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リアクション
第3章 漆黒の罠 4
緋雨たちよりも先行して先に向かっていた先頭天津 麻羅(あまつ・まら)とシニィ・ファブレ(しにぃ・ふぁぶれ)は、古城を見回しながら進んでいた。
「ほう、なかなか良い趣味をしていたようじゃのう」
「うむ……朽ちてしまっているとはいえ、美しい造詣じゃ」
荒らされつくしている古城の各部屋を見ながら、鑑定人のように二人は話している。どうやら部屋の内装など、さすがに城というだけあって豪華なものらしい。
更に――
「む、こ、これは! あの高名な画家のフランソワ・ディ・ボルディアビッチの絵ではないかっ!?」
知る人しか知らないだろうと思われる人の名前を言いつつ、シニィは壁にかけられている絵に興奮していた。
本当に探索か? と聞きたくなる状況であったが、そこは気にしたら負けということだろう。お宝を探しているという点では、間違ってはいないわけであるし。
興奮するシニィを尻目に、ふと大人しく辺りを見回していた櫛名田 姫神(くしなだ・ひめ)が麻羅に問いかけた。
「ところで……緋雨さんの聞いてきたという場所はどの辺にあるのですか?」
「多分、もうそろそろだと思じゃと思うが……」
緋雨と似た顔をした姫神と話していると、麻羅はなにかと不思議な感覚を受けるが、これでも彼女は魔鎧であった。どこか達観した冷静さを帯びた姫神のそれは、似てるとは言っても緋雨とは違うものだ。
しかしなぜか――時々一体感を感じるのは錯覚であろうか。緋雨自身がそれに気づいているのかどうかは分からぬが、少なくとも麻羅は違和感にも似たものを覚えていた。なに、だが、今はそれを気にしている場合ではない。
彼女たちの会話を聞いていた草薙 武尊(くさなぎ・たける)がぼそりと呟く。
「もうそろそろか……」
「うむ……緋雨がロベルダから聞いた、妻であるシュメルの部屋。もう一つ階段をのぼれば、その先にあるという話じゃが……」
「その前に敵が現れる――」
武尊が口にしたそのとき、階段を目の前にした彼らの前に現れたのはベアウルフとオークの群れだった。
「――なんてことがなければ良いのだがな」
「……それはこいつらを目の前に言うのは無駄なことじゃろ」
魔物を前にしても心を揺るがせない武尊に、麻羅が呆れた声を返した。いずれもすでに構えをとっている。こうした魔物との戦闘を想定した上で、緋雨たちよりも先行していたのだ。襲いかかってくれば、なぎ倒す覚悟だ。
襲いかかってくるその瞬間、敵が一閃の剣線によって斬り裂かれたのはそのときだった。
「……!?」
それは、まるで黒き影が降り立ったような姿だった。ブラックコートを靡かせる青年の刀は不気味に緋色を帯びている。ゆらぐようなその輝きが宙を走ると、そのときにはすでに敵の身体が両断されていた。
「だ、だれじゃ……!?」
「驚かせてごめんなさい」
そのとき、背後から麻羅たちに注がれた声はとても優しげであった。振り返ると、そこにいたのは流水のように流れる長髪をかきあげた一人の女だった。
「ワタシ、雨宮 渚(あまみや・なぎさ)。そしてそっちの人は……」
「氷室 カイ(ひむろ・かい)だ」
青年――カイは、渚に答えたそのときにはすでに敵を全て斬り屠っていた。
そうか。名前は聞いたことがあるのを覚えている。確か、同じシャンバラの遠征兵の中にいた者たちだ。
麻羅が思い出したのを表情で見てとったのか……渚は彼女たちににこっと笑ったのだった。
シュメル・ニヌアは、ニヌアの街で生まれ育った一介の街娘であったという。彼女がどうしてシグラッドとともに人生を歩むことになったのかは定かではないが、ただ言えるのは、彼女は母として、そして一人の人間としても、あまりに早く亡くなりすぎたということだった。
「ここが……母なる人の部屋か」
部屋の鍵を施錠したカイは、ピッキングに使った針金をくるくると回しながら感慨深そうに言った。鍵がかかっていることからも予想はしていたが、他の部屋に比べて比較的そこは元の面影を残したままの部屋であった。
早速部屋の探索を始める麻羅は、とあるビンに気づいて持ち上げる。
「なんじゃ、こりゃ……」
「ぬ、ぬおお、それはっ!? ま、麻羅よ! ちょっとそれを見せるのじゃ!」
麻羅の持っているビンに対して異常なまでの興奮を見せたのはシニィだった。どうやら、彼女の大好物の酒のようだ。
「こ、これは年代物の名酒ではないかっ!? うーむ、こんなところで出会えるとは……」
自分だけなにかと歓喜するシニィに呆れる視線が注がれるが、まあいまに始まったことではない。
それよりも、緋雨はテーブルの上に飾られているなにかを眺めている渚のもとに向かった。
「渚さん……? それって……」
「写真みたい」
古ぼけた、決して画質が良いとは言えぬ写真だった。しかしそこには、幼いシャムスとエンヘドゥ……そして二人の両親がともに写っている。とても、幸せそうに。
「カナンには写真の技術はないけど、南カナンはアーティフェクサーなんかが進歩してるから……きっとこの写真もその技術を使ったのね」
「ちょっと、借りてもいい?」
「ええ、もちろん」
渚は緋雨に写真を手渡した。
すでに、姫神の姿は彼女たちのもとにはいなかった。いや、現実には彼女は――緋雨の魔鎧として彼女を覆っているのである。そしてそれは、緋雨に超人たる力をもたらすこととなる。つまり――過去の軌跡を読み取る力だ。
緋雨は手に触れた写真に意識を集中させる。写真を撮ったときのかつての情景が、緋雨の脳裏に糸を紡ぐように生まれてきた。それは、幸せと一言で言っていい光景だった。楽しそうな二人の子供、それをほほ笑ましそうに見守る両親。ヤンジュスの城ではしゃぎまわる子供たちのそれは、今の古城の姿からは想像ができなかった。
「緋雨さん?」
「え……な、なに?」
「大丈夫?」
緋雨はいつの間にか、なぜか涙を流していた。もしかしたらそれは、そこにあった光景があまりにも眩しすぎたからなのかもしれない。
彼女は涙をぬぐって、なんでもなかったかのように笑った。
「う、うん、大丈夫」
そうして写真を机の上に戻した緋雨。彼女はその後、辿った過去の軌跡をソートグラフィー能力でテクノコンピューターに出力させていたが……そんな中でくたびれたように壁に椅子に座ったのはまゆりだった。
探索に飽きてきたのか、ぐでんとして彼女は言う。
「さすがにこう歩きっぱなし、調べっぱなしだと疲れるわ。緋雨さん〜、少し休憩しない?」
すでに休憩してるではないか。
というツッコミはさておいて、彼女は椅子に体重をおもいっきりかけると、そのまま壁にもたれかかった。すると――
「へ?」
壁が彼女の体重を乗せたまま、ガタンと崩れたのだった。どうやらもろくなっていたことが原因らしい。
豪快に崩れた壁の向こうに倒れたまゆりの目が、きょとんと見開いた。
「これって……」
彼女の下着が丸見えになってることなど全く興味もなしに、武尊が壁の向こうを覗きこむ。崩れた壁はともかく、そこは確かに人工的な内装をしていた。
「隠し通路、ということか」
「……ふふ、ふふふ」
武尊の足元で、いまだ仰向けのままのまゆりが不気味な声をあげた。ぎょっとなるみんなの前で、彼女はとても楽しそうな顔をする。
「これは、なんか値打ち物がありそうな予感がするわ〜!」
――やはりその原動力はお宝なわけで。
呆れる仲間たちをよそに、まゆりはその隠し通路を進んでいった。慌てて彼女の後を追う仲間たち。と――最後に向かおうとした杏は机の上の写真にふと目を落とし、
「…………」
そして、それを掴んだ。
「娘さんの為にこれ借りるわね」
写真のこの城の主は今は帰らぬ人となってしまったが、彼女は一言だけそう告げたのだった。
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