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第6章 裏切りの疑い

「お姉ちゃん・・・何作ってるの?」
 王天君を護衛している斎藤 ハツネ(さいとう・はつね)は、何の料理を作っているのかキッチンで挽肉をこねている彼女を、目をまん丸にして見つめる。
「んー、出来てからのお楽しみだな」
 微塵切りにした玉ねぎとつなぎの溶き卵を加え、混ぜた挽肉を丸めてぺたぺたと平らにして、指で真ん中に少しくぼみをつける。
「いい匂がする・・・」
 ジュゥジュゥとフライパンで焼かれている肉の香ばしい匂いが、ハツネの鼻をくすぐる。
「焼き具合はこんなもんか」
 フライ返しで皿に移し、キャベツやトマトを盛り付けると、資料室のテーブルへ運んでいく。
「ちょっと早いけど、夕食を作ってやったぜ」
「ハンバーグ・・・?はむ・・・」
 ナイフで切り小さな口へ運ぶと、ジューシーなお肉の味が口の中にいっぱいに広がる。
「美味しい・・・」
「そっか、いっぱい食え!それと野菜、残すなよ」
「うん・・・。―・・・あ、誰かこっちに来るみたいなの。仕事に戻るの・・・」
 超感覚の白狐の耳をぴくぴくと動かし、光学迷彩で隠れて王天君の傍に控える。
「食事中悪いが、少しだけいいか?(王天君の口元が濡れていないな、他の者が食べたのだろう。恐らく、近くに誰かいるのだろうな)」
 毒島 大佐(ぶすじま・たいさ)は少し残っている料理をちらりと見て、王天君の方へ向き直る。
「何だ?」
「実験に使えそうな死体か、ゴーストを貸してくれないか」
「ゴーストは金光聖母の命令しか聞かないから無理だな。死体ならいいぜ、適当に使え」
「どこにあるんだ?」
「モルグルームにあるぞ」
「ふむ、ではそこへ行ってみるとするか」
「ん、メガネのおかっぱちゃん。死体に興味があるのかい」
「我のことか?まぁ、そういうことしておこう」
 古めかしいネーミングで呼ぶラスコットを少し睨み、利用目的を教えず適当に答える。
「(ラスコット様と毒島様が、何か話しているね・・・)」
 まさかと思うけど裏切りの可能性がないか、光学迷彩で隠れている右天が2人を観察する。
「メガネに指紋がついていると、よく見えないだろ?」
「フンッ、余計なお世話だ」
 大佐は鬱陶しそうに顔を顰め、ラスコットに投げ渡されたメガネ拭きをグシャッと握り締めた。
「拭けばよく見えるんじゃないか。キミなら有効活用が出来ると思うんだけどな」
「後で拭いてやる」
 資料室から出た彼女は不愉快そうにバタンッとドアを閉める。
「(特に大した話はしていないみたいけど・・・。もう少し、監視しておくかな)」
 右天は魔女たちの足音に紛れ、大佐の後を追いかける。
「―・・・モルグルーム、・・・ここか」
 ドアにかけられたプレートを読んで確認した彼女は、ドアノブに手をかけて開く。
 室内に入り銀色の引き出しを開けると、そこには冷凍保存されている死体が入っている。
 森の幻影に惑わされ、発狂死していそうな死体もいれば、実体化した何かに殺されたのか全身ズタズタにされている者もいる。
「一応、いろんな年齢のサンプルを借りていくか」
 使えそうな死体を選び、車輪つきのカゴに入れる。
「死体置き場の引き出しを開けたら、冷たい空気でメガネが雲ってしまったな。さっきのやつを使ってやるか」
 メガネを外しきゅっきゅっとキレイに拭く。
「ここからじゃよく見えないけど、ただのメガネ拭きみたいだね・・・」
 あまり近寄るとバレてしまうからと、少し離れたところで彼女の手元を見ようとするが、普通のメガネ拭きにしか見えなかった。
「(Wenn Sie den Sand eines umgekehrten sandglass austrinken, h’’ort es nicht langsam auf.あなたが逆さの砂時計の砂を、飲み干せばゆっくりと止まらなくなる・・・。という意味か)」
 それにインクで書かれた文字を、大佐は心の中で読むとライターの火で焼き、灰にしてゴミ箱へ放り投げる。
 ただのゴミを捨てたフリをして死体を空いているラボへ運ぶ。
 その場を彼女が離れた後、右天がゴミ箱を覗き込む。
「毒島様、さっき何か見てたよね・・・。うーん、灰になっちゃってて、何だか分からなくなっているよ」
 メガネ拭きだったものが、灰となってしまっていて、何も確認出来なかった。
 一方、空きラボでは・・・。
 大佐は口元に手を当てて、言葉の意味を考えている。
「(あなた・・・というのは我のことじゃないな。となると対象は・・・そういうことか。飲むというのは、取り込むことが出来れば何だってよさそうだ。逆さは・・・ひっくり返すものを、そのまま逆さの考えにしろ、ということのようだな)」
 言葉の意味を深く考えず、素直に考えてどう成功させようか、実験用の死体を眺める。
「(取り込ませた後、術式になりそうだが。その場の図式も用意しておく必要もあるな。死体の血を固形にして描き、その中にきたら術を唱えて発動する仕組みにしておくか)」
 資料室で見つけた生体魔術の本を読みながら、実験の準備を始める。



「イルミンの生徒がいるラボが騒がしかったな。幸い、葛葉が検体となっている場所じゃなかったが・・・」
「金光聖母と何かあったみたいだが、計画に支障のない些細なことだったみたいだったぜ」
「それならいいんだけどな。―・・・しかし、些細なことでも積み重ねれば、実験の進みが遅くなったりしないか。もしかしたらスパイもいるかもしれないぞ」
 大石 鍬次郎(おおいし・くわじろう)は王天君の隣に座り、周りに聞こえないように小さな声音で話す。
「研究所のものを持ち逃げしようだとか、良からぬことを考えているヤツもいる可能性があるぜ」
「そんなやついたら、ぶちのめしてやるっ」
「まぁ、そう熱くなるな。粛清は俺たちの仕事だろ?それと・・・ここから先、協力したいと志願するヤツがいたとしても、黒として考えた方がいい。特に重要な魔道具の機材に触れさせたり、情報を一切与えるな」
「―・・・城にいた魔女の話からすると、侵入してきたみたいだしな。研究も中断されちまったし、まったくムカツクやつらだ」
「排除しようとしたが、アスカとかいうやつらに足止めされちまって、機材をぶっ壊されちまったからな・・・」
 今思い出しても腹立たしいと、吐き捨てるように言う。
「それと・・・付け入る隙がある者は、利用していいか?」
「好きにしろ。ただし、上手くやれよ」
「あぁ・・・もちろんだ」
「お前も一杯やるか?」
「―・・・いや、遠慮しておこう」
「何だよ、一杯くらいいいじゃねぇか」
「おっと、新兵衛から電話がきちまった」
 袂に入れておいた携帯を取り、研究所の屋根にいる東郷 新兵衛(とうごう・しんべえ)と話す。
「何やら・・・研究志願者というヤツらが、・・・3人ほど来たぞ・・・・・・」
「やっぱり来たか。で、どんなやつらだ?」
「白髪の小柄な男と・・・三角帽子を被った黒髪の2つ編みの子供の魔女がいるんだが・・・・・・。1人・・・やけに背の高い魔女がいる・・・」
 スナイパーライフルのスコープを覗き込み、赤色の髪の女を見る。
 その3人のうち1人は、魔女に門前払いをくらいそうになっている。
「あなた・・・魔女にしては背が高いわね。本当に魔女なの?」
「これシークレットブーツなのよ。小さいって言われるのが嫌いでね。それに私は不老不死じゃなくって、別の研究をしたいんだって」
「ふぅ〜ん・・・。で、何を研究したいのよ」
 トビラを守る魔女はどうも妙だと思い、胡散臭そうな目で見上げて警戒する。
「えっと・・・そうね、背が高くなる術を開発したいわ!今まで私を見下ろしていたヤツを、上から見下ろしてやるのよ。きっと気分がいいわ」
「ずいぶん小さな願いだな・・・」
「うるさいわね。ちょっと黙っててよ」
「イッて!分かったよ・・・まったく・・・」
 ドスッとミニスに脇を蹴られた紫音が小さな声音で呟く。
「それに、背が高くなったら・・・モデルにもなれるかもしれないじゃないの♪どこかのお金持ちと結婚出来るかもしれないし♪」
「(うわ・・・本当に演義で言ってるのか?)」
 彼女の本心のような気がしてならないが、声に出したらまた蹴られると思い心の中で呟いた。
「まぁ、いいわ。他の研究には興味ないみたいだし」
「ウフフ、ありがとう〜♪それじゃ、そこのお2人さんも頑張ってね〜」
「お、おい。クマラたちを置いていくのか!?」
「静かにしなさいよ。別々に入った方が怪しまれにくいでしょ」
「そりゃそうだけどさ・・・」
 監視の魔女もついているし、仕方ないかと先に入ることにした。
「そこの白髪のあんたは、何を研究したいの?」
「言わなきゃいけないのか・・・」
「当たり前じゃないの!」
「―・・・生体関係の研究をしてみたいんだ。だが、俺も不老不死には興味ないな・・・。自分のクローンを作ってみたい・・・」
「オイラもそうだよ!もう1人の自分と遊んだら楽しそうだからねっ」
「許可してあげる。ただし、見張りをつけるけどね」
「(侵入するなら今しかないな)」
 扉が開いた隙に2人の後ろから淵が張り込む。
「あの2人の後ろ・・・。不自然に・・・、草が蠢いている・・・。誰かいるようだな・・・」
 新兵衛は鍬次郎に連絡し、警戒するように伝える。
「あぁ、分かった。―・・・姿を見えにくくしても、草の踏み跡まではごまかせないぜ。ククク・・・」
「侵入者か?」
「そうみたいだぜ」
「オレ様の晩酌に付き合え、飲んでから行け」
「それは今度の機会にとっておく。さて仕事に戻るとするか」
 白酒を勧められたが小さなグラスを返し、見回りがてら逆に利用してやろうと探しに行く。