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【カナン再生記】巡りゆく過去~黒と白の心・外伝~

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【カナン再生記】巡りゆく過去~黒と白の心・外伝~

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第3章 漆黒の罠 1

 城の地下へ向かったロベルダたちが通路を渡っていたその頃――ヤンジュスの古城内には、まるで地下への侵入者を許さないとばかりに攻め込んできた魔物たちがいた。だが、それを阻むかのごとく、古城内で戦闘に従事する契約者たちもいたのである。
「源九郎義経――推して参る」
 冷厳ある声がささやかれた瞬間、すでに九條 静佳(くじょう・しずか)の刀は敵を一閃していた。頼りになるパートナーのそんな姿を背後から見守りながら、魔道銃の引き金を引く伏見 明子(ふしみ・めいこ)は自嘲するように呟く。
「荒事担当したほうが役に立つかなーとか思ったけど……頭が筋肉バカみたいで微妙な気分よねー」
「ケケ、力尽くは今に始まったことじゃねェダロ、マイマスター」
 そんな明子に軽口を叩くのは、レヴィ・アガリアレプト(れう゛ぃ・あがりあれぷと)だった。
 普段は明子を守るべく魔鎧姿になっていることの多いレヴィだが、襲いくる魔物がベアウルフやオーク程度であればそこまでする必要はなかった。その代わり、自ら剣を持って敵をなぎ払ってゆく。
 魔鎧を装着していない明子はコートの下に薄手のインナーだけで、どことなく艶かしい。本人曰く、サービスらしいが――それが魔物相手に効くかどうかは定かでない。
 それにしても、これだけ魔物の数が多くなってきたことは何か理由でもあるのだろうか?
 明子はどうにも腑に落ちなさそうに呟く。
「あらかた追っ払ったと思ったんだけどな」
 すると、そんな明子の隙を狙って、オークの豪腕が迫っていた。しかし――気づいたそのときには、醜悪な豚は槍の一撃のもとに斬り払われた。
「とと……ありがとう、音穏ちゃん」
「礼にはおよばぬ」
 漆黒の籠手とそこから広がって口まで覆っている布の出で立ち。どこか忍者を彷彿とさせる黒之衣 音穏(くろのい・ねおん)は、まるで主君を守るかのように明子の前で襲いくる魔物たちを阻んだ。旋風のように振り回される槍が、魔物たちを怖気づかせる。
 彼女だけではない。
 明子の横から、美しき歌声が聞こえてきた。そこには、音穏と同じ七刀 切(しちとう・きり)を契約者とするトランス・ワルツ(とらんす・わるつ)がいた。
「トランス、参るぞ」
「うん、了解ー!」
 音穏の声を合図に、トランスの魔力を込めた歌声が広がった。
 歌声には、それを聴く味方の能力を向上させる効果がある。よりいっそう力を増した音穏は、魔物たちの中心に攻め入って一気にそれを殲滅する。呼吸を同じくする二人の連携は、明子たちでさえも圧倒されるほどであった。
「すっごいなー……うーん、こっちも負けてられないね」
「だね。よし、レヴィ……やるよ」
「よしきた。フォローなら任せておいてクレよ」
 一旦後退した静佳は刀を鞘に納めると、敵陣へと飛んだ。その間に、レヴィはイナンナの力からもたらされる聖なる加護を展開している。敵の気配を感じ取ることはすなわち、敵の位置を把握することに相当する。
「旦那ァ、後ろに3体いるぜぇ」
「……了解だ!」
 静佳の刀は、目にも止まらぬ速さで敵を斬り屠ってゆく。流れるようなその動きは、レヴィの告げる敵の位置を正確に刻む。
 そうこうしているうちに、魔物たちは襲いかかるのを恐れて静佳たちから後退していった。明子たちも敵と対峙して、深追いすることはない。
 このまま去るか……? そんな期待を寄せたそのときだった。明子たちの戦うそこに、巨大な影が現れたのは。
「あ、ありゃあ……」
 わずかに緊張を含んだレヴィの声が聞こえた。それは、見紛うことなき一つ目の巨人。棍棒を手にしたそいつは、まるで真打登場とでも言わんばかりのふてぶてしさで魔物たちの前にのそのそと進み出た。
 いや、あるいは本当に魔物たちにとっては真打なのかもしれなかった。実際に、ベアウルフたちは歓喜するかのように雄たけびを上げている。
 その巨大な姿に、わずかに動揺を見せざるえない明子たち。
 しかし――
「……でも、これは逆にチャンスかも」
 不敵に笑った明子が言った。
「あんだけおっきいなら敵も頼りにしてるはずよ。アレを押さえれば全体を崩せる」
 それは、確かにそうだ。
 明子の言葉を聞いて、音穏たちの目にも決意が見られる。魔鎧姿となったレヴィが明子を纏い、戦闘態勢は整った。
 明子の瞳が、己を鼓舞するように敵を見据える。
「地下を探索してる人たちのためにも、これ以上、先に進ませるわけにはいかないからね」
「うん! みんなの助けになれると、嬉しいな! 音穏ちゃんも、そう思うでしょ?」
 明子に同調したトランスが緊張感なくにこにこと音穏に聞くと、彼女は顔を真っ赤にした。
「……べ、べつに他の探索班の手助けになるなど考えておらん! あ、あくまで我は好きにしているだけだ」
 明らかにバレバレなその様子に、静佳と明子はトランスとともにくすくすと笑う。
「な、なんだ、何を笑ってる!」
「いやいや、可愛いな〜とか思っちゃったりして」
「か、からかうなトランス! 明子!」
 にやにやと笑う明子にそう言い放って、音穏はそっぽを向いた。
 面白い仲間とも一緒になって、愉快な気分だ。さて、あとは――この目の前の巨人倒して万々歳にしてやる。
 龍鱗化が明子の身体を鋼鉄のように硬く覆った。更なる力の奔流は、彼女の身を硬くしてゆく。そして、彼女はサイクロプスに向けていかにも挑発するように手招きをした。
 無論――それに怒りを覚えぬサイクロプスではない。
 憤怒したそいつは、猪の如く彼女に突進してくると棍棒を思い切り振り下ろした――明子の構えた巨大な盾ラスターエスクードがそれを正面から受け止める。敵のあまりの力と、欠けた盾の性能差が起こり、一瞬だけ押し込まれそうになるものの、彼女の身体はそれ以上動くことがなかった。
 にやりと笑う明子。
「でかくて強いのがご自慢だろうけど……生憎だったわね。それだけじゃあ私は抜けないな!」
 瞬間、ヒプノシスの催眠術がサイクロプスを襲う。だが、単細胞ゆえの本能か。敵は即座に眠ることはせず、ふらつきながらも後退した。だがこれで、敵の弱体化することには成功している。そして、隙さえも――
「おーけー」
 明子の澄んだ声とともに、静佳と音穏が飛び出た。
 その背後から、トランスの歌声が彼女たちの力を増幅させる。更に、トランスの歌声は魔物たちを怯ませる恐怖の力さえも響かせた。
 お膳立ては整った。
「はあああぁぁ!」
 一閃。
 静佳の刀はサイクロプスの弱点であろう一つ目を天から斬り裂いた。地鳴りのような叫び声が轟く中で、音穏はすでに斬り裂かれた一つ目の前に跳躍している。
「ふ……!」
 呼吸とともに、光の力――バニッシュがサイクロプスを包み込んだ。神聖なる光の力は、まるで炎か雷撃かのように閃光を散らした。浄化の力はサイクロプスを内部から焼き尽くす。
 そして――最後に、音穏の槍はサイクロプスの一つ目を貫いた。
 地にぶっ倒れたサイクロプスの姿。
 明子は残された魔物たちをギロリと睨みつけた。まるでマフィアがなにかのようなその貫禄に加えてサイクロプスという親玉を潰された恐怖は、彼らに挑む覚悟など与えてくれるはずもなく……そのまま、魔物たちは逃げ出していった。
 それを確認した静佳は、ようやく息をつく。
「なんとか……倒せたね」
「ああ、それにしても……サイクロプスの一撃を受け止めるなんて、九條のパートナーには驚かされるな。一歩間違えると潰されてたぞ」
 音穏の言葉に静佳は苦笑しながら答えた。
「はは……でも、僕はこんな巨人を見て笑ってられるのもすごいと思うけど」
「……まあ、な」
 お互いを見やって苦い顔をする静佳と音穏。
 彼女たちが振り返ったとき、トランスと明子の二人はブイサインをビシっと決めていた。