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【カナン再生記】巡りゆく過去~黒と白の心・外伝~

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【カナン再生記】巡りゆく過去~黒と白の心・外伝~

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第3章 漆黒の罠 2

「頭がやられても、すぐそれを持ち上げていた者が頭に取って代わります。ですから頭を担ぎ上げているナンバー2や3を狙った方が、こちらの手間は省けるんですけど……」
「却下」
「だが断るwwwww」
 親切心と自分の身の安全を考慮したラムズ・シュリュズベリィ(らむず・しゅりゅずべりぃ)の進言はものの見事に断られた。
 めんどいからという理由だけのクロ・ト・シロ(くろと・しろ)はさておくとしても――シュリュズベリィ著 『手記』(しゅりゅずべりぃちょ・しゅき)は、ラムズの言わんとすることを理解できぬわけではなかった。しかし、目的が目的なだけに、それを受け入れることは避けたいのである。
 して――その目的とは。
「サイクロプスの目玉は美味らしいぞ?」
 目の前にいるサイクロプスでさえも悪寒を覚えるほど不気味な目が、敵を見据えた。もともとその目的があっての討伐参加であったものの、改めて聞くと唖然とせざるえない。
「偶には思い切り食べ散らかしてみたいとは思わぬか?」
 ぶんぶんと頭を振りたい気分になるラムズであったが……まあ、本人がそれで満足ならいいだろう。いずれにしても――この周りを囲む魔物たちを倒さなければならないのは必然なのだから。
「多い多いwww」
 敵の多さを見て、なぜかけたけたと笑うクロ。敵の視線を不敵に受け止める手記と二人で、彼は敵を待ち構えた。そのいかにも挑発するような仕草に、魔物たちも怒りを露にしているようだ。
 そして――襲いくる。
「そらそらwwこっちこっちww」
 逃げ出したクロを追っかけてくる魔物たち。しかし……事前に仕掛けられて非物質化されていたロープが姿を現すと、それは彼らを見事にすっ転ばした。けたけたと笑うクロの目の前で、転んだベアウルフととオークを手記が即座に串刺しにした。
 醜悪な音を立てて死する豚と狼の肝臓と四肢を、うめき声さえも楽しむかのように狩る。そして、手記はそれを口にしてぺろりと平らげた。
「うむ、なかなかいけるのう」
「そ、そうですか?」
 戸惑うラムズであったが、とりあえず魔物を倒していけるのだけは幸いだった。だが、最大の難敵たるサイクロプスが残っている。目をやったその瞬間――すでにサイクロプスはこちらに襲いかかってきていた。
「っ……!」
 咄嗟に避けるラムズ。
 すると、横合いから即座に巨大な銃弾がサイクロプスを撃った。目をやったそこでは、クロが巨獣撃ちの猟銃を構えている。わずかに……どこか憤慨した様子が見てとれるのは気のせいだろうか。
「けっ、一つ目野郎がww」
 ファックユー。
 中指をビシっと突き上げたクロを見て、意味を感じ取ったのか、サイクロプスは獰猛な声をあげて棍棒を振りおろしてきた。だが、仮にもクロは猫の獣人である。素早い動きでそれを避けることに成功した。
 そして、その瞬間――
「いまだせ手記www」
「うむ」
 いつの間にか跳躍していた手記の声が聞こえた。それに反応してサイクロプスが振り向いたとき、彼女の構えた黄のスタイラスが一つ目を貫いていた。奴隷の焼鏝を彷彿とさせる棒がサイクロプスの目を貫いたとき、その先端から火術の炎が迸った。
 まるでそれは、地獄の業火に焼かれる死人の様であった。悶絶して苦しみにあえぐサイクロプスのそれは、ある意味でただ殺されるよりも悲痛なものであろう。
 やがて叫びもなくなったサイクロプスが倒れたとき、ようやく手記は焼けた一つ目を抉り取った。
「見よ、これが兜焼という奴じゃ」
「随分と大雑把な料理ですねぇ」
「サイクロプスの目に焼鏝ブッ刺して、炎で焼いただけのブツが兜焼の訳ねーだろwwwwwwwww」
 自ら焼いた一つ目を手記は大口開けて食べようとして、ふと止まった。
「おっと、行儀良く頂かねばのう……いただきますじゃ」
 ばくっと一つ目を食べ始めた手記。
 冷静か天然か、動揺の色を見せない彼女たちのそれは、ある意味で魔物よりも闇に近いのかもしれなかった。それでも……
「ちょ、おまwww一つ目うめーのかよww」
 げらげらと笑うクロと美味しそうに食事する手記を見れば、ラムズは自分も幸せな気分になるのだった。



 ロベルダたちは地下へと探索に赴いたわけであるが――それ以外においてもヤンジュスの古城を調べる探索者たちはもちろん存在した。
「探索は〜男のロマ〜ン♪」
「おいおい……なにわけのわかんねぇ歌、歌ってんだよ」
「いやー、こういう古びた城の中ってわくわくしませんか?」
 そう言ってパラケルスス・ボムバストゥス(ぱらけるすす・ぼむばすとぅす)を振り返ったのは、どこかぼけっとした雰囲気をかもし出す月詠 司(つくよみ・つかさ)だった。先ほどから何やらご機嫌らしく、探索を進めながらも歌をちょくちょく歌っている。
 どうやら……いつもは一緒にいる女吸血鬼がいないせいか気が楽らしい。それに関してはパラケルススも否定はできないが、あいにくと共にいるタァウ・マオ・アバター(たぁう・まおあばたー)はほとんど自ら喋らない無口体質であるし、必然的にツッコミ役とというか言葉を交わすのが自分にならざるを得ない。
 なにかと巻き込まれることの多い彼のことだ。パラケルススは自分の役目にため息をつくしかなかった。
「あれ、パラケルスス……どうしたんですか?」
「うんにゃ、なんでもねぇよ。それより、どうしてこんなところを調べんだ?」
 彼らのいるのは、古城の上階の奥にある使用人用の部屋であった。一見すれば何の変哲もないその場所で、ごそごそと司は物を漁っている。
「聞いたところによると、シグラッドという方は秘密にこだわる用意周到な方だったとか……ということは、こういう何の変哲もない場所――」
 司が講義する教師のように歩き始めたその瞬間、踏み込んだ床がカチッと音を立てると、天井からギロチンが落ちてきた。ギロチンは司の前髪をわずかに切り裂いて、床にざっくりとめり込んだ。
 硬直していた司は、震えながら続ける。
「――と、とか、あ、あるいは、城内のトラップが必ずしも侵入者を退けるだけの物とは限らず、もしかしたらトラップの配置や種類自体にすら意味があって、特定のトラップが発動する事で隠された道が見つかるなんて……一見何でもなさそうな物と、保管庫にある書物や文献を照らし合わせる事で更に隠されたモノが見えてくる様な所謂二重三重の仕掛け、が在ってもおかしくない訳ですよね?」
 饒舌になったのは恐怖を覆うためか?
 まあ、とにかく、パラケルススとて彼の言いたいことはよくわかった。それに、カナンの世界樹といえばセフィロトだ。錬金術的にも、何らかの関係があるかもしれない。
「……いっそ城そのものが何らかの大掛かりな仕掛け、とか……もしかしたらエリシュ・エヌマに関する資料のみならず、モートや他の何かに関しても見えて来るかも知れませんね……まあ、それは飛躍しすぎかもしれないですけど」
「そうでもなさそうだぜ」
 にやりと笑ったパラケルススはそう言うと、壊れた机のほうに向かった。議論で巻き添えを食らって壊れたものだ。破壊されたそれの引き出しの奥でわずかに見えていた刻印を司たちに指し示す。
 反応を示したのは、タァウだった。
「コレ……ハ……」
「お、わかるか?」
「古キ……魔法ジカケノ一種ダ……雷ニ……反応スル」
 くぐもったようにローブの奥からささやくタァウの説明を受けて、パラケルススは司に不敵な笑みを見せる。
「しかもこりゃ……そこのギロチンの隅っこに刻まれてあるやつと一緒だぜ。多分、連動してるんだろうよ。そんでもって……」
 パラケルススは小石を投げた。すると、落ちた床に更なるギロチンが振り落ちてきた。
「こっちも仕掛けってわけだ」
 どうやら引き出しの奥の刻印は、ギロチンのトラップが動くことを前提とした魔法仕掛けなのだろう。
「しかし……おかしな話だな。どうして一般の使用人の部屋にこんなもんがあるんだ?」
「多分、地下への扉が開かれたからでしょう」
 パラケルススの疑問に司が答えた。
「ある意味、城そのものが仕掛けになってるってのも、あながち間違いじゃなさそうですね。地下の扉が開かれたことで、この部屋のトラップも発動するようになっていたんじゃないでしょうか?」
「なぁるほどね。ま、とにかく――」
 合点がいったように頷いたパラケルススはタァウを見やった。こくりと、彼女は頷く。この中で雷の魔法が使えるのは、彼女だけだ。
 すっと持ち上げられた片手の先に魔力が集中する。わずかに、タァウが意識を高めるような呼吸を漏らしていた。そして、次の瞬間――雷が迸った。
 雷が刻印にぶつかると、突如刻印はなぞられるように光り始めた。ギロチンの刻印もまた、同様に反応している。
 同時に、城のどこかで歯車が回るような音がした。しばらく鳴り響いていたそれは、やがて静かに収まった。
「……これは、なんというか」
「へへ……俺たちの思ってた以上に、面白い場所みてぇだな、こりゃ」
 どうやら一筋縄では、いかないようだった。