。

「指定された部屋にいた子供を連れてきた。眠らせてある。じゃあな」

「待て。如月正悟。おまえがおぶっている、もう一人もここにおいていってもらおう」

声がした。
友達とストーンガーデンへ遊びにきていた俺を闇へと誘ったあの声だ。

「あんたが依頼人か。約束は果たしたんだ。
この子は、関係ない。
連れて帰る。
偶然、現場をみられそうになったんで、気を失わせただけだ。
なにも見られていないし、聞かれてもいない。このまま、返してやればそれでいいんだ」

「テロリスト如月正悟。
なんの冗談を言っている、ここまできた時点でその少女を返すわけにはいかないのは、承知のうえだろう」

「彼女は関係ない」

「冷静に考えろ。
いまここでおまえが抵抗すれば、おまえもその少女も、子供もみな、終わるぞ」

そうだな。一、二、三、四、五、六、七・・・。
相手側にはフタケタの人数がいる可能性が高い、俺一人では、誰も、自分自身も守れない。
オルフェ。
すまない。
俺が背負ってきたのは、水色の髪の無邪気な少女だ。
オルフェリア・クインレイナー(おるふぇりあ・くいんれいなー)。彼女はなにも悪くはない。

今日の昼間、ストーンガーデンのレストラン。
トイレに入った俺の背後から、そいつは語りかけてきた。
振り向かず、立ったまま、俺は話を聞いた。

「ストーンガーデンは、存続の危機に瀕している。
運命の子供が必要なのだ。
力を貸してもらおう、テロ請負人の如月正悟。
おまえが協力しないのなら、おまえと一緒にここにきている連中に、かっておまえがしていたような無差別、無慈悲な暴力が襲いかかる。
巨大な組織の前に、個人が無力なのをおまえは知っているだろう」

「何者だ」

愚問だった。こたえるはずがない。が、

「我々は、マジェスティックの真の支配者様に仕える者だ。
一度しか言わない。
よく聞け。
今夜、零時、IDEALPALCEのサウスサイド7階、724の部屋に忍び込め、そこには子供が一人で眠っている。おまえはその子を連れて、9階の930にくるのだ。
零時5分までは待つ。
それだけでいい。
誰にも姿をみられるな。気づかれるな。我々は子供を殺しはしない。用がすめば、五体満足なまま、開放する。
子供が起きていたら、これを使え」

上着のポケットになにかが入れられた。

「おしゃべりだな。そんなに話してしまっていいのか」

相手をこちらにペースに引き込んでさらに情報を引き出そうと、俺が軽口をききだした時には、背後の気配は消えていた。
渡されたのは、催眠スプレーだ。
クリスマスイブの深夜、IDEALPALCEの住民用住居があるサウスサイドは静かだった。
ガーデンでは各種イベントが催されているので、スタッフもしくは参加者としてみんな出払っているのだろう。
光学迷彩で姿を消した俺は、部屋に忍び込み、子供部屋で眠っていた少年を一応、スプレーをかけてから担ぎだした。
廊下にでて、930号室へむかっていた時、昼間のうちに下調べをしておいた建物外側側面の非常階段をのぼっていた俺の前に、オルフェがあらわれたのだ。
恋人のセルマ・アリス(せるま・ありす)とパーティに出席しているはずだったのに。
どこにいようと彼女はふわふわとしている。
心の中に冷たい、重たいものを抱えている俺とは、種類の違う人間の少女だ。

「ガーデンの天空には、島が浮かんでいると聞いたのです。
オルフェは、銀河鉄道や空飛ぶ船、浮遊するお城のお話は大好きなのですよ。
あちらもこちらと同じカレンダーで生活しているのなら、クリスマスの花火やイルミネーションが夜空に輝いていないかな、と思ってこっそりパーティをぬけだして、みにきてしまいました。
屋上は立ち入り禁止だったので、非常階段なのです。
正悟さんは、なにをしているのですか。
あれ、パジャマの、子供さん」

こたえず、俺はオルフェに当身を入れて気を失わせていた。反射的な行為だ。
雪降る中、地上二十数メートルの非常階段に彼女をおいておくわけにもいかず、タイムリミットの零時五分も迫っていたため、俺は、わきに子供、背中にオルフェの状態で930号室へむかった。

「少女は、オルフェリア・クインレイナーだな。
彼女もこちらで預かろう。
心配するな、返してやる。いつかな。
如月正悟。次の依頼があるまでは、普通に生活して待機していてくれ。
今回は御苦労だった。
短い待機時間を有意義にすごしてくれ」

ローブ姿の魔術師らしい連中が少年とオルフェを抱えていった。
連中はドアからでていかず、闇に溶け込むように、一人、二人と気配が消えていく。
部屋の蛍光灯がともった時、室内には、俺一人しかいなかった。

◇◇◇◇◇◇

ミレイユ・グリシャム(みれいゆ・ぐりしゃむ)

ストーンガーデンの秘密をワタシは見ちゃったんだよ。な・・・なんだってぇ!? の巻

あのね、みんなに読みやすいように、お話してるみたいに原稿を書くね。
あ、まずはお礼を言わないとワタシの気がすまないんだよね。
PMR(パラミタミステリー調査班)の会誌、「決定版! 完全報告“これが、パラミタのミステリーだ?!”」プレ創刊号を読んでくださって、ありがとうございます。
買ってくれた人にはもっとありがとうで、ワタシのパートナーのシェイドが作ったレモンカードクリーム入りのバタフライケーキをあげたいくらいだよ。先着者にあげちゃおうかな。
この記事を読んでくれただけの人も、もうワタシとはお友達だね。
こうして人の輪ってひろがっていくんだよねえ。感動するっ。
PMRはね、なぜかお笑い集団と間違えられることが多いんだけど、そうじゃないんだ。
血も凍る、戦慄の、絶対領域にも踏み込む、常にレッドゾーンぎりぎりで、生死の境もさまよって、呪縛された、封印の、未開地域を切り開いて、ありえないですよねえも連発で、悪魔の仕業で、神のみぞ知る超偶然で、緻密、機密、隠密、蜂蜜の知識もあるし、いつも落ち着いているワタシがこんなに混乱しちゃうくらい、スリルとサスペンスが満載のアットホームな団体なんだ。
な・・・なんだってぇ!? が合言葉だよ。
図書室でメイド軍団と乱闘したり、ホンコンに寄生虫入りラーメンを食べに行ったり、大量発生したノーマン・ゲインを駆除したんだよ。勇気あるよね。
ワタシたち、超推理でどんな謎でも解決しちゃうんだもん。
えっと、原稿とかあんまり書いたことないから、本題だっけ、必ず書かなくちゃいけないことの前に、枕だっけ、前置きみたいなのを書いてたら、それで、けっこう文字数を使っちゃった。
この文章、ワタシが書いたんだから、ワタシらしいし、これで終りにしてもいいかな?
シメの言葉は、
読者の人もみんなPMRだったんだよ。 な、なんだってぇ!? 
でいいね。さようなら。

いま、シェイドにこれを見せたら、いけません、書き直しなさい、って言われたんだ。ひどいよね。ワタシの努力を無にするのは、メッなんだから。
原稿は、多い分には、構わないらしいから、ここまでのも残して、この後に、ストーンガーデンの記事を書くよ。

予告。ジャジャジャーン。PMRはストーンガーデンで悪魔の陰謀を暴いたのだった!

本題。PMRはストーンガーデンで悪魔の陰謀を暴いたのだった! ジャーン。

そういえば、ガーデンと関係ないけど、最近、マジェスティックに出入りしてる捜査メンバーの中で、最初にマジェって呼びはじめたのは、ワタシだよ。
前に、あまねちゃんがね、ミレイユさんから最初に聞いた気がするって言ってたから、たぶん、間違いない。あまねちゃん、最近みかけないけど、元気かな。
だからどうって話でもないんだけどね。ただ、なんとなく、ちょこっと、言いたかっただけ。
あー、本題書かなきゃ。

我々、PMRは長年の調査の結果、ついにストーンガーデンの謎を解き明かしたのである。
血塗られた狂気の殺人劇は、石庭の伝説と不条理が生んだのだった。
ワタシもシェイドもロレッタも、一さんもハーヴェイさんも、リネンさんもベスティエさんも、全PMRが泣いた。
レン兄も、ファタさんもヒルダさんも、真都里くんも、ニコさんも、お友達もみんな泣いた。泣くしかなかったのだ。
十二の宝石の名前を持つ住人たちの連続殺人は、ゾディアックで、十二天将、十二神将、十二月将で十二星華だった。
我々は混乱した。
カオスの中で黄金の竜が我々を導いた。
竜に出会うために我々は、氷上での戦闘を繰り返し、尊い犠牲を払ったのである。

ここで重大発表! PMRは、ストーンガーデンでこんな人を発見した!

ババババババ、バーン。
少年探偵弓月くると。
映画館のない観光地ストーンガーデンになぜ、彼が一人でいたのかは秘密である。
介助者の古森あまねに見捨てられたのか、そっくりさんなのか、それも秘密である。
ワタシ、ミレイユがどこで会ったのかも秘密なのだった。
ドドーン。

さらば、PMR。PMRの名前は不滅だ。
PMRよ、これからもパラミタの平和は任せた。一人もかけることなく、メンバー全員でがんばろう。
ガーデンの事件はすべてがつながっていた。
フリーメイソンでイルミナティだとも言われた。でも、PMRは迷わない。
ワタシたちは、真の悪魔が自分の中にいるのを知っている。
犯人はあなただ!
諸君。今回の事件を今後の教訓にしてくれるとうれしい。

完(本題、みじかっ!)

ライター みんなのお友達 ミレイユ・グリシャム




ふあああああ。
夜更かししたから、起きてもぼぉーっとしてるんだよね。

「ミレイユ。おはようございます。昨夜は、遅かったですね。会誌の原稿を書きあげたんですか」

「うーんと、会誌の原稿は書いたけど、眠くてお腹も減ってたから、メチャクチャになっちゃったんだ。
書き直しちゃダメかな」

「まだいいと思いますよ。昨夜は、私たちは早めに部屋に引き上げましたが、ガーデンでは、いろいろと騒動が起きているようです。
殺人事件が発生しました。
犯人は、ニトロ・グルジエフと噂されていますが、どうなのですかねえ」

「取材にきてはいるけど、せっかくの観光地だから、のんびりしたかったのにな。
そうもいかないのかなあ」

冬休みを利用して、PMRのみんなと会誌の取材旅行をかねて、マジェのストーンガーデンに泊まりにきたんだ。
ワタシと、パートナーのシェイド・クレイン(しぇいど・くれいん)ロレッタ・グラフトン(ろれった・ぐらふとん)は、IDEALPALCEの同じ部屋だよ。
IDEALPALCEは山に落ちていた枯れ木や、自然石なんかの天然素材をみんなで拾ってきて、それを組み合わせて設計図なしで建てたんだって。
普通の学校の校舎くらいの大きさの建物を、よくそんなやり方で建てるよね。
だから、なんだか建物がキチッとしすぎてなくて、壁が波打ってて、おとぎ話の乙姫様や人魚姫の住んでた宮殿みたいな不思議な手作り感があるんだ。

「ロレッタは?」

「先に起きてでていきました。ガーデン内のカフェやお菓子屋さんめぐりをするそうです」

それもいいな。ワタシも行きたいよ。
マジェの食事はまずいけど、お菓子だけはおいしいんだよね。
ノックの音がした。
ドアが開いて顔をだしたのは、PMRのさまよえる獣人ベスティエ・メソニクス(べすてぃえ・めそにくす)さん。

「やあ、リネンとは別の部屋で寝ているベスティエ・メソニクスだよ。
寝ぐせ頭と、その顔からして、ミレイユは起きたばかりのようだね。愉快な記事をお疲れ様。
ガーデンの住民たちは、きみの記事を読んで、みんな混乱に陥っている。
いまは、ヘタに出歩かない方が身のためだと思うな」

「会誌の記事のこと?
ワタシは、記事は書いたけど、それはワタシのパソコンの中にあって、誰にも見せてないよ。
シェイドに途中で一度、見てもらったけど、その後は、でたらめに終りまで書いて、保存して寝ちゃったんだ」

「なら、これは誰の書いたものなのかな」

ベスティエさんは、紙を渡してくれた。
それには、昨日、ワタシが書いた適当な原稿が印刷されていたんだよ。

「えー。な、なんだってぇ!? ワタシの原稿だ。誰が、いつ、印刷したの。なんで」

「これがいま、ガーデン内のいたるところに張られている。
張った人間は不明だ。多くの人は君自身かPMRのメンバーが張っていると考えているはずだ。
犯行声明とのとり方をしている声も聞いたな。
殺人事件の発生直後のこの内容では、ミレイユは、事件の容疑者になるかもしれないねえ。
しかし、情報操作はパニックを起こす時の常套手段だ。
この仕掛けの裏側にどんな陰謀があるのか、そこに焦点をあてて調べてくれる捜査メンバーがいるといいのだがね。
では、僕は行くよ。
また、会おう。
ミレイユもシェイドも、自分の身の安全のために黄色の竜を本当に探した方がいいと思うな。
もっとも、僕の言葉を信じるかどうかは」

「ワタシの勝手なんだよね」

にこやかに笑って頷くとベスティエさんは、行ってしまったんだよね。
ベスティエさんは、PMRのメンバーだけど、敵か味方かわからない、最近、ますます怪しさが増してるヘンな人なんだ。

「どうしよう。どうしよう。どうしよう。
ワタシのでたらめな記事が盗まれて、そのせいで混乱してる人たちがいるんだよっ。
続きやお詫び、訂正を書いて、ネットで発表すればいいのかな。あ、それじゃ、ダメだ。
確実に読んでもらわないと意味ないよね。
たくさん印刷してくばらないと。
本当に殺人が起きるなんて聞いてないよ。
黄色の竜さんは、どこにいるのっ」

「ミレイユ。いまの話が事実だとしても、私はあなたを守ります。安心してください」

「シェイド」

「あなたはここからでない方がいい。私が様子をみてきます」

ワタシはちょっと心細くなって、シェイドに抱きしめてもらったんだ。

◇◇◇◇◇◇

ケイラ・ジェシータ(けいら・じぇしーた)

「ケイラさん。なにをメモしてるんですか」

「え。あ、ああ」

急に声をかけられて、びっくりしちゃった。
自分は、人と話すのは好きなんだけど、どうもいつも聞き手にまわりやすいやすいっていうか、相手の気持ちを考える部分があって、その分、積極的になれなかったりするんだよね。
だから、あんまり、相手にバーンとでてこられると、どう対応していいのか困ってフリーズしちゃうんだ。
イヤがってるわけでは、ないんだよ。

「ケイラ・ジェシータさんですよね。俺、影野陽太(かげの・ようた)です。
ケイラさんもパール殺人事件の調査にきたんですか、俺はパートナーのノーン・クリスタリアがマジェに知り合いがいるので、それで気になってトパーズさんの依頼を受けたんです。
ノーンは、いま、ガーデンのお菓子を食べ歩きに行っていますが」

「久しぶり。
影野さん、なんだか、前よりも堂々としてるっていうか、自信にあふれてるよね。誰かと思ったよ。
自分は気分転換にストーンガーデンに観光にきたんだけど、あちこちに張られてるPMRのこの文章を読んで、ここも大変そうだなって」

「俺は・・・大切な人を助けることができたから、少しは成長できたのかもしれません。
ケイラさんは、この記事を写してたんですね。
でも、これ、本当にミレイユさんが書いたんでしょうか?
誰かの悪質ないたずらの気もします。
PMRは、こんな犯罪事件の恐怖感をあおるようなことはしないと思います」

そういう見方もあるよね。
ごめんね。自分にはよくわからないよ。

「事件を解くとか自分には、ムリそうだけど、目の前に示された事実を自分なりに分析するくらいはできると思うんだ」

推理小説は好きだけど、実際に事件に遭遇した時になにもできなかったりして、もどかしいんだ。
頭がよくないから、わからないのかな、ってマイナスに考えてしまう。

「そうですね、俺もこの紙の出所や印刷したプリンタを突き止める方向で捜査してみようかな」

「PMRの一員として、ジェシータと影野の気持ちは、とてもうれしいわ・・・・・・お礼はなにもできないけど・・・・・・・・・感謝するわ・・・私はリネン・エルフト(りねん・えるふと)、PMRのみんなとここへ会誌作りのための取材旅行にきたの・・・大変なことになってしまったわね・・・すべてはもう、手遅れだったんだよっ! ・・・では、ないといいけど」

自分たちの背後に立っていたリネンさんは、虚ろな目をしていた。
いつもそうなのかもしれないけど、心配になるな。

「自分もそうだけど、物事をあまり悪いほうに考えなくてもいいと思うよ」

「そうですよ。ここには、あの、怪人二十面相もきているそうですから、彼の仕業かもしれませんよ」

「ええ。それはありえるわね。
二十面相手口は奇妙奇天烈よ。こんな檄文を街角にはりまくるなんて、奴らしいわ」

 また、新しい人たちが話に加わってきたんだ。
 天御柱学院の制服の女の子二人組だ。姉妹かな。顔が似てる。

「私は遠藤聖夜(えんどう・のえる)、こっちは妹の遠藤魔夜(えんどう・まや)です。
ミステリ好きなので、事件の捜査にきました。
お三方は、怪人二十面相の噂は、まだ、聞いていませんか? 管理人に予告状が届いたそうですよ。
怪盗紳士が狙っているガーデンの至宝を先に頂戴する、と。
昨夜、殺人事件があった前後にガーデン内をコウモリ男が徘徊していたとの目撃談もあります。
怪物への変装は、二十面相の十八番ですからねえ。
ヤード、探偵たち、怪盗紳士、大魔術師、二十面相。
豪華キャストです。
楽しくなってきましたね」

「二十面相が、本当に、きているかもしれないんですか」

影野さんの声の高さが一オクターブはあがった。

「俺は、彼のファンです。
そうですよね。
ノーマンがいて、ホームズやルパンがいる以上、日本代表として彼がいつかは出陣してくると思ったんです。
俺の手でつかまえてみせますよ。二十面相。
明智小五郎がパラミタにくる前にね。
かって東京でコウモリ人間に変装した時は、二十面相は地下にアジトを作ったんです。
マジェの地下に巨大洞窟があるのは、前に調査して知ってるし、俺、地下も捜索してみます」

「すべては虚偽の古都を恐怖に陥れるための、江戸川乱歩の陰謀だったんだよ! ・・・・・・な、なんだってぇ!? ・・・新たな敵が登場したので、一人でやってみたわ・・・PMRに試練到来よ、みんなに知らせてくるわ」

「私たちも姉妹で二十面相を追ってみます。
みなさん、どこかで会ったら、よろしくお願いしますね」

自分がぼんやりしている間に、みんなそれぞれに盛り上がってどこかへ行っちゃった。
どうしよう。
実は、自分は、そんなにあっさりと二十面相の登場を信じる気になれないんだけど、疑り深いのかな。
あの二人、怪しいよね。
二十面相について語る時、彼女たちはどこか楽しそうだった。
証拠はないけど、自分は遠藤姉妹の後をつけたんだ。
しばらく歩くと、二人は足をとめて話しはじめた。
自分は物陰に隠れる。

「お兄ちゃん。余裕かましすぎよ。
あいつら、私たちの正体に気づいたかもしれないわよ」

「別にいいよ。
世間に騒がれない二十面相なんて、二十面相じゃないからね」

「またそういうおじいちゃんみたいなこと言って、ホームズやルパンは強敵なのよ。
ノーマンやクロウリーもでてくるかもしれない。
ヤードにPMRや百合園推理研だって、雪だるま王国も、冒険屋もいるし」

「じいちゃんは引退した。
いまは私が二十面相です。
二十面相は、なんにでも変装できる、負けない、死なない、何度捕まっても必ず逃げだして、お宝をいただく代りに人々に、うつし世にみる悪夢をプレゼントする」

お兄ちゃん? 聖夜は女じゃなかったんだ。それに、それよりも、二人が二十面相の孫!

「しかし、ここはマジェでも有名なゴーストハウスでしょ。
コウモリ男ぐらいで驚かないで欲しいね」

「コウモリ男? 
兄さんのは二足歩行するリアルなコウモリの着ぐるみよ。誰だって驚くわ」

「じいちゃん直伝の変装を悪く言うなって。
あれこそ、二十面だって私は思うけどな。ファンの影野くんも喜んでた」

「もう。おじいちゃんの考えた変装は、どうかと思うのが多いのよね。
青銅魔人とか透明人間とか」

「カッコイイよ。見た目はクラシカル、性能は私が改良して最新最強。
21世紀の二十面相に死角はない。
わかった? ケイラ・ジェシータ。
みんなに伝えてね。
じゃあ。
あ、そうだ。昨夜、PMRの記事文をガーデン内に張りまわったのは、如月正悟です。
彼にも事情がありそうですが。そこらへんを探って、如月くんを助けてあげてもいいんじゃないのかな」

 自分が聞いてるのを気づかれてた。

「ケイラさん。他言無用でお願いしますね。
私と兄の邪魔をしたら、許しませんよ」

 バサ。バサ。

 羽根音?
 気になってみてみると、そこには人間大のコウモリが、タキシード型の魔鎧を着て二本足で立っていたんだ。コウモリが聖夜さんで、タキシードが魔夜さんなの?
 うん。魔夜さんは正しい。これをみて、驚かない人はいないよ。
 大コウモリは、牙をむきだしにしてニッと笑うと、羽ばたきをして、信じられないスピードで空へと飛び去った。
 昭和の帝都の闇を支配した怪人。子供たちの悪夢の帝王。
 伝説の怪人二十面相が、パラミタにきたんだ。

◇◇◇◇◇◇

月美あゆみ(つきみ・あゆみ)

 建設作業にもうまいヘタがありまして、うまくて早い工事をする人もいれば、遅くて残念な工事をする人もいます。普段、なにげに通りすぎてしまう工事現場も、ちょっと足をとめて眺めてみると、作業する人たちによって、それぞれに個性的なのに気づくはずよ。
 私、月美あゆみは模型や陶芸、建築、お菓子作り、形あるものを作るのが大好きなの。
 マスキングテープと紙ヤスリとスカルピーと水平器を愛してるわ。
 ストーンガーデンにやってきたのは、ここのギルドに所属して石工の修行をするため。
 自家製のレッドレンズ(ジュエリータイプ)を左手の甲につけて、愛のレッドレンズマンとして、今日も元気に修行中! のはずだったんだけど、いま、ガーデンの石工の親方たちは全員、DEALPALCEに集まって緊急会議で、今日はお仕事はお休みなんだ。
 しかも、お休みは今日だけでなくて、殺人事件や行方不明事件が解決するまでは、ガーデン内のほとんどの工事は中止されるんですって。
 他力本願で、誰かが解決してくれるのを待っているだけではダメね。
 銀河パトロール隊の一員として、ガーデンの平和は私が守る。

「キューレット先輩。
すいません。師匠が会議に召集されて、工事ストップなんですけど、いったい、なにが起きてるんですか? 殺人も行方不明も、ガーデンの自治会やヤードに任せておけばいいんじゃないんですか」

「そうとばかりも言ってられんね。
あゆみちゃんはヨソからきたんで知らんだろうが、同じガーデンの住民も、俺たちのような普通の人間と、特別の役割をもったやつは名前からして違うんだ。
今回は、その特別さんが意味ありげに殺されて死体まで消えているだろ。
ガーデンの内情を知っているやつほど、落ち着いていられんだろうな」

 まず、石工の先輩職人のキューレットさんに聞いてみました。
 キューレットさんは、代々ガーデンで石工をしている家の出で、私のいるダイヤモンド組でもリーダー格のベテラン職人さんです。
厳しいけど、面倒みのいいおじいさん。

「特別の役割をしめす名前があるんですか」

「殺されたパールの場合は、六月が誕生月で、ガーデンを代表する文官でなければならない、となる」

「文官でなければならない、って、名前で仕事が決まってるの」

「誕生石の名前は、前の者が役割から退く時に後任者に引き継がれる。
死んだパールも、以前はもっと普通の石にまつわる名前だった」

「名前は世襲制なんですか」

「違う。ギルドが候補を選抜して住民会議で襲名するか否かを決めるんだ。
このへんの話は、ガーデンの住民だけが知ってる家庭の事情みたいなもんだがな」

「教えてくださってありがとうございます。
私、早く事件が解決して仕事を再開したいんです。ですので、ガーデンを調査してきますね」

「注意しろ。
ガーデンの要人が不審な死に方をしたり、運命の子供を捜すように人さらいが横行してるのは、ガーデン内で戦争が起きているためかもしれん。
俺たちの人生は、おとぎ話じゃないからな、幸福な結末になるとは限らん。
理解できそうもないおかしな事柄なぶちあたったら、尻尾をまいて逃げだすんだ。
いいな、ムダ死にするんじゃない」

「はい」

運命の子供や、戦争について聞きたかったんですが、キューレットさんはどこかへ行ってしまいました。
これまで私は、師匠や組の仲間の人と仕事をする間に、なにげなく、ガーデンの言い伝えや噂を耳にしてきたの。
その内容の一部を紹介すると、昼夜を問わず、死者たちのために年中無休で工事をしているCharnelは別格としても、ガーデンの敷地内で常に工事が行われている理由は、ガーデンは街であり、国であり、城塞だから、いろんな敵を想定して戦に備えているからだ、とか、CHARNELに住む死者の他にも、ガーデンの創成期からずっと生き続けている不死者がいるらしいとか、メロン・ブラックがなにかおそろしいものをガーデンに持ち込んだらしいとか。
それらについて、あまり深く考えてはいなかったけれど、今度の事件はどうやら、ガーデンの過去や伝説と関係があるのかもしれないわね。
ガーデンは不思議な場所、それはよくわかってる。
普通に街を歩いていても、私は塗装のムラや屋根、壁の傷み具合、日焼けなんかを無意識のうちに気にしてしまう。ストーンガーデンの場合は四つの棟、十二の塔、それぞれが個性的な建築物すぎて、アウトサイダーアートの展覧会にきてる気がして、細部をチェックするのもつい忘れて、全体がかもしだす雰囲気に圧倒されるわ。

東にあるIDEALPALCEは、外壁には青っぽい塗装がされていて、設計図なしに材料を組み合わせ、個々の職人たちの技術だけで高層建築物にしてしまった、外も、中も、歪んでいる幻想的な宮殿。

西のCATHEDRALは、色は白。
大小十数本塔を組み合わせいて、イメージとしては巨大なパイプオルガンのようにもみえます。
こちらは、IDEALPALCEとは違い設計図はあるんだけど、超複雑、繊細なその図面をもとに数百年後の完成を目指して、現在も新しい部分の建築と、老朽化したところの補修工事が同時に行われているの。
ステンドグラスをはめた無数の窓のせいもあって、CATHEDRAL(大聖堂)の名前にふさわしく、厳かな建物よ。

南のCHARNELは赤っぽいレンガ造りで、四つの棟の中で最大の大きさをほこる洋館です。
ぱっと見は、クラシカルなゴシックホラー小説にでもでてくる西洋のホテルみたいなんだけど、とにかく、広くて、大きいの。
しかも、建設開始以来、ずっと増築中で、どんどん大きくなり続けているんですって。
ガーデンの死者たちの住処だそうです。
当然、幽霊話なんかは無数にある、洋風お化け屋敷よ。

最後に、北のFUNHOUSEは、外観からしてどうかしていて、外壁の一部が鏡張りだったり、周囲の風景にとけこむように絵が描いてあったりします。
建物自体は黒っぽくて、夜になると闇にまぎれてしまってみえなくなるところもあるくらい。
他の棟もそうだけれど、ここも全然、アパートメントっぽくなくて、小屋に小屋をのせて、つなげて、みたいな奇妙なつくりになっていて、とにかく屋根がたくさんあります。
形や大きさの違う小屋を数十軒、てんこもりにした感じです。
屋根が下や横、斜めについてる小屋もあるの。
FUNHOUSEは、建設開始当初の工事責任者が設計図を無視して勝手な指示をいろいろだして、かなり工事が進んだ時点で、その責任者が狂気に蝕まれているのが発覚し退任させられたそうです。
外部も内部も人を脅かすような仕掛けがたくさんある(現在でもそのすべては解明されていない)ので、一時はここは居住区にしない方がいいという意見も住民さんたちからでたそうですが、それでも、結局、いまも人が住んでいます。
住民数は、四棟の中で最小です。

これら四棟に、色石にまつわる名前を持つ管理人と住民のみなさんが住んでいて、マジェスティック内のみならず、パラミタ各地で主に石工の仕事を引き受けることで、生活している。
ストーンガーデン(石庭)は、このアパートメントの正式名称ではなくて、実は通称らしいんだけど、ぴったりの名前ね。

あれれ。
あの子たちは、迷子さんかな。
四棟に囲まれた正八角形のデザインの中央広場で、私はネコさんを背中にのせて、とぼとぼと歩いているユニコーンさんをみかけたの。
まわりに人はいないし、貴重なユニコーンを放し飼いにするなんて人はあまりいないし。

「ねえ、きみたちの飼い主さんは、どこにいるの」

私が話しかけると、どちらも賢そうなネコさんとユニコーンさんは、揃って空を見上げたわ。
まるで、「ぼくらの御主人様は、空にいるよ」と言わんばかりにね。

「もしかして、黄金の林檎の木がある天空の島に行った、とか」

今度は、揃って首を縦に振った。かわいいなあ。
ガーデンには、上空に騎士たちの眠る島が浮いてるって、伝説があるんだよね。
敷地内の十二の塔は、その島に行くためのものらしいんだけど、途中で崩れていたり、老朽化していたりして、いまは、どの塔も立ち入り禁止になっているの。
地上からは、頂上のみえないようなすごく高い塔もあります。
倒れると危険だから、補修工事をした方がいいと私は、思うんだ。

「ねえ。
空にそんなに素敵な場所があるのなら、僕の手の中のこの小鳥もきっとそこへ行きたかったんじゃないかな」

並べて前にだした両手の平に、ぐったりした小鳥をのせた男の子が私の方に歩いてきたの。
彼の隣には、ゆる族の黒ネコさんがいたわ。
タバコをくわえて、意地の悪そうな笑みを浮かべた黒ネコさん。
男の子の目は開いていたけれど、輝いていなくって、私は彼が光を失っているのがわかった。
少なくとも彼には、私は視えていない。

「きみみたいな声の人を僕は他にも知っているよ。
きみは、あれだろう、ハッピーエンドの好きな正義の味方さ。
そういう声、しゃべり方をしているよ。
僕とは反対だね。
正義の味方のお姉さん。
哀れな僕はきみに助けて欲しいんだけど、その前にきみの力を試させておくれよ。
僕のお願いは、重大だからね。
力のない人には、助けを求めても時間のムダなんだ」

「私は、レッドレンズマン月美あゆみ。ガーデンの石工見習いよ。
あなたの名前は」

「キシャシャシャシャ。
新犯罪王ニコ・オールドワンドとブレーンのナイン・ブラック様さ」

ネコさんの人をバカにしたようなしゃべり方は、問題アリすぎだわ。

「ナインは、黙ってろよ。
さあ、ストーンアーティストの月美。
問題の時間です。僕の手の中の小鳥は、生きてるでしょうか? 死んでいるでしょうか?」

小鳥さんの生死よりも、私はニコくんの状況をおもしろがっている雰囲気が気になったの。
彼は、大人はけっしてしない、残酷ないたずらをする時の子供の顔をしていたわ。
私が、どちらの答えを選んでも、小鳥さんを殺すつもりなのかも。

「早くこたえないと時間切れになるよ。時間切れのペナルティはね」

彼から小鳥を奪いとったほうがいいのかしら。
迷っている私の横に気配もなくあらわれ、ニコくんの手から小鳥さんをつかみ取ったのは、片方の翼の折れた守護天使さん、顎鬚の似合う渋めのおじさんでした。

「ガキ。また、よくねぇ遊びをしてんのか。悪趣味でも、こっちの方向は女にモテねぇぞ」

「よう。ニコ。調子はどうよ。っと、おい、おまえ、目、どうしたんだ」

おじさんの隣には、音楽プレイヤーらしきイヤホンを耳につけた黒髪の男の子がいました。

「その声は、比賀。
おまえなんて、キライだ。僕に近づくな。
パートナーのハーヴェインもだ。
僕とは関係ないだろ。あっちへいけよ」

二人はニコさんの知り合いのようです。
そして、ニコさんはこの二人が苦手みたい。

「二度と捕まるなよ」

おじさんは、頭をなでて小鳥を起こすと、それを宙に放しました。鳥は空へとはばたいていきます。

「俺は、ハーヴェイン・アウグスト(はーべいん・あうぐすと)。こいつは、比賀一(ひが・はじめ)。二人ともPMRだ。
お嬢さん、あんたもガーデンに捜査にきたのかい。
お、ラウンドブリリアントカットマークその前掛けは、IDEALPALCEのダイヤモンド親方の組のだな。
あんた、職人さんか」

ハーヴェインさん、エプロンの柄で組がわかるのね。ガーデンの職人にくわしいんだ。

「ヒゲ。女にだけ気安く話しかけるなよな。
ニコの様子がやべぇぞ」

比賀さんとハーヴェインさんは、心配げにニコさんの顔をのぞきこんでいます。

「誰にやられた。ノーマンか。
一、これが犯罪王さんの仲間へのお礼だぜ。ひでぇことしやがる」

「あいつ、あんだけ始末したのに、まだ、いるのかな。
そんなことより、ニコ、早く治療してもらえよ。マジェにも医者はいるだろ。なんなら、連れてってやるぜ」

「さすが、PMRのみなさんは正義の味方だぜィ。
キシャシャ。ほーら、みろ、みなさん、俺様と同意見だろ。
どっかに消えちまったルメンザは捨てといて、お助けしてもらおうぜ」

「PMR。パラミタミステリー調査班。僕を子供扱いして、バカにしてる連中だ。
あの人を殺して、ロンドン塔でも僕をコケにして」

ナインさんは、はしゃいでて、ニコさんはひとりごちています。

「あー。そうだ。PMR。
僕を彼のところへ連れて行ってよ。
彼だよ。あのハンサムで賢くて、まるで人生の先生みたいに僕に体罰してくれた彼さ。
彼と話したいんだ。
正義を愛するきみたちだものね、いつものメンバーはみんなガーデンにいるんだろ。
ああー、彼にあってお礼を言いたいんだ。
それがすんだら、医者へ行くよ」

突然、楽しそうに声をあげると、ニコさんはハーヴェインさんと比賀さんに微笑みかけました。
まるで、目が見えるように。

「ハンサム。賢い。人生の先生。
それは、俺じゃねえのか。
おい。ガキ。俺ならここにいるぞ」

「違げーよ。ヒゲ。
たぶん、シェイドだ。
あの時、ロンドン塔でニコは、シェイドに会ってる。
PMRのハンサムと言えば、俺でなければ、シェイドくらいしかいない」

「一こそボケてんじゃねえよ」

「そうだよ。シェイド・クレインだ。
彼のところへめしいた僕を連れいっておくれ。行こうよ。
ナイン。おまえの言うように僕は医者に行くよ。
用がすんだらね」

「きなくせーな、きなくせーな。キシャシャシャシャ」

そして、三人と一匹はIDEALPALCEの方へ行ってしまいました。
ネコさんをのせたユニコーンさんが、私を励ますように側にきて、私の頬にそっと顔をくっつけてくれたの。

「優しいのね」

私が彼? の頭をなでていると、

「お待たせ。ピンギー、サラセニア。ボクと春美はラピュタですごい発見をしたんだよ。
犯人探しの前に、宝探しだね」

「ディオ、あんまり大声をだしたら、ダメよ。宝のありかは秘密にしないとね」

角の生えたうさぎさんを抱えた女の子が、空から舞い降りてきたのです。

◇◇◇◇◇◇

沢渡真言(さわたり・まこと)

 ストーンガーデン内には、カフェやレストランがたくさんあるのですが、どれも個性的で外からみていても楽しいですね。
 トパーズさんに依頼もしくは召集されて、捜査のためにここにきたのですが、食料の支給はないようですので、自分でなんとかしなければなりません。
 食事手当てをいただけるかどうかは別として、トパーズさんに、後で領収書を提出するということで、気に入ったお店で食べるとしましょう。
 店名は、Halloween。
 外観は、とんがり帽子のジャックランタンで飾りつけはされてますけど、Trick or Treat!(お菓子くれなきゃ、いたずらするよ) の楽しい雰囲気はなくて、どこか厳格な感じのする小さなお家風のお店です。
 お店の外に置かれていた、メニューが書かれた小さな黒板に、神々のパイや、冬の神の落し物、といった名前があったので、興味を持ちました。
 なにがでてくるのでしょう。
こじんまりとした店内には、壁にかかった赤竜の小さな旗、火のはいった暖炉とテーブルが四つ、お客さんは、女の子が二人しかいませんでした。それと、あれ、お店の人も、彼女たちも、カーテンの陰に身を寄せ、女の子たちをじっと眺めている彼には気づいていないのでしょうか。彼自身は、自分の姿が陰からすっかりはみでてしまっているのに、気づいてないようですね。髪はモヒカン刈ですが、無害そうな子なので、私も放っておくとしますか。

「執事さん、こんにちは」

「ノーンと同じでロレッタもこんにちは、なんだぞ。
執事は、壁にへばりついる怪しいモヒカン男は、まったく気にしなくていいんだぞ。
ロレッタも全然、気にしてないんだぞ。
いないのと同じなんだぞ」

「ううっ。俺は、俺は」

モヒカンさんがつらそうにうめいてますけど、事情がおありなようなので、はい、私も、気にしません。

「私は、沢渡真言です。常日頃から、このような服装をしていますし、執事と呼んでいただいて結構ですが、今回は、探偵としてここへきています」

「PMRのロレッタ・グラフトンだぞ。
パートナーのミレイユの記事をガーデン中にはったやつを探しているんだぞ。
ノーンとお友達になって、ここでお菓子を食べているのは、た、たまたまなんだぞ。休憩がすんだら、また捜査するんだぞ」

ノーン・クリスタリア(のーん・くりすたりあ)だよー。
わたしは、たぶん、ここにお菓子を食べるためにきた気がする。それであってるはずだよ。
マジェでわたしが迷ってると、シェリルちゃんや菫ちゃんや美央ちゃんやリリちゃんやロレッタちゃんや真言ちゃんがきてくれて、お友達がどんどん増えてうれしいな」

お二人のテーブルにお菓子のお皿がところ狭しとならべられていますね。
アップルパイにリンゴジャムのクレープ、鹿の枝角のような形のパンケーキ、リンゴを使ったお菓子がウリのお店なのでしょうか。
パンケーキの形は謎ですね。

「リンゴが多いのですね。お店のオススメですか」

「うん。リンゴは神様の食べ物なんだって。
でね、豆は死んだ人の食べ物らしいよ。
さっき店員さんが教えてくれたの」

「外の黒板にあった、神々のパイとは、これのことですね。
では、冬の神の落し物は」

「そのパンケーキが冬の神の落し物なんだぞ。
冬の神様が死の王国に帰る時に、地上に落としていく角の形をしてるんだぞ」

 なるほど。
 ガーデンの神話、伝説に基づいているのですね、いや、もともとは地球のどこかの国の伝説でしょうか。
 私は食事をしにきたので、そういう意味では店の選択を間違えたのかな、と思いつつ、ウェイターに昼食向けの料理をお願いすると、カウルと呼ばれるスープ(ハーブのにおいがして、羊肉と大きめのサイコロ状に切ったジャガイモ、ニンジン、タマネギ、レタス、ブロッコリーが入っています)と、大きなの鱈のフライ(骨抜きの白身魚フライです)、ウェルッシュ・ラビットと呼ばれるパン(パンに溶かしたチーズを塗って、オーブンで焼いたもの)がでてきました。

「マジェスティックやガーデンの料理はイギリス風のが多いですが、この店のものは特に地方色が濃い気がしますね」

「わたしもマジェでいろんなお店にいったんだけどね、ここのは変わってると思う。
おばあちゃんの手作りみたいな懐かしさがあるよ」

「お持ち帰りができるようなので、バラ・ブリス(ドライフルーツたっぷりのパンケーキだぞ)やフラップジャック(ビスケットみたいなのだぞ)を買って帰って、シェイド兄ちゃんに作り方をおぼえてもらうんだぞ。
自宅で手軽に石庭茶するんだぞ」

ノーンさんとロレッタさん、私、三人ともでてきたものの味には満足している感じです。
ロレッタさんがなにか話すたびに、壁のモヒカン男さんが思いっきり首をのばしてくるのですが、彼女の言葉を聞きたいんでしょうか。
無論、私たちはみてみぬふりなのですが。

「この状況からして、壁にはりついてる真都里くんは、透明人間の設定なんだな。
毎度毎度、おまえさんも大変だなあ。
よお、沢渡さんとは、前回も会ったね。
斎藤邦彦(さいとう・くにひこ)だ。今日は、オフを楽しみにきたんだが、ここにきてから昨夜の事件を知ったよ。
あなたは、この子たち二人と観光でもしてるのかい」

「こんにちは。こう度々、怪事件に巻き込まれるとまるで、クラッシックミステリの登場人物になった気がするね。
誰かに依頼されたわけじゃないから、調査はスルーしたいところなんだけど。
ネル・マイヤーズ(ねる・まいやーず)よ。お嬢さんたち、よろしく」

お店に入ってきたのは、アンベール男爵の結婚の件で一緒に捜査した斎藤さんとパートナーのネルさんでした。
ハードボイルド探偵さんと、美人の助手さんといった感じですね。
ですが、今日は、ネルさんの横にもう一人いますね。

「この子、迷子なの。
ガーデンの CHARNELに住んでるらしいけれど、あそこは毎日、改増築されているんで小さな子は迷ってしまうのね。この子の家族は、CHARNEL内をお父さんの工事の進行に合わせて部屋を移動しながら生活してるんだって」

「わたし、ファンシー」

「わたし、ノーン」

「ロレッタはロレッタなんだぞ」

 私が店員さんに頼んでイ椅子を用意してもらうと、ファンシーさんは、ノーンさんとロレッタさんの間に座り、二人にすすめられ、お菓子を食べだしました。
 ファンシーさんは、顔も体つきも普通の、平均的な幼児なのだと思うのですが、なにか、不思議な存在感がありますね。

「私は、事件の調査にきたのです。
ニトロさんが犯人と断定されて、早々に処罰を受けかねないこの状況には、納得がいかない部分がありまして。
休暇中のところ、申しわけありませんが、斎藤さんやネルさんは、事件についてはいかがお考えでしょうか。
よろしければ、意見をお聞かせいただけませんか」

「悪いな。頭ん中、ホリディモードでなんにも浮かばないんだわ」

とか言いながらも、斎藤さんの目は笑ってないんですけれども。

「マジェの飯には、ハナから期待していないが、ガーデンのマップによると、どうやら、ここはウェールズ料理の店だろ。少しは楽しめるかと思ってな。他にも、イングランド、スコットランド、北アイルランド料理の店もあるし、ガーデンの四つの棟、住民の四グループの色分けは、United Kingdom of Great Britain and Northern Ireland(グレートブリテン及び北アイルランド連合王国)を象徴しているかも、だ。
となると、共通の枠に収まりながら、それぞれの文化や言語があるのも了解できる。
それでいて、全体をつらぬく歴史や伝説があるのもな。
ったく、どんだけ、イギリスが好きなのかねえ、ここの連中は」

こうしてお話をきく限り、斎藤さんは、独自の視点でガーデンを調査しているのではないのでしょうか。

「私は、ニトロさんに面会に行ったのですが、彼には会えず、被害者の遺体もみせてもらえませんでした。
IDEALPALCE側の対応をみていると、やはり事件はまだ決着しておらず、捜査状況も混乱しているようです」

「仕事するつもりはまったくないけど、石庭を観光していて小耳に挟んだんだけどね。
遺体は消えたらしいよ。
ニトロではなく、捜査メンバーの学生が隠蔽の容疑者としてあげられているらしい」

「斎藤さん、ネルさん。お二人とも、なんだかんだ言いつつ、やる気まんまんではないですか」

斎藤さんは苦笑し、ネルさんはため息をつきました。

「ファンシーの住んでるCHARNELは、死者の住処で、年中無休昼夜を通して工事してるんだよな。
私は、米国のウィンチェスター・ミステリー・ハウスを連想するよ。
富豪の未亡人が、霊媒師の助言にしたがって三十八年間、年中無休で工事を続け、豪華な内装、百六十の個室等が、幾千人もの霊をなだめるために作られた豪邸だ。
ガーデンの四つの棟は、どれも、こんな感じで地球のいわくつきの建物をあえて模倣している気がするんだ」

「斎藤センセの雑学講座はそれくらいにして、料理を注文しない。
いまの口調だと、食後はファンシーを送り届けるのにかこつけて、被害者の遺体の消えたCHARNEL内を調査する気だな。
仕事前だ。ウェールズ料理だか、なんだか知らんが、私はしっかり食べさせてもらうよ」

「ネル助手の発言を訂正させていただこう。
午後の予定は、調査でなく、探検だな。幽霊屋敷の」

私もお二人に同行させていただきましょうかね。どうしましょう。
三人のお嬢さんたちは、仲良くお菓子を食べています。

「陽太おにーちゃんが事件の捜査をしてるけど、わたしはカフェをまわってじょうほうを集めてるんだよ」

「情報収集は、PMRもしているんだぞ。
お友達になったし、ロレッタはノーンと情報交換をしてもいいんだぞ」

「うーんとねえ、ガーデンのお店でおいしくなかったのは、Causewayかな。
お店のおすすめがフライドポテトでね。
でっかくてすごく油ぽくて、カボチャのスープもぜんぜん、甘くなくて、すごかったんだよ」

「ノーンのは、情報収集ではなく食べ歩きなんだぞ。
ロレッタは、まだ行っていないけれど、Hogwartsのバタースコッチキャンディは頬っぺが落ちるおいしさらしいんだぞ」

「二人とも、ガーデンのことを知りたいの?」

「わたしは、じょうほうってなんなのか実はよく知らないんだ」

「特に困っていないけど、教えてくれるなら、うれしかったりするんだぞ」

「ふうん。教えてあげる」

ノーンさん、ロレッタさんだけでなく、テーブルにいる全員が、ファンシーさんの次の言葉を待ちました。

「わたしの名前は、ファンシー・インテンス・モリガン」

◇◇◇◇◇◇

長原淳二(ながはら・じゅんじ)

友人のオルフェリア・クインレイナーが行方不明になったと聞いたのは、マジェスティックについてからでした。
俺、葦原明倫館の長原淳二は、ここストーンガーデンに殺人事件の調査のためにやってきたのですが、マジェに着いてすぐにオルフェリアのパートナーのルクレーシャ・オルグレン(るくれーしゃ・おるぐれん)から、電話が入りました。

「長原さん、オルフェが。
ここの自治会の人たちから長原さんが捜査にくるって、教えてもらったんです。
オルフェがいなくなったんです。
セルマさんや正悟さんも探してくれています。
力を貸してください」

「わかりました。俺にできることはします。
くわしくお話を聞かせてください」

ルクレーシャは取り乱していました。
オルフェたちがなんのためにガーデンにきていたのかは知りませんが、オルフェの母親代わりのようなルクレーシャにしてみれば、落ち着いてはいられない状況だと思います。

「セルマ・アリスです。
淳二さん。突然、すいません、俺の、友達というか、」

電話の相手がかわりました。少年です。
彼は言いにくそうなので、俺がかわりに言ってあげるとしますか。

「きみの彼女のオルフェが大変みたいだね。
協力させてもらうよ。
どうすればいいんだい。セルマたちと合流した方がいいのかな」

「それが」

セルマが声をひそめました。

「身近なところにオルフェさんが消えた事件の真相を知る人物がいるようなんです」

身近なところ?

「もしかしたら、今度はルクさんが危ないのかもしれない。
俺は自分の身は自分で守ります。
だから淳二さんは、ルクさんを守って欲しいんです」

「きみたちは、そんなに危険なことに巻き込まれているのか」

「わかりません。
まだ。真意がつかめないんです。
ルクさんはいま、CATHEDRALのセントラル625号室にいます。ガーデンの西にある教会みたいな建物です。
俺は、なにかわかったら、連絡します。
それまで、ルクさんをよろしくお願いします」

 電話は切れました。
 私がマジェにきた理由は、犯罪事件を解明、阻止したかったからで、当初の目的の事件とは違いますが、犯罪事件という点では同じですし、友達の危機を助けないわけにはいきません。
それに、殺人とオルフェの行方不明事件がつながっている可能性もあるかもしれません。
 私は、ガーデン入り口でもらったマップを手に、CATHEDRALへむかいました。

◇◇◇◇◇◇

<セルマ・アリス>

「俺とオルフェさんは、一緒にIDEALPALCEのパーティにでていました。
途中でオルフェさんがいなくなって、それっきり」

「手がかりはなにもないのか、誰の仕業なんだ。いったい」

如月正悟さんは、俺の横で拳を握りしめている。
親しい友達を心配している感じだ。
俺たちは、IDEALPALCEの中をオルフェさんを探して歩きまわった。
好奇心から入ってはいけない場所にはいって、そのまま眠ってしまうとか、彼女ならありそうだし。

「お願いして、住民用の部屋もみせてもらせることになりました。
サウスサイドです。
下の階は、比較的人が住んでいるらしいんで上の9階からいきましょう。
使用していない部屋の鍵はかかっていないそうです」

「ああ。そうだな」

「正悟さん、あの」

「なんだ」

「な、なんでもないです。
オルフェさんを探すのを手伝ってくださって、ありがとうございます」

「友として当然だ」

この人を俺は、どこまで信用すればいいんだ。
昨夜、オルフェさんが姿を消してしばらくした後、俺は着ていた上着のポケットに一枚のメモが入っているのに気づいた。
メモには、「如月正悟がオルフェリア・クインレイナーを誘拐した」と書かれていたんだ。
たくさんの参加者がいる立食形式のパーティ会場で、誰がメモをいれたのかはわからない。
俺は、すぐにオルフェさんの携帯に連絡したがつながらず、正悟さんのもつながらなかった。

「セルマ。誰かが俺たちをつけている。どうする」

「え」

「さっきからずっとだ。ピンクの髪のポニーテール。捕まえてみるか」

「は、はい」

俺が返事をすると正悟さんは、走りだす。
俺は彼の後を追った。
相手もこちらの急な行動に慌ててしまって、隠す余裕がないのだろう、たしかに、俺たちの後を追ってくる足音がする。
にしても、正悟さん、はやすぎますよ。
走りだして早々に俺は正悟さんを見失った。
どこかの部屋に入ったのかもしれない。
しかたないな。
俺は百八十度方向転換して、追跡者にむかって駆けだす。

「尾行してるのは、わかってるんです。逃げないで」

俺の言葉に従ってくれたのか、追跡者は立ち止まり、俺が側にくるのを待っていた。

「ごめん。自分は、ケイラ・ジェシータ。
あなたではなくて、如月正悟さんを追っていたんだ」

女装しているピンクの髪の彼は、すまなそうに頭を下げる。
そんな彼の背後の部屋のドアが開き、そこから正悟さんがあらわれた。
正悟さんは、背後からケイラさんの首に腕をまわす。

「俺に、なんの用だ」

「う、あ、あ、自分は」

「おまえは連中の仲間なのか」

「連中って、誰のこと」

ケイラさんは呼吸が苦しそうで、顔がだんだん赤くなってきた。

「正悟さん、待ってください。乱暴すぎます。連中って、なんですか。俺は、そんな話は聞いてませんよ」

「セルマ。少し黙ってみていてくれ」

冷ややかな声、鋭い眼光。
この人は、普通の状態じゃない。
メモは事実だったのか。

「実は俺、昨夜、ある人から教えられたんです。オルフェをさらったのは、正悟さんだって。
どうなんですか」

「自分もそうなんだ。
あなたが誰かに操られて犯罪にかかわってるらしいって聞いたんで、それで」

切れ切れの息で、ケイラさんがそこまで話すと、正悟さんは腕をほどいた。
ケイラさんはその場にしゃがんで荒い息を吐く。

「説明してください。正悟さん」

「セルマ」

正悟さんが話しかけた時、彼の携帯が鳴った。彼は、携帯を耳にあてる。

「如月だ」

正悟さんの表情が険しさを増してゆく。
誰からなんだ。

「ルーシャには、手をだすな。いいな。それが交換条件か。わかった。
彼には、犠牲になってもらう」

電話をしまうと正悟さんは、俺を見つめ、

「悪いな」

◇◇◇◇◇◇

<ルクレーシャ・オルグレン>

いてもたってもいられなくて、私は長原淳二さんとIDEALPALCEへむかいました。
オルフェを助けなきゃ。
セルマさんと正悟さんだけに任せてはおけません。

「部屋で待っていたほうが安全だと思いますが」

「ムリです。あの子を助けるのです。
淳二さん、私がこうしている間にも、オルフェはひどいめにあっているかもしれないんですよ」

「余計なことかもしれませんが、悪い可能性にばかり目をむけなくてもいいと思います」

「でも、私、あの子がかわいそうで」

IDEALPALCEの管理事務所へ行くと、先にきているセルマさんたちは、サウスサイドにいるはずだと教えてくれたので、私たちもそこへ。

「下の階から順番にみていきますか」

「いいえ。昨夜のオルフェならたぶん星空のみえる上の階、もしかしたら屋上や非常階段に行くでしょう。
おもしろいものを見つけたら、時間を忘れてまだ眺めているかもしれません。
上から調べます」

エレベーターで最上階の九階についた私たちは、屋上への階段を探そうと、廊下を歩いていて、セルマさんと正悟さんをみつけました。
正悟さんの横にはどなたかがしゃがんでますね。
二人はむかいあっていて、正悟さんは刀を抜くとそれでセルマさんを。

「きゃあああああああああ」

セルマさんが倒れ、絨毯があっという間に血で濡れてゆくのみて、私は悲鳴をあげていました。

「ルクレーシャは、ここにいて。いいですね」

武器を手にした淳二さんが、正悟さんへむかっていきます。
正悟さんも淳二さんに近づいて、二人は刀と刀でぶつかりあいました。

「俺の前に立たないでくれ」

「ぐ、力の差が」

正悟さんは淳二さんを壁にはね飛ばし、私のところへ歩いてきます。
無表情で、セルマさんの血のついた刀を持った正悟さん。
私の知らない正悟さん。

「私を切るのですか。
セルマさんや淳二さんにしたように。
まさか、オルフェもそうしたのですか。
あなたは、あなたは、なにを考えているのです」

正悟さんは、私の首筋に刀をあてました。頚動脈の真横に、重い刃の感触が。

「さよなら。俺はこういう人間だ。忘れてくれ」

「そ、そんな、私は、正悟さんを」

「動くと、死ぬよ。ルクレーシャ」

刀に気をとられていた私のお腹に、正悟さんの拳が。
私は前かがみになって、膝をつきました。
正悟さんは、私たちを残してどこかへ。

◇◇◇◇◇◇

<ハーヴェイン・アウグスト>

ニコたちをシェイドのところに案内した俺と一は、ガーデン内のパブPatekPhilippeで一休みだ。
薄暗くさびれた感じのパブには、時間が早せいか客はほとんどいない。

「ニコのやつ、シェイドにおりいって話があるって言ってたけど、なんなんだろうな。二人と一匹で、どっかにいっちまったけど、様子、見に行った方がよくねぇか」

一は浮かない顔してぼやいてるが、それはそれ、シェイドは放っといても平気だろ、とりあえず俺はだな。

「マスター。カクテルあるか? ブラッディ・マリーくれ。塩かけて、レモンつけてな。おっと、マジェでは英国風に、ブラッディ・メアリーでいいのか」

プロテスタント300人を処刑したといわれているイングランドの16世紀の女王メアリー1世、通称ブラッディ・メアリーにちなんだ、ウォッカとトマトジュースで作るカクテルだ。
米国ではメアリーが、米国読みのマリーになって同じカクテルをブラッディ・マリーと呼ぶ。
俺個人の好みとしては、よく冷えたこの酒は、一杯めだけに価値がある飲み物だな。飲むんなら、最初に限る。
だって、他の酒の後や、酒と酒の間に、トマトジュースとレモン果汁を飲む気にはなんねえだろ。
これまで、一人で飲むことが多かったんで、退屈まぎれに飲み屋のマスターやバーテンに話しかけ、いつの間にか俺は、酒に関しての知識が増えた。いいか、悪いか知らんが。

「ヒゲ。昼間から飲むのかよ。それも、捜査中だぜ」

「カクテルなんざ、酒のうちに入らんぞ。トマトジュースで栄養補給だ。それより、あれ、みろよ」

俺たちが座っているカウンター席の端で、どっかでみた美形の女の子が、エプロンをしたいかにも職人っぽいガタイのいい男に、口説かれていた。

「あれ、リカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)じゃねえか。あいつ、ブロンド、色白、大きな瞳のモデル顔だけど、肉食系っうか、武闘派だよな。しかも、沸点がメチャクチャ低かった気がするぜ」

「おう。あの子が暴れたら、あの兄ちゃんのされちまう。店も壊すかもな」

俺と一は、リカインと兄ちゃんのやりとりにさりげなく注目した。

「おれと一緒にCHARNELで暮らしてくれ、あんたみたいなきれいな人と会ったのは、はじめてなんだ。
女優みたいだな。
きっと幸せにする。いいだろ」

「いいわけないでしょ」

「石工の女房になるのは、イヤなのか」

「出会って十分でプロホーズされてもね。これが本気なら、あなた、頭がおかしいんじゃない。ナンパにしても芸がなさすぎ」

「おれは、きれいなものが好きなんだよ」

「人間は歳をとるし、ケガをするし、病気にもなるし。私がきれいじゃなくなったら、どうするの」

「おれは、そんなふうにはさせない。あんたをこのまま、きれいなまま、ずっとおれの側においておく」

話がおかしな方向へ行きはじめた感じがする。

「それ、どういう意味。私を剥製にでもするつもり」

リカインの声に気持ちがこもった。ここへきて、はじめて男の言葉に興味を持ったみたいだ。

「殺したりしねえよ。あんた、生きたまま、ずっと、きれいなままでいたくないか」

男は薄気味の悪い口説き文句を口にし、リカインに笑いかける。

「あの男、なんか、やばくね?」

一が俺の耳元でささやいた。

「ああ。俺も同感だ」

「どうするよ」

「リカインの出方次第だな」

「先にでるのがパンチかキックか、賭けるか」

俺と一は、ほぼ同時につぶやく。

「拳」「パンチ」

が、予想を裏切りリカインは手をださず、男の話を聞き続けた。

「な。あんた自身もこのままでいたいと思うだろ。おれは、あんたをそうしてやれるぜ。ウソじゃねえ。でも、それをするには、条件がある」

「あなたと付き合えばいいわけ」

「付き合うとかそんな安っぽい話じゃねえんだ。おれと、これから先、ずっとガーデンで暮らしてくれ」

「私でいいの」

「もちろんだ。おれはあんたのためになんでもする。後悔させねえ」

「口では誰でもそう言うけれど、実際に幸せになれる人なんて、いない気がするな」

「おれを信用してくれ」

「どうしようかなあ」

「あんたにほれるやつは、たくさんいるだろうが、あんたを永遠に若いままにしてやれるのは、おれだけだぜ」

「どうも、怪しいのよねえ」

「そりゃ、そうかもしれねえけど、おれは真剣だ。わかるだろ。な」

「真剣なのjはわかるけど。証拠が欲しいかな。ね、あなたが、私に永遠の若さをくれる証拠をみせてちょうだい」

リカインはにっこり笑い、男に手をさしだす。
俺と一は顔を見合わせた。
リカインのやつ、男をもてあそんだりできるタマらしいな。
意外だぜ。
男は黙った。
下をむき、考え込んでいる。
リカインがストールから降りた。

「残念。時間切れです。交渉決裂ね。さようなら〜」

「待て。待ってくれ。わかった。わかったから、おれと一緒にきてくれ。証拠をみせる」

去りかけたリカインの肩に、男は手をかける。

「あれをみれば、あんたもおれを信用してくれる」

「ウソじゃないわよね」

「ああ。おれは話をするのは苦手なんだ。みてもらえば、わかる。おれときてくれ、あの部屋へ」

リカインは、値踏みするように男を見つめた。

「いいわ。行ってあげる」

男とリカインは連れ立ってパブをでてゆく。
どうやら、俺たちも行った方がよさそうだな。リカインは、おそらく事件の捜査でここにきているのだろうが、あまりにヤバイところに首をつっこむと、一人では対処に困るだろうしな。

「俺らも行こうぜ」

「おう。これを飲んでからだ」

口をつけないまま氷が解けてしまったブラッディ・メアリーを俺を一気にあおった。
ぐ。

「げえ」

すべて吐き戻した。
生臭せ。

「汚ったねえな。ヒゲ。むせんなよ」

違う。これは。
俺は、グラスのにおいを嗅いだ。

「俺が注文したのは、カクテルだ。
これは血だな。
なんの血だ。マスター、どういうつもりだ」

いつの間にかカウンター内にマスターの姿はない。
俺の問いにこたえるように、店の奥から、ゴスロリのメイド服を着た女給がでてきた。
人形めいた整いすぎた顔立ち。
毎度のおなじみの、か。

「失礼いたしました。お客様。こちらの手違いでございます」

「まことに申し訳ありません。お客様。いま、代わりをご用意いたします」

「ごゆっくりなさっていってください、お客様。たびたび来られているご様子ですが、マジェスティックは、ストーンガーデンはお好きですか」

同じ顔、体つき、赤い目をしたそいつらは、一人二人、三人、四人、五人とでてきて、俺たちを囲んだ。
気がつけば、店内には、俺たちと女給たちしかいない。

「おいおいおい。一。こいつは、この間の続きか」

「十人以上はいるぜ。弾、足りるかよ」

俺と一を取り囲んだ女給たちは、全員、無表情でこっちを眺めている。

◇◇◇◇◇◇

<春夏秋冬真都里>

少し前、いやだいぶ前の話なんだぜ。俺は、マジェスティックでスコットランドヤードに捕まったんだぜ。
上半身裸で、背中にわけのわからない文字を書かれ、オカマの化粧をして街をさまよっていたんだぜ。
なぜ、そうなったのか、俺にもわからない。
俺はヤードの留置所に放りこまれ、ホースの水とデッキブラシに乱暴に体を洗われたんだぜ。
メロン・ブラック博士の一味だと思われたらしいんだぜ。
留置場の床は冷たかった。
俺はそこで新しい兄貴に出会ったんだぜ。

「ヒャッハァ〜! あん。おまえはなにをやらかしたんだ。虎刈りのモヒカンなんてワイルドな野郎だな。おまえもパラ実生か」

「俺は、俺は、何者なのかわからないんだぜ。ここはどこなんだ。俺は悪夢の中にいる気がするんだぜ。あんたが軽犯罪王か。モヒカンの軽犯罪王が、お姫様を拉致、監禁したって話を警官から聞いたんだぜ」

「軽犯罪王? 俺の事じゃないのは確かだな! 俺は愛した女どもに裏切られた。ここをでて愛を取り戻す。あいつが姫様なんて俺にゃ関係ねぇんだよ。どいつもこいつも卑怯な手口で俺の邪魔をしやがって、しようがねえな、俺様が、愛を教えてやるぜ。まずは、あまねからだな」

「俺も自分を取り戻したいんだぜ。でも、やり方が。
人は一度失敗するとなかなか立ち直れないって、本当かもしれないんだぜ」

「バーカ。うまく行くまで、やり続けりゃいいだけじゃねえか。
おまえも、面倒くせえこと言ってねえで俺様と一緒に叫ぶんだよ。
俺のパンツをよこせー」

「俺には、そんなことは」

「こまけぇこたぁいいんだよ。言ってりゃ勇気がでるんだよ。
いいか、叫ぶぜ。
パンツをよこせー。パンツをよこせー。パンツをよこせー」

「わ、わかったんだぜ。兄貴。
俺もゼロからやり直すんだぜ。
理屈をこねずに目の前の問題に全力で取り組むんだぜ。
パ、パ、パ、パ、パ。パンツ。パンツ。パンツ。パンツ。パンツをよこせー。
俺にはパンツが必要なんだぜ」

「へっへへへ。一皮むけたな。
頼もしいやつだ」

俺は、マジェの軽犯罪王、南鮪兄貴と声がかれるまで叫びまくったんだぜ。俺と兄貴の魂の叫びに他の収容者も反応して、ヤードの地下留置場には、老若男女のパンツを求める声が飛び交いまくったんだぜ。
俺たちは、レボリューシュンを起こしたんだぜ。
無我夢中になってパンツ以外の言葉を忘れた俺は、気がついたらヤードから叩きだされてたんだぜ。
そして、道に倒れていたらパパに拾われたんだ。
ようするに、モヒカンの兄貴のおかげで道は開けたんだぜ。
その兄貴が、スートンガーデンで途方に暮れてる俺の前に、またきてくれたんだぜ。

「兄貴っ!」

「な、なんだおまえは、いきなり、抱きつきやがって、女の格好してるのに、男の声。こいつあ、俺様をハメるための罠だな。へへへ。心配するなよ。声がヘンなくらいじゃ、俺様は差別しねえぜ。
もっとよく、顔をみせてみろよ」

変装して柱の影に隠れていた俺は、兄貴が通りかかったのをみて、自分をおさえきれなかったんだぜ。

「南兄貴。俺だ。ヤードでお世話になった春夏秋冬真都里なんだぜ。
事件の調査をするために、被害者のパールに変装して、ガーデンをうろついてるんだぜ」

俺は、かつらを外して、だいぶのびたソフトモヒカンの髪をみせたんだぜ。

「真都里? 誰だ、そいつあ。
ま、俺様は、名前なんざ、気にしてねえんだよ。
白髪のモヒカンで女装なんてパラノイアな野郎だな。おまえもパラ実生か」

「学校か。俺は、いろいろあって過去を失っちまったんだぜ。
それを取り戻すために、いつか、大切な人に素直な気持ちを、気持ちを、伝えたくて」

カフェをでて、パールに変装した俺は、また、たまたま偶然、見かけたロレッタとノーンとファンシーと、沢渡と斎藤とネルの六人のあとをつけたんだぜ。
ち、違う。俺は、ストーカーじゃねえ。
大切な人を影からでもそっと見守っていたいだけなんだぜ。
そうしたら、六人はCHARNELに行って、そこで女の子三人と沢渡、ネル、斎藤たちの二組に別れたんだぜ。
俺は、女の子たちのあとを追ったんだぜ。だ、だって、危ないやつがいるかもしれないガーデンで、女の子だけじゃ危険なんだぜ。どこに不審者が潜んでいるのか、わかったもんじゃないんだぜ。俺は見つからないように気をつけ、こっそり、三人を尾行してたんだぜ。

「水くせぇな。俺とおまえの仲じゃねぇか。おまえの女は俺の女、おまえのパンツは俺様のパンツだ。
影でこそこそしてねえで、自分のものを堂々といただきにいこうぜ。
俺はガーデンにパンツ狩りにきたようなもんだからな。
獲物が増えるのはかまえねえんだ」

兄貴は俺の視線の先を眺め、すべてを察したらしいんだぜ。

「幼女三人組か。レアだな」

「兄貴。待ってくれ。俺は、ロレッタを静かに見守りたいだけなんだぜ」

「うるせー。俺の勝負に口だすんじゃねぇ」

南の兄貴は俺を押しのけて、三人の前にでていった。そして、凍りついたように立ちどまったんだぜ。
兄貴とむかいあった三人もまったく動かないんだぜ。
俺は心配になって、足音を立てないように気をつけながら、ロレッタに近づいたんだぜ。

「marbh・・・fara・・・gealach」(死者よ・・・血よ・・・月よ)

しゃがれた、雑音と、荒い息まじりの、低く暗い声が俺を包むように響いたんだぜ。
聞いたことのない言葉なんで、意味なんてわからないんだぜ。
ただ、こわかったんだぜ。
その言葉、というか、ほとんど呪文を唱えているのは、ファンシーで、彼女以外の全員がその声に縛られた感じで動けなくなってたんだぜ。
赤毛で、若草色のワンピースを着たファンシー・インテンス・モリガンは、見た目は小さな女の子だけど、壁にうつる影は、翼をたたんだ大きな鳥、大人の人間よりもずっと大きなカラスみたいだったんだぜ。
そのカラスが、ロレッタとノーンと南兄貴に呪文をささやいてるんだ。
俺は、ロレッタを助けなきゃ、なんだぜ。

「コワイ声をだすのは、やめるんだぜ! 俺は、ロレッタをこわがらせるようなマネは、許さないんだぜ」

蚊の泣くような声をようやく絞りだして、俺は、ファンシーに抗議したんだぜ。
ファンシーは呪文を唱えるのをやめ、俺に手をのばしてきたんだぜ。

「あなたもお友達になって、わたしを助けて」

「俺は、俺は」

ファンシーはこんなに小さな女の子なのに困ってて、悩んでて、助けてあげないと大変なことになる気がするんだぜ。

「まったく・・・手の掛かる子ねン。アハン! 探し回ったわン。真都里。帰るわよン」

突然、キャタピラつきのドラム缶が猛スピードで乱入してきて、蛇腹型フレキシブルアームで俺を抱えたんだぜ。

「離すんだぜ。俺は、ファンシーを助けるんだぜ」

「パートナーのあたしのことさえわかんないようなら、もうおしまいねン。あたしが叩きつぶしてスクラップにしてあげるからン、再生工場からやり直しよン」

「お、お前は、コークラン」

「そうよン。コークラン・ドラムキャン(こーくらん・どらむきゃん)よン。
もなかちゃンじゃ、ラチがあかないみたいなんで、あたしが迎えにかたのよン。
鳥の化け物と遊んでないで、イルミンに戻るのよン」

俺のパートナーのドラム缶型痛機晶姫、ボディにデカデカと和服姿のメガネ美女が描かれたドラムカン型ロボット? のコークランは、ぐんぐんスピードをあげ、俺を抱きしめたまま、ファンシーから離れていったんだぜ。

「コークラン。ファンシーは、影はおかしかったけど、あれはきっと目の錯覚で、本当の姿は非力な小さな女の子なんだぜ。
鳥の化け物は、言いすぎなんだぜ」

「ほんとに、困ったちゃんねン。
あたしの目には、どうみても超巨大カラスにしかみえなかったんだけどン、ほら、落ち着いてよくみてごらんなさいよン」

キャタピラを止めたコークランから降りて、俺は、数十メートル先にいると、ファンシーたちを眺めたんだぜ。
南の兄貴も、ロレッタもローンもまだ、あそこにいたんだぜ。
禍々しいほど黒く大きなカラスの前に。

「な、なんだってぇ!?」

「だから、言ったでしょン。あたしには、ヘタなまやかしは通用しないわよン」

カラスの茶色の目が、きらっと光った気がしたんだぜ。
そして、カラスは翼を広げると、その大きすぎる翼で三人を包みこんで、壁にうつった影に溶け込むように、消えていったんだぜ。

「ロレッタ。ノーン。兄貴ィ。ロ、ロ、ロレッタぁああああああああ」

あわてて駆けつけようとした俺をコークランがアームで持ち上げたんだぜ。

「ダメよン。いま、行ってもムダだと思うわン」

「俺は、俺は、ロレッタを助けないと、ここからは帰れないんだぜ。
このままじゃ、俺は、元には戻れないんだぜ!」

宙に持ち上げられたまま、俺は怒鳴ったんだぜ。

◇◇◇◇◇◇

<ラヴィニア・ウェイトリー>

タネ明かしをするとね、ボクの証言は全部、ウソだよ。
ニトロが犯人かどうかボクは知らない。犯行なんてみてないしね。ラムズの日記もすべてボクが書いたものさ。
なんで、そんなことをするかって、ボクはね、ある人に頼まれたんだ。
事件の捜査を混乱させて欲しいってね。お礼は前金で頂いたよ。毎度アリさ。
でも、せっかくのボクの仕掛けも死体で消えたせいでうやむやになりつつあるから、もう一仕事くらいはしたほうがいいかな、と思って。ラムズとガーデンをうろついてたんだ。

「ニトロさんには気の毒ですが、私も自分の日記には嘘は書きませんからね。
彼がなんらかの形で、犯行にかかわっているのは、たしかなんですよ」

「そーだね。ボクもそう思うよ。ほんっと気の毒だね」

「ええ。まったくです」

お人好しのラムズは、自分が本気でニトロの殺人を目撃したと思ってる。
その方がボクには都合がいいんで、別にそれでいいよ。世の中には、知らないほうが幸せな部分もあるのさ。
そしてまた新しい混乱のタネをボクは見つけたらしい。

男の子が両手で顔をおおい地面に倒れていた。
なにがあったのか知らないけど、彼は、大げさすぎるくらいの悲鳴をあげている。横には、くわえタバコの黒ネコのゆる族と、まじめそうなショートの銀髪のお兄さんがいた。
少年のあまりの苦しみぶりに、ガーデンの住人たちが続々と周囲に集まってきている。

「坊主。どうした」

職人っぽいおじさんが、男の子に尋ねた。

「僕の目を治療するって、ウソをついて、そいつが、PMRのシェイド・クレインが僕の目を潰したんだ」

男の子がうめきながら、答える。
ふうん。それは、大変だね。

「キャシャシャシャシャ。おっと、予想外の展開だぜィ。
どうするシェイド先生。患者は、こう言っておられますよ」

黒ネコは楽しそうだ。
加害者呼ばわりされているお兄さんは、一番落ち着いてる。PMRって、たしか真実を暴くとか、余計なことに血道をあげてるボランティア集団だっけ。

「私は、ニコさんの目にはなにもしていません。
彼が必要以上に顔を近寄せてきたので、それを手で払ったのですが」

「さあな、俺様は知らねぇなあ。どうだったかな。俺とニコはマジェじゃ一度、道を踏み外しかけた嫌われ者だからな。正義の味方のPMRさんに、なにをされようとも、けっして文句は言えません、ってか」

ボクも黒ネコさんの意見に賛成だな。
相手は、正義の味方だからね、悪はなにをされても文句は、言えないんだよね。
男の子か、お兄さんか、どっちが正しいか周囲の人々も態度を決めかねてる微妙な雰囲気。
そうだな。
人助けしようか。

「はーい」

ボクは手をあげた。もちろん、周囲の注目を集めるためさ。

「ボクはさっき偶然、みてたんだけどね。
そこのお兄さんは、少年の顔っていうか、目を叩いたようにみえたな。わざとかどうかは知らないよ。
ぱしーんっていい音してた」

「まさかの目撃者登場だぜィ。キャシャシャシャ」

「どこの誰か知らないけど、ありがとう。そうなんだ。僕のこの目は、クレインにやられたんだ」

おおおおおおお。

少年が顔から手を離すと、どよめきが起きた。彼は、血の涙を流していたんだ。

興奮した住民に囲まれても、お兄さんは抵抗しなかった。

「ニコさん。私は、あなたの目は光を失ってはいないと思います。
いま、あなたが眺めている世界がなんなのか、いずれ、あなたも気づくでしょう」

お兄さんは住民たちにどこかへ連れられていく。
彼が去った後、少年はボクに呼びかけた。

「僕を助けてくれた人。ありがとう。
ごめんね。僕はいま、暗闇しかみえないんだよ。でも、きみのおかげですごく助かったよ。
僕の名前は、ニコ・オールドワンド。
ニコは勝利者の意味を持つニコラスの略称さ。
十二月生まれの僕にとって、今月のここは勝利のためのステージだね。十二月の誕生石は、ターコイズ。意味は成功。
勝利者ニコ・オールドワンドは、石庭で成功を重ねて王になる。
きみの恩義は、忘れないよ」

「いいえ。王様。
ボクは名乗るほどのものでもなければ、見たままを口にしただけの一通行人でございます。
それではご機嫌麗しく、またお会いできる時を楽しみにしております」

ボクは、ここでは始終ぱかんとしていたラムズと、少年王の前から退席した。
金貨を頂いて、別の王のために働いていることは、口にせずにね。