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『スライムクライシス!』

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『スライムクライシス!』

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■2.閉ざされた校長室


「スライムってあれですよね。なんか中身液体ですよね」
 少し前にそう呟いた高務 野々(たかつかさ・のの)は、スライムたちを目の前に百合園の家庭科室へと辿り着いた。
「そう、確か、塩を使ってナメクジを溶かすことができるのは、浸透圧がどうたらこうたらいう……」
 彼女は何やら不鮮明なことをごにょごにょと呟く。
「つまり、まずは塩を確保しなくては!」
 これが彼女が導き出したスライムへの対応策だ。張り切った彼女は家庭科室の扉を開ける。
「ひゃあ!」
 しかし家庭科室にさえスライムが溢れ返っていた。野々は幻槍モノケロスを手に覚悟を決めると、勇猛果敢に踏み込んでいく。
「うう、気持ち悪いですね……」
 前後構わず飛びかかってくるスライムを槍を振るってなんとか切り抜けながら、手探りで食塩を探す。
 本当におびただしい数のスライムだ。しかし、飛びかかり攻撃に対して粘液攻撃は若干少ない気もする。少ないとは言え、バッドステータスを含んでいる以上注意して避けなければならないが。
「あった!」
 野々は『食卓塩』の文字がプリントされている袋を下の戸棚に見つけ、迷わず手を伸ばす。
「これで、このスライムたちもイチコロに――」
 勝ち誇りながら野々がそれを引っ張り出すと、思わず言葉を止めた。手元に現われた『食卓塩』の袋には、一匹の白いスライムがおまけでついてきていた。
 野々がそれに反応するより早く、スライムは野々へと粘液を飛ばしていた。
ぷあっ!
 粘液を近距離で食らった野々は、急激な眠気に襲われる。
「ふにゃ……私とした……ことが……」
 目蓋の重さに耐えられなくなった野々が前後に揺れたかと思うと、そのままスライムの海へと倒れこんでしまった。
 静香様たちは、ご無事なのでしょうか――。閉じてゆく意識の中で、野々は最後にそう思った。

     #

「どうしてっ!?」
 ミシェルは息を切らせて膝に手をつく。
「はぁっ、はぁっ……どこへ行っても、スライムだらけっ……!」

 ミシェルの無事を第一に考える銀は、明倫館の校舎内を駆けずり回った。一度は応戦することも考えたのだが、これだけの数ではさすがの銀も守りきれないと判断したのだ。
 しかしどこへ逃げても行く先々にはスライムの山。先ほど廊下で見かけた石化した生徒のことも加味すると、少なくともスライムたちの中には石化効果のある粘液を飛ばす奴がいる。これではやられるのも時間の問題かと思えた。

 今や彼らは廊下の突き当たりへ追い詰められている。
「マズいな、このままじゃ逃げ場がないぞ……」
 苦い顔をしながら、銀は飛んでくる粘液を器用に靴の裏で弾く。
「……あれ?」
 ふと何かに気付いたミシェルは、銀の背中からさらに数歩下がる。
「ねぇ銀……少し、下がってみて?」
「突然なんだ? そんなことできるわけないだろ」
 飛びかかってくるスライムを鉤爪で跳ね返しながら怪訝な顔をする銀に、ミシェルは「いいから早く」と急かす。
「ったく、なんなんだよ」
 渋々といった様子で銀が下がると、彼もおかしなことに気がついてミシェルを一瞥する。
「やっぱり。スライムたちは、ここへは近づけないみたいだよ」
 彼女がそう言う通り、ぎゅうぎゅう詰めになっているスライムたちもある一定のラインからこちらへは侵入してこれないようだ。どちらかというと、侵入出来ないというより自発的にそうしているようにも見える。
「ここは一体――」
 言いかけながらミシェルは表札を見上げた。
「総奉行室……?」
 ミシェルの言葉を聞くと、銀は弾かれたように振り返る。
「この際だから仕方ない。とりあえず中に入れてもらおう」
 言うなり、銀は扉を叩き始めた。
「総奉行! おい総奉行! いるんだろ!?」
「待って、もしかして彼女の身にも何かあったのかも……!」
 ミシェルが銀の手を止めると、二人は一度反応を待ってみる。

「ふぅ、もう感づいたんでありんすか……」

 僅かに聞こえたその声に、二人は顔を見合わせる。
「今、聞こえたよな?」
「う、うん……」
 それを確認し合うと銀はもう一度扉を叩くが、一向に開かれる気配はなかった。総奉行室前も無事なようだが、いつスライムが押し寄せるかわからないと思うと銀は焦った。
「なんでだ、なんで開けてくれない……?」

     #

ほんとに、なんで開けてくれないのよ!
 一方の百合園校長室も、セレンの手によって乱暴に叩かれていた。

 発生源を突き止めることにしたセレンとセレアナは、校長室で学内の地図をもらうついでに事情も聞くことにした。
 しかしいざ着いてみればこの調子である。

「ごっ、ごめんなさいぃっ!」
 気品漂う純白の扉の向こうから、百合園校長・桜井静香と思しき声が聞こえてくるが、なにやら様子がおかしい。
「だから謝ってばっかりじゃわからないの!」
「ごめんなさいっ! でも今は本当に協力できないの! お願い、わかって!」
 静香も一向に引き下がる様子はなく、このままでは暖簾に腕押しだ。
「ああああ、もうッ! 爆破!? 爆破ね!? この扉ブチ破られたいわけね!?」
 こんな状況にも関わらず静香は非協力的だ。そんな彼女に我慢も限界のセレンが爆薬に手をかけると、後ろでスライムをせき止めていたセレアナは慌てて彼女を止める。
「それは流石にマズいと思うわ。中に人もいるみたいだし」
 校長室の扉を校長ごと吹き飛ばしたとなれば、それこそ一大事である。
「でも、セレアナ。非常にムカつくわ」
 振り返ったセレンの目がすっかり『壊し屋』の色に染まっているのを見ると、セレアナはなんとしてでもこの場を治めなければならないと悟った。
「きっと何か事情があるのよ。それより、ずっとここにいても始まらないし、地図ももらえなかった以上ここの生徒と手を組みましょ?」
 セレンは飛び上がったスライムにカービンで応戦すると、むすっとした表情のままセレアナと校長室とを交互に見た。
「むぅ、仕方ないわね。どうやら校長にとっては非常事態じゃないみたいだし、そうしましょ」
 なんとか了承してくれたことにセレアナが胸を撫で下ろすと、二人は校長室を離れた。

     #

「やっちゃん! そのでっかい盾で突撃して!」
 外からそんな声が響いてきたかと思うと、少しして明倫館・家庭科室の外側に面した窓が激しく割れた。
「ふぅ、着いたね〜」
 この教室に突っ込んで来たのは霧雨透乃の一行である。
「あら、ここもスライムばかりですね」
 辺りを見渡した陽子が呟くと、早速透乃はスライムを殴り始める。
「ちゃっちゃと掃除して、早く調理に移ろう!」
「ここはそんなに多くないな。もう『イナンナの加護』はかけたから、私は入り口を押さえるぞ」
 そう言った泰宏が入り口へ向かうと、陽子は目の前のスライムを『ヒプノシス』で眠らせ始めた。
「あれ?」
「あら?」
 透乃は盛夏の骨気の炎熱部分で、陽子は催眠術でスライムに攻撃を仕掛けていくが、次第に二人は疑問符を浮かべた。
「なんだか赤いスライムばっかり残るなぁ」
「私の方は白いスライムが眠りませんね」
 言いながら二人は背中合わせになると、示し合わせたようにくるりと前後を交代した。
「陽子ちゃんは『ヒプノシス』使ってんだよね?」
 透乃が白いスライムに向けて拳を打ち下ろすと、スライムはジュッと蒸気を上げて床に崩れ落ちる。
「睡眠に耐性のある白いスライムは、きっとスリープスライムだね。粘液攻撃は睡眠か」
「となると、こっちの赤いのはレッドスライムですね」
 陽子は冷静に分析しながら、一斉に催眠術をかける。
「炎熱耐性で、炎を食べるんでしたっけ?」
「道理で。私の攻撃が効かないわけだよ」
 あらかた片付いたのを確認すると、透乃は催眠術にかかって大人しくなった灰色のスライムを掬い上げる。
「じゃあこれはライムスライム? 石化耐性石化攻撃の?」
「おそらく」
 陽子が頷くと、透乃は手に持ったそれをじっと見続ける。
「ねぇ陽子ちゃん?」
「……はい?」
 なんだかこれからロクでもないことを言い出しそうだなと怪しみながらも、陽子は一応答えた。
「『清浄化』、使えるんだよね?」
「え、ええ、まぁ……そうですけど――って、ああ!
 陽子の予想は見事的中した。状態異常の回復が出来ると聞くなり、透乃は寝ているライムスライムにかぶりついたのである。
「透乃ちゃん、生のまま食べたら……しかもそれじゃあ踊り食いですよ……」
 心底心配そうな顔をする陽子の傍でライムスライムの味を吟味する透乃は、何回か咀嚼するとごくりと飲み込んだ。見ている陽子は生唾を飲み込む。
「ど、どうですか……?」
「んー、のどごしはいいけど、これと言って味は――」
 そこで透乃の言葉は止まった。身体の内側から石化が完了したのだ。
 それを見た陽子は『清浄化』を発動させる。
「どうやら今日は、回復役に徹することになりそうですね……」

     #

「な、なにこれ……? 何でスライムが溢れてんの!? なんなのこれ!?」

 百合園生であるミルディア・ディスティン(みるでぃあ・でぃすてぃん)がこう驚いてからしばらく経つ。
 今はスライムに襲われてしまった人を助けようということで、パートナーの和泉 真奈(いずみ・まな)とスライムを避けながら校内を探索していた。

「ぷあっ!」

 ミルディアはふと立ち止まる。
「どうしたんですの?」
 不思議に思った真奈が尋ねると、ミルディアはきょろきょろと辺りを窺った。
「今、声が聞こえたような……この教室から」
 ミルディアが指したのは家庭科室。真奈は思わず聞き返してしまった。
「本当ですか? 私には聞こえませんでしたけど……」
「まぁとにかく見るだけ見てみま――うわぁ!
 中を覗き込んだミルディアがあまりにもあからさまに驚くので、真奈も入り口に近付いた。
「うっひゃ〜、スライムの海ですわね……」
 二人はしばらくその光景に立ち尽くしていたが、やがてミルディアは拳を握り締めた。
「ええい、やられた時はそん時よ!」
「ちょ、ちょっと、ミルディ!?」
 真奈が止める声も無視し、ミルディアは無謀にもスライムの中へずかずかと踏み込む。まだ入り口から動かない真奈は呆れ果てた。
「まったく、何も対策なし飛び込むなんて……」
 わたくしも自分にできることをやるしかないかと覚悟を決めると、真奈は大きな溜め息をついた。

「へんっ! あんたたちののろまな粘液なんか当たらな――あ、誰か倒れてる」
 ミルディアがスライム相手に喧嘩を売りながら掻き分けていくと、メイド服を身に纏った女子生徒を見つける。慌てて駆け寄ったミルディアは、彼女に乗っているスライムをどかした。
「ちょっと、あなた大丈夫――ん?」
 ぐっすり眠りについている彼女を揺さぶっていると、ミルディアは彼女が大事そうに持っているものを見た。
「『食卓塩』? このコ、塩を抱えたまま寝てる……塩眠り姫だな」
 どうでもいいことを思いつき思わず口にしてしまったミルディア。その隙を突いたのは、先ほど『あんたたちののろまな粘液』の台詞と同時にどかされた一匹のライムスライムだった。そのスライムは「これでものろまか!」と言わんばかりに粘液を飛ばす。
きゃあっ!!

「ミルディ!?」
 入り口付近のスライムにてこずっていた真奈は、ミルディアの悲鳴に顔を上げた。
 見ると、スライムの海にしゃがみこんだまま石になっている。
「待っててくださいね、今『清浄化』で――あっ、ひゃうん!!
 焦った真奈が体勢を崩すと、その先で待ち受けていたスリープスライムの粘液を食らってしまった。

     #

「ちっ、魔法が効かねぇ! 相性最悪じゃねぇか、くそっ!」
 リーブラを海京に置いてこなけりゃ――! 百合園の廊下で、シリウスは苦戦を強いられていた。もともとのスライムの特性に加えて、この特殊なスライムたちは物理攻撃にも魔法攻撃にも強い。やたらめったら魔法を打つだけでは効率が悪いのだ。
 五芒星の護符でバッドステータスに対してある程度の抵抗を得てはいるが、先ほどから何回か粘液を避けきれず、効果もそろそろ怪しくなってきた。現に、戦闘中だと言うのにも関わらずほんのり睡魔に襲われつつある。
 こんな戦況なのに彼女のパートナーであるサビク・オルタナティブはどこへ行ったのかと言うと。

「イコンもなければ星剣もない。今のボクにできる事は何もないんだな、これが」
何かしろーーーッ!!
 呑気に肩をすくめて首を振るサビクにシリウスが怒鳴ると、「天秤がいないと成り立たないなぁ」と残して避難経路の確保へと走った。

「オレの『子守唄』を聞けぇ!」
 シリウスはスライムたちを観客に、自慢の声で歌い出した。スリープスライム以外は次第に大人しくなっていくが、次の波が押し寄せてくる。それを見たシリウスは歌うのをやめ、別の手段へと移る。
「刻むぜ、炎のビートッ!」
 シリウスが繰り出した『ファイアストーム』は、スライムではなく周囲の壁を燃やし始めた。やがて炎は燃え上がり、スライムたちを沸騰させていく。
「魔法の起こした延焼なら、さすがに吸収はできねぇだろ?」
 彼女の言う通りほとんどのスライムたちは弾けながら水蒸気と化していくが、その炎もすぐに小さくなり始める。
「あ、あれ? なんでだ?」
 燃え盛る炎の中、よく目を凝らして見てみると、レッドスライムが群がって辺りの炎を食べ始めていた。まだ時間も経っていないのに、シリウスの炎はあっという間に鎮火されてしまう。
「おいおい、マジかよ……」
 それを見て唖然とするシリウスに、二体のスライムが飛びかかる。思わずシリウスが目を瞑ると、どこかから飛んできた『破邪の刃』でスライムたちは消し飛んだ。
 戻ってきたサビクがシリウスを気遣う。
「大丈夫?」
「あ、ああ、すまん。スライムがあまりにも多種多様なんで驚いちまった」
 シリウスはスライムたちから少し後ずさった。
「じゃあ……逃げる?」
「そうだな。三十六計逃げるにしかずってヤツだ」
 そう言いながらシリウスが自分たちに『空飛ぶ魔法↑↑』をかけると、シリウスはふとスライムの大群の中にあるものを見た。
「美緒――!」
 石化している美緒が、スライムで埋め尽くされたこの廊下の先にいる。隣では美緒のパートナー、ラナ・リゼット(らな・りぜっと)が夢の世界に堕ちている。
「作戦変更だ。あいつらを連れて逃げる」
 シリウスが美緒たちを顎で指すと、サビクもそっちを見た。
「シリウス、最優先はボクらが逃げ切ることだよ」
「今は飛べるし、オレにはまだ五芒星の護符も効いてる。お前も睡眠は大丈夫だろ?」
 シリウスは聞く耳を持たないように見えるが、それでもサビクは彼女を諭す。
「ねぇ、多少の犠牲は目を瞑ろう。彼女らも早々死にはしないよ」
「ふざけんな! 逃げるなら全員でだ、そこはゆずらねぇぞ!」
「あっ、シリウス!」
 声を張り上げたシリウスは、サビクの言葉も聞かずにスライムたちの真上を飛んでゆく。サビクも仕方なく後を追った。
 スライムたちの体当たりでこそ届きはしないが、天井もさほど高くないこの廊下では絶対に安全だとは言えない。下から粘液攻撃が飛んでくる度、サビクはひやりとした。
 美緒たちはそんなに遠いところにいるわけではない。飛んでいけばすぐだった。
 二人が『ファイアストーム』や『破邪の刃』でスライムたちをある程度押しのけると、美緒たちの側に降りる。
「サビク、浮力でなんとか美緒を持てるか?」
「うん、大丈夫そう。シリウスも急いで」
 サビクに美緒を抱えさせると、シリウスはラナに手を伸ばす。
「シリウスッ!!」
 感づいたシリウスも反射的に振り返っていたが、サビクが叫んだその時にはもう遅かった。ライムスライムの粘液がシリウスに直撃し、シリウスの身体はそこから徐々に石化が始まる。
「うわっ、くそ、護符ももうダメか……」
 悔しそうに顔を歪ませるシリウスは美緒を抱えて浮遊するサビクを見上げた。
「お前は美緒を連れて逃げろ!」
「そんな……逃げるなら全員でって、シリウスが言ったんじゃないか!」
 サビクが必死に訴えても、シリウスの石化は既に肩まで到達している。ぐずぐずしていたら、サビクも攻撃を受けてしまう。
「バカっ、ここでお前までダウンしたら誰がオレを助けにくるんだ!」
「でもっ――」
いいから行け!
 シリウスがサビクの言葉を遮って怒鳴ると、サビクは断腸の思いでその場を後にした。

「頼むぜ……」
 スライムの海の中でそう呟いたシリウスは、飛び去るサビクを見送りながら石化を遂げた。

     #

「で、私たちはなんで放送室に向かってるんですか?」
 ガーゴイルに乗って明倫館の廊下を移動する紫月 睡蓮(しづき・すいれん)は、パートナー仲間のエクス・シュペルティア(えくす・しゅぺるてぃあ)に尋ねた。
「さっき唯斗から連絡があったのだ。放送室に立てこもって自分のマーカーを追ってくれとな」
「ふぅん、なんなんでしょう――ってああ、駄目ですよー、ガーゴイルさん。それは食べても直ぐ出して下さい、お腹壊しちゃいますよ?」
 睡蓮は小首を傾げかけると、スライムを丸呑みしたガーゴイルをぺちぺちと叩く。
「よくわからぬが、とりあえず言われた通りにしてみよう――お、ここだな」
 辿り着いた二人が放送室を開けると、睡蓮は戦慄した。
きゃあああああああっ!?
 エクスも目を見開く。
 放送室はどこにもましてスライム漬けだった。狭い個室は明かりも点いていないので、鈍く反射するスライムたちが余計不気味に見える。
 ガーゴイルにも攻撃させながら半狂乱で攻め入る睡蓮。その後ろでエクスは無意識に携帯を開いていた。
「あ、ああ、唯斗か? すまないが放送室は思いのほか満員御礼で、尽力はするが時間が――うわっ!
 電話に意識を向けてしまったエクスに、放送室から流れ弾ならぬ流れ粘液が飛んでくる。気付けば、狭い部屋でスライムに囲まれた睡蓮がちょうど石化しかけているところだった。
 エクスは急激な眠気に襲われながら、なんとか唯斗に言葉を残そうとする。
「わ、わらわも……しゅいれんも……だめな……よう……むにゃむにゃ」
 エクスがついに倒れこむと、手から落ちた携帯から唯斗の呼びかける声が反響した。

「あ、らぁ……?」
 そこへ通りかかったのは、上気した表情のつかさだった。若干目がとろんとしている。
 今しがた眠りに堕ちたエクスを発見すると、しゃがみこんで彼女の顔を覗く。
「ふふ、こんなところでおねむでございますの……?」
 色白な頬をつんつんとつつくと、つかさはにんまりと笑んでみせる。
「……美味しそうなほっぺたですことぉ」
 満足そうに何回か繰り返していると、つかさは何か思い立った様子でふと周りを窺う。放送室内にスライムが溢れてはいるが、この廊下は先の二人が掃除しながら来たためスライムはさほど多くなかった。もちろん、人はいない。
「この惨事中です、どこかへ引きずりこんでも……平気でございますわねぇ」
 火照った身体を疼かせると、つかさは立ち上がって眠るエクスの腕を掴んだ。

     #

 その頃の百合園の廊下には、ヴァーナー・ヴォネガット(う゛ぁーなー・う゛ぉねがっと)の姿があった。
「誰かいないですか? 危ないから逃げてくださいです〜」
 彼女は声をかけながら辺りを見回す。しかし既に避難した後のようで、あまり人気がなかった。言うまでもなくスライムは盛り沢山だが。
「ボクたちの百合園を困らせるスライムちゃんはメッです!」
 ゆるい調子で喋りながら幻槍モノケロスでスライムを串刺しにすると、廊下の窓を開けて外へ投げ捨てる。容易に倒せないことを厭った彼女は、そういう対処法を編み出していた。
「ん? 焦げてる……」
 床と壁が不自然に焼けていた。火を噴くスライムはいなかったなと思いながら、ヴァーナーはその跡を掌でなぞった。まだ温かい。
 直感の走った彼女は、槍を大きく振り払うと廊下の奥を見据えた。
「あ、あそこに石化している人が」
 石化したシリウスに気がついたヴァーナーはスライムを駆除しながら彼女の元へと進んでいく。
「でも、スライムちゃんもじっとしてぷるぷるしてるだけなら可愛いのに、残念なんです〜」
 彼女はそう涙をこぼしつつも、容赦なくスライムを外へ廃棄していった。