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【カナン再生記】巡りゆく過去~黒と白の心・外伝~

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【カナン再生記】巡りゆく過去~黒と白の心・外伝~

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第3章 漆黒の罠 7

 たどり着いたとき、そこにいたのはどこか妖艶な雰囲気も漂わせる青年であった。刺青を入れた左右非対称の顔は不思議な感覚をロベルダたちに抱かせる。
 青年の顔を確認した鳳明たちが、声をあげた。
「あなた……三道のっ!?」
「おや……よく覚えてらっしゃいましたね」
 青年――両ノ面 悪路(りょうのめん・あくろ)はまるで客人をもてなすかのように言った。しかし、そこにいたのは彼だけではない。
「おうおうおう……くだらねーモンスター退治かと思ってたが、面白い奴らがいるじゃねーか!

「ふむ……楽しめそうですねな」
 まるで炎が纏わりついているかのような緋炎の髪をした獣人と、紳士然とした気品を漂わせる男が言う。羽皇 冴王(うおう・さおう)――それにヘキサデ・ゴルディウス(へきさで・ごるでぃうす)だ。
 そしてその横で冷厳の瞳を向けるのは、正吾もよく知る二人だった。
「お前らは……!?」
「……久しいな。忌々しいが……その節では世話になったというべきか」
 正吾の驚愕の声に答えるモードレット・ロットドラゴン(もーどれっと・ろっとどらごん)は苛立たしげに彼を見据える。終始落ち着いた様子の久我内 椋(くがうち・りょう)は、そんなモードレットを見守るようにして傍らにいた。
 冴王をはじめとした彼らのことを、冒険屋のメンバーは特に知っている。これまで、数々の非道を繰り返してきた――三道 六黒(みどう・むくろ)の仲間だ。
 無論それは彼らも同じことであり、冴王は顔見知りがいることに高揚するような様子さえ見せていた。純粋なる破壊衝動が彼を襲っているのだろう。そしてそれは――悪路の声によってよりいっそう加速することになった。
「……好都合ですね」
「あ?」
「彼らと出会えたのは、ある意味幸運かもしれない」
 悪路の言葉に、仲間たちが耳を傾けた。冴王は遠まわしな彼の物言いに苛立ったように声を返す。
「どういうことだ?」
「情報は力……ただ一勢力だけがそこに残ることになれば、当然の如く情報はその者の物に。つまり……」
 それ以上は、言葉は不要だった。
「つーことはだよ……要は――」
 冴王の双眸が鋭くロベルダたちを睨み据えた。それに気づかぬロベルダたちではない。彼らがそれぞれに構えたところで、楽しげに冴王は唇を歪めた。
「――奴らを潰しゃあ良いってことだろ?」

 飛び込んできた獣人から飛びのいたロベルダたちは、それぞれが反撃を開始した。しかし、次の瞬間には獣人の放つ奈落の鉄鎖が地中の闇から飛び出していた。更にはそこにヘキサデのファイアストームがなだれ込んできた。炎の嵐は、契約者たちを飲み込もうとする。
「……ッ!」
「ほう、奈落の鉄鎖とファイアストームのお膳立てとはあのケモノと日陰者は気が利くな」
 絡み付く鎖に畳みかけるような銃撃で、契約者たちが自由な身動きが取れなくなったところをモードレットが隙を見て仕掛けてくる。燃えるように赤い刀身を湛える剣――宝剣クラレントが、一斉に敵へと振りぬかれた。
「きゃっ……!」
 なんとか反撃に出ようとした鳳明に斬りこまれてくる宝剣。しかしそれを防いだのは、鎖から咄嗟に逃れていたカイの刀だった。
「氷室さん……!」
「逃げろ!」
 刀はまるで鼓動するかのように共振していた。普段は陽と月の光に反応する妖気が、敵勢の抱く禍々しい魔の力に連鎖しているのだろう。
「貴様……それほどの力がありながら、なぜ連中の味方をする……!」
「なぜ……と言われてもな」
 カイはモードレットの剣を弾き返すと、彼から距離をとった。そして一気に地を蹴ると、勢いそのままに抜刀する。その速さに圧倒されるがまま、モードレットはなんとか剣を盾にしてカイの攻撃を防いだ。
「知ってしまったからな」
「知った……だと?」
「“護る”ことを知ったからな、俺は……もう、元の世界には戻っていけん」
 そう口にするカイの瞳は、遠くでサイコキネシスを用いて仲間の援護をしている一人の少女に向けられた。そして、彼は不敵な微笑を浮かべて再びモードレットに刃を向ける。
「それに……“護る”者のいる世界は居心地がいいんだ」
「……ふん!」
 モードレットは、どこかその表情が癇に障り……ただ言い返すことすらもなく彼に再び襲いかかった。
 それだけではない。彼の操るサイコキネシスが、岩を動かしてカイを背後から攻めた。
「くっ……!」
「あなた……なんて卑怯な真似をっ!」
 カイとモードレットとの戦闘に割って入った鳳明が、非難の声で叫ぶ。しかし、モードレットはそれを吐き捨てるだけだった。
「卑怯? 光栄だ」
 更に岩をサイコキネシスで弾き飛ばしたモードレット。それを何とか避けて、鳳明は再び彼に言った。しかし今度のその声は……哀しげな音を湛えていた。
「どうして……こんなことを……!」
「ふん……俺は己の道を作ろうとしているだけに過ぎん」
「道……?」
「そのためには、力が必要だ。魔物も、虫けらも、貴様らも……そしてモートでさえも跪かせることのできる力がなっ!」
「ははぁ! その意見には賛成ってとこだな」
 契約者たちの反撃からモードレットの横まで飛びのいてきた冴王が、彼の言葉に面白そうに同意した。
「六黒みてぇなことを言いてぇわけじゃねえが……力ってのは最高だぜ。チンケな連中をぶっ倒す快感も、自分を縛り付けるものがなくなる恍惚感も、オレの全てがそこでは満たされる」
「またッスか。力、力って……力で世界が変えられるなんてまだ思ってるの……? 可愛そうな獣人ッス……」
 冴王の言葉に哀しげな声を返したのはシグノー イグゼーベンだった。彼の瞳には、どこか涙にも似たものが浮かんでいるような気がした。
「ケッ……てめぇが言うなってんだ……ったく、まだ戻ってねぇってのかね」
「……へ?」
 冴王の言葉にきょとんとした目になるシグノーだったが――それを気にしている暇はなかった。契約者たちは、彼らに向けて言葉を返すのだ。
 フレデリカが、悲痛な声で叫ぶ。
「あなた達のやってることは……力でもなんでもない、ただの暴力じゃない! こんなの、“力”なんて呼べるはずないわ……!」
 契約者たちの声を耳にして、ヘキサデは呆れるような表情を作った。
「やれやれ。飛び交うのは耳触りのいい言葉ばかりですな……」
 達観するようなそれが呟かれたとき、ヘキサデは自然と契約者たちの中にいるロベルダに目を向けていた。
「かつて我を騙したあの男も、そのような涼やかな声でした。だが、その声と裏腹に、その行動、そして生まれる結果は惨憺たるものでしたがね……」
 そのとき――いつの間にか消えていた悪路の姿がロベルダの背後に現れたのを知る者はいなかった。彼を護ろうと、一番壁に近い真後ろで隠れさせていたのが裏目に出た。ベルフラマントを用いて近づいた悪路の声が、静かにロベルダに囁かれた。
「人の心とは脆く、嘘で塗り固められたものですよ……」
「あ、貴方は……!?」
「おっと、私は別に貴方たちと争いたいわけではありません」
 咄嗟に振り向いて敵意をむき出しにするロベルダに、悪路は紳士的に答えた。その一見すればささやかな雰囲気に当てられて、ロベルダはわずかに彼の言葉に耳を傾けてしまった。
「……どういうことです?」
「貴方の忠誠心は素晴らしい。恐らくは、この世でシャムス様を心の底から思い守れるのは、貴方だけでしょう」
「…………」
「では、彼らは?」
 そのとき、心臓が掴まれるような音がしたのは気のせいではなかった。悪路の声が囁かれたとき、確かにロベルダは、心臓に近しい場所でそれを聞いたのだった。
「仲間を騙り陥れよう、穢してやろうという者達では無いと言い切れますか?」
「彼らは、私たちを助けようとしてくれているのですよ……!」
「しかし、裏切る者がいるのも、また事実」
 それがあまりにも静かで穏やかな声だったせいだろうか。 
 ロベルダはいつの間にか悪路ではなく自分の仲間たちへと視線を向けていた。まるで、何かを探るかのように。
 疑念が渦巻く。
 彼らと過ごしたのは、一年もないわずかな日々だけだ。それだけで、なぜ彼らが決して裏切らぬと言いきれる?
「貴方だけが、この場でシャムス様を信じるただ唯一の者なのですよ――」
「――ほざけ」
 そのとき、ロベルダの意識を引き戻したのは凛とした女の声だった。
 はっと振り返ったロベルダと悪路を、銀髪を靡かせる冷然の吸血鬼が見据えていた。
「貴方の戯言に耳を傾けるほど、くだらぬ遊戯はないですわ……」
「戯言だと……?」
 まるで不可思議なことでも聞くかのように、悪路が声を返す。しかし吸血鬼――アリス・ハーディングはそれを嘲るかのように微笑した。六黒と度々対峙してきた邪魔なる存在、レン・オズワルド(れん・おずわるど)はいない。しかし、その彼のパートナーたるアリスの瞳は、レン・オズワルドにさえも決して劣らぬ鋭さを持っていた。
「戯言以外の……何物でもないですわ」
「それをどう判断するかは、ロベルダ殿次第とは思いませんか? 私は、ただ助言をしているだけに過ぎませんよ」
「助言? ……闇から囁かれる声が、助言と?」
 アリスの表情が無へと帰る。しかしそれはすぐにロベルダへ向けた厳格なるものとなった。
「……助言を聞き入れるのも戯れるのも、貴方の自由ですわ。しかし――そこにある真摯なる者の想いを無下にすることだけは、あってはならぬこと……! ロベルダ……そなたは何を望むのだ?」
 最後の言葉はアリスのそれではなかった。
 夜に生きる血をもって生きる者の言葉。吸血鬼アリスの真髄たる声が彼女の唇からはもたらされていた。凛とした響きのそれとともに、彼女の手が銃を構える。
 銃口は無論――悪路だ。
「……ッ!」
 咄嗟に飛びのいてその場を逃れた悪路。
 その目がロベルダたちの背後へ流れた。その瞬間――振り返ったロベルダたちに矢を向けて、ニゲル・ヘレボルスがけたけたと笑っていた。
「きゃはは! 死んじゃえー!」
 子どもが戯れるような声でありながらも狂気の台詞を発して矢を撃とうとするニゲル。だがその前に、ヴァル・ゴライオンの手がニゲルの腕を掴みあげた。
「んぎゅっ! い、いたいいたい〜!」
「お痛する子供はしつけなくてはならんな。とりあえずは、矢を無闇に人に向けるものじゃない」
 ニゲルから悪路へと、不敵な笑みを向けるヴァル。どうやら彼は、ロベルダの言った忠言をずっと守っていたようだ。
「そなたが彼らを信じれば、彼らはそれにきっと答えてくれることだろう」
 アリスがロベルダに告げた。その表情が、ふと……元の優しげで憂いにも似たものを帯びたものに戻る。
「それに執事とは……信じることから、始まるのではないですか?」
「…………」
「少なくとも私は、そう思いますわ」
「そう……ですね」
 ロベルダの瞳は、決意ともとれる色を湛えた。
 一瞬でも、彼らを疑った自分が馬鹿だったのかもしれない。もしかするとそれは、自分の中にある欺瞞や傲慢が、老いたこの目を曇らせていたのだろうか。まったくこれでは……執事失格だ。
 ロベルダを護ろうと壁のように立ちふさがった契約者たちを見て、悪路が顔を歪ませた。
「これは……分が悪いですね」
 もともとロベルダをこちらに引き込むつもりだったのが失敗しただけでなく、そのせいで彼らの意識はより集中力と結束を増してしまった。……自分で自分の首を絞めるとは、まさにこのことか。
「冴王、行きましょう」
「……ちっ……まあいいか。またいずれ殺りあおうぜ、思う存分よ」
「では、失礼、愚民の皆様」
 悪路を先導として駆け出した彼らの背中に、契約者たちの声がかかる。
「ま、まて!」
 悪路たちの行動に気をとられたのが悪かったのか。その隙を突いて、突然契約者たちの後ろから気配が迫った。
「……ふ!」
「うきゃあああぁ〜」
 ニゲルを掴んで契約者たちを飛び越えたその影は、いつの間にか姿を消していた久我内 椋だった。彼はどうやら蔵書室にいたようであり、片手にいくつかの書物。そしてもう片手に、契約者たちに捕まっていたパートナーのニゲルを抱きかかえていた。
 無事に帰ってきた相棒に、モードレットが声をかける。
「椋……その書物は……!?」
「『心喰いの魔物』とやらの書物だ。モートのことかどうかは分からんが……なにか重要なことが書かれているかもしれん」
 そのとき、爆発音が再び鳴った。
 それは自分たちを追いかけてこようとしていた契約者たちに向けて発動した、冴王の仕掛けた爆破によるものだった。
 仕掛けを爆破させた冴王本人は、モードレットたちを呼んでいる。
「おら、いくぜおしゃべり金髪!」
「ふん……ケモノ風情が生意気な」
 悪態をつきながらもともに脱出する二人が煙の向こうに消えてからそう時間も経たぬうちに、再び爆破音が鳴った。しかし今度は、同時に壁の崩れる瓦礫の音も。追いかけていった契約者たちは、おそらく冴王たちが逃げ去ったであろう入り口が瓦礫で閉ざされているのを見た。
「……くそ!」
 なんとか追い払うことは出来たものの……書物の一部は奪われてしまった。悔しさを滲ませる契約者たち。
 六黒たちが南カナンに協力しているのかどうかは分からない。しかし少なくとも、モードレットらはモートの仲間である。それにはどこか……嫌な予感がぬぐいきれないのだった。