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長雨の町を救え!

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長雨の町を救え!

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第1章

 長雨の町。
 いつもならしとしとと雨の降るこの土地に、今は激しい雨が降り続いている。
 町と地続きになっている遺跡にある女王器が暴走することにより、周囲の雲を上空に集めているのだ。
 頭上には巨大な雨雲が分厚く空を覆い隠し、真昼だというのにまるで夜のように暗い。
「話には聞いてたけど、こりゃあすごいなあ」
 永倉 八重(ながくら・やえ)が傘の中に隠れるように背を丸めながら町の外縁部、診療所として使われている建物の戸を開けた。
 建物の中には、簡易ベッドがいくつも並べられ、けが人が運び込まれている。まだ空いているベッドがたくさんあるのが、少し嫌な予感をさせた。
「アイツは……あ、いたいた」
 ぐるりを見回して、八重は探していた人物を見つけた。
 イルミンスール魔法学校の同級生、アッシュ・グロック(あっしゅ・ぐろっく)である。包帯を巻かれて、ベッドに寝転がっている。
「聞いたわよ、一人で突っ込んでいって大けがだって? まったく、ちょっとは考えて行動しなさいよね」
 やれやれと肩をすくめながら、アッシュのベッドに近づいていく。向こうも八重に気づいたらしく、ばつが悪そうに顔を向けた。
「珍しいじゃねえか、日曜の朝にお前が来るなんて」
「スポーツ中継でいつもの番組がやってなかったの! ……じゃなくて、大変なことになってるみたいだから、飛んできたのよ」
「ふん、俺様の方が早かったな」
 勝ち誇ったように胸を張るアッシュ。ぴきっと八重の額に青筋が浮かんだ。
「何よ、だらしなくやられちゃってまあ」
 いかにも笑っている、という風に口元を隠す八重。アッシュがさらに言い返そうとしたとき、隣から別の声が飛んだ。
「そう言ってやらないでくれ。彼の身を張った情報収集のおかげで有益な情報がいくつも手に入ったんだ」
 源 鉄心(みなもと・てっしん)だ。アッシュと一緒に居たところからすると、彼と話し込んでいたらしい。隣にいるのは、彼の魔道書、イコナ・ユア・クックブック(いこな・ゆあくっくぶっく)。こちらは、救護にあたっていたらしい。
「そうですわ。遺跡の中心部が水没していることや、ゴーレムのことだって、誰かが調べなければ分かりませんでしたもの」
 フォローするようなイコナの言葉。それでも、八重はアッシュへのもの言いたげな視線を変えない。
「体を張った情報収集ねえ?」
「そ、そうさ。ゴーレムの数も、10や20じゃないぜ」
「はいはい、でも、それで終わる気は無いんでしょ?」
 そう言って、八重がアッシュの体に手をかざす。そして、癒しの呪文を口にした。
「な……なんだよ、恩を着せたつもりか?」
 問うアッシュに、八重は軽く首を振る。
「動けないのは悔しいだろうと思って情けをかけてあげたのよ」
「なんだと、この野郎……」
「私は野郎じゃありませんよ」
 べっと舌を見せる八重。火花を散らす新入生達の様子に、鉄心はやれやれと息を吐いた。
「それで、どうするつもりなんだい?」
「もちろん、やってやります!」
 八重がぐっと拳を握る。と思った時には、その髪と瞳が赤く染まり、身に纏う制服がぱっと弾けたかと思うと、魔法少女然としたコスチュームへと変わる。
「おおっ!?」
「女の子の変身を、あまりマジマジと見るものじゃありませんの」
 主に服が替わる一瞬に見えた光景に声を上げるアッシュの目を、イコナが塞ごうとする。当の八重は気にした様子もなく、診療所の出口をびしっと指さした。
「さあ、行くわよ!」
「お、おお、もちろんだ!」
 アッシュが跳ね起き、マントを翻してベッドを降りる。と、そのとき、
「今年の新入生は血の気が多いのが多いわねえ」
 呆れたような声が、その入り口から聞こえてきた。パラ実の女番長、伏見 明子(ふしみ・めいこ)である。
「たぶん、キミに言われたくはないと思うが」
「違いないわね」
 からからと笑ってみせる明子。飛び出しかけた八重とアッシュが、きょとんとその姿を見ている。
「あなたたち、その勢いだと、ゴーレムとやるつもりなんでしょ?」
「ま……まあな」
「俺も、そのつもりだ」
 アッシュが頷く背後で、鉄心が付け加える。にやりと明子が好戦的な笑みを浮かべた。
「先輩がお手本を見せてあげるわ。楽しみにしててね♪」
 明子は告げて、くるりと背を向ける。
「あ、あの!」
 八重がその背中へ向かって、引き留めようと声をかける。
「……なに?」
「なんでいま、女の子っぽくなったんですか?」
 語尾に付いた音符のことを言っているのだろう。明子はふっと口元だけで笑った。
「昔の癖、かしらね」
 そしてそのまま、雨の降る町へと歩き出していった。


 百合園女学院。ラズィーヤ・ヴァイシャリー(らずぃーや・う゛ぁいしゃりー)の執務室。
 その部屋を訪れ、戸を叩くものがあった。
「お入りなさい」
 ラズィーヤの声に応えて、戸が開かれる。
「お邪魔します!」
「失礼する
 ルカルカ・ルー(るかるか・るー)が戸を開き、駆け込もうとするのを抑えて大股に進む。その後ろで、和泉 猛(いずみ・たける)がそっと戸を閉めた。
「長雨の町について、ご質問ですか?」
 静かにラズィーヤが問いかける。ルカルカは、大きく頷いた。
「町の遺跡にあるという女王器……《招雨の宝珠》のことを知りたいの。もしかして、破壊せずに済む方法があるかも知れないから」
 ルカルカがラズィーヤにまっすぐ向かい合って言う。ラズィーヤは扇ごしにじっとその顔を眺めた。
「あれを破壊したくないと申しますの?」
「その通り。女王器は貴重だし、強力なものでしょ。今では作る事ができないんだから……なんとかして、破壊せずに済む方法を探りたいんです」
「俺は目的は同じだが、理由は違う」
 ルカルカの背を眺めるような距離で立ったまま、猛が言う。
「研究のためだ。女王器がなぜあんな場所に置かれているのか、何故今頃暴走をはじめたのか……大いに興味をそそられる」
 顔の傷跡がわずかに紅潮している。興奮の表れかも知れない。
「なるほど……」
 ラズィーヤがしばし、考えるように沈黙する。
「あの女王器がいったい何なのか、知らないか?」
 猛がじっとラズィーヤの表情を見つめる。ルカルカも緊張したように、足を揃えていた。
 が、ラズィーヤはあっさりと答えてみせた。
「存じませんわ」
「えぇ?」
 思わず、ルカルカは声を漏らしてしまった。
「いやですわ、まるで女王器のことならわたくしに聞けばなんでも分かると思われているみたいで。わたくしにも、存じていることとそうでないことがありますわ」
「それは、まあ、そうだろうが……」
 猛が困ったように腕を組む。
「雨を降らせる女王器は確かに並みのマジックアイテムではありませんが、特別な女王器と言うほどでもありませんわ。それほど重要度が高くはないと見まして、住民が困っているぐらいなら壊してしまった方がいいと考えたまでですわ」
 何にでもかかずらっていられるわけではない、とでも言うように、ラズィーヤがほほえんだ。まさに貴族の笑みだ。
「じゃあ、あの女王器の出自は分からないの?」
 ルカルカの問いに、ラズィーヤが心外そうに眉間に小さなしわを寄せた。
「分からないのではなく、調べていないだけです。それとも、あなたがたは自分でお調べになる事ができないのかしら?」
 扇で口元を隠し、ラズィーヤが挑発たっぷりの視線を向ける。
「それなら、調べさせてもらう」
 猛がむっとした様子で答えた。
「どうか、そうなさってくださいな。ある程度なら、資料の閲覧権利も出しておきますから。早くなさらないと、現場の方々が壊してしまうかも知れませんわ」
「あ……そ、そうだ。急がないと!」
 ルカルカはついにこらえきれず、駆け出した。その後で、猛が口を閉じたまま小さく礼をして去っていった。