リアクション
コンテスト準備 「それじゃ、会場、特にステージ周りの最終確認をしてくださいね。審査員の人は、ステージ上の上手が審査員席になりますから、開始前までに着席してください。もう時間が迫っているから、行動は迅速に」 空京大学のキャンパスにある屋外ステージで、シャレード・ムーン(しゃれーど・むーん)がてきぱきと指示を与えていた。 「はい、そこ。ふらふらしていないで、会場の椅子を点検して」 「えっと、私……!?」 シャレード・ムーンに声をかけられて、日堂 真宵(にちどう・まよい)が自分を指さした。 「いつものラジオのバイトとは勝手が違うんだから、まごまごしない。だいたい、あなたが出場するわけじゃないんだから、てきぱきと働きなさい」 「はははは、そ、そうですよねー」 シャレード・ムーンに言われて、日堂真宵が乾いた笑いをあげた。 まさか、出場する気満々で、いつもよりもちょっと上等なチャイナドレスを着てきただなんて、とても言いだせるような雰囲気ではなくなっていた。 艶やかな青い髪に合わせて、濃紺に金の刺繍で銀河を模したチャイナドレスで気合いを入れてきたのだが、なんだかとっても残念だ。 流れるように抵抗なく鎖骨から爪先までいける胸の分を補うかのように、深いスリットから太腿を大胆にのぞかせて女性らしさをアピールしているのだが、シャレード・ムーンの目には完全に大会アシスタントにしか映っていないようであった。 なまじ、いつもラジオ局でこき使われているので、今回も抵抗なく使いっ走りと認識されてしまったらしい。 「そこ、邪魔よ」 客席の最前列でカメラのスタンドをセットしているオルベール・ルシフェリア(おるべーる・るしふぇりあ)にむかって、日堂真宵がつっけんどんに言った。 「あら、ベルはこれでも関係者よ」 鈍色のワンピースを着たオルベール・ルシフェリアが、負けじと言い返した。赤いリボンを巻いた手で豊かな銀髪を軽く払って、蠱惑的な瞳を日堂真宵にむける。 「本当は、ベルもエントリーしたかったのだけれど、なぜか止められちゃったのよね。せっかく、この美貌と美声を披露できると思ったのに……」 日堂真宵の服を見たオルベール・ルシフェリアの視線が、ささやかな胸の上で止まった。クスッと言う声が聞こえてきそうな表情で、スッと目が細められた。声はハスキーだが、その音程は知らぬが花である。 「殺す!」 オルベール・ルシフェリアのたっゆんを睨みつけて、日堂真宵が敵意を顕わにした。 「そこ、何喧嘩してるの。時間がないんですからね!」 聡く様子に気づいたシャレード・ムーンが怒鳴りつけた。渋々、日堂真宵が退散する。 「それにしても、アーサの奴、どこに行ったのかしら」 日堂真宵が、ステージ前から周囲を見回してつぶやいた。ステージ袖に人影が見えたが、アーサー・レイス(あーさー・れいす)とは似ても似つかない背格好だ。 「よいしょっと」 ラピス・ラズリ(らぴす・らずり)が、ステージ袖の観客から見えない部分に、大きなキャンバスをイーゼルの上に立てた。 「せっかくのコンテストなんだから、優秀者のイラストを描いてあげなくっちゃね。喜んでくれるといいんだけど……」 恐怖の画伯の言葉は、幸か不幸か、準備に忙しい他の者たちは気づかなかったようだ。長衣にブルーのショールを掛けた少年合唱団にいそうな服装をしている。そんな、天使のような容貌の少年の手から、同じく天使のような絵が生み出されるとは限らない。それが現実であった。 ここからであれば、参加者の姿もよく見える。誰が優勝するかは分からないが、発表までのわずかな時間でも、画伯の手にかかれば造作なく芸術的な絵を完成させることができるだろう。 ステージの上では、最終点検が行われていた。 「はい、そこを叩いてみてください」 「こうですかぁ? ええーい!」 エプロンドレス姿のフィリッパ・アヴェーヌ(ふぃりっぱ・あべーぬ)に言われて、ピンクのドラゴンデザインのパーカーを着たメイベル・ポーター(めいべる・ぽーたー)が、用意されている銅鑼を撲殺天使専用野球のバットでゴーンと叩いた。 大きな音と共に、ステージ中央にパカッと奈落の口が開く。 審査員からマイナス票をつけられた参加者は、容赦なくこの穴からステージの下へと落とされる仕組みだ。普通はこの中にはリフトがあるのだが、今回はただの落とし穴と化している。 「ステージ部分は設計通りにちゃんと機能しているようですわ。では、下の様子を見てきます」 そう言うと、フィリッパ・アヴェーヌがステージ下へとむかった。 ステージ裏の楽屋は、すでに参加者が集まっていてあわただしい。 「はい、衣装への着替えは、あちらにならんでいる簡易更衣室で行ってください」 黒子姿で、頭から顔から黒い布ですっぽりと隠した外岡 天(そとおか・てん)が、そこらで勝手に着替えを始めようとする者たちの背を押して、更衣室の方へと追いやっていた。 とびきりの美人とは言わないまでも、普通にかわいい子なのだが、美人コンテストに出ようという猛者たちの中ではさすがに自信が持てなかったらしい。黒子の頭巾の後ろから、ポニーテールにした黒髪を軽くのぞかせながら、てきぱきと人の整理を行っている。 「さて、こっちにも準備しちゃおうよね」 長い髪をいつも通りのポニーテールにまとめて、花柄のエプロン姿もキュートなセシリア・ライト(せしりあ・らいと)が、ステージ裏の給湯室でステラ・クリフトン(すてら・くりふとん)をうながした。前髪をクリップで左右に留めて、てきぱきとお茶とクッキーの用意をしていく。 「はい」 ブラウンの髪を邪魔にならないように一つにまとめたステラ・クリフトンが、ブルーの澄んだ瞳をセシリア・ライトにむけると真面目に答えた。元来戦闘用の機晶姫ゆえか動きがちょっと固いが、最近はメイベル・ポーターたちによって、家事もそつなくこなすようになってきている。 一方、ステージ下への階段を下りていたフィリッパ・アヴェーヌは、何やら異臭を嗅いで立ち止まった。いったい、ステージ下で何が起こっているのだろう。 「ふふふふふ、お茶とコーヒーなどすでに時代遅れデース。審査員の方々はきっとお腹を空かせるに違いありまセーン。そういうときこそ、カレーデース」 ステージ下では、アーサー・レイスが、携帯型コンロの上に寸胴鍋を載せてカレーを煮込んでいた。 「おっと、落ちてきた人たち用に、カレー風呂も忘れてはなりまセーン」 オールバックにした白みの強いプラチナブロンドの下で、赤い瞳を楽しそうに細めると、アーサー・レイスが吸血鬼特有の牙を唇の端からのぞかせてほくそ笑んだ。最近は、地祇以外でも煮込めるということに目覚めたのだろうか。 「そんなことは、撲殺天使がさせませんわ。えいっ!」 「ぐえっ!」 ヒュンと唸った赤いバットが、アーサー・レイスを昏倒させた。 |
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