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【カナン再生記】巡りゆく過去~黒と白の心・外伝~

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【カナン再生記】巡りゆく過去~黒と白の心・外伝~

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第3章 漆黒の罠 8

 予想しておくべきだった。
 坂上来栖、モードレット・ロッドドラゴンが来たということは……彼女もまた自分たちの前に立ちふさがるであろうことを。
「ぐっ……!」
「ロベルダさんっ!?」
 視界の向こうから銃声が聞こえたと思ったそのときには、すでに銃弾はロベルダを撃ち抜いていた。そして、その隙を狙って、小柄な影がエリシュ・エヌマの設計図を奪いとる。
 ロベルダのもとに駆け寄っていたシャウラ・エピセジーが声を漏らした。
「しまっ……」
 彼の声を嘲うかのように、設計図を奪い去った小柄な影――アルハズラット著 『アル・アジフ』(あるはずらっとちょ・あるあじふ)は、けたけたと契約者たちを笑った。
「あはは、バカなガキたちだよ……こんな手段に引っかかるなんて」
 いくら小柄なれど、5000年の時を古文書の姿とはいえ過ごしてきたアルにとっては、契約者たちはガキにしか見えないのだろう。
 アルに迫ろうとする契約者たちであったが、その前を防いだのはレイスたちであった。更に、その背後から彼らを襲ったのは、燃え盛るファイアストームの炎だ。
「追いかけようなんて考えてはいけまセンヨ? イイコは大人しくしていませんト」
 炎の向こうから、アルラナ・ホップトイテ(あるらな・ほっぷといて)が姿を現した。彼は紳士然とした雰囲気をしていながらも、どこかこちらを弄ぶような態度を崩さぬままだ。癪に障るとは、まさに彼のことを指すと言えた。
 そして、彼がいるということは――無論。
「上手くいった、アル?」
「まーね! アヤの命令なら、ばっちりこなしたと思うよ!」
「そう、それはよかった」
 アルから設計図を手渡されてて天貴 彩羽(あまむち・あやは)は満足げに頷いた。いや――今はアヤと呼ぶべきか。言葉なき魔鎧ベルディエッタ・ゲルナルド(べるでぃえった・げるなるど)を身に纏う彼女の素顔を契約者たちが知ることはできない。
「くそ……悠希さん、ロベルダさんの様子は!」
「大丈夫……急所は外れてる。なんとか治療できそうな範囲です」
 膝を折ってロベルダを介護する真口 悠希の言葉を聞いて、苛立たしげだったシャウラはようやくほっとした。しかし……すぐにその目は彩羽たちを睨み据えた。
「お前ら……!」
「あーらら、怒っちゃった」
「頭に血がのぼるのは健康によくないデスヨ?」
 シャウラの怒りを嘲るアルラナとアルの二人。それに更に激昂しそうになるシャウラだったが、二人を制したのは彩羽だった。
「止めるのよ、二人とも」
「えー、だってこいつむかじゃん!」
「いいから……下がっていて」
 不満を隠さないアルであったが、アルラナは彩羽に素直に従って後退した。アルも、アルラナに促されて仕方なくその場を後にする。
 残された彩羽は、契約者たちを対峙していた。
「私は……」
 彩羽が静かに声を発した。
「貴方達を傷つけるつもりはないわ。今すぐにカナンから立ち去るのね」
「なんだって?」
 怪訝そうなシャウラの声に、彩羽は何も言わない。
「どういう……ことだ?」
 やがて続けるようにして口にされた草薙 武尊の疑念に、ようやく彩羽は重そうに唇を開いた。もちろん――その向こうにある表情は何も感じ取れない。
「私は……子供を、学生を戦争に使う連中が許せないだけよ。カナン人だけでなく、シャンバラの地球人もね……巻き込まれる人たちを傷つける趣味はないわ」
「戦争に使うと言ったって……これは、カナンの人たちを救うための戦いなのよ? 私たちは、使われてるわけでも巻き込まれてるわけでもないわ。自分たちの意思で戦ってるの」
 緋雨は彩羽の言葉に声を返した。その気丈な声色を聞いて何を感じたのか……ただ、冷たく彼女は言い放つ。
「カナンの人たちを救うために……犠牲にある人はきっと大勢いるのね。誰もが貴方たちのように力を持っているわけでも、勇気を持っているわけでもないわ――」
 彩羽は契約者たちに背を向けた。仮面の顔だけが、彼らを振り返る。
「――そして、好きで力を持っているというわけでもね」
 アルラナのファイアストームが消え去っていたいま、設計図を取り戻すために彩羽を追うことは出来たのかもしれない。すぐに、彼女はワイバーンに乗ってその場を去ってしまったが……そうでなくとも、なぜか彼女の背中を追いかけることはできなかった。
 あるいはそれは、彼女の声に哀しみの色が滲んでいたからなのかもしれなかった。